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73話 宣戦布告

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 その悪魔にはどこか既視感を覚えた。

「ん? こんにちはじゃなくて、こんばんはかな?」

 短く切りそろえられた黒髪に紫色の瞳、傍から見れば整った顔立ちの色男だろうが男の耳は人の丸い耳とは異なりとんがっていて肌の色も違う。

「んー、何か返事がないと寂しいんだけどなあ……」

 黒紫の蝶を思わせる気味の悪いローブを揺らして悪魔は嘆く。

「……」

 未だ頭の中では何が起こったのかを整理している最中でまともな言葉が出てこない。

「ああ、そうか自己紹介をしていないから誰も返事がないのか。いやあ失礼、私の名前はレギルギア=カラムド、魔王だ」

「……魔王……レギルギア……!」

 悪魔の言葉を反芻して目が見開く。

 あいつがこの前森で倒したガラム=インディゴアが言っていた魔王レギルギア!

「魔王? 私の知る魔王はヤジマという悪魔しか知らないのだが」

 観覧席で大会を見物していたこの国の王、ジョン=バリアントは立ち上がって魔王と名乗る悪魔に向けてそう言う。

「ヤジマ? ああ、あの老いぼれか。あいつはもう魔王なんかじゃ無い、私が新たな魔王となりこの世界をもう一度悪魔のものにするのだ!」

 魔王レギルギアは両手を広げて声高々に言う。

「今日はそのご挨拶をさせてもらうためにお邪魔した。今日という日は私たち悪魔にとっても意味のある日だからね」

 魔王レギルギアがそう言って指を鳴らした瞬間、横に一人の少女が現れる。

 真白な長髪に純白の肌、それと同じ色のワンピースを着た真赤な瞳の少女。それは百人に聞けば全員が綺麗と答えるほどの美貌。それほどに美しく完成された少女。

「ハクノ」

「はい、マスター」

 魔王の声に少女はすぐに返事をするとその姿を白い剣に変える。鍔の中心には反発するように黒い魔石が埋め込まれている。

「手土産なしで挨拶に来るのは失礼だ。どうぞこれを受け取ってくれ」

 悪魔は白い剣を縦に一振してニッコリと不気味な笑みを浮かべる。

 …………!!!!

 少しの間を置いて先程俺とタイラスの間に落ちた雷と同じ魔法が広場一帯に轟音を立てて落ちる。

「きゃあああ!!」

「逃げろ!!」

「うわああ!!」

 人が居る居ない、関係なく無差別に落ちる雷に広場にいた人々は恐怖し、我先にとどこか安全な場所へと一斉に走り始める。

「あははははははは! 愉快だ、愉快だねえ! 見たまえハクノ、忌々しい屑達が無様に死ぬのを怖がり逃げ回ってるよ!!」

「はい、流石でございますマスター」

 主人の愉快そうな高笑いに少女は静かな声で答える。

「っ!?」

 突然響く刃と刃が弾け合う甲高い音。悪魔はいきなり迫ってきた刀を白い剣で受け止める。

「おい、調子に乗るのもそこら辺にしとけよ?」

 刀の主は紅い闘気を見に纏って敵を睨みつける。

「先生!!」

 さっきまで隣にいたはずのタイラスの姿はそこに無く、高く空に跳躍して魔王に一撃入れていた。

「……………邪魔だ。雑魚に用はない」

 魔王は心底不快そうに眉を顰め受け止めていた刀を払う。

「なんだ……!!」

 軽く払われたと思った白い剣は凄まじい風圧を起こしてタイラスを地面に叩き落とす。

「大丈夫ですか先生!!」

 地面の崩れる激しい音と砂埃を掻き分けてタイラスの落ちたところへと急いで駆け寄る。

「ぐはっ……レイル……?」

 口から大量の血を吹き零し苦しそうに目を開ける。

「リュミール、直ぐに治療を……」

「わかった!」

 リュミールは精霊石から姿を出して治療に取り掛かろうとする。

「いや、俺の事はいい。お前は速く逃げろ、アイツは強すぎる……」

 重たそうに持ち上げた手で制してタイラスはそう言う。

 あのタイラス先生がたったの一撃でこんなに深手を負うなんて相当な強さなんだろう。だけどこのまま放って逃げるわけにもいかない。

「続けてくれリュミール」

 精霊に治療するように言って、立ち上がる。

「お、おい……何をする気だ」

「何って、周りの人達が逃げる時間を稼ぐんです」

 依然としていくつもの落雷が広場に降り続け、既にかなりの被害が出ている。

「や、やめろ! いくらお前が特殊な武器を使うからといってアイツに適うとは……」

 俺の腕を掴んで何とか行かせまいとする。だがその握られた手の力は弱々しく震えていた。

「あとは任せたぞリュミール、しっかりと守ってくれよ?」

「任せたまえ。……気をつけろよ」

「ああ」

 タイラスから離れて、空の上にいる魔王を見やる。

「アニス。魔弾を使うぞ、二割だ」

 "かしこまりました"

 短く言葉を交わして剣先を空に向ける。

 体から力抜けていく感覚がして、刃に黒い稲妻が帯びていく。

 "……魔弾装填、いけます"

 アニスの合図で引き金を引く。

 撃鉄の鈍い音が耳に鳴り響いて、ずっしりと腕に反動が来る。

「なんだ?」

 流星の如く夜空を切り裂く弾丸が魔王レギルギアの背後一直線に飛んでいく。

「ほう、これは摩訶不思議な物を……」

 だが魔王レギルギアはゆっくりと振り返り、余裕を持って白い剣で魔弾を弾き返す。

「……」

 まあ予想の範囲内だ、二割ならこんなものだろう。

「お前か小僧、今のはなんだ? 矢か?」

 不思議そうに眉を顰めて魔王はこちらを見下げる。

 "マスター、外れてしまいました!"

「ああ大丈夫だ、今ので倒せるなんて思ってない」

 あくまで今のはこちらを意識させるために撃った見せ玉だ。

 ……これで他の人達が避難できる。

 観客席のあった方を見るとローグとマキアがそれぞれ魔装機を持って他の人たちを避難させている。

「安心だな」

 二人に任せておけば問題ないだろう、これで心置き無くやれる。

「もう少し強化するぞ」

 "はい!マスター!"

 さっきは体の中に闇魔力と光魔力、二つの魔力を半分づつ送ってもらい攻防の二つが安定していたが、今はリュミールがいないので防御に不安はあるが攻撃力特化の身体強化できる。さっきのタイラスとの闘いより格段に一撃の重みが増す。

「それにその魔装機……いや違うな。お前の持っているソレは魔装機とは違う。……実に興味深いな」

 魔装機の完成系である魔刄機のアニスを魔王は凝視する。

「随分と余裕だ……なっ!」

 大きくタメを作って強く跳躍する。

 魔王より少しだけ高い目線まで飛んだところで上段からアニスを振り下ろしてのしかかるように斬る。

「うむ、力もなかなかあるな」

 魔王はまだ余裕そうに白い剣を横に立ててこちらの攻撃を受け止める。

「やっぱり空を飛んでるのは面倒だな」

 ここからもう一撃ぐらい追撃したいところだがいつまでも空中に浮いてることは不可能で、自然と体は下に引き寄せられて重力に従うしかない。

 難なく着地したところで、

「アニス、残りの魔力全部持っていけ」

 "マスターそれは! ……いえ、かしこまりました"

 直ぐにアニスに指示を出して構える。
 体の中にあった全魔力が抜けていく。意識が朧気になって、気を抜けば立っているのも難しいほどだ。

 先程よりも大きい黒い稲妻が刃に帯びていき力が今にも爆発しそうになる。

 "魔弾・荒塊アラクレ……装填、いけます"

「終わりだ!!」

 アニスの声を合図に何とか引き金を引く。さっきとは比較にならない大きく鈍い音が鳴る。放たれた黒い弾丸は稲妻のように荒れて不規則な動きで鋭い軌道を描く。

 全ての魔力を代償にして放つことのできる魔弾・荒塊。この魔弾は使用する魔力が多ければ多いほど威力を増していく、ただ力だけを追い求めた結果にできた魔弾。

 捨て身の攻撃のため、あまり使いたくはなかったのだが、敵はあのタイラスを軽く薙ぎ払えるほどの強さを持った魔王。本当に出し惜しみなどしていられない。

「先程とは比べ物にならないぐらいの魔力……」

 渾身の一撃を魔王レギルギアは真正面から受け止める。

 剣と魔弾がぶつかり合った瞬間、激しい衝撃が辺り一帯に走って地面や建物が軋む。

「だが……ハクノがあればこんなものどうということは無い」

 魔王は剣に魔力を軽く纏わせて魔弾を無効化する。

「な……魔力反発……!?」

 手を一つ叩いたような乾いた音が響いて魔弾は完全に消滅する。

 俺の持ち得る全ての魔力を代償にして放った一撃がなんとも呆気なく、軽く纏わせた魔力に相殺された。

「……底が見えない」

 息が苦しくて上手く呼吸出来ない、背筋も凍るように冷たい、体が動かない。

 魔力が枯渇しているのもある、だがこの感覚はそれだけじゃない。

「まあ、その若さで私にここまで魔力を使わせたんだ誇っていいぞ」

 魔王は何事も無かったのように空の上から俺を見下す。

「……くっ!」

 駄目だ頭痛も激しくなってきた、少しでも気を抜けば意識が途切れる……。

「それじゃあ、死んでくれ」

「っ!!!」

 こちらをゴミ同然としか認識した冷たい瞳で見つめられてさっきの感覚の答えを得る。

 怖い。

 その一言が頭の中に浮かぶ。
 頭痛も激しさ増して、まるで頭蓋骨を鋸でじりじりと擦り斬られるような痛さだ。

 魔王レギルギアは白い剣を軽く振って嵐のように激しい斬撃を生み出す。その斬撃は真直ぐ、一直線に俺の元へ吸い込まれるように飛んでくる。

「レイル!!」

 リュミールの声が聞こえる。

「……」

 返事をしようにも駄目だ、もう口も動いてはくれない。悪いなリュミール。

 "マスター、魔力を……"

 とても疲弊したアニスの声が聞こえる。

「……」

 駄目だアニス、只でさえさっきの攻撃でお前も魔力が枯渇しているんだ、これ以上は無理をするな。

 無理をさせないようにアニスとの魔力供給を切って、死が近づくのを待つ。

 "やめてくださいマスター! 魔力を受け取ってください! お願いします!!"

 こんなに声を荒らげるアニスは初めてではないだろうか?

 そんなどうでもいいことを考える。

 死にたくない……。

 自分が死ぬのを想像した瞬間、なんとも言えない虚無感が心を襲い始める。
 体は依然として動かない。
 死ぬという事実は覆らないだろう。

 嵐はもうそこまで迫っている。
 ゆっくりと目を閉じてその時を待つ。
 風の音がだんだんと大きくなっていく。

「…………あ」

 無数の風の斬撃が俺の体全身を切り刻む。

 ゆっくり、ゆっくりと体がバラバラになっていく。
 今ままで何とか繋いでいた意識もボロボロになって切れていく。

「マスタああああぁぁぁ!!!」

「レイルーーーーーーー!!!」

 二人の少女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
 その声を最後に俺の意識が完全に消えてきいく。

 意識が消える本当に最後、どこかから陽の暖かい柔らかな香りが鼻腔を擽った。
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