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エルフの里

第15話 いざ、出発しよう

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【追いかけたかったが、俺はこの見た目だ。ここから出るのは危険だ。俺だけでなく、半郷にまで危害が及ぶ】
 
 大きな体躯のはずのバザンが、肩を落として小さくなっている。
 
【エリンとアーリンも、人間だ。エルフの里に辿り着けるか、分からない】
 
 バザンの言葉を杏葉が訳すと、ダンが頭を抱えながら吐き出した。
 
「エリンはあれでも、俺が直々に鍛えた高ランク冒険者だ。魔法も使える。病が癒えているとしたら、よっぽどのことがない限りは無事だろう」

 全員、その自負でもって、突拍子もない行動を起こしているんだろう、と納得した。
 
「てことは、ジャスが使ったみたいな、透明になる魔法も?」
 杏葉が聞くと
「そういうことだ」
 ダンが頷き、
「あれ、そもそもエリンに教わったんだよ」
 ジャスパーが項垂うなだれる。
 
 リリが、ぴくぴくと耳を動かして、
【なるほどにゃー。あの魔法、姿だけじゃなくて匂いも消えていたみたいにゃ】
 と説明をすると
【ほう。やってみてくれないか?】
 ガウルは興味がわいたようだ。
 
「ジャスパーが今から、透明になる魔法をします。良いでしょうか?」
 杏葉の宣言で皆が頷くと、ジャスパーが立ち上がって懐から杖を出す。
 
「うおっほん。では失礼して――パーティ・インビジブル」

 ダンとジャスパーと杏葉の姿が消えたようだ。

【すごいな。確かに存在自体が、消えている】
 ガウルが感心して言うと
【でも感情の匂いは、分かるにゃ。ジャス、いい気になってるにゃ】
 とリリ。
「ぶふっ」
 杏葉が思わず吹き出すと
【ふむ。音は消えないのだな】
 ガウルはあくまでも真面目顔だ。
【ということは、エリンとアーリンは】
 バザンが、おずおずと問うと
「無事である可能性は高い」
【アーリンが泣かない限りは、な】
 ダンとガウルがそれぞれ言い。
 
「なんていうか……誰か褒めて?」

 魔法を解いたジャスパーが眉尻を下げると、ワビーがその頭を撫でてあげていた。

【ふむ! うさぴょんとうさにゃん、にゃねー】
「リリ?」

 リリのコメントがちょっとよく分からなかった、杏葉であった。


 
 ◇ ◇ ◇
 
 

「旅の目的が増えましたね」
「ああ」
「でも、よかったっすね、ダンさん。生きてましたね!」
「あのじゃじゃ馬め」

 毒づくけれど、ダンは嬉しそうだ。
 杏葉も嬉しくなった。しかも孫までいるなんて! 会えるように頑張らなくちゃ、と気合を入れる。
 その態度を見て、ガウルも頷いてくれた。
 
【バザン。我々は、もともとエルフの里へ向かっていた。エリンも、見つけよう】
【本当か!】
【約束する】
【……さすが、噂の通り高潔な人物だな、ガウル】
【噂とは?】
【ああ。我々は、これでも警戒心が強く、滅多に里に人を入れないのだ。が、銀狼なら信頼できると皆が言っている】
【そう、なのか】
【我々の同胞は、色々なところに潜んでいる。そして、獣人騎士団長の話は、たくさん入ってくるのだ】
【それは、照れるな】
「すごい! さすがガウルさんです!」

 杏葉の目が、キラキラして自分を見たことに、ガウルはホッとする。
 リリが隣でニヤついているので、とりあえずつま先を軽く踏んでやった。

【ぎにゃっ】
【うるさいぞリリ】
【何も言ってないにゃよ!】
「ガウルさん?」
【ごほん。杏葉の体調が戻ったら、出発しよう。それでいいか? ダン】
「えと、私の体調が戻ったら出発て。もう大丈夫ですよ!」

 全員が、ジトーッと自分を見るのに戸惑う杏葉。

「あー、あじゅー」
 ジャスパーが、眉間に皺を寄せて言う。
「倒れるまで無理したかんな。もう信用ないわけ。わかる?」
「うっ」
 ダンも杏葉の頭をポンポンする。
「いいかアズハ。無理は、時に命に関わる。そんな世界なんだよ、ここは」
「!」
「しかもそれは、自分ひとりだけじゃない。パーティの全員に関わるんだ」
「そ……ですね……ごめんなさい」
【アズハ落ち込んでるにゃ?】
「リリ……みなさん……ご迷惑おかけしてすみませんでした……」
【どうした。なぜ急に謝る】
「私が無理をして、皆さんに迷惑をかけました。反省しています」

 ガウルはそれを聞いて、耳をぴくぴくと動かした。

【ふむ……もう少し休んだ方が良いか?】
「いえ、もう大丈夫なんです!」

 ガウルが、じっと杏葉の目を見つめる。
 青いガラス玉のような透き通った瞳は、全てを見透かすかのようだな、と杏葉は思った。

「無理な時は、無理と言います」
【約束だ。それから、アズハにとって不本意なことも、全て通訳してくれ】
「約束します。不本意なことも、全て通訳……」

 杏葉は、ハッとする。
 思わずガウルから目を離して振り返ると、皆が自分に注目していた。

「それも、パーティ全体に関わることだ」
 ダンが静かに諭す。
「パーティ全体に、関わる……そうですね、私のワガママでした……」
 杏葉はふう、と大きく息を吐いてから、顔を上げて皆に告げた。
「あの! 私は野宿がとっても苦手です。これからもそれが続くなら」
【そうだったのか】
【はにゃ~】
【うちに、テントがある。使っていない。持っていけ】
 バザンが言ってくれ、ワビーが
【よく眠れる薬草も、持っていくといいわ! どうしてもの時にね】
「テントと、薬草……」
「あーよかった! 最悪はアズハに眠りの魔法かけなくちゃって思ってた」

 ジャスパーがいきなり物騒なことを言う。

「眠りの魔法!?」

 杏葉が思わずその肩を震わせると、ガウルが
【なら、ジャスを永遠に眠らせてやる】
 と唸って、それをそのまま訳したら
「けけけけっこうです!」
【はにゃ! にわとりになったにゃー。美味しそう】
 慌てるジャスパーに、リリがヨダレをじゅるり。
 
「勘弁してくれよぉ~」
 
 皆で、笑った。

 
 
 ◇ ◇ ◇

 
 
 半郷の皆さんは挨拶をと言ってくれたが、顔見知りになることでどこで何が危険になるか分からない、とダンが判断し遠慮した。
 バザンもその方がいいと賛成して、隠れたままにしてもらう。
 その代わりに、エリンのことが心配だからと、皆が様々な食料の蓄えや道具を提供してくれた。

【助け合いが、基本だからな】

 バザンが笑う。
 杏葉がこの暮らし方はとても素敵だと、そのまま感動を伝えると

【こちらこそ、感謝する。閉ざされた場所だ。時には冷静さや正しさも失う。だからこそ、外に出ていく者、また帰ってくる者を作って循環させてはいる】

 バザンが次の里長候補(熊や獅子、狼など強い獣から選ばれるだけなんだが、と苦笑していた)なのだそうだ。きっと素晴らしい采配をするだろう、と皆で感謝を伝えた。

【ここからエルフの里へは二日ぐらいで着く。道中は魔獣も出るだろう。気を付けて進め】
【傷薬も入れたからね。魔法はあんまり使っちゃダメよ。所々にレコン鳥を飼っている人がいるわ】

 笑顔で再会できることを願って、それぞれ固く握手を交わす。


 ――杏葉たち一行は、半郷を出発した。
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