黒い薔薇を君に

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黒い薔薇を君に

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『いいですか?お嬢様、お嬢様は悪役令嬢なのです。君は僕の花、略して君花のローズはそんなにおどおどした性格ではありません!ほら、シャキッと背筋を伸ばしてください』

捲し立てるようなモネの声に、私は更に身をすくめたくなる気持ちを抑え背筋を伸ばしました。
しかし、モネはまだまだ不満と言うように、目を吊り上げて、人を見下す態度をとるのです、などと良く分からない事を浸すらいい続けるのです。


モネは、私の専属侍女です。
公爵家である我が家に雇われ、是非にと私の専属になったそうですが、モネは私と2人きりになるとよく分からない事を延々と言うのです。

初めてモネと会ったのは、4歳の頃でした。
ちょうど、お母様のお腹に新しい命が宿り皆がそちらに掛り切りとなり寂しく思っていたタイミングでしたので、始めは私をしっかりと見てくれるモネの事が大好きでした。

モネも始めはローズ様可愛すぎる、嬉しいなどと口にし私を可愛がってくれていたように思います。
けれど、それは次第に変わっていきました。

何やら、モネには私になって欲しい将来像があるようで、
しかしそれは子どもの私にも分かるように決して褒められる人間ではないように思いました。

私がモネにその事を尋ねると、
「お嬢様はそうあるべきなのです!傲慢に、わがままに、そして孤高の存在が悪役令嬢ローズなのですから!」
と言っていました。

私はそれはおかしいのではと思いましたが、屋敷の中で私の話を聞いてくれるのはモネだけでした。
お母様とお父様は、生まれてきた私の弟であるリチャードに夢中になり私の事はまるで忘れてしまったかのようですし、屋敷の使用人達は雇い主であるお父様の意向が絶対ですので、お父様が忘れてしまった私の事は放っておいて良い存在となったのです。

そんな訳で私は常にはモネしか居らず、しかしリズの威圧さえ覚える言動は私にとって恐怖となり、さりとてリズが心の拠り所でもありました。

そんな私の環境は12歳になった今も変わらずで、残念な事にリズの思い描くローズになれない私は、苛立つリズにさらに叱咤されるという悪循環に陥って居ります。


モネ以外には空気のような存在の私ですが、そこは公爵家です。
きちんと家庭教師やマナー講師の先生方がいらっしゃって日々、たくさんの事を学んでおります。
家族とは話す事がなく、モネは怖く…そんな中で素晴らしい方達である先生方は私の光でした。
ですからせめて、先生方から褒めていただけるように私は真剣に学びました。

もっと自信をお持ちくださいとも言われますが、先生方には概ね良い評価を頂けています。
その事がまたモネを苛立たせているようですが、先生方に横柄な態度など取れる訳がないのです。


そんな日々を過ごしていたある日、私は何年か振りにお父様から呼ばれました。

「いよいよ、王子の登場ね!」

モネはそう言いながら、綺麗なしかし少し派手過ぎるドレスを私に着せ、髪をクルクルに巻いて応接室へと私を連れて行きました。

「お父様、ローズでございます」

久しぶりにお父様に会うことに緊張しながらも、普段マナーを教えてくださっているマーガレット婦人に恥じないよう気持ちをキュッとして静かに開いたドアの向こうへ足を踏み入れました。

「ローズ、此方に来なさい。殿下、娘のローズでございます」

お父様の言葉に驚きました。
モネは此方に殿下がいらしていた事を知っていたのでしょうか…?
お父様の咳払いが聞こえ、慌てて口を開きます。

「お初にお目にかかります。アビゼ公爵家が長女ローズでございます」

「ローレンス・アイヴィスだ。宜しくね、ローズ嬢」

カーテシーをした私に、殿下は優しく笑いかけてくださいました。

「ローズ嬢は、何故ここに私が居るのか不思議だろう?今日はアビゼ公爵に無理を言って来たんだ。王命とは言っても自分の事だし、どうせなら仲良くしたいからね。
ローズ嬢、私と婚約をしていただけませんか?」

私も公爵令嬢です。
歳も近い王家の方がいらっしゃる事は存じて折りましたし家柄からそういった事もあるとは教わってきました。
しかし、まさかご本人自ら婚約を結びにいらっしゃっていただけるとは…!

「喜んでお受け致します」

差し出された殿下の手に、おずおずと手を乗せると、私の手はギュッと握られました。

「これから宜しくね、ローズ」

「…宜しくお願い致します、殿下」

その後、殿下と共にいらっしゃっていた秘書官の方とお父様を混じえ書類を交わし、私と殿下は婚約者となりました。
にこにことしている秘書官や護衛の方々、殿下と対象的に、なんとも言えない表情のお父様と、怒りを抑えている顔であろうモネの顔が私には大変恐ろしく感じました。

そんな私の心を知ってか知らずか、殿下は私と2人で話したいとおっしゃいました。
それでは庭でも…と言うお父様の声に被せるように、殿下は
「ローズの部屋が見てみたいな」
とおっしゃいました。

お断りする理由もない為、私は殿下を部屋に案内する事にしました。
当然、私付きのモネも同行しようとしますが、護衛にそっと止められておりました。
何かご用があるのでしょうか…?


「こちらになります」

私が部屋に案内すると、殿下は一瞬ポカンとした表情をし、それを直ぐに取り繕ったように再び笑顔に戻しました。

「何かありましたか?」

不安になって尋ねる私に、首を降るとお茶にしようと誘われました。
殿下に促されるままにソファに腰掛けます。
お茶は殿下の護衛の方が運んで来てくださいました。
公爵家の筈なのに何だか不思議な感じです。


「改めてローズ、これから宜しくね。私の事はそうだな…ロニーと呼んで欲しいな」

「…ロニー殿下ですか?」

「婚約者なのだからロニーでいいよ」

「では、ロニー様と」

「ふふっ、慣れたらいつでも呼び方は変えていいからね。さて、婚約者になったのだし私の事を知って貰おうと思うんだけど聞いてくれる?」

私が頷いたのを見て、ロニー様は年は14歳で兄が2人と妹が1人居る事、兄弟との話、好きな食べ物嫌いな食べ物、好きな事嫌いな事…色々お話しくださいました。
もちろん、基本的な事は家臣として存じておりましたが、ご本人から伺う事でずっと身近に感じられるようになった気がしました。

「それじゃあ次はローズの事を教えて?」

「はい…私は12歳なので、殿下の2つ下ですね。弟が1人おりますわ。弟は…そうですね、私とは余り似た顔立ちではなく蜂蜜色の髪ですわね。好きな食べ物は…」

お話しする中で、ロニー様が楽しくお話ししてくださった事のほとんどを上手くお話しする事が出来ませんでした。

「ロニー様、申し訳ありません。私、こうして誰かとお話しする事が初めてで…」

下を向く私に、ロニー様は優しく大丈夫だよと仰ってくださいましたが、私は自分が情けなくなりました。
日々、モネと2人で部屋に籠もるか先生方とのお時間ばかりで好きな事や嫌いな事について考えた事など無かった事に気がついたのです。
何てつまらない人間なのだろうと思われたら…そう思うと悲しくなりました。

「ねぇ、ローズ?」

ドレスのスカート部分を握った私の手を殿下の手が包みました。
顔を上げると微笑みを浮かべた殿下の顔が見えます。
殿下は婚約者になったとはいえ、今日初めて会ったばかりの私に何故こんなにも優しくしてくださるのでしょう?

「ローズは今までたくさん頑張ってきたと思うんだ。マーガレット婦人も、家庭教師の先生も誉めていたよ。でもね、頑張り過ぎるといつか疲れて動けなくなってしまうかもしれない。だから、これからは「…頼る?」

「そう。ローズは何か困っている事はない?」

困っている事と言われてもパッと思いつく事がありません。

「…いえ、特には」

「本当に?例えば、ここはローズの部屋だよね。周りと比べるのもあれだけど、多分ローズは男爵令嬢なんかよりも物を持っていないんじゃないかな?私の妹の部屋はぬいぐるみや、花が飾ってあったり可愛らしい物や綺麗な物が色々置いてあるね。この部屋がさっぱりしているのはローズの趣味?」

「…ぬいぐるみ。そうですわね、昔、小さな時にはあったかもしれません。部屋を飾るという考えは今までありませんでしたわ」

「そうか。ご両親からのプレゼントだったり、自分の宝物はある?」

「…プレゼントを頂くという事は今までありませんでしたので」

「あの侍女の事はどう思う?」

「侍女…モネでしょうか?変わった人だとは思いますが、いつ
も側に居てくれます」

そこまで言ってから、先程のロニー様の頼ってと言うお言葉を思い出しました。

「…私にはモネしか居ませんでしたが、その…何というか不思議な事をよく言っていまして、私を悪役令嬢?だと言われ続けて傲慢に、わがままになるよう良く言われているのです」

「…ローズは公爵令嬢だ。貴族の上に立つ者としてだから時として傲慢に、わがままに振る舞う必要がある場面もあるかもしれない。でも、侍女が言いたいのはきっとそうではないんだね?」

「えぇ…。先生方の教えとは真逆の事だったりもありますので」

「ローズはその侍女が好き?」

「好き…?」

私はモネの事を好きなのでしょうか?初めて会った頃はそう思っていた事もあります。

「私はモネに助けられてきました。家の者は皆…私とあまり関わらないので。そんな中でモネはいつも私と一緒に居てくれましたから。…でも、好きかと言われると分かりません。…モネの事を怖く感じる事もあります」

こんな事を、しかもこの国の王子に言ってしまっていいのかという気持ちはあります。
けれど、ロニー様は優しく私の話を聞いてくださいました。

「ロニー様、私は多分お父様やお母様からは何とも思われていない存在なのだと思います。貴族は10歳のお祝いのパーティーは盛大にやるものだと伺いました。ある程度マナーを学んだらお茶会に行ったり開いたりをするのだと伺いました。先生から家族で話すか、一緒に食事をとっているかと聞かれました。弟とは遊ぶか聞かれました。

…私は、そのどれもにいいえとしか答えられませんでした。けれど、その事を深く考えないように目を背けて参りました。先程のロニー様のお話しを聞いて、やはり私の家は…いいえ、私は普通ではないのだと分かりました。私は…」

「ローズ、良く聞いて。ローズは、公爵と前妻の子なんだ。前妻はローズを産んで暫くしてから儚くなられている。そしてその後直ぐに後妻に入ったのが現公爵夫人、君の弟の母親だ」

そのお話を聞いて、私は納得しました。
ずっと蓋をしてきた寂しく、悲しく、何故?どうして?という気持ちの答えがそこにありました。

「…そうだったのですね」

「それでだ、ローズには選ぶ事が出来る。アビゼ公爵家に留まり私との結婚まで我慢するか、イキシア侯爵家…君の産みの母君のご実家だね…に行くか、私と一緒に城に行くかだ」

突然の選択肢に、私は何も言うことが出来ませんでした。

「急な話だよね。そうだね…難しく考えないでローズの気持ちを聞かせて欲しい。…ローズはこの家に居たい?」

「…いいえ。ここは私の居場所ではないのでしょうから」

私は、絞り出すように言葉にしました。
色々理解してしまった今、前と同じように何も見ないまま暮らせるとは思いません。

「そうだね。私としてもローズをここには置いておきたくないよ。先ず、私と城に行こう。部屋は有り余っているし母上達もローズに会いたがっているしね。それからゆっくり、侯爵家に行くか城に居るか考えればいい」

「ロニー様、何から何まで…」

「ローズ、この婚約は王命だけど私の意向も加味された上での婚約なんだよ。初対面の君にこんな事を言うのは可笑しいかもしれないけれど、私は君が好きだよ。だからこそ、君に辛い思いはさせたくないし笑っていてほしいんだ。好きな物がないなら、これからたくさん好きな物を作ればいい。そこに私も入れてくれたら嬉しいな」

最後の言葉はハニカムように言ったロニー様は、やはり優しいお顔をしていました。
そんなロニー様のお心がとても嬉しくて、涙がでてしまいました。
慌てて涙を拭った私を見て、たくさん泣いていいんだよと胸を貸してくれたロニー様に縋って私は身体中の水部が無くなってしまうのではないかと言う程涙を流してしまいました。

戻ってきたモネと、いつの間にか屋敷に来た王家に使える侍女の皆様があっという間に私の荷物を纏めてくださり、ロニー様と共に私は生まれ育った屋敷を離れました。


陛下や王妃様、ロニー様のご兄妹であられる殿下達は暖かく迎え入れてくださいました。挨拶をし、皆様と食事の席を共にさせていただき、用意してくださった素敵な暖かみのある部屋に戻っても、一緒にお城に来た筈のモネの姿は見えませんでした。

翌朝になっても、モネは居ませんでした。
お城の侍女達がお世話を焼いてくださり身支度に問題はありませんでしたが、いつもとの違いに私の心は戸惑いをぬぐう事が出来ません。

朝食の後、ロニー様に誘われて庭のガゼボでお話をする事になりました。
そう言えば屋敷の庭も満足に見たことがなかったなと何とも言えない気持ちになりもしましたが、流石お城の庭は大変美しく心が洗われていくような気持ちになりました。

誘われたガゼボは、薔薇に囲まれておりました。

「ローズには、薔薇が似合うと思って」

そうロニー様がエスコートしてくださり、私は薔薇の似合う淑女になろうとこっそり決意いたしました。


「ローズ、侍女の事を気にしていると思ってね。これはあの侍女が書いたローズ宛の手紙だよ」

「手紙ですか…?」

おずおずと受け取った私に、ロニー様は読んでいいよと言ってくださったのでこの場で封を切らせていただきました。
手紙はかなりの枚数があるものでしたが、私は静かに読み進めました。

モネからの手紙の中身は、あのいつも口にしていた悪役令嬢が出てくる物語でした。

わがままで身勝手なローズは何度となく父親からもお叱りを受けてもその振る舞いを変える事はなく、勝手に買い物をし、勉強をサボりと傍若無人な方でした。
10歳のパーティーの際は、自らパーティーを開くよう動き実に派手なパーティーになりました。
お披露目パーティーが終わればお茶会のお誘いが来ます。
ローズはドレスを何着も作り、お茶会でも好き勝手な態度を取り続けましたが公爵令嬢を諌められる者はいません。
両親は、言う事を聞くまで喚き続けるローズに辟易としローズの好きなようにさせていました。

11歳の時に、ローズは王家主催のお茶会で第三王子であるローレンス殿下に一目惚れをします。
ローズの性格は問題になったものの、家格も年齢も釣り合う事で無事にローズはローレンス殿下と婚約が成立します。
しかし、ローレンスはローズの身勝手な振る舞いが許せず強引に決められた婚約も受け入れる事が出来ませんでした。

形だけの婚約は、それでも覆されることなく二人は学生になります。
15歳からの3年間、貴族と裕福な一部の平民は学園に入り勉強と社交を学んで行くのです。
ローズが1年生として入学する同じ年に、イベリスと言う男爵家の庶子だった可憐な令嬢も入学しました。
イベリスは入学直前まで平民として暮らしていた為、貴族としての振る舞いが出来ません。
しかし、その天真爛漫な姿は多くの令息の心を捉えローレンスもその1人となります。
ローズは怒り狂い、イベリスを虐めます。
そしてローレンスの学年の卒業パーティーで、ローズの行いは白昼の下にさらされ、ローレンスとローズは婚約を解消、ローレンスはイベリスと婚約し、ローズは修道院へ入ることとなりました。

物語の流れはこのような形でした。
事細かに学園でのイベント?が書かれており、そこでの選択によってローレンス以外の令息と結ばれる未来にもなるようです。

手紙の最後の一枚は、モネの言葉でした。
そこには、物語を間近で見たいが為に私の侍女となった事、ストーリー通りになって欲しいという気持ちで私に関わり、結果として私の性格を変えストーリーを変える事になってしまった事が書かれていました。

『お嬢様、今までお嬢様を苦しめる形になってしまい申し訳ありませんでした。物語に拘る余り、私は目の前のお嬢様を見る事が出来ていませんでした。
いつも、お嬢様は1人必死に頑張っていらしたのに私はその事を見ようともせずにいました。
ローレンス殿下の護衛の方と話して初めて、私はお嬢様にしてしまった事の大きさを知りました。
私だけは、あの屋敷の中でお嬢様の味方出いるべきだったのです。
それなのに、私はただ独り善がりな気持ちの為に幼いお嬢様に酷い言葉を投げつけてばかりでした。
この世界は現実なのに、私はそれが分かっていなかったのです。
この物語は、この世界が辿るかも知れない一つの可能性として見て下さい。
お嬢様が、学園に入学した後役に立つ事もあるかもしれません。
私が言う言葉ではないですがお嬢様、どうか幸せになってくださいませ。』

モネは、何故かは分かりませんがずっと物語に囚われていたのでしょう。
この物語が何なのかよくは分かりませんがモネがもし、私の侍女にならなければ寂しさからワガママし放題をする私が出来ていたのかもしれません。

と言う事は、ロニー様がイベリス男爵令嬢と懇意になる未来も無きにしろあらずという事でしょうか…。

「ローズ、読んでも?」

私の様子がおかしかったのか、ロニー様が声を掛けてきました。
この物語はロニー様にも読んで頂くべきだと思い、私はロニー様にモネの手紙を渡しました。


「…これは、妄想の類なのか分からないけれどやけにリアルだね」

流石にロニー様も困ってしまう内容でしたわね。

「…はい。私は誰からも嫌われる人間になっていたかもしれないと手紙を読んでいて思いましたわ」

「ローズにはむしろ、もっとわがままを言えるようになって欲しいくらいなんだけどね。イベリス男爵令嬢か…調べておくだけ調べておこう」

私は、ロニー様を見て尋ねました。

「モネは、これからどうするのでしょう?」

「彼女は大人だ。きちんと身の振り方を考えて出ていったから大丈夫だよ」

「私も、モネに手紙が書きたいのです」

モネは、謝るばかりでしたがモネが居てくれたから私は今までやってこれた部分もあるのです。
確かに怖く思う気持ちもありましたが、感謝の気持ちをただ、伝えたいとそう思いました。

「分かった。手紙は掛けたら必ず届けてもらうから書くといいよ」

「ロニー様、ありがとうございます。私、一つ宝物が出来ました。モネからの手紙は内容はどうであれ、私の宝物です」

ロニー様は私の言葉に微笑むと、今まで向かいに座っていたのを隣に移動してきました。

「ローズ、最初の宝物枠を取られてしまったのは残念だが、私からプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかい?」

そう言ってロニー様が取り出したのはピアスでした。

「ロニー様、ありがとうございます。けれど私ピアスの穴は開いていなくて…」

「うん。だからローズが良ければ私に開けさせて欲しいんだ。片方はローズの耳に、もう片方はローズが私の耳に付けてくれたら嬉しいんだけど…」

まだ会ったばかりのロニー様ですが、既に私にとって大切な存在になっています。
ピアスは少々怖く思いますが、断る理由はありません。

「ロニー様、嬉しいです。でも、その…痛いのはちょっと」

「大丈夫!しっかり冷やしてから開けようね」

それからあれよあれよと道具が届き私の片耳にはロニー様の瞳と同じマリンブルーの石の付いたピアスが、ロニー様の耳には私の瞳と同じアメジストの付いたピアスがしっかりと固定されました。

「ローズ、大丈夫?」

「ちょっとジンジンしますが大丈夫です。ロニー様、ありがとうございます。一生の宝物にしますね」

私の言葉に、ロニー様もニッコリと微笑んでくださいました。


その次の日には、侯爵家の方とお城で面会を果たしました。
今まで会うことはお父様が拒絶していたそうです。
亡きお母様のお母様は泣いて抱きしめてくださり、お母様のお兄様、現侯爵様は是非養子として迎え入れたいと仰ってくださいました。

王家の方々の後押しもあり、私はローズ・イキシアとなりました。
12歳とお披露目パーティーには遅い年齢ですが、イキシア侯爵家の皆様は張り切って準備してくださり、多くの方がお祝いに来てくださりました。
皆様、10歳になってもパーティーがなくお茶会にも出てこない私を心配してくださっていたそうです。
また私の生家である公爵家の評判は悪く、仕事をしない公爵に社交を全くしない公爵夫人に公爵の爵位はそぐわないと言う話が出ているそうです。

…あの方達は大丈夫なのでしょうか?


幸せな家庭と言う物を知った私は侯爵家で巡りめく季節を迎え、15歳になりました。

因みに、少し前にアビゼ公爵家はお取り潰しとなりました。
何やら不正が発覚したそうで、誰も庇わない状態だったそうです。公爵領は一度王家に返還され、ロニー様が家臣に降りる際に新たな公爵の爵位を頂き、治める事になるそうです。

弟のリチャードが少し心配ではありましたが、子爵である元公爵夫人の実家に揃って身を寄せた事により祖父母によってしっかりと教育が成されていると聞き安心致しました。

そして私はと言えば、遂に学園での生活が始まりました。
毎朝、侯爵家まで迎えに来てくださるロニー様と一緒に登校し、ランチも毎回教室に迎えに来てくださるロニー様と共にいただいています。
ロニー様は17歳となり、出会った頃よりずっと背が伸びましたが出会った頃と同じ優しさを私に向けてくださります。

周りの皆様からは仲が良くて羨ましいですだとか、ローズ様はお幸せですねとお声掛け頂き、恥ずかしくもありますが嬉しく思っております。

穏やかな日々に忘れていましたが、イベリス男爵令嬢は結局どうなさったのでしょうか…?
そう言えば学園でもお茶会でもお会いする事がありましはさん。
気になってロニー様に聞いてみました。

「あぁ、調査をしたら確かに存在していたし庶子から男爵令嬢になっていたよ。ただかなり問題がありそうだったからね…。
ほら、今年から学園の入学基準をしっかり設けたでしょう?テストは基礎知識問題だし、面接も商家やそれなりに学のある平民なら受かる程度のものなのに受からなかったんだよ。その事でだいぶ男爵家はごねたらしいけれど最低限の事も分からない人間がいたら秩序が乱れるし、本人も授業についていけないからね。本当に貴族として生きていく覚悟があるなら来年また試験を受けるだろうけど…どうだろうね?」

やはり、モネの物語は侮れないものだったみたいです。
この平穏も、モネとロニー様のお陰と言う事でしょうか。

「モネにお礼の手紙を書かなくてはなりませんね」

私がそう言えば、ロニー様は私もローズから手紙が欲しいなと言って手を握ってきました。
私はもう片方の手をロニー様の手に重ね、では日頃のお礼のお手紙をと言うと、出来れば愛を囁く手紙がいいなと恥ずかしくなる事をおっしゃいました。

ロニー様は、近頃私をからかっては赤くなる私を見て楽しんでいらっしゃるのです。

「ロニー様、お慕いしておりますわ」

何となく、口に出したくなった言葉をロニー様にお伝えすると、ロニー様は何時もの私のように顔を赤くなさいました。

「ローズ、不意打ちは…」

顔を隠しながらそう呟くロニー様を見て、私は幸せだなと心から思うのです。

ロニー様、私はずっと貴方と共に…。



私の婚約者であるローズはとても可愛らしい。
見た目はもちろんだが、中身もとてもだ。

あれは私がまだ13歳の頃だ。
王子という立場から毎日家庭教師やらマナー講師やらが来ては勉強漬けの日々に少々嫌気が差していた。
思想が偏らないように、家庭教師は日替わりでやってくる。
ついでにその家庭教師達は、他の高位貴族の子息令嬢にも手解きしており様々な情報も伝えてくる。

その中で気になる令嬢が出来た。
私には厳しい家庭教師が、その令嬢の話になると急に悲しそうな顔をするのだ。
大変勉強を頑張っており、素直な令嬢だがどうにも家庭内で良い扱いを受けていないのではないかと言う話だった。

また、他の日にはマナーを教わっているマーガレット婦人も同じような事を言う。
マーガレット婦人も余り人を誉めないと評判の婦人であるのに、その令嬢の事は大変誉めていた。

そこまで講師人から高評価を受けるのに暗い顔をさせる令嬢とはどんな人物であるのか気にならない訳がない。
私は、父上にお願いして影に探ってもらう事にした。

上がってきた報告書を見て私は講師人の言葉を理解した。

私は王族だが、陛下である父上は側室を取らず夫婦仲も、兄弟仲も家族仲は大変良好な中で育った。
その為、このローズ嬢の置かれる環境は想像し難いものだった。
そして、私は自分を恥た。
私がぬるま湯に浸かっている事を、ローズ嬢から報告書を通して見せつけられたからだ。

そこからは、きちんと勉強に力を入れるようになった。
力を付けたいと思ったから。

ローズ嬢の現状は、所詮は家の中の事であり肉体的な虐待死であればこちらも手が出せるが衣食住はきちんと提供され、侍女も家庭教師もついているのだ。
これでは王家であっても介入は難しい。

これは報告書を見た父上と母上も同じ意見だった。

暫く家庭教師と影に報告させる日々が続いた。
どうやら侍女にも問題があるようだ。

ローズ嬢を助けたい、私の手で守りたい、その強い心が折れないように支えたい、そう思うようになるまで時間は掛からなかった。

14歳になり、私は陛下にローズ嬢の婚約者になりたいと願い出た。
陛下は散々同情ではないのかと確認され、私はそれをひたすら否定した。
ローズ嬢は公爵家であり、もともと有力候補の一人だ。
問題なく話は纏まったが、私は自分の口から婚約を願い出たかった。
政略結婚などではなく、愛のある結婚だと伝えたかったのだ。
父上達ともよく話し、城に連れ帰る許可も得た。
秘密裏に侯爵家にも話を通してローズ嬢の受け皿を作った。

恋焦がれていたローズ嬢は、想像よりもずっと可愛くそして悲しい世界で生きていた。


すんなりと私を信頼してくれたのは、周りに親身になって話を聞いてくれる人が居なかったからだろう。
家庭教師達は所詮公爵に雇われているに過ぎず手を差し伸べ過ぎる事は出来ないのだ。

すんなりと私を信じ、そして縋るローズを見てこれは、私のものだと強く思った。
そして、公爵家は許せないとも。

それからの私はローズが全てになった。
ピアスに関しては独占欲が酷すぎると言われたが、独占欲の塊なのだから仕方ない。

始めは侍女にも鉄槌をと思っていたが、ローズの様子から許す事にした。
侍女自身も反省し身の程を弁え距離をおいたし、妄想紛いだが有益な情報提供があったのもある。
偶にに手紙の最後やり取りをして喜んでいるローズは可愛い。

公爵家には、きちんと罰を与えた。
と言っても公爵自身が真面目に働かずに執事に任せきりだった仕事に粗があり過ぎたのだ。
徹底的に潰した私を見て、兄二人は頼もしくなったと笑っていた。
公爵家で働いていた者達も前の職場が潰れた公爵家とあってはまともな職は望めない。
ローズを放っておいて、その先に幸せなどないのだ。

ローズとの学園生活は残念ながら1年しかない。
しっかりと楽しめるようトラブルを起こすような人間は入学前に弾くようにした事で、とても幸せな日々が送れている。

ローズは知らない。
影では蔦に絡み取られた哀れな薔薇と呼ばれている事を。
私が蔦だという表現はいただけないが、もう一つの魔王に捕まったうさぎとどちらがマシかと考えると、まだ魔王よりも蔦の方が柔らかい感じがするので良しとする。

全く、私の事を何だと思っているのか…。
私はただ、ローズが微笑んでいられるようにしているだけなのに。

もうすぐ、私は学園を卒業しなくてはならない。
幸い、優秀なローズは飛び級で一緒に卒業出来る事となった。
離れたくない、寂しいという私に、ローズが提案してくれた事だ。

卒業パーティーでは私の髪色を模したブラックローズの花束をローズに贈ろう。
108本の黒薔薇の花束はきっと壮観だ。

永久の愛を私の薔薇に…。
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