34 / 54
世界のおわり
第34話 張り巡らされた謀略
しおりを挟む「ガウルさん……もしかして、お父さんは……」
ブランケットの上で座ったまま、杏葉はガウルを見上げる。
「……今は推測に過ぎないが。わざと決別を演出したのかもしれない」
「オイラもそう思うヨ。制約の腕輪をしている以上、恐らくこっちに味方することはできナイ。あの対応が精いっぱいだったのカモネ」
「アタイも、すごく複雑な心の匂いを嗅いだんにゃ」
全員が肩を落とす中、ブランカがそっと杏葉に寄り添う。
「アズハさん、体調は大丈夫? 記憶を取り戻したのでしょう?」
「ブランカさん……実は、頭が……割れそうです……」
ランヴァイリーも膝を突き、杏葉の顔を覗きこむ。
「里長の指輪があって良かったヨ。それがなかったら、たぶん気が狂ってタネ……長は知っていたのカモネ」
「な!」
ガウルが慌てた様子で杏葉に寄り添おうとすると、ランヴァイリーはそれを腕で遮る。
「ガウル。らしくないヨ。ちょっと感情的になりすぎダネ。はい、これそこで濡らして来テネ? 杏葉、横になって頭を冷やソ。みんな、その間にこれからの動き、話し合うヨ」
「グルルル」
ランヴァイリーの差し出した布を受け取るも、足が動かないガウルの背を押すのは、クロッツだ。
「団長。ボクも冷静になった方が良いと思いますよ。ね! いきましょ!」
「クロッツ……」
ガウルとクロッツが小川に向かって席を外すと、杏葉はブランケットの上に横たわりながら
「ブランカさん……ごめんなさい」
とか細い声で謝罪した。
「なぜ?」
「だ、て。婚約……」
「ふふ。言ったでしょう? ガウルはわたくしの思いに賛同したに過ぎない。形だけだったの。本当よ?」
「……」
「それより驚いたわ。あれほど他人に心を開かなかったガウルが、あなたの匂いを許しているなんて! むしろ喜んでいるのよ。おばさまも、そうだったでしょう?」
「そ……」
かあっと頬が赤くなる杏葉に、ブランカは微笑む。
「さあ今は自分の体調だけ考えて。ね?」
「はい」
「あじゅ、一応回復魔法しよう」
「うん、ジャス。ありがと」
ジャスパーが懐から杖を出し、魔法を唱える。
杏葉の眉間が緩んで、ダンもホッと息を吐いた。いつの間にか火を起こしてくれていて、ポットに湯を沸かしている様子だ。
「ほら、ワビーから預かっていた薬草で、薬湯も作ったぞ。飲め」
「ありがと、ダンさん」
差し出すカップをそっと持つ杏葉は、ふう、と温度を冷ましながらゆっくりと飲み下す。
それにならって、全員それぞれの水筒を傾ける。ダンは、ブランカにもお湯を勧めた。
リリが飲み終わった杏葉のカップを預かるや横になるように促し、巻いた布を枕代わりに頭の下へ差し入れると、杏葉はようやく安心した様子で微笑んだ。
「ありがと……リリ……」
「アズハ、休むのにゃ」
「ん」
――すん、と周囲の魔力が収まった気がする。と同時に、言語フィールドが消えた。
【ダンたちは、不便にゃね】
【あ~ソダネ】
リリとランヴァイリーがダンとジャスパーを振り返ると、ふたりは【気にするな】というハンドサインで火の側に座ってくつろいでいる。
【はあ。それにしても、なんて素晴らしい魔法なのかしら】
ブランカは温かい白湯をゆっくりと飲みながら、杏葉から目を離さずに独り言ちる。
【前魔王の願いなのかもしれないわ……】
ランヴァイリーはその言葉を受けて、ブランカの隣によっこらしょと腰を下ろす。
【ブランカ嬢、詳しく聞きたイ。エルフが何をしたノカ】
【エルフが? あえて言うなら、なにも】
だがブランカは、強い目でランヴァイリーを見返すだけだ。
【森に引きこもり、人も獣人も悪だったと嘆くだけ】
【っ】
【エルフらしい、ですわね】
【厳しいネ。ぐうの音も出ないヨ】
【ええ。獣人も、獣人らしく。弱者を貪るだけ】
「過去は……変えられません……未来を……」
あえぐように言葉を紡ぐ杏葉の喉仏が、ゆるく上下する。
ふたりは顔を見合わせてから、目を閉じている杏葉を見つめた。
「わたし……がんば、る……けんか、だめ……」
【!】
【アズハさん、わかったわ。わかったから、休んで】
と――
【すまん、戻った】
ガウルが、手に濡れた布を持って戻ってきた。
顔の周りも濡れていることから、顔を洗ってきたに違いない。
【アズハ、だいじょうぶか?】
「は、い……」
ガウルが丁寧に絞った濡れた布を、横たわった杏葉の額に乗せてやる。
と、杏葉の顔の上にぽたぽたと雫が垂れ、思わず笑みがこぼれた。
「んふ、つめた」
【う、すまん。ちょっと頭を冷やしてだな】
【もう、ガウルったら。何か拭くものを】
【ハイハイ、ふきますよーぉ】
ガウルが憮然として言ったかと思うと、呆れるブランカに促されて、後ろからクロッツがガシガシと銀狼の顔周りを拭く――ぼわっと逆立った毛を見て、杏葉が微笑んだ。
「ふふ。あとで、もふもふ。ね?」
それを見たガウルは、ようやく眉尻を下げる。
【ああ。アズハ。いくらでも】
「ふふふ」
【アズハ……みな、すまなかった】
そして、膝を突いたまま皆を振り返り、深々と頭を下げた。
【親父との確執もあって、冷静ではなかった。情けない。申し訳ない】
「ガウル、さん……」
杏葉が、手を差し出す。
ガウルは慌てて、その手を取った。
【アズハ、どうした。苦しいか】
「だいじょ、ぶ。それ、より……お父さんの、腕輪。取って、あげたい……」
【アズハ……!】
苦しいはずの自分よりも、マルセロを気遣う杏葉の様子に、全員が息を呑む。
【ね、ウネグ。聞いた? あれでも、邪悪だと思う?】
クロッツが狐の獣人にヒヤリとした言葉を投げかける。
【ブーイと大違いだね。エルフの里から出る時、罵声喰らってたでしょ。ボクも聞いてたよ~】
【っ……】
【ま。君がこれから何をしようが、勝手だけどさ】
クロッツは、ちろりとウネグの手首を見た後でその肩をみしりと握り、そっと耳に口を寄せる。
【楽になりたいんなら、ボクが君を殺してあげる】
ガタガタと震えるウネグの手首には――マルセロと同じ腕輪が、はめられていた。
【っ、わかって、ます】
【そ、んな】
ふたりを見て絶句するアクイラに、クロッツは
【新人君には、ちょーっと酷かもね~】
むき、と歯茎を見せて笑った。
◇ ◇ ◇
――ちちうえは?
――世界を変えるために、頑張っていらしてよ。
――あえないの?
――今は、会えないわ……セル、貴方も立派になってね。
――はい! ははうえ!
セル・ノアは、フォーサイス領の宿屋に居た。
最近見る夢は同じ。幼いころの母との会話だ。
【発動したか。やはりなあ。醜い】
ベッドサイドチェストの上に置いてある水晶球に目をやる黒豹は、けだるげに起き上がった。
普段透明なはずの水晶の中には、黒い煙のようなもやが漂っている。
【さあて、共倒れを選ぶか、それとも遂行するか】
くあああ、と大きく伸びをしてから、セル・ノアはベッドから降りた。
【いずれにせよ、今の世界は終わる。新たな世界へ旅立つのは、獣人らしい獣人だけだ】
窓際に立って勢いよくカーテンを開く。
ソピアに隣接するフォーサイスからは、川の向こうに立ち込め始めた低い暗雲が、よく見えた。
10
お気に入りに追加
472
あなたにおすすめの小説
勇者だけど旅立つ前に戦争が終わっちゃったのでできることやります
瀬口恭介
ファンタジー
女神歴何年だったかな、いいんだよそういう余計な情報は邪魔になるだけなんだから。
えーと、なんか世界戦争が集結して魔界と人間界は一旦平和になったわけ。そんで旅に出ようとしてた勇者は結局何もせずに役目が無くなっちゃったのよ。
やることないし力は持ってるしで、とりあえず魔王城へ遊びに行った勇者は魔王と一緒に世界を巡ることにしましたと。そしたら本来禁止されてる奴隷とか見つけちゃって色々することになっちゃうお話。まあ詳しくは本編を見ろ。
※この作品は台本形式となります。苦手な方はブラウザバック推奨。読めるよって人はもう全部読んで。あと小説家になろう様にも投稿しております。
魔王が転生して来た
鱒
BL
ゲームの世界から魔王が転生して来た話し。
勇者(だった現代人、社長)×魔王(だった転生者)の話になる
設定(私が忘れそうになるのでメモ)
高瀬勇人。ゲーム会社の社長
山田マオ。転生して来た魔王
山下。高瀬の秘書兼運転手
南。高瀬の友達、マオの主治医
鴇田。多分高瀬に気があるおっさん
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
妄想女医・藍原香織の診察室
Piggy
恋愛
ちょっと天然な女医、藍原香織は、仕事中もエッチな妄想が止まらない変わった女の子。今日も香織は、うずまく妄想を振り払いながら、病んでる男子に救いの手を差し伸べる。
すべてのムッツリスケベに捧ぐ、エロ×女医×ギャグの化学反応!
本編完結。ただいま番外編を不定期更新中。気になるあの人のその後や、もし○○が××だったら…など、いろんな趣向でやってます。
※エグ・グロはありません。
※エロをベースに、ときどきシリアス入ります。エロ+ギャグ・ほのぼの(?)ベースです。
※「ムーンライトノベルズ」にも掲載開始しました。アルファポリスでの更新が常に最新です。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる