上 下
13 / 54
エルフの里

第13話 静かな夜に

しおりを挟む


 小柄な女性もフードを取ると、長く白い耳が出てきた。顔は人間に近い。が、ヒゲがある。
 
「ウサギ、ト、ニンゲン」【兎獣人と人間とのこどもだよ】
 全員が頷く。
「ビョウキ、ミルノ、トクイ」【病気見るの得意だよ】

 熊男も、頷く。

「ヤクソウ、アル」【薬草作りの名人なんだ】
「!!」
「うあー! よかったあー!」
 
 ダンとジャスパーの肩から、力が抜ける。へなへなと床に尻もちを突いた。

「スコシ、ノマセル、ヨイ?」【少し薬湯飲ませるね】
 うさ耳の女性は、手に持っていた薬草をダン達に見せた。
「うん、この薬草知ってる」
「エルダーだな。飲ませて大丈夫だ……なるほど、解熱と呼吸回復、だったか」

 ジャスパーとダンの会話を聞いて、嬉しそうな顔をする女性は、すぐにカップにエルダーを細かくちぎって入れて、熊男がその上から湯を注いだ。

「スコシ、サマス」
「うん」「頼む」

 ダンが温度を確かめ、飲ませやすいぬるさになったものを杏葉に与えてみると、コクコク飲んだ。
 途端に、眉間が緩んで楽な顔になったのを見て、全員がほうっと息を吐く。もう安心だろう。
 
【すごいな】
【薬草育ててるんにゃねー】
 
 ガウルとリリもようやく気が抜けて、マントを脱いで椅子に掛け、ダン達の肩をぽんぽんと叩いてねぎらった。
 
 すると、うさ耳の女性が恐る恐る問う。
 
「オオカミ、ネコ、コワイ……タベナイ?」【狼も猫も怖い。食べないよね?】

 ガウルとリリは顔を見合わせてから、きっぱりと首を振った。
 
【【食べない】】

「うおい! ここでも獣人ジョークかよ!」
 ジャスパーが叫ぶように言って
「ジュウジン、ジョーク、チガウ。アイサツ」【獣人ジョークじゃなくて、挨拶だよ】
 うさ耳の女性がうんうんと頷くと、皆、笑った。
 


 ◇ ◇ ◇



 杏葉が落ち着いたところで、熊男が名乗った。

「オレ、ナマエ、バザン」【俺の名前はバザンだ】

 それを皮切りに、それぞれ名乗る。
 
「ワタシ、ワビー」【私の名前は、ワビーよ】
【ガウルだ】
【リリにゃよー】
「ジャスパー」
「ダン」

 なぜかバザンは、ダンが名乗ると目を見開いた。

「?」
「ンン、キョウ、ヤスメ。ソノコ、ナオルマデ」【その子が回復するまで、ゆっくりしていけばいい】

 全員でそれぞれ、感謝を伝えた。
 言葉が通じる、といっても、ヒトの言葉はそこまでではないらしい。
 バザンもワビーも、ガウルとリリとは滑らかに話しているが、ダンとジャスパーとは、何度か言い直したり、首をひねったりすることがお互いにあった。

 バザンは狩りの途中だったらしく、続きをしてくると言って出て行った。家を使わせてもらうことはありがたいが、と皆で遠慮すると、ワビーが
「ヤスム、ダイジ!」
 と強く言ってくれたので、ガウルとリリは薬草取りの手伝いを申し出た。
 
 家に残る人間二人は、その言葉に甘えて、用意してくれたお茶を飲みながら一息つく。実はダンもジャスパーも、獣人王国に入ってからろくに休めていないのだ。

「やっぱ、あじゅが起きないと」
「そうだなあ、色々聞きたいんだが……」

 杏葉は、すうすうと寝息を立てて穏やかに寝ている。

「異世界人に野宿は、過酷だよな……」
「そっすよね。でも、遠慮しちゃったんすね。可哀想なことしたっす」

 しみじみと杏葉を見るダンとジャスパー。
 畑仕事だというので、装備を脱ぎながら様子を窺っていたリリは、二人から良心の呵責のような匂いがすることが、不思議でならない。

【アズハ倒れたの、ダンたちのせいじゃないにゃ。なのに、自分たちが悪いって、思ってるみたいにゃね】
【どういうことだ……】
【アタイたちに言ってないこと、ありそにゃねー】
【そうか。アズハが起きたら聞いてみるか?】
【んにゃー……】
【言ってくれるのを、待つか】
【そにゃ、ね……大丈夫にゃよ、アズハ。すぐ目、覚ますにゃよ】
【……ああ】

 リリは、心優しい銀狼が杏葉を大切に思っていることが嬉しく、目を細める。
 この二人が、また新しい未来をもたらしてくれるのかもしれない――自分を奴隷から救ってくれたように。

 
 
 ◇ ◇ ◇
 

 
 とりあえずゆっくり休んだ方が良い、と、一行はそのままバザンの家に泊めてもらえることになった。
 
 ダンが、杏葉の枕元で胡座あぐらをかいて、ぼうっと火の入っていない暖炉を見つめている。
 この集落のことなど詳しい話も聞きたかったが、杏葉が回復してから、明日ゆっくり話をしようということになった。

「ダンさん……」

 ジャスパーが、コップに白湯を入れて、ダンに渡す。
 寒い季節ではないが、夜は少し冷える。バザンは、キッチンに火種を置いたままにしてくれていた。ありがたく、使わせてもらう。

「ありがとう、ジャス」

 ガウルとリリは、隣の空き家を借りて休んでいる。
 静かな夜だ。木々が風で揺れて、ざわざわと葉をこすりあう音がする。

「俺らが見てきた世界は……なんだったんだろうな……」
「っ……」
「魔王のことも、エルフのことも、ましてやこんな半郷どころか、獣人と人間のこどもだって? そんなことも……知らなかった」
「ここの暮らしを見ると、人間て邪悪に思えますね。魔王になるのも、納得っすよ」

 ソピアという人間の国は、いざこざの絶えない、物騒な国だ。
 わずかな資源や財産を巡っては争い、殺し、殺され、奪い合うこともある。冒険者ギルドは、もう冒険ではなく『殺す』技術の高い者たちがいる状況だ。こんな穏やかな場所は、二人にとってはまるで夢のように思える。
 殺伐とした日常と、際限のない欲は、人々から余裕と思いやり、思考と常識すらも奪っていってしまっている。

「この旅がどうなろうと、俺、絶対後悔しないっす」

 闇夜に絞り出すように吐き出される、ジャスパーの熱い思い。それをダンは、静かに受け止める。
 
「なあジャスパー。俺は、杏葉のことは、諦めないぞ」
「!」
「俺は決めた。最後までこの旅をやり遂げる。力を貸してくれ」
「ったりまえっすよ!」

 二人は杏葉の穏やかな寝顔を見て――隣にごろりと寝転んだ。

 旅慣れしたダン達にとっても、久しぶりに落ち着ける、ありがたい静かな夜だった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...