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第二章 大迷宮バルキオン

7話 翌日

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「……ふむ…………」

 微睡む意識の中、飛び込んできた絶景に思わず息を飲む。

 窓から差し込む日差しに照らされてキラキラと輝く白金色の長髪、彫刻のように整った顔立ち、規則正しいリズムで上下する胸。
 隣で可愛らしく横たわる少女はどこからどう見ても熟睡していた。

 そんな彼女を見ていると自然と眠気は失せていくが、どうしてかベットから起きる気分にはなれない。

「…………はあ……」

 数分ほど隣で眠る少女を見つめてから、視線を手繰り寄せた懐中時計に移す。

 現在時刻は午前7時27分。
 朝から大迷宮に潜るのならば少し寝すぎな時間ではあるが、生憎と今日はそちらに出向く用事はない。
 ならばこの時間の目覚めは至って普通と言えよう。

 再び視線を隣の少女へと戻して、流れるような彼女の長髪を撫でる。

「……」

「んっ……むぅ…………」

 少女は擽ったそうに身をよじると、ゆっくりとその瞼を開ける。
 透き通る蒼い水晶のような瞳と目が合う。

「ごめん。起こしちゃったな」

「ううん、大丈夫。おはようファイク」

「おはよう。アイリス」

 少女は柔らかく微笑むとこっちに身を寄せて再び目を瞑る。

「まだ眠いか?」

「……眠くはないけど、もう少しこうしていたい」

「そっか」

「うん」

 なんてことの無いやり取りはそこで終わる。
 彼女の気持ちは分かる。

 目は覚めたが起きたくはない。
 もう少しこの微睡んだ時間を怠惰に過ごしていたい。
 もう少し、彼女の柔らかい長髪を愛でていたい。

 そんな欲動に抗うことなく、二人で無意味にベットに寝転ぶ。

 ・
 ・
 ・

「2度寝しちゃったな」

「うん。でも後悔はない」

「だな」

 俺とアイリスはお互いに笑いながら宿場街から出て、都市の主要な建物や施設がある大通りの方へと続く道を歩いていた。

「キュキュ~」

 アイリスに抱き抱えられた白い毛玉のモンスター、ラーナも何やら朝から上機嫌だ。

 結局、朝は二人揃って見事な二度寝をかました。
 完全にベットから起きたのは1時間後。
 今日の予定はあるにはあるが、その予定は特に時間は指定されてなかったので、気にすることもなくゆっくりと朝食をとってから『煌めき亭』を出た。

 探索適性試験から翌日。

 あの異常事態の後、無事に大迷宮から地上へともどった俺、ロドリゴ、エルバート。

 中層モンスターが上層5階層に異常な数で出現。
 探索適性試験中のイレギュラーな事態に当然のごとく試験は中止となり。
 実際に異常事態に巻き込まれた俺とエルバートは事情聴取の為に探協へそのまま連行されるかと思いきや、
 ロドリゴの「今日は疲れただろう」と言った計らいで、その日の連行は免除してもらい。その場で解散となった。

 正確に言えばロドリゴと完全に腰が抜けて自分で歩くことが出来なかったエルバートは探索者協会へ、俺は宿の『煌めき亭』へと別れた。

 満身創痍……と言うわけではなかったが無駄なトラブルに巻き込まれて気分が落ち込んでいる中、アイリスとラーナが待っている『煌めき亭』へと戻った。
 暖かく出迎えてくれた一人と一匹に荒んでいた心は癒された。

 約束していた鉄板焼きの粉物料理の美味しいお店にも行って、完全リフレッシュに成功した。

 いや、本当にあの店は美味かった。
 ふわふわトロトロの生地に、肉や海鮮、野菜と言った具沢山の鉄板焼きは今までにない経験だった。
 また行こう。

 と、まあそんなこんなで一日を終えて今に至る訳だが、今俺たちが向かっているのは探索者協会だ。

 理由はもちろん本日の予定をこなすため。
 昨日の諸々の話をしに行くためだ。

 もう少し正確に言えば、
 昨日の異常発生した『黒毛の土竜ブラックヴルフ』の話や、その所為で中止になった探索適性試験の処遇の話だ。

 なんだかいつも探協に何かしらの説明をしに行っている気がするのだが、たぶん気の所為ではない……気がする。

「めんど……」

 どんな事を聞かれるのか?
 それに対して別に大して有力な情報や意見を答えられる訳ではない。
 試験の方はどうなるのか?
 またこれで再試験で金払えとか言われたり、もう一度試験を受けることになったら面倒だ。

 なんて、愚痴が出そうになるのを我慢する。

 というかアレだけ大量にいたブラックヴルフを全て倒したのだから、探索者としての実力は十分に示せただろう。
 それに監督官のロドリゴを助けてるんだ。
 これで探索者資格を貰えなかったら抗議でもしてやろうか。

「いや、それもめんどうだな……」

「ファイク?」

「キュ?」

 俺のボヤキを見て、不思議そうに1人と1匹が首を傾げる。

「えっと、こっちの話し」

 そんな光景を苦笑で流して、ノロノロと探索者協会の方へと向かう。

 大通りの方に近づくにつれて人の数が増えていく。
 露天商や屋台が立ち並び活気が増していく。
 串焼き屋のいい匂いに腹の虫が疼き始める。
 飯はさっき食べたばかりだが腹八分目。
 串焼きの一本や二本なんて簡単に入ってしまうだろう。

「……」

 どうしよう。
 一本買っていこうか?

 そんな卑しい誘惑に惑わされていると隣から服の裾を引っ張られる。

「ついたよファイク」

「えっ? ああ、うん。ついたな」

 アイリスに促されて視線を串焼き屋台から反対に移せば、一際大きな建物が視界に入る。
 これから待ち受ける面倒の数々に嫌気がさしながらも屋台から離れてその建物へと歩いていく。

 中に入るとそこはいつにも増して騒がしかった。

「おい! この書類を頼む!!」

「SランクとAランクの探索達に連絡したか!?」

「クッソー! 本当なら今日は休みで彼女とデートする日だったのに~!!」

「リア充〇ね! 文句言ってないで手ぇ動かせっ!」

 いつもなら酒場の探索者がどんちゃん騒ぎでうるさいのだが、今日の探協はいつもとは様子が違う。

 びっしりと文字の書き込まれた紙束を抱えて、忙しなくカウンターを行ったり来たりする職員や、
 高ランク探索者に何やら依頼を頼み込んでいる職員、
 はたまた地図を広げて数人であーでもないこーでもないと議論を交わしている職員たち。

 まさに現場は修羅場と言った感じだ。

 どうしてこんなに探協の職員たちが忙しそうなのか?
 理由なんて分かりきっている。
 今こうして忙しそうにしている職員たちは全員、異常発生したブラックヴルフの原因究明に奔走しているのだ。

「えーっと……」

 その傍から見ても忙しそうな受付カウンターに、近づくのも憚られる。
 周りの探索者も俺と同じ心境なのか、カウンターに近付こうとする人がいない。

 その所為かいつもそれなりに探索者の列を作っている受付カウンターの周辺がガランと穴を作っている。

「これは近づいてもいいんだよな?」

「うん」

 昨日のロドリゴの言葉通りならば適当にそこら辺にいる職員に、俺の名前とロドリゴの名前を言えば取り合って貰えるという話なのだが……さてどうしたもんか。

 あからさまに忙しそうな人に話しかけるのは申し訳ない。
 かと言ってこの様子から暇そうな人間なんていないだろうし……。

 恐る恐るカウンターに近づきながら、ちょうどよく暇そうな職員がいないか探す。
 するとそこにちょうど依頼掲示板から数枚の張り紙を持ってカウンターに戻ろうとする女性職員に目が行く。

「ふむ……」

 その職員の足取りから急いでる様子は感じ取れず、表情も落ち着いた感じだ。
 何よりも朗らかとした人の良さそうな柔らかい表情はとても話しかけやすそうだ。
 よし。あの人にしよう。

 ターゲットを定めたのならば行動開始。
 無人に等しいカウンター前に怯むことなく足を踏み入れて、女性職員に声をかける。

「あの、すみません。少しいいですか?」

「……はい。なんでしょうか?」

 少しの間があって女性職員が振り返りながら微笑む。

 ……あれ。
 もしかして見誤ったか?
 見当違いなやつだったか?

 表情は柔らかく笑っているように見えるが、目は笑っていない。
 女性職員の笑顔をそう読み取ると、申し訳ない事をしたと後悔してしまう。

 しかし、ここで「なんでもないです」と日和ってしまうのが一番の悪手だ。
 声をかけたのならばもうどうしようもない。
 諦めの心だ。

「ここの職員のロドリゴ・ロックブートに「今日ここに暇な時に来い」と言われて来たんですけど、ロドリゴさんはいますかね?」

「……お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あ、はい。ファイク・スフォルツォをです」

 また変な間があって女性職員が名前を尋ねてきたので答える。
 職員は思い出すかのように黙り込むと、少しして口を開く。

「昨日の探索適性試験の事でよろしかったですか?」

「えーっと、たぶんそうですね」

「畏まりました。
 お待ちしておりましたファイク・スフォルツォさま。
 ロドリゴ・ロックブート……探協長は最上階の局長室でお待ちです。ご案内しますね」

「あ、はい──」

 深く頭を下げてから踵を返して歩き始める女性職員に頷いて後をついて行く。

「───え? 探協長?」

 自分の知っているロドリゴとは掛け離れた役職名が聞こえて動きを停めてしまう。

「どうかしましたか?」

「……いえ。大丈夫です」

「こちらです」

「…………はい」

 そんなやり取りをして再び職員は歩き出す。
 それに着いて歩くが、俺の脳内は混乱状態で上手いこと状況の整理が付きそうにない。

 あの呑気なオッサンが探協長ってマジ?
 何かの間違いではなかろうか?
 あんなちゃらんぽらんなオッサンが探協長でこのバルキオンは大丈夫なのだろうか?

 探索者協会の最上階にある一際は豪華そうな扉の前まで連れてこられても女性職員の言葉に半信半疑だった。

 まあ、扉を開けばその答えはすぐにわかるのだが……。
 どうしてだろうか、俺はこの扉の先に進みたくなかった。
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