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69話 気に入らない

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 すこしおくれて鳴らされた銅鑼の音でようやく我に返った。

「あんなボロボロになった姿初めて見た……」

 荒れ果てた地盤に力強く立つタイラスの姿は鬼と見間違うほどに雰囲気が違う。

 "とんでもないものが見れたね"

 驚いた精霊の声が聞こえてくる。

 "マスター、気分が優れないのですか?"

 ただ呆然と外を見る俺にアニスは声をかける。

 "ああ、うん大丈夫。ちょっと驚いただけだよ"

 "レイルの気持ちもわかるよ、まさか二重魔法を見れるとは思わなかった"

 リュミールが同意したように言う。

 今のタイラスとアラトリアムの戦いは現実感というものを感じられない。どこか不安定で目の前で起こっていることとは到底思えなかった。

 気がつくと手が微かに震え、まだ夢の中にいる気分だ。

「えー皆様、大変申し訳ありませんが見ていただいてわかるとおり試合場がこの状態ですので修復までもうしばらくお時間を頂きます、ご了承ください」

 実況の申し訳なさそうな声が聞こえ、試合場の上では何十人もの係員が魔法を使って派手に荒らされた地面を急いで直していた。

 "あの様子じゃあ暫くかかるね"

 リュミールは係員の作業の様子を見ながら、「はあ」とため息を漏らす。

「あれなら仕方ないだろ……」

 腰を下ろして呼ばれるのを再び待つ。

 本当ならベルゴに色々と問い詰めたいことがあるのだが、何故か俺の試合が終わってからテントにフードを被った男の姿はなくそれも出来ない。

「………」

 "一人ぽっちで寂しいのかい?"

 腕を前に組んで静かに待っているとリュミールがちょっかいを出してくる。

 今テントの中にいるのは俺一人。

 ラミアやタイラス、アラトリアムは医療班のいるテントで傷を直してもらったり休んだりしているところだし、ナタリーは俺に負けると直ぐに「イケメンでも引っ掛けてきましょ!」とか何とか言って、そそくさとどこかへ行ってしまった。

 "お話し相手ならいくらでもなりますよ!"

 気を使ってアニスが力強く言ってくる。

「うん、ありがとなアニス」

 アニスの優しさにほっこりとした気持ちになりながら再び口を閉じる。

 別に一人で寂しくて静かという訳ではなく少し考え事をしたいだけだ。

 ベルゴとラミアは何を話してたのだろうか、試合の中で二人が何かを話しているのは分かったが内容まではさすがに聞こえてこなかった。

 ベルゴと話しているうちにラミアの顔色はどんどん悪くなっていき、体も震えていた。

 そして最後には何もかもどうでもよくなったかのように棄権をした。

 話しかけても「今はほっといて」としか言われず、まともに会ってもくれない。
 さっきローグとマキアが心配して様子を見に行ったようだが同じようにして返されたそうだ。

「よう、どうしたそんな辛気臭い顔して」

 突然声をかけられ驚いて顔を上げるとそこにはミイラと見間違うほど体中に包帯を巻いてた痛々しい姿のタイラスがいた。

「……傷の治療はもういいんですか?ちゃんと治しておかないと決勝戦で滅多打ちにされますよ?」

「ほう……たいした自信じゃないか。まあ心配はするな見ての通り大丈夫だ」

 これのどこをどう見たら大丈夫だと言うのだろうか、全く大丈夫そうに見えない。

「……ラミアの敵討ちなんてやめとけ」

「……なんのことですか?」

 真剣な顔つきになりタイラスは小さい声でそう忠告をしてくる。

「お前はさっきのベルゴとラミアの試合に納得いっていないようだがな、あれはラミアに非がある。かと言ってベルゴのやり方も良くはないんだが……それはまあお互い様だ」

「だからって、アイツが何をしたかはわかりませんけど、試合が終わって戻ってきた時のラミアからは完全に生気を感じなかった、そこまでする必要がありますか!?」

 頭に血が登っていき、何も悪くないタイラスに怒鳴ってしまう。

「必要があるかないかで言えば無いだろう、俺もベルゴのやり方気に入らんしな。だがな、この大会のルールは殺しをしなければ何をしてもいい、アイツは大会の決まり事をしっかりと守って戦っている。もし大会で腕や足を切られたり、精神的な傷を負ったとしてもそれは全て自己責任、ラミアだってその事を承知した上でこの大会に出ているはずだ。だからお前が敵討ちをするなんておかしな話なんだよ」

 タイラスは眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする。

「でも…………」

 納得がいかず、頭の中でタイラスの言葉を言い返すための言葉を探すがそれは見つからない。

「おお!タイラスじゃねえか!見てたぜさっきの戦い、派手にやられたな!!」

 すると気分の良さそうな覇気のある声がテントの中に籠る。

 直ぐにその声の主が分からず、その姿を見て驚愕する。

「ハハハハ!ざまあないな、まさかアラトリアムのやつにこんなにされるとは思いもしなかったぞ!!」

 ご機嫌な様子でフードを被った男はまだ傷が完全に治っていないというにタイラスに容赦なく肩を組みに行く。

 彼の吐きだす息からは咄嗟に鼻をつまんでしまうほどの火酒の臭いがした。

「おいベルゴ、お前酒臭いぞ」

 近距離でなんとも形容しがたい独特な匂いに当てられているタイラスは苦い顔をしてベルゴに言う。

「そりゃあ酒を沢山飲んだら酒臭くもなるだろうよ!せっかくの大会なのにさっきの試合で気分が一気に冷めた、酒でも飲まないとやってけないな!!」

 ベルゴは右手に持った一升瓶を豪快に口に運び、零しながら酒を飲む。

「はあ……お前のあの戦い方は少し度が過ぎるぞ、あまり俺の生徒をいじめないで貰えるか?」

「ハッ!俺が潰さなくてもあの小娘はそのうち勝手に壊れていたさ、今壊すかあとで壊れるかの違いだろ?」

 宥めるようにタイラスは言うがベルゴは聞く耳を持たずケラケラと笑いながら返す。

 ……なんだと?

「あいつを見てると腹が立ってくる。弱いくせに自分を強いと勘違いして、口先ばかり。あんな中途半端な覚悟しかない小娘が騎士になれるって言うのならまだこの俺が騎士になった方がマシさ、あいつは騎士になるような器じゃない、俺と同類さ」

 酷く鼻につく悪臭を放ちながらペラペラと男は言葉を連ねていく。

 ……なんだと?

 自然と握った拳の手のひらに力が入る。指の爪が食い込み一筋の血が流れ、歯の軋む音が耳から離れない。

「まるで……………いや、やめとこう」

 タイラスは何かをいかけたが言葉を止めて、肩に乗ってるベルゴの腕をどける。

 そのまま何も言わず、タイラスは最後に「頑張れよ」と一言だけ言い残して静かに医療班のテントへと向かう。

「……チッ! せっかく気分が良くなってたのにあいつのせいでまた台無しだ!」

 舌を鳴らしフードを被った男は再び酒の入った一升瓶を口に運ぶ。

「……おい」

 静かに目の前に座っている男に声をかける。

「あ? なんだお前いたのか」

 どうやら男は俺に気づいていなかったらしい、悪臭に我慢をしてまでわざと見える位置に立っているというのにこの男に俺の姿は今まで見えなかったらしい。

「そう言えばお前ナタリーに勝ってたな、じゃあ約束通りお前にあの小娘と何を話していたのか教えてやろうか?」

 馬鹿にしたような眼で俺を見る。

 どこまでも巫山戯た男だ、ヘラヘラと笑いながら酒を飲んでこいつは自分のした事をわかっているのだろうか?

 ……こいつを視界に入れるだけで腹が煮えくり返るほどの怒りが込み上げてくる。

 今すぐ目の前の男を殴りたい。

「どうしたそんなに殺気立って、そんなにあの小娘を壊されたのが許せないのか?」

 とても耳障りな音だ。

「お前……!!」

 やつの見透かしたような態度が気に入らず自然と拳が上をむく。

「大変お待たせしました! 外の修繕が終わりましたので準決勝第二回戦のベルゴさん、レイルさん、準備をお願いします!!」

 しかし外から勢いよく入ってきた係員の女性の言葉で体が止まる。

「……分かりました」

 直ぐに拳を下ろして係員の言葉に頷く。

 夜の寒空の下、外からは今か今かと試合を待つ、観客の声と熱気が伝わってくる。

「皆様大変長らくお待たせ致しました! 騎神祭剣術大会準決勝第二回戦、ベルゴ対レイルの試合を始めたいと思います!!」

 思わぬ休憩が取れて体力が回復したのか、実況の声にもハリが戻りよく通る。

 屈伸をして体の動きを確認する。

 テントの中に会話はない、外とは対照的に静寂が支配する。

「どのような試合が繰り広げられるのか楽しみですね!二人の入場です!!」

 実況の言葉で外へ出た瞬間、物凄い歓声が聞こえてくる。

 指定された位置に立ってお互い獲物を構え銅鑼が鳴るのを待つ。

「ああ、そう言えば話の途中だったな、俺があいつになんて言ったか教えてやるよ」

 男は未だ深く顔を隠しながら何か思い出して不敵な笑みを浮かべる。

「もういい、興味無い」

 さっきのタイラスと話している時に何を話しているのかは分かった。

「そうか?お前に教えたいことが沢山あったんだがな~。例えばあの小娘が俺の一言でどん底に落ちる時のあの絶望した可哀想な顔とかなあ……いや~あれは傑作だった」

 おもむろに目の前の男はフードを下ろす。

 フードの中からは汚く釣り上がっていた頬をさらに釣り上げて醜悪な笑みを浮かべた、顔の真ん中に魔物に大きな爪で引っ掻かれたような一本の傷跡のある男の顔が顕になる。

 タイラスに、敵討ちなんて止めろ、と言われたが、敵討ちなんて無しにしても俺はこの男が気に入らない、広場であった時からそうだった。

「黙れ……」

 体に流れている血が一気に加速していき熱くなる。

 "こいつだけには負けてはいない"

 どこからともなくそんな声が聞こえた。
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