17 / 54
エルフの里
第17話 通訳できる理由、明らかに
しおりを挟む「かんっぜんに、誤訳です!!」
【誤訳? えー、間違ってたン?】
全員が、呆気にとられた。そして、二の句が出てこない。
間違っているといえば間違っているが、普通の会話においても、このような行き違いは起こるだろう。今回はただその問題が大きすぎた、というだけで。
――少なくとも、この中に激高してこのエルフを責めよう、という者はいなかった。
「あの、じゃあ別に今すぐ備えなくても……?」
【それが、そうでもないんだヨネ~】
【どういうことだ】
思わずテーブルの上に身を乗り出すガウル。リリは目を細めて鼻をぴくぴくさせている――恐らく感情の匂いを探っているのだろう。
『君が異世界からやってきたことは、言ってもいいのかな?』
「!!」
杏葉はびくりとして、ダンとジャスパーに目を向けた。
「あの……ランヴァイリーさんが、私のことを言ってもいいか? って」
「あじゅ……」
「アズハ。俺は、ガウルとリリは信頼できると思っている。アズハに任せる」
「ダンさん! ありがとうございます! ランヴァイリーさん。自分で、言わせてもらえませんか?」
ランヴァイリーは、何度かぱちぱちと瞬きをしてから、ふわりと笑った。
『ランでいいよ。うん、分かった』
「はい、ランさん。……ガウルさん、リリ」
【どうした?】
【アズハ、怖がってるにゃん。何があったんにゃ?】
どういう反応をされるのかは怖いが、言うなら今しかないと思った杏葉は、
「私は、この世界の人間ではありません」
と切り出した。
【!?】
【にゃっ!?】
二人の耳がぼわ! と立ち上がったのを見て、可愛いと思うと同時に怖さも感じる。
不快感ならどうしよう、と不安になったからだ。
「別の世界で生きていました。でも気が付いたら、リュコスの国境の川辺に倒れていたんです。そこでタヌキが話していて驚いて、誘拐されそうになったところをダンさんたちに助けられ、ここまで来ました」
「アズハに、危険が多いからそのことを隠せと言ったのは俺だ」
ダンが頭を下げる。
「隠し事をさせて申し訳なかった」
ジャスパーも、それに合わせて黙って頭を下げた。
特にガウルの反応が怖かった杏葉は、
【そうだったのか……ならば、あのもふもふというのは、アズハの世界の習慣か何かか?】
とあっけなく受け入れた彼の態度に驚く。
「えっ」
【ダンもジャスパーも、何を謝っているのかわからんが、その必要はない。頭を上げてくれ。むしろ、大変だっただろう。未知の世界に来たことも、それを助けることも】
「ガウルさんんんんん!」
だん! と立ち上がるや否や
「やっぱりだいすきいいいいいい!!」
がばり、と椅子に座った彼の横からひし! と抱き着いた杏葉を、ガウルはおっと、と受け止める。
頬にスリスリされ、またか! と思いつつも
【おいアズハ、ちょ】
「かっこいいですうううう」
【うぐ】
自分にとっては激しい求愛行動にあたるそれを、強く拒否できず悶々としているガウルを、横でリリがきゃっきゃと笑って見ている。
「はあ~もふもふ……あったかい……かっこいい……大好き」
これ以上はシャレにならん! とガウルが強く吠えて、しぶしぶと杏葉は離れ、席に戻った。
【うっわー、熱烈だねえ……それに耐えられるのスゴイネ。さすが騎士団長】
ランヴァイリーが目を細める。
【ごっほん!】
「耐える、って?」
【気にするなアズハ】
【え! 言ってナイノ!? わー】
「え? え?」
【ああ。ランヴァイリー。俺はもう騎士団長ではない】
【へえ。セル・ノアにやらレタ?】
【……よく知っているな】
【マーネ。これでも次の里長ですカラネ】
「えっ、次の里長なんですか? ランさん」
人間の全員がぎょっと目を見開いたのを見て
【彼が次代の里長なのは確かだ。獣人王国リュコスは、彼をエルフの大使として認めている】
ガウルが肯定し、ランヴァイリーが
【オイラ、これでも二百歳】
と眉尻を下げる。
「ににに二百歳!」
「うわ! 俺と変わらないと思ってた!」
「それは驚いたな」
【エルフは長寿なんだヨン。さあて、話が長くなりそダネ。お茶のお代わりいるカナ?】
杏葉は立ち上がってランヴァイリーを手伝うことにし、ついでに【獣人語】だとすごく訛っていることを教えてあげた。
【げげ。そうかあ! それも含めて、話をしなくちゃネ】
◇ ◇ ◇
ふう、と再び温かいお茶を飲んでから、ランヴァイリーは姿勢を正した。
『訛っているというなら、エルフの【共通語】は完璧じゃないんだろうなあ』
「エルフの共通語が、完璧でない……ガウルさん達の言葉は、共通語と呼ばれているのですか?」
ガウルとリリが、息を飲んだ。
『そう。地上の生き物の言葉。でも時が経って、エルフの中には話せなくなってきている者もいるよ』
「共通語ということは、人間も話せる!?」
ダンとジャスパーは目を見開いた。
『かつては話せたんだけどね。でも、効率よく魔法を行使するため、魔力で独自の言語を作り出したことで魔法が強まってしまってね。神がそれを憂いて、人間の魔力のほとんどを封じて彼の地に隔離した結果、共通語を失ったんじゃないかな』
「ならば、魔法を使えない人間が増えて来たのは……!」
ダンが驚愕で思わず立ち上がったが、
『私たちは何百年も生きるから、実際にその変遷を隣人として見てきた。だから言えるけど――君たちの所業の結果と言わざるを得ない』
ランヴァイリーの冷たい言葉を杏葉から伝えられると、もう一度ストンと座った。信じられない、というように頭を振って。
『魔素が世界に溜まって、それを悪用した人間が魔族を創っている、と私たちエルフは考えている』
【人間から自然と産まれるのではなく、意図して魔素を悪用する、一部の人間が創っているということだな!】
ガウルの声には、力がある。
それは、今を大きく変えるきっかけに思われた。
リリのヒゲが戦慄でビリビリ震える……自分はもしかしたら、歴史的な瞬間にいるのかもしれないのだ。
『そうだねえ』
続けてエルフはその輝く翠の目を細めて、杏葉を見やる。
『話は戻るけど、魔素の具合から見ても、二十年くらいかな~と思っていた魔王の出現が、早まると思う』
【なんだとっ!!】
「それは、なぜ……」
『アズハが来たから』
「わたし……?」
ランヴァイリーは大きく咳払いをしてから、テーブルの上で手を組んだ。
『気づいていないと思うけれど、アズハの魔力はとても膨大だ。その魔力があるから、この世界の全ての生き物と意思疎通が図れる――この世界では、言語も魔法の一種だからね』
「私の……魔力……」
杏葉は、思わず両手を眺めてしまう。
「アズハ?」
「どうした、あじゅ。大丈夫か?」
「これは、魔法なんですって……」
自覚のない未知の力は、ただひたすらに、怖い。
しかも自分の魔力が、魔王の出現を早める?
「魔力……魔法……」
【アズハ、どうした?】
【あぶにゃい!!】
リリが飛ぶように立ち上がって杏葉に駆け寄り、その上体を支える。
――杏葉はショックで気を失ったのだった。
10
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる