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103話 奏者の決断

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 いつも何かを決める時はお祖母様に決めてもらった。

「これからどうしたらいいのおばあちゃん? 
 私わかんない……」

 最初は両親が死んだ時だった。

 私が13歳の時に父と母は魔物に殺された。なんてことないどこにでもある話だった、両親が魔物に殺されるなんてことは。

 それでも私たち姉弟は悲しみ、途方に暮れた。

「これからどうやって生きていけばいいのか」と。

 そんな時に私たちを助けてくれたのはお祖母様だった。

 お祖母様は国に仕える魔法使いだった。
 お城に住んで、難しい魔法の色々と研究をしていた。

 お祖母様は両親を亡くして行く宛ての無い私たちを何も言わず引き取ってくれた。

 お祖母様は今まで住んでいたお城を出て、城下町の少し外れにある人の少ない落ち着いた土地に大きなお屋敷を建て、私たちはそこでお祖母様と一緒に住み始めた。

「お金のことは心配いりません。私があなた達が全員立派に独り立ちするまで面倒を見ます。ですが私はいつもあなた達と一緒に居て守ってあげることは出来ません。ですからアラクネ、私が家にいない時は一番お姉さんの貴方が下の弟と妹達を危険から守ってあげて下さい」

 どうしていいか分からない私はお祖母様にそう決めてもらった。

「お祖母様……私はどうすればいいですか……?」

 次は私が成人の儀を終えて天職を授かった時だった。

 私が授かった天職は『奏者』だった。『農民』と同じように所謂『平民職』と呼ばれる他の天職と比べればハズレの部類になるものだ。

 ちょうど重なるようにして私が成人するかしないかの間にお祖母様は心臓の病気を患ってしまい仕事が出来ない体になってしまった。幸いお城勤めのお祖母様はそれなりのお金を貰っており蓄えもあったため、直ぐに困窮するほど生活が苦しくなることはなかったがそれもずっとは続かった。

「お祖母様……どうすれば……私は……どうすれば……」

 再び助けを求めたのは私のすぐ下の弟が成人をして、家を飛び出した時だった。

 弟は底をつきかけていたお祖母様の貯蓄を全て持ち去って、私たちの前から消えてしまったのだ。

 お祖母様の容態はさらに悪化して、まだまだ成長途中で食べ盛りの残りの弟と妹達。
 私はなんの足しにもならなかったが城下町の至る所で笛を吹き、日銭を稼いでいた。

 何とか細々とみんなで協力しながらそれまで生活してきたが私は一人の家族に裏切られてどうしていいかわからなくなった。

『奏者』の私一人では家族を守ることは出来なかった。

 毎日色んなところで笛を吹き、身を粉にしてお金を稼いだ。
 それでもそんなものはなんの足しにもならず、直ぐに家族の為に消えてなくなっていった。

 わからなかった。

 どうしていいのかわからなかった。

 私はなんの為に生きているのか。

「一番お姉さんの貴方が下の弟と妹達を危険から守ってあげて下さい」

 わからなくなった時、いつも決まってお祖母様の言葉が脳裏に過ぎる。

 わからなかったからその言葉を頼りにお金を稼いだ。

 その言葉を信じて頑張れば、いつかは前のような暮らしが再びできると思った。

 でも、いくら頑張っても、笛を吹いても、お金を稼いでも、何も変わらなかった。それどころか生活はさらに厳しくなっていった。

「どうすれば……いいの……おばあちゃん……?」

 わからなかった。

 わからなくなった。

『奏者』の私では家族を守ることは出来なかった。

 わからなかった。

 わからなくなった。

 だから私は売ることにした。

『自分』を売ってお金を稼ぐことにした。

 家族を守るために。

 怖かったけれど、売ることにした。

 そうすれば私は家族を守ることが出来るから。

 初めて『自分』を売るために夜の街へ足を運んだ。

 怖くて、怖くて、気が狂いそうだった。

 少しずつ目的のお店に近づいていくごとに体の震えは酷くなっていった。

 知らない人に抱かれるのは嫌だった。

 考えるだけで怖くて吐きそうになった。

 それでも家族を守るために私は我慢をした。

 自分の気持ちを推し殺そうとした。

 "そこの道行くお嬢さん、具合が優れないようですが大丈夫ですか?"

 そんな時、私はフルーエルと出会った。

 ・
 ・
 ・

「私はあなた達に協力することはできません」

 長い沈黙の後、放たれたアラクネさんの答えは否定だった。

「理由を聞いてもいいでしょうか?」

 俺はアラクネさんに聞く。

 いきなり現れて、滅茶苦茶な事を言っている自覚はある。だから勧誘を断られるのは不思議なことではない。
 いきなり「一緒に魔王を倒してください」とかそりゃあ困惑するし「はい、手伝います」と二つ返事で頷いてくれるはずがまずない。

 それでも一度断られたくらいでこっちも引く気はない。魔王を倒すためには仲間が多いに越したことはないし、魔装機使いが一人仲間になるだけでかなりの戦力強化に繋がる。

 まずは断る理由だ。
 これを聞かなければこれからの説得のしようがない。

「私は今日まで家族を守ってきました、それは明日からも変わりません。私はあの子たちが立派に成人するまでここを離れるつもりはありません」

 アラクネさんは俺の質問にそう答える。
 なんの迷いも無い、昔から決まっていた覚悟が彼女からは感じられる。

 まあ何となくわかっていた。
 昨日今日とで会った関係ではあるがアラクネさんと言う人間がどういう人なのかを考えればこの答えは分かった。

 この人はとても家族愛に満ちた人なのだ、他の人より何倍も。
 それは彼女と家族のやり取りを見ていればわかった。

「魔王を倒すという大役を断るには少し私情が過ぎるかもしれませんがこれは私の大事なことなんです。だから……ごめんなさい」

 アラクネさんは深く頭を下げて謝る。

「こっちが無理を言ってるんです、謝らないでください。それにアラクネさんの気持ちもわかります……」

 断る理由を聞いてから説得だとは思ったものの、こんな覚悟のある言葉で言われては説得の余地がない。

 それにもし、自分も彼女のように家族や恋人、大事なものが近くにあったのならば同じ事を言っただろう。

 彼女には優先順位がはっきりとあるのだ。

 だからこの勧誘を断られても俺は何も言うことはないし、あっても言えない。
 家族はとても大事なものだと俺も思うから。

「ありがとうございます」

 アラクネさんはホッとしたように胸を撫で下ろす。

「お礼なんて言わないでください、それはむしろこっちの言葉です。色々とご迷惑をお掛けしました。助けてくれてありがとうございます」

 そんな彼女に俺はかぶりを振って、深く頭を下げる。

 無駄足になってしまったが仕方ない。
 人には人の事情がある、無理をしてまで説得するのは不躾だ。
 むしろとても善良な人の手元に魔装機があるということがわかっただけでも良かった。

 そう自分に言い聞かせて俺は気持ちを切り替える。

「それじゃあ掃除の続きをしましょうか」

 少し重たくなった空気を払拭するために俺は羽はたきを持って立ち上がる。

「本当に良いのですかアラクネ?」

 しかしそれは老婆の声によって止められる。

「……どういうことでしょうかお祖母様?」

 その問にアラクネさんは表情を少し強ばらせて答える。

「そのままの意味です。本当にそれで良いのですか?」

 老婆は続けて同じ問いを投げる。

 再び広間に静寂が訪れる。

「良いも悪いも私はお祖母様にそう決めていただきました。何も分からない私はお祖母様の「貴方が家族を守ってください」と、その言葉の通りに家族を守ってきました。それはこれからも変わりありません……!」

 そう語る彼女は段々と語気が強くなっていく。

「そう……ですね、確かに私は貴方にそう言いました」

「ならこれが私の正しい答えです!」

「そうですね、それが私の言葉に従った正しい答えです。けれど貴方の本心ではないでしょう?」

「そんなことありませんッ! 私は本当に家族を……お祖母様や子供たちを守りたくて……!」

 アラクネさんは明確な怒気を含んだ瞳でアラナドさんを射抜く。

「ごめんなさい、意地の悪い言い方でしたね。先程の答えが貴方の本心なのはわかっています。けれどアラクネ、あなた個人の答えを私とレイルさんはまだ聞いてません」

 反対にアラナドさんはとても穏やかに落ち着き払った瞳でアラクネさんを見返す。

「私……個人の……?」

「そうです。家族のこと、私の言葉など関係なく、アラクネの心がどう思っているかです。アラクネ、貴方はレイルさん達と一緒に行きたいのではないですか?」

「ッ……どう……して?」

 目を見開き驚くアラクネさんを見てアラナドさんは可笑しそうに笑う。

「わかりますよ、家族ですから……。貴方がフルーエルを連れてきて冒険者をするようになってから貴方はとても楽しそうでした。今までよりも何倍も広い世界を見て貴方が冒険者を本格的にやりたがっていたことは、貴方を見ていればわかります。その気持ちが強くなったのはトロールを一人で倒した辺りでしょうか?」

「ッ!!」

「たくさんの討伐金と共に貴方がとても楽しそうにトロールと戦った冒険の話をする姿は今でも覚えています。本当は自分の力がどこまで通用するか……自分が何処まで行けるのか試してみたいのではないですか?」

「それは……」

 アラナドさんの言葉に少女は何も続く言葉がない。

「アラクネ、とても臆病で勇敢な家族思いの私の愛おしい孫よ。貴方にはたくさんの苦労をかけてきました。最初は下にいる五人の弟と妹達を守るために、次は病気で倒れてしまった私のために、その次は居なくなってしまった一人の弟のために。自分の本当にやりたいことを我慢して、いつも私たち家族のことを優先してくれました。本当は年相応にやりたいことも沢山あったでしょう、本当にありがとうございました」

「おばあ……ちゃん……!」

 アラナドさんは椅子から立ち上がり少女の前に立つと優しくその頭を撫でた。

「でももう我慢することはありません。これからは貴方が思う、貴方の本当にやってみたことに挑戦してみなさい」

 そうして泣いてしまった少女を老婆は抱きしめる。

「でも……でも……ッ! 本当にいいの? 私がいなくなったら……」

「心配はいりません、貴方とフルーエルのお陰で体の方はもう随分と良くなりました。また仕事を始めようと思うんです、今度は小さな空き家を借りて魔法の道具屋でも。だから気にする事はありません。今度は私がアラクネを支える番です」

「おばあちゃん……私やってみたい! 挑戦してみたい!!」

「ふふふ『おばあちゃん』なんて呼ばれるのは本当に久しぶりですね」

 少女は老婆を強く抱きしめ返すと、今まで我慢していた気持ちを吐き出すように大きな声で泣く。

「レイルさん──」

 少女をあやしながらアラナドさんは俺の方を見る。

「は、はいっ!」

 あまりの急展開に一連の流れを呆けて見ていた俺は我に返り、思わず椅子から立ち上がる。

「──この子をお願いできますでしょうか? 気難しい子ではありますが、きっとあなた達の魔王討伐のお力になるでしょう。それだけは保証致します」

 真剣な表情でそうお願いされてしまう。

「いえ、お願いするのはこちらの方です。是非アラクネさんの力を貸してください……でも本当にいいんですか……?」

 俺は逆に頭を下げてアラナドさんにそう聞き返す。

「ふふふ、本当に貴方は誠実なお人ですね。……ええ、いいのです。今こうして泣いているこの子がその証明です」

 何が面白いのか器用に泣きじゃくる少女をあやしながら老婆は微笑む。

「……わかりました。改めて力を貸していただきありがとうございます!」

 俺はその言葉に頷いて、今持ち得る最大の感謝と誠意を持って今一度頭を下げる。

「うわぁーん! おばちゃーん!!」

 依然として少女の泣き声が大広間に響く。

 彼女が泣き止むのはもう少し先になりそうだ。

 こうしてなんとか新たな魔装機使いを仲間にすることにできた。
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