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エルフの里

第10話 癒しの泉

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「ガウルさん……」
【なんだ、アズハ】
 杏葉は、目の前の理想とも言える推しの存在を、複雑な気持ちで見上げる。
 一緒にいられるのは、嬉しい。
 が、彼が騎士団長を辞めさせられたのは、自分たちのせいなのだ。
 
【そんな顔をするな。元々辞める気だった】
「え! 辞める気だったんですか?」
【ああ】
「嘘ではなく?」
【ほんとにゃよー。仲間集めて傭兵でもやろうかって言ってたにゃん】
 
 リリが木箱をゴソゴソして、古びたマントをえっこらと引っ張り出しながら言う。
 そして、二、三回バタバタとマントを振ってから、ダンに差し出す。どうやら熊の耳がついたマントのようだ。大きい。
 ダンは、文句も言わずにそれを付けた――似合っている。
 
「そ……だったの……」
 ガウルは優しい顔で、杏葉の頭をポンポンした。
【堅苦しいのに飽きたんだ。これが初めての依頼だから、気合い入れるぞ?】
「はい!」
【ふ、やっと笑ったな。アズハは、笑う方がいい】
「はうううう」
【ははは。俺の馬に乗るか?】
「へ!?」
【嫌か?】
「大好きです!」
【っ、……そ、うか……んん】

「なんか分かんないけど、すげーイチャイチャしてるってことは分かる!」
 ジャスパーが、垂れうさ耳のマントをしっかり羽織って、苦笑する。
【じゃー、ジャスはアタイの馬にゃねー】
 リリが馬上から強引にジャスパーを引っ張り上げて、前へ横乗せにする。
「おおう!?」
【行くにゃよ、うさぴょん】
 そして、リリのざらりとした舌で、ジャスパーの頬をぺろり。
「ちょ、え? 俺、今度こそ食われんの!?」

「世話になった。じゃあな、クロッツ男爵」
 完全無視されていて涙目のクロッツに、一応気遣って手を差し出すダンに
【うう、お気を付けて……優しい……】
 と、しっかりと握手を返す。
 涙目のワンコが可哀想に見えて、思わず鼻の上を撫でたダンに、照れたようにクロッツは笑った。


 そうして三頭の馬が走り出したのを、一匹のドーベルマンが、遠吠えで見送ったのだった。


 
 ◇ ◇ ◇



【まずは、森に紛れて走るぞ。念のため、足跡を消す】
「分かりました! えっと……」
「アズハ! ついていくから、トラブルの時だけ教えてくれ!」
「! はいっ、ダンさん!」

 馬で駆けながらの通訳は、とてもできない。
 声を張り上げなければならないし、そうすると目立つ。下手をすると舌を噛む。ダンは、すぐに気づいて言ってくれた。


 ――ハンドサインとか、決めておけばよかった……休憩の時にでも、言ってみよう。

 
「ダンさん達には、トラブルの時だけ伝えます。あとは、黙ってついてくるそうです」
【分かった。ずいぶん信頼してくれている。嬉しいものだな】
「ガウルさんの目が、綺麗だから」
【目が?】
「うん! キラキラの宝石みたい。嘘つきは、そんな綺麗な目にならないもん」
【アズハは、俺を喜ばせることばかり言う】
「喜んでくれてますか!」
【ああ、嬉しい】
「へへ、良かった」

 ちらりと、フード越しに盗み見たガウルの頬がほのかに染まっている気がして、落ち着かない気分になる杏葉。
 一方、後ろから見ているダン達は――

「「しっぽ、ブンブンだ」」
【団長、大喜びにゃねー】

 馬を走らせながら、不安な旅のはじまりのはずが、ほっこりした気持ちになっていた。

【森の中に、あまり知られていない小さな泉がある。とりあえずそこまで行こう】
「はい!」
【ところでアズハ】
「はい?」
【乗り心地はどうだ】
「結構揺れますね!」

 街道を避けて走っているようで、平坦な道ではない。
 実は、酔わないように遠くの景色を見て気を紛らわせるので精一杯だったりする。
 
【……怖かったら、もっと掴まってもいい】
「! へへへ」
 
 杏葉は嬉しくて、ガウルの羽織っているマントの、前開きの部分をちょこんと持つ。

【そんなんじゃ、落ちるぞ】
「ええっ……じゃ、もっとくっついても!?」
【どうぞ】
「うひひひ」
 
 ガウルの腕の中にいるだけでも幸せであるのに、横乗りであるのを良いことに、杏葉はガウルのマントの懐に潜り込んで、自分の前でしめて顔だけ出した。二人羽織状態である。

【ふ、ふ、ふ】
「ガウルさん!?」
【ああいや、よくそんなすっぽりハマるものだなと】
「むうー」
【くっくっく、上からでも頬が膨れてるのが見える。まるでリスだな】
「さては、面白がってますね!」
【否定はしない】
「んむー!」

 とはいえ、杏葉は馬鹿ではない。
 
 こうしてガウルが緊張をほぐしてくれているのは、分かる。走る馬(結構速い!)に乗るだけでドキドキするし、ましてや未知の地へ向かうのだ。おまけに、通訳! と豪語するものの言葉が分かる保証はない。

 ふとした時に襲ってくる不安。
 ダンとジャスパーと三人だけで、ひょっとしたら人間全部の運命を背負って……

【アズハ、大丈夫だ。一人で背負えるものなんか、それほどない】
「ガウルさん……」
【知って、広める。とりあえずはそれで良いと、俺は思う】

 頭上でニヤリとする銀狼は、直感通りに、優しく温かい心の持ち主だと確信した。
 杏葉は、彼の両手が手綱で塞がれているのを良いことに、その胸にギュウッと抱きついた。
 ぐりぐりと、顎の下の柔らかい毛を頬で堪能する。

【コラコラ】
「もふもふ!」
【その、もふもふ、てなんだ?】
「んー、説明が難しいです……」
 
 と言いながら止める気はない杏葉。
 
 ぎゅぎゅー、ぐりぐり。
 ぎゅぎゅー、ぐりぐり。
 
【ん"ん"ん"】


 ――だから、そういうのは求愛行動なんだがな……


 言っても無駄だろう、とガウルは密かに諦めた。
 
【見えて来たぞ。あそこで休憩しよう】

 鬱蒼とした森の中に突如として現れた泉は、澄んだ水をたたえる静かな場所だった。

「うわぁ……綺麗……」

 サー、と小さな滝が流れ込み、小さな虹を作って、その周りをヒラヒラと蝶が行き交っている。

【ここで休憩しながら、これからの相談をしよう】
「分かりました!」

 杏葉は後ろからすぐに追いついたリリとジャスパー、ダンにガウルの言葉を伝える。
 皆は頷くと、泉のほとりの木にそれぞれ馬の手綱をくくりつけた。
 座りやすそうな草むらを探して腰を下ろしたり、水筒に水を汲んだりして、ひと息つく。

「ぷはー、生き返る!」
 マントを脱いで伸びをするジャスパー。
「冷たくて美味しい水だな」
 ダンは水筒をぐびぐびあおる。髭についた水滴を腕で拭いて、またあおる繰り返しだ。
【癒しの泉にゃ】
「癒しの泉?」
 リリの言葉を反芻する杏葉に
「癒しの泉だと!? これがか!?」
 ダンが、反応した。
「ここが、癒しの泉なのですか?」
 杏葉がガウルを振り返ると
【ああ、ここにいるだけで回復するようだろう?】
【ここのお水飲むと、元気になるにゃ】
 二人とも頷く。

「な、んということだ……ここにあったのか……」
「ダンさん?」
「俺の娘は、ここを目指して……死んだ」
 ダンよりも、ジャスパーが辛そうな顔をする。
「えっ!」
「正確には、行方不明のままだがな。不治の病を抱えていたんだが、俺が任務でいない間に、『癒しの泉に行く』と書き置きを残して旅立って……そうか、ここなのか。はは」
「まさか、すね」

 自然と、ダンとジャスパーが泉に向かって手を合わせている。
 
「……ダンさん。どこまでなら、話しても良いですか」
「ふ。アズハのこと以外は話して良いよ」

 不思議な顔をして様子を見ていたガウルとリリに、杏葉は、自分が『養女』であり、その前にいたダンの『実の娘』がここを目指していたと話をした。
 
【その話が本当なら、癒しの泉の存在を人間に伝えた者がいるということだ】
【獣人の間でも、それほど知られていないにゃ】
「!」

 ダンが、驚愕の表情をする。

「人間が、ここに来た……?」
【もしくは、人間の言葉が分かる誰か、だな】


 ピューイ、と遠くで、鳥が鳴いた……
 
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