彼岸花

司悠

文字の大きさ
上 下
6 / 15

1968年師走、その1

しおりを挟む
 漫才の決行日は十二月二十一日、土曜日だ。
あと三週間、僕が部室へ行くと、正志(タダシ)がソファーで寝そべっていた。
「よぉ~、正しくないのに正志! 久しぶり」
「何んや、幸せじゃないのに幸子みたいに言うな! 」
彼はそう言いながら続けて、
「よぉ、久しブリっと屁をこいた」と本当に放屁した。 
「臭い奴やな」。
「神尾は? まだ生きてるか? 」
「多分」
「全共闘の前で漫才やるってーー 」
「せやねん」
「一歩間違うたら、殺られるでーー 」
「覚悟のうえや」
「そうでっか」
「そうでおま」                       
 正志が部室を出ていき、しばらくして神尾がやって来た。
彼と一緒に蛾が迷いこんできたのを僕は見つけた。小雪のように小さくて白い蛾だ。
「あっ、蛾や! 冬やのに蛾がおるんや」
「死に場所を探しているんだ」神尾が言う。
その蛾は音もたてず探し物をするかのようにあっちへヒラヒラこっちへヒラヒラ飛んでいく。
冬に蛾は似合わない。生きていく辛さが飛んでいく。僕はそんなことを考えながら蛾を追いかける。蛾は壁に留まる、僕は近寄る。
「逃げろよ」神尾が言う。
その言葉が伝わる、冬の蛾はヒラヒラ逃げた。
また壁に留まる、僕は近寄る、逃げたヒラヒラ。何回か同じことを繰り返した。そして、僕は窓を開けた。冬の蛾は外へ。死に場所を探せよ、僕は思う。
白い蛾は桜のようにヒラヒラヒラと回った。そして青空へ消えていく。多分死ぬのだろう。               
「バァ~イ、菜の花咲けば、今度は紋白蝶になって帰ってこいよ」神尾が呆けた。
「なんでやねん」
「死んで生まれ変わるのさ」神尾が言った。
僕は窓を閉めながら、
「ほんの今まで、正志が部室で寝とった」と神尾に言った。
「生きとったんか」
「生き恥さらしとった」
「ラブ チェンジレスか」サークルで英語の直訳が流行っていた。
「??? 愛、変わらない? 愛、変わらない? か」
「相変わらずだ」と神尾は笑った。
「ずらわかいあーー 」僕は逆さ言葉で応酬した。
          ☆
 ロングヘアーの美沙はいなくなった。今はショートカット、髪の毛を切った分、美沙は遠くなった。半年前からその兆候はあったのかも。あの時、
「ごめんネ」と美沙は泣いた、未来のパラダイムが消えた日。
「世のなかは面白くない真実と面白い虚偽でできている」神尾は言った。
「その裏もありよ、面白い真実と面白くない虚偽、そうとも言えない? 」美沙は言った。
僕らから距離を置くこと、過去のパラダイムからの脱却、彼女の中ではそれが必然だったのかも。今は全共闘のなかで自分のアドレスを探している美沙ーー それが現在のパラダイム? トライアングルが崩れていく。
寂寥感、欠落感、そして喪失感、それらが僕の心に拡がりつつあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

クィアな僕らはカラーフィルムを忘れた【カラーフィルムを忘れたのね 書いてみました】

愛知県立旭丘高校
現代文学
Nina Hagenの『カラーフィルムを忘れたのね』を小説にしてみました。 村上春樹の『風の歌を聴け』に憧れて描いた作品です。 村上春樹っぽさを感じていただけると嬉しいです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夏海の青春

水無瀬 桜
青春
黒い髪に眼鏡の女子高生 荘野夏海はかかりつけの精神科医からの紹介状を持ち、帝都医大 精神科へ そこでの出会いから夏海自身、精神科医を目指すことになる。

処理中です...