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第一章 大迷宮クレバス
14話 問題解決?
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「「「……」」」
昼のランチタイムも終わりを告げてお客が満足した様子で帰り、すっかりと閑散となった『箱庭亭』の店内。
そんな店内にまだ三人の男女グループがいた。何やら重苦しい雰囲気で三人はテーブル席を囲んでおり、席に着いてからずっと無言のままである。
「……ズズ」
俺は沈黙に耐えかねもう残りわずかとなったレモンティーをちびちびと啜る。
「「……」」
メリッサと『静剣』様は席に着いてから微動だにせずただ、満面の笑みで互いに見合っている。
怖い、二人ともめちゃくちゃに怖い。
笑っているけど笑っていない。貼り付けた仮面の下にはどちらとも恐らく般若がいることだろう。
本当にどうしてこうなった……。
お互いに一触即発。
あのまま放っておけば今頃殴り合いの喧嘩をするのではないかと思ってしまうほど、メリッサと『静剣』様の間で何か駆け引きのようなものが始まっていた。
とりあえず興奮している二人を落ち着かせ、こじんまりとしたカウンターではなく大きなテーブル席の方へと移動することに成功した。
そこまでは良かったのだが、そこからが進んでいない。
現在の状況をご覧の通りメリッサと『静剣』は笑顔の仮面を貼り付けて睨み合っているのだ。
話をしようにも二人の達人の間合いを割って入るほどの技量と根性は俺にはない。
情けないね。
だが根性がないだの情けないだの言ってる場合でもない。かれこれ10分ほど膠着状態が続いているのだ、このままでは日が暮れて夜になってしまう。それは面倒だ、覚悟を決めるしかあるまい。
幸いと言うべきか、空白の時間のおかげで俺の考えはまとまった、上手くいくかは知らんがやるしかない。
「えっ、えーと……取り敢えず自己紹介をしませんか? お互いに名前を知らないと言うのはアレがアレでああですし……」
後半は上手い言葉が見つからずグダグダだがとりあえず提案をしてみる。
良く考えれば俺と『静剣』はちゃんとした自己紹介をまだしていない。俺は名前ぐらいではあるが彼女の名前を知っているが、果たして彼女は俺の名前を知っているのだろうか?
……名前も知らないやつのプロポーズを受けて『旦那』って読んでたらヤダな~、願わくば存じ上げてて欲しい。
まあそれは今わかる事だからいいか。
まずは当たり障りない、会話から入るのがベストだろう。我ながら上手い切り出し方だと思う。
「「……」」
メリッサと『静剣』は互いに笑顔の睨み合いを止めると俺の方に顔を向けて俺の次の言葉を待つ。
「あー……じゃあ僭越ながら俺からさせてもらいますね……俺はファイク・スフォルツォです。『静剣』のアイリス・ブルームさんにはちゃんと自己紹介するのはこれが初めてですよね。命を助けていただいたのに挨拶が遅れてすみません、その節は大変お世話になりました」
言い出しっぺなので俺が先頭を切って自己紹介をするのと共に改めて『静剣』にあの時のお礼をする。
「いえ、何も気にすることなどありません。妻として当然のことをしたまでです。それにお名前は存じておりました」
「ああ、そうですか……」
『静剣』は今までの貼り付けていた笑顔ではなく本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。
……良かった。とりあえず認知はされていたみたいだ。
俺は彼女の言葉を聞いて安堵する。
とりあえず見ず知らずの人を『旦那様』と呼ぶヤバい人ではなくなった……いや、まだヤバい人なんだけどね……。
「あでっ!?」
内心で安心していると俺の脛が何者かによって奇襲される。直ぐにテーブルの下を覗いてみるとメリッサの足が俺の脛を蹴ってきていた。
「な、なんでしょうか?」
顔を上にあげてメリッサの方を見ると彼女はとても不機嫌そうに眉間に皺を寄せて俺を睨んでくる。
「……」
彼女は何も一言も発することなく顎で『静剣』様の方を指す。
あー……「私の自己紹介をしろ」と、そういう事ですね。
「あーと、それで何故か同席しているこいつはこの『箱庭亭』の娘のメリッサ・ハイルングって言って、昔からの付き合いでまあ簡単に言えば幼馴染ってやつです」
「幼馴染……ですか……」
何となく彼女が何をしろと言っているのか長年の勘で察して簡単なメリッサの自己紹介を『静剣』にする。伊達に生まれてから此の方幼馴染はやってはいない。
だからほら、代わりに自己紹介してあげたんだからそろそろ脛蹴るの止めようね?
そろそろヤバいよ?腫れてひどいことになっちゃうよ?
言ったところで俺の言葉は聞き入れてもらえなさそうなで口にはしない。
「……最後は私ですね」
そんな静かな攻撃をメリッサから喰らい続けていると『静剣』様が何やら考えるのを止めて口を開く。
「私はアイリス・ブルームと言います、探索者をしていてランクは一応Sです。あと旦那様の妻です」
うん、何とも簡潔で分かりやすい自己紹介だったけど最後のが意味わからない。てか分かりたくない。この人の頭の中は一体どういう構造をしているのだろうか?
『静剣』様の自己紹介のおかげでメリッサの攻撃が激しさを増す中、俺はここでも問題発言をする彼女に脛以外にも頭が痛くなるのを感じる。
「さ、さーて! 一通り自己紹介が終わったところで色々と積もり積もった誤解を解くためにね話し合いをしていきましょう!」
「あ、アイリスと……そうお呼びください……夫婦なのですから……」
もうこの時点でかなり精神的な疲労が蓄積されているが、俺は空元気で話の進行をしようとする。
「……あーもうっ! さっきから黙って聞いてれば旦那様だの妻だの夫婦だの! 腹立つ女ね! 結局のところアンタたち二人はどういう関係なのよ!? 私はそれが知りたいのよ! 別にたらたら話し合う気なんてないの!!」
が、今の『静剣』様の一言でついに我慢に限界が来たのかメリッサは机を思い切り叩いてブチギレる。
徐々に切り詰めて触れていこうと思っていた内容にいきなりどストレートで突っ込んでくるメリッサの所為で俺が考えていた予定が一気に崩れ去る。
……だがしかしメリッサの言う通りだ、ビビって遠回しに話を進めていても埒が明かない。ここは自身の過ちをしっかりと認めて、ハッキリと言うべきだ。
メリッサのその言葉で俺は覚悟を決める口を開く。
「夫婦じゃないっ!!」
「夫婦です!!」
「……どっちよ!?」
奇しくも同じタイミングで放たれた俺と『静剣』様の言い分を聞いてメリッサは再びキレる。
「そんなっ……旦那様、私たちは愛を誓い合った中ではないですか……! あれは……あの時の言葉は嘘だったのですか!?」
「いや……あれは誤解で……」
俺の否定の言葉に『静剣』様は聞き逃さず、席から立ち上がり問いただしてくる。
「誤解? 誤解なはずありませんッ! あの時確かに旦那様はこんな私にプロポーズをしてくださいました!! 間違いなんかじゃありません!! 私と旦那様は──」
「「……」」
その異常なまでに鬼気迫る彼女の様子に俺とメリッサは驚く。
俺にはどうして『静剣』がここまであの時のプロポーズを信じて、固執しているのか分からなかった。
前提として巻き込んで理由を説明していない俺が一番悪い。それは分かっている。
けれどここまで必死になることだろうか?
それまでの過程、脈絡なんてあったものではない、顔も名前も知らない男にされた、不純な動機だらけのプロポーズをどうして彼女は信じて、ここまで言ってくれるのか?
それが分からない。
「い、一旦落ち着いて! アナタの気持ちは分かったわ!」
依然として続く『静剣』の言葉に俺が呆気を取られ、何も言えずにいるとメリッサが止めに入る。
「……どうやら私が想像してたのとものとはだいぶ様子が違うようね……ファイ、どうしてこうなってるのか最初から説明しなさい」
『静剣』の様子のおかしさに今までご機嫌ななめだった幼馴染は俺のほうを見て説明を求めてくる。
「あ、ああ……」
メリッサに呼ばれて俺は気を正し、事の顛末を説明する。
酒場『呑んだくれ』でマネギル達と酒を飲んでる時に無茶振りを振られて何かやらされることになったこと。その要望に答えるために俺は適当な誰かに嘘の求婚をしようとしたこと。そしてその時たまたま一人で酒を飲んでいた『静剣』に求婚したこと。後日になって冗談でしたつもりの求婚が何故かOKになっていて俺がその事に今日まで逃げてきたこと。
事細かに自身の侵した愚行を長年の付き合いであるメリッサに説明する。
「理由はどうアレ、まず一つ言えることは誰かを巻き込んで迷惑をかける何て事は一番やっちゃいけないってこと」
「……仰る通りでございます」
現在俺は話している途中からメリッサに言われて床に正座をしている状態。全くもって頭が上がらない。
まあこんな話を聞いたら誰でも「なに偉そうに椅子に座って説明しとんじゃ」って思うよね。
「そして、もう一つ言うことがあるわよね?」
足を組みかえしながら椅子に座っているメリッサが質問してくる。
その有無を言わせぬ威圧感に俺はすぐに行動に移す。
「『静剣』アイリス・ブルーム様、変なことに巻き込んで、そして変な誤解を招いてしまい本当に申し訳ございませんでしたッ!!」
それは巻き込んだ張本人への謝罪だ。
俺は俺の説明を聞いて絶句している『静剣』様の目の前まですぐに移動すると誠心誠意で土下座をする。
「……」
彼女は何も言葉を発することはなくただ心ここに在らずと言った様子で俺の方に顔を向けるだけだ。
……こんな謝罪だけで許されるなんてことは思っていない。
それほどまでに俺は彼女に迷惑をかけたのだ、彼女にどんな罵詈雑言を言われようと素直に受け入れる。
「こんな事で許せないのは分かっているけど、本人もこの通り物凄く反省してるみたいだから謝罪だけでも受け取ってもらえないかしら? なんなら鉄拳制裁の一つや二つしても全然問題ないから」
依然として微動だにしない『静剣』を気遣ってメリッサは声を掛ける。
「……」
しかし『静剣』様はそれでも何も言わずただ土下座する俺を見るばかりである。
どれほどそうしていただろうか。
体感にしておよそ15分ほどだろうか、俺は足の感覚がなくなりながらも土下座を続けた。
今の俺にできるのはこれだけだ。
次に俺が土下座を止める時は目の前の『静剣』様が納得できる答えを出し、その答えに俺が答える時だ。
「……顔を上げてください」
今にも消え入りそうな小さな声で『静剣』はそう言った。
「は、はい──」
その言葉に俺は恐る恐る顔を上げて彼女の方を見る。俺の目に映ったのは今にも泣き出しそうな『静剣』の悲しそうな顔であった。
「──ッ!」
瞬間、腸が引きちぎれそうな程の罪悪感が俺の胸中を襲い、今すぐに彼女から目を逸らしたい感覚に陥る。
だがそれは今この時に一番やっては行けないことだ。
俺は歯を食いしばり改めて自身の侵した愚行を戒める。
「ご迷惑……だったでしょうか?」
初めて聞く『静剣』アイリス・ブルームの酷く震えた声は嫌に耳に響いた。
「いや──」
「──そうですよねっ! 私みたいなのに付き纏われたら、迷惑の何物でもないですよね!!」
俺の言葉を遮って怯えた声は続ける。
「だから──」
「──少し考えれば分かることでした。私みたいな無口で目付きが悪くて無愛想な女に結婚を申し込む人なんているはずありません……」
捲し立てる彼女の言葉はとても寂しそうだ。
「……昔からそうでした人とどう接したいいか分からなくて逃げて逃げて、逃げ続けてたら誰も私に近づかなくなって……そうなったらどんどん自分が一人なのが嫌で、誰かに話しかけてみても全員が私を避けて……」
紡がれた言葉と共に『静剣』の瞳からは涙が零れる。
「それなのに私ったら舞い上がっちゃって、たくさんアナタに迷惑を──」
「──少し俺にも喋らせて貰っていいですか!?」
そんな彼女の姿を見て居ても立っても居られず、立ち上がって今度は俺が言葉を遮る。
「っ!?」
俺の大きな声に『静剣』は驚いたように体を揺らすとコクコクと頷く。
発言権が得られたところで俺は深く深呼吸をする。
どう考えても変なことをした俺が悪いと言うのに、何故目の前の女性は自分が加害者だとどわんばかりに申し訳ない顔をして泣いているのだ。
違うだろう。
それは違う、絶対に違う、誰がなんと言おうと違う。この件に関しては確実に俺が悪い。だから彼女は怒ればいいのだ、憤りを俺にぶつければいいのだ。
なのに、なぜ泣いている?
「一つ言わせてもらうと……迷惑なわけないでしょ!?」
深く深呼吸をした後、放った言葉は俺の本心だ。
「アナタは俺の命の恩人だ! 感謝はすれど迷惑に思うなんてことは無い! そりゃあいきなり話が飛びすぎてて困惑しましたけど、普通にアナタみたいな綺麗な人に「旦那様」とか「アナタの妻です」とか言われて嬉しくない男なんていませんから!!」
『静剣』の瞳を真っ直ぐに見つめ俺は思ったことをぶちまける。
「でも俺はアナタのその気持ちを素直に受け入れることは出来ない、てかしちゃいけないんですよ。俺の不純で自分勝手な行動が招いた事です、そのままなあなあでブルームさんの気持ちを受け入れるのは人としてやっちゃいけないと俺は思うんです」
たとえそれが自分にとって甘く、都合のいい結果だったとしてもそれは人として最低なことだ。
「だから迷惑とかそういうのじゃないんですよ」
「ほ、本当ですか?」
「本当です。てかこれに関しては俺が全面的に悪いんでそんな顔しないでくださいよ、これ以上は地面を抉るほどの土下座しないと帳尻が合わないですよ」
『静剣』の言葉に俺は冗談交じりに答える。
これで言いたいことは言えたし、誤解は解けた……か?
……うん、事の顛末を説明したし、迷惑じゃないことも伝えた、俺が彼女との関係を否定……というか受け入れられない理由も言ったしこれでオーケーだろ。
暫く胸のどこかに突っかかっていた息苦しさがやっと取れたような感覚がした。
これでもう『静剣』様がプロポーズのことを勘違いすることは無いし、俺の事を「旦那様」と呼ぶことは無い。
「……」
そう思うと、少し惜しいことをしてしまったような気もする。
こんな別嬪さんに「旦那様」と呼ばれるなんて俺の人生でもう来るとは思えないし、そう考えると何とも寂しく思える。
まあこれでよかったのは間違いない。
「……それじゃあ、迷惑でないのでしたら私と結婚してくださるのですよね?」
「「……は?」」
清々しい気持ちで俺はこれまでのことを思い返していると件の女性からとんでもない発言が聞こえ、思わず間抜けな声を出してしまう。
もう一つ、自分と同じように間抜けな声がするがそれは今まで隣で静かに話を聞いてくれていたメリッサである。
「いや……あの……話聞いてました? 俺はブルームさんに嘘のプロポーズを……」
「はい、分かっています。全部分かった上で聞いているのです。正直に申しますと私としては本当か嘘かは重要では無いのです」
「……と言いますと?」
彼女の言葉に俺は問い返す。
「私はあの時、あの場所で旦那様……いえ、ファイク様のプロポーズにときめいてしまいました。それはもう恥ずかしくてあの場所から直ぐに逃げ出すくらいに」
目の前の女性はプラチナブロンドの綺麗な髪を恥ずかしそうに揺らす。
「とても単純かと思われるかもしれませんが、小さい頃からの夢だったのです」
「……夢?」
「はい。絵本のお姫様が白馬に乗った王子様に求婚され、二人で幸せに生きていく。そんな幼子ならば一度は考えるような事が私の夢だったのです」
「白馬に乗った王子様……ファイが?」
メリッサは困惑した顔で俺の事を指さしてくる。
それに『静剣』様は無言で頷く。
「ですから私には本当か嘘かは関係なく、あの時にファイク様に恋をして、好きになったのです」
「……っ!?」
真正面から向けられる好意に俺はどんどん体の底から熱くなるのが分かる。
今俺の顔は茹でダコのように真っ赤なことだろう。
「それで迷惑でないのでしたら私はファイク様と結婚したいと思っています。あの時声をかけてくれのが偶然にしろ何にしろ少なからず無意識にでも私に魅力があると思ったからプロポーズをしてくれたのですよね? 私、運命って結構信じるタイプなんです」
「いや……あの……」
俺の両手をガッチリと握ぎり、身を近づけて聞いてくる『静剣』様に対して俺は上手く答えることができない。
上手く思考することができない。
彼女の言っていることがぶっ飛びすぎて理解するのに時間がかかる。
いや、こんな綺麗な人と結婚することができるのならば考える必要なんてないんじゃないか?
据え膳食わぬは男の恥……とは少し違うような気もするがとにかくこんな機会は今後の俺の人生で起きるはずがない。こんな素敵な人と結婚できるなら……。
そう俺の理性が揺らぎそうになった時だった。
「ちょ、ちょっと近いから離れて! それとやっぱり話が急すぎるのよ!!」
俺と『静剣』様の間に割って入ったメリッサの声で俺は正気を取り戻す。
「……ハッ!?」
あ、危なかった。あのままだったら普通にOKしちゃうところだったわ。
……いや別に、こんな綺麗な人と結婚できるのなんて嬉しいことの何者でもないんだけど、今の俺にそんなことをしている暇があるかと聞かれれば無いわけで……。
「……なんですか? 私とファイク様の話なのですからただの幼馴染の貴女には関係の無い話ですよね?」
「……っな!? か、関係大アリよ!」
「へえ? 一体どんな?」
俺が我に返ってそんなことを考えていると『静剣』様とメリッサが何やら再び最初の時のような一触即発の雰囲気だ。
「ふぁ、ファイと私はこんなに小さい時から知っててずっと一緒だったのよ! そんな昔からの幼馴染である私に何の報告もなくいきなり結婚とかおかしいじゃないっ!!」
「ふふっ……じゃあ今ここで報告すれば大丈夫ですね。それでは改めて、私とファイク様は結婚します。……これでいいですかね?」
何やら俺が関係する話のはずなのに全く俺の意見が反映されていない。
まあ、ここで話に割り込んで自分の意見を主張する根性なんて今の俺にはない。
だって二人とも目が怖いんだもん。
「いやっ、そういう事じゃなくてっ……!」
「じゃあどういうことですか?」
どんどんと口で言い負かせられていくメリッサが劣勢になっていく。
「……っというかおかしいじゃない! お互いのことを全然知らないのにいきなり結婚なんて変だわ! 普通は長い時間をかけてお付き合いをしてから結婚するものでしょ!?」
苦し紛れに放ったメリッサの言葉は全くもってその通りだと思う。
俺も出会っていきなり結婚は抵抗感がある。
「変? そうですか変ですか、いいですね変。私とファイク様にピッタリの言葉じゃないですか出会いも普通じゃない、プロポーズも普通じゃない私たちにはとてもお似合いの言葉ですね。変で結構です、私とファイク様が愛し合っているのならば関係はありません!!」
それに対しての『静剣』様の答えはこうだった。
全く物怖じのしない、強い意志……なんなら狂気を感じるその言葉に俺は背筋が凍る。
「っ!! そ、それならファイにも確認しなきゃいけないわよね!? さっきから私とアナタばっかりでファイの意見を聞いていなかったわ!」
「……そうですね、アナタとこうしてダラダラと話し合っていても埒が明きませんしここはファイク様のお気持ちを聞きましょう」
そうして突然今まで二人で繰り広げられていた話題の決着を俺に丸投げされる。
……いや、ここで俺かよ。
荷が重いよ……ってか二人とも怖いよ、特に『静剣』様は目が暗いよ、なんかガチだよ……。
同時に二人の女性に詰め寄られると言うのは男の夢だなんて思っていたが、時と場合によっては地獄にもなるんだな。
一つ学んでしまった。
なんて馬鹿げたことを考えながらも答えを迫られる。
暗い重圧のなか導き出された答えはこうだった。
「……まずはお友達からとかでどうでしょうか?」
我ながらヘタレ全開な答えだと思う。
昼のランチタイムも終わりを告げてお客が満足した様子で帰り、すっかりと閑散となった『箱庭亭』の店内。
そんな店内にまだ三人の男女グループがいた。何やら重苦しい雰囲気で三人はテーブル席を囲んでおり、席に着いてからずっと無言のままである。
「……ズズ」
俺は沈黙に耐えかねもう残りわずかとなったレモンティーをちびちびと啜る。
「「……」」
メリッサと『静剣』様は席に着いてから微動だにせずただ、満面の笑みで互いに見合っている。
怖い、二人ともめちゃくちゃに怖い。
笑っているけど笑っていない。貼り付けた仮面の下にはどちらとも恐らく般若がいることだろう。
本当にどうしてこうなった……。
お互いに一触即発。
あのまま放っておけば今頃殴り合いの喧嘩をするのではないかと思ってしまうほど、メリッサと『静剣』様の間で何か駆け引きのようなものが始まっていた。
とりあえず興奮している二人を落ち着かせ、こじんまりとしたカウンターではなく大きなテーブル席の方へと移動することに成功した。
そこまでは良かったのだが、そこからが進んでいない。
現在の状況をご覧の通りメリッサと『静剣』は笑顔の仮面を貼り付けて睨み合っているのだ。
話をしようにも二人の達人の間合いを割って入るほどの技量と根性は俺にはない。
情けないね。
だが根性がないだの情けないだの言ってる場合でもない。かれこれ10分ほど膠着状態が続いているのだ、このままでは日が暮れて夜になってしまう。それは面倒だ、覚悟を決めるしかあるまい。
幸いと言うべきか、空白の時間のおかげで俺の考えはまとまった、上手くいくかは知らんがやるしかない。
「えっ、えーと……取り敢えず自己紹介をしませんか? お互いに名前を知らないと言うのはアレがアレでああですし……」
後半は上手い言葉が見つからずグダグダだがとりあえず提案をしてみる。
良く考えれば俺と『静剣』はちゃんとした自己紹介をまだしていない。俺は名前ぐらいではあるが彼女の名前を知っているが、果たして彼女は俺の名前を知っているのだろうか?
……名前も知らないやつのプロポーズを受けて『旦那』って読んでたらヤダな~、願わくば存じ上げてて欲しい。
まあそれは今わかる事だからいいか。
まずは当たり障りない、会話から入るのがベストだろう。我ながら上手い切り出し方だと思う。
「「……」」
メリッサと『静剣』は互いに笑顔の睨み合いを止めると俺の方に顔を向けて俺の次の言葉を待つ。
「あー……じゃあ僭越ながら俺からさせてもらいますね……俺はファイク・スフォルツォです。『静剣』のアイリス・ブルームさんにはちゃんと自己紹介するのはこれが初めてですよね。命を助けていただいたのに挨拶が遅れてすみません、その節は大変お世話になりました」
言い出しっぺなので俺が先頭を切って自己紹介をするのと共に改めて『静剣』にあの時のお礼をする。
「いえ、何も気にすることなどありません。妻として当然のことをしたまでです。それにお名前は存じておりました」
「ああ、そうですか……」
『静剣』は今までの貼り付けていた笑顔ではなく本当に嬉しそうに顔を綻ばせる。
……良かった。とりあえず認知はされていたみたいだ。
俺は彼女の言葉を聞いて安堵する。
とりあえず見ず知らずの人を『旦那様』と呼ぶヤバい人ではなくなった……いや、まだヤバい人なんだけどね……。
「あでっ!?」
内心で安心していると俺の脛が何者かによって奇襲される。直ぐにテーブルの下を覗いてみるとメリッサの足が俺の脛を蹴ってきていた。
「な、なんでしょうか?」
顔を上にあげてメリッサの方を見ると彼女はとても不機嫌そうに眉間に皺を寄せて俺を睨んでくる。
「……」
彼女は何も一言も発することなく顎で『静剣』様の方を指す。
あー……「私の自己紹介をしろ」と、そういう事ですね。
「あーと、それで何故か同席しているこいつはこの『箱庭亭』の娘のメリッサ・ハイルングって言って、昔からの付き合いでまあ簡単に言えば幼馴染ってやつです」
「幼馴染……ですか……」
何となく彼女が何をしろと言っているのか長年の勘で察して簡単なメリッサの自己紹介を『静剣』にする。伊達に生まれてから此の方幼馴染はやってはいない。
だからほら、代わりに自己紹介してあげたんだからそろそろ脛蹴るの止めようね?
そろそろヤバいよ?腫れてひどいことになっちゃうよ?
言ったところで俺の言葉は聞き入れてもらえなさそうなで口にはしない。
「……最後は私ですね」
そんな静かな攻撃をメリッサから喰らい続けていると『静剣』様が何やら考えるのを止めて口を開く。
「私はアイリス・ブルームと言います、探索者をしていてランクは一応Sです。あと旦那様の妻です」
うん、何とも簡潔で分かりやすい自己紹介だったけど最後のが意味わからない。てか分かりたくない。この人の頭の中は一体どういう構造をしているのだろうか?
『静剣』様の自己紹介のおかげでメリッサの攻撃が激しさを増す中、俺はここでも問題発言をする彼女に脛以外にも頭が痛くなるのを感じる。
「さ、さーて! 一通り自己紹介が終わったところで色々と積もり積もった誤解を解くためにね話し合いをしていきましょう!」
「あ、アイリスと……そうお呼びください……夫婦なのですから……」
もうこの時点でかなり精神的な疲労が蓄積されているが、俺は空元気で話の進行をしようとする。
「……あーもうっ! さっきから黙って聞いてれば旦那様だの妻だの夫婦だの! 腹立つ女ね! 結局のところアンタたち二人はどういう関係なのよ!? 私はそれが知りたいのよ! 別にたらたら話し合う気なんてないの!!」
が、今の『静剣』様の一言でついに我慢に限界が来たのかメリッサは机を思い切り叩いてブチギレる。
徐々に切り詰めて触れていこうと思っていた内容にいきなりどストレートで突っ込んでくるメリッサの所為で俺が考えていた予定が一気に崩れ去る。
……だがしかしメリッサの言う通りだ、ビビって遠回しに話を進めていても埒が明かない。ここは自身の過ちをしっかりと認めて、ハッキリと言うべきだ。
メリッサのその言葉で俺は覚悟を決める口を開く。
「夫婦じゃないっ!!」
「夫婦です!!」
「……どっちよ!?」
奇しくも同じタイミングで放たれた俺と『静剣』様の言い分を聞いてメリッサは再びキレる。
「そんなっ……旦那様、私たちは愛を誓い合った中ではないですか……! あれは……あの時の言葉は嘘だったのですか!?」
「いや……あれは誤解で……」
俺の否定の言葉に『静剣』様は聞き逃さず、席から立ち上がり問いただしてくる。
「誤解? 誤解なはずありませんッ! あの時確かに旦那様はこんな私にプロポーズをしてくださいました!! 間違いなんかじゃありません!! 私と旦那様は──」
「「……」」
その異常なまでに鬼気迫る彼女の様子に俺とメリッサは驚く。
俺にはどうして『静剣』がここまであの時のプロポーズを信じて、固執しているのか分からなかった。
前提として巻き込んで理由を説明していない俺が一番悪い。それは分かっている。
けれどここまで必死になることだろうか?
それまでの過程、脈絡なんてあったものではない、顔も名前も知らない男にされた、不純な動機だらけのプロポーズをどうして彼女は信じて、ここまで言ってくれるのか?
それが分からない。
「い、一旦落ち着いて! アナタの気持ちは分かったわ!」
依然として続く『静剣』の言葉に俺が呆気を取られ、何も言えずにいるとメリッサが止めに入る。
「……どうやら私が想像してたのとものとはだいぶ様子が違うようね……ファイ、どうしてこうなってるのか最初から説明しなさい」
『静剣』の様子のおかしさに今までご機嫌ななめだった幼馴染は俺のほうを見て説明を求めてくる。
「あ、ああ……」
メリッサに呼ばれて俺は気を正し、事の顛末を説明する。
酒場『呑んだくれ』でマネギル達と酒を飲んでる時に無茶振りを振られて何かやらされることになったこと。その要望に答えるために俺は適当な誰かに嘘の求婚をしようとしたこと。そしてその時たまたま一人で酒を飲んでいた『静剣』に求婚したこと。後日になって冗談でしたつもりの求婚が何故かOKになっていて俺がその事に今日まで逃げてきたこと。
事細かに自身の侵した愚行を長年の付き合いであるメリッサに説明する。
「理由はどうアレ、まず一つ言えることは誰かを巻き込んで迷惑をかける何て事は一番やっちゃいけないってこと」
「……仰る通りでございます」
現在俺は話している途中からメリッサに言われて床に正座をしている状態。全くもって頭が上がらない。
まあこんな話を聞いたら誰でも「なに偉そうに椅子に座って説明しとんじゃ」って思うよね。
「そして、もう一つ言うことがあるわよね?」
足を組みかえしながら椅子に座っているメリッサが質問してくる。
その有無を言わせぬ威圧感に俺はすぐに行動に移す。
「『静剣』アイリス・ブルーム様、変なことに巻き込んで、そして変な誤解を招いてしまい本当に申し訳ございませんでしたッ!!」
それは巻き込んだ張本人への謝罪だ。
俺は俺の説明を聞いて絶句している『静剣』様の目の前まですぐに移動すると誠心誠意で土下座をする。
「……」
彼女は何も言葉を発することはなくただ心ここに在らずと言った様子で俺の方に顔を向けるだけだ。
……こんな謝罪だけで許されるなんてことは思っていない。
それほどまでに俺は彼女に迷惑をかけたのだ、彼女にどんな罵詈雑言を言われようと素直に受け入れる。
「こんな事で許せないのは分かっているけど、本人もこの通り物凄く反省してるみたいだから謝罪だけでも受け取ってもらえないかしら? なんなら鉄拳制裁の一つや二つしても全然問題ないから」
依然として微動だにしない『静剣』を気遣ってメリッサは声を掛ける。
「……」
しかし『静剣』様はそれでも何も言わずただ土下座する俺を見るばかりである。
どれほどそうしていただろうか。
体感にしておよそ15分ほどだろうか、俺は足の感覚がなくなりながらも土下座を続けた。
今の俺にできるのはこれだけだ。
次に俺が土下座を止める時は目の前の『静剣』様が納得できる答えを出し、その答えに俺が答える時だ。
「……顔を上げてください」
今にも消え入りそうな小さな声で『静剣』はそう言った。
「は、はい──」
その言葉に俺は恐る恐る顔を上げて彼女の方を見る。俺の目に映ったのは今にも泣き出しそうな『静剣』の悲しそうな顔であった。
「──ッ!」
瞬間、腸が引きちぎれそうな程の罪悪感が俺の胸中を襲い、今すぐに彼女から目を逸らしたい感覚に陥る。
だがそれは今この時に一番やっては行けないことだ。
俺は歯を食いしばり改めて自身の侵した愚行を戒める。
「ご迷惑……だったでしょうか?」
初めて聞く『静剣』アイリス・ブルームの酷く震えた声は嫌に耳に響いた。
「いや──」
「──そうですよねっ! 私みたいなのに付き纏われたら、迷惑の何物でもないですよね!!」
俺の言葉を遮って怯えた声は続ける。
「だから──」
「──少し考えれば分かることでした。私みたいな無口で目付きが悪くて無愛想な女に結婚を申し込む人なんているはずありません……」
捲し立てる彼女の言葉はとても寂しそうだ。
「……昔からそうでした人とどう接したいいか分からなくて逃げて逃げて、逃げ続けてたら誰も私に近づかなくなって……そうなったらどんどん自分が一人なのが嫌で、誰かに話しかけてみても全員が私を避けて……」
紡がれた言葉と共に『静剣』の瞳からは涙が零れる。
「それなのに私ったら舞い上がっちゃって、たくさんアナタに迷惑を──」
「──少し俺にも喋らせて貰っていいですか!?」
そんな彼女の姿を見て居ても立っても居られず、立ち上がって今度は俺が言葉を遮る。
「っ!?」
俺の大きな声に『静剣』は驚いたように体を揺らすとコクコクと頷く。
発言権が得られたところで俺は深く深呼吸をする。
どう考えても変なことをした俺が悪いと言うのに、何故目の前の女性は自分が加害者だとどわんばかりに申し訳ない顔をして泣いているのだ。
違うだろう。
それは違う、絶対に違う、誰がなんと言おうと違う。この件に関しては確実に俺が悪い。だから彼女は怒ればいいのだ、憤りを俺にぶつければいいのだ。
なのに、なぜ泣いている?
「一つ言わせてもらうと……迷惑なわけないでしょ!?」
深く深呼吸をした後、放った言葉は俺の本心だ。
「アナタは俺の命の恩人だ! 感謝はすれど迷惑に思うなんてことは無い! そりゃあいきなり話が飛びすぎてて困惑しましたけど、普通にアナタみたいな綺麗な人に「旦那様」とか「アナタの妻です」とか言われて嬉しくない男なんていませんから!!」
『静剣』の瞳を真っ直ぐに見つめ俺は思ったことをぶちまける。
「でも俺はアナタのその気持ちを素直に受け入れることは出来ない、てかしちゃいけないんですよ。俺の不純で自分勝手な行動が招いた事です、そのままなあなあでブルームさんの気持ちを受け入れるのは人としてやっちゃいけないと俺は思うんです」
たとえそれが自分にとって甘く、都合のいい結果だったとしてもそれは人として最低なことだ。
「だから迷惑とかそういうのじゃないんですよ」
「ほ、本当ですか?」
「本当です。てかこれに関しては俺が全面的に悪いんでそんな顔しないでくださいよ、これ以上は地面を抉るほどの土下座しないと帳尻が合わないですよ」
『静剣』の言葉に俺は冗談交じりに答える。
これで言いたいことは言えたし、誤解は解けた……か?
……うん、事の顛末を説明したし、迷惑じゃないことも伝えた、俺が彼女との関係を否定……というか受け入れられない理由も言ったしこれでオーケーだろ。
暫く胸のどこかに突っかかっていた息苦しさがやっと取れたような感覚がした。
これでもう『静剣』様がプロポーズのことを勘違いすることは無いし、俺の事を「旦那様」と呼ぶことは無い。
「……」
そう思うと、少し惜しいことをしてしまったような気もする。
こんな別嬪さんに「旦那様」と呼ばれるなんて俺の人生でもう来るとは思えないし、そう考えると何とも寂しく思える。
まあこれでよかったのは間違いない。
「……それじゃあ、迷惑でないのでしたら私と結婚してくださるのですよね?」
「「……は?」」
清々しい気持ちで俺はこれまでのことを思い返していると件の女性からとんでもない発言が聞こえ、思わず間抜けな声を出してしまう。
もう一つ、自分と同じように間抜けな声がするがそれは今まで隣で静かに話を聞いてくれていたメリッサである。
「いや……あの……話聞いてました? 俺はブルームさんに嘘のプロポーズを……」
「はい、分かっています。全部分かった上で聞いているのです。正直に申しますと私としては本当か嘘かは重要では無いのです」
「……と言いますと?」
彼女の言葉に俺は問い返す。
「私はあの時、あの場所で旦那様……いえ、ファイク様のプロポーズにときめいてしまいました。それはもう恥ずかしくてあの場所から直ぐに逃げ出すくらいに」
目の前の女性はプラチナブロンドの綺麗な髪を恥ずかしそうに揺らす。
「とても単純かと思われるかもしれませんが、小さい頃からの夢だったのです」
「……夢?」
「はい。絵本のお姫様が白馬に乗った王子様に求婚され、二人で幸せに生きていく。そんな幼子ならば一度は考えるような事が私の夢だったのです」
「白馬に乗った王子様……ファイが?」
メリッサは困惑した顔で俺の事を指さしてくる。
それに『静剣』様は無言で頷く。
「ですから私には本当か嘘かは関係なく、あの時にファイク様に恋をして、好きになったのです」
「……っ!?」
真正面から向けられる好意に俺はどんどん体の底から熱くなるのが分かる。
今俺の顔は茹でダコのように真っ赤なことだろう。
「それで迷惑でないのでしたら私はファイク様と結婚したいと思っています。あの時声をかけてくれのが偶然にしろ何にしろ少なからず無意識にでも私に魅力があると思ったからプロポーズをしてくれたのですよね? 私、運命って結構信じるタイプなんです」
「いや……あの……」
俺の両手をガッチリと握ぎり、身を近づけて聞いてくる『静剣』様に対して俺は上手く答えることができない。
上手く思考することができない。
彼女の言っていることがぶっ飛びすぎて理解するのに時間がかかる。
いや、こんな綺麗な人と結婚することができるのならば考える必要なんてないんじゃないか?
据え膳食わぬは男の恥……とは少し違うような気もするがとにかくこんな機会は今後の俺の人生で起きるはずがない。こんな素敵な人と結婚できるなら……。
そう俺の理性が揺らぎそうになった時だった。
「ちょ、ちょっと近いから離れて! それとやっぱり話が急すぎるのよ!!」
俺と『静剣』様の間に割って入ったメリッサの声で俺は正気を取り戻す。
「……ハッ!?」
あ、危なかった。あのままだったら普通にOKしちゃうところだったわ。
……いや別に、こんな綺麗な人と結婚できるのなんて嬉しいことの何者でもないんだけど、今の俺にそんなことをしている暇があるかと聞かれれば無いわけで……。
「……なんですか? 私とファイク様の話なのですからただの幼馴染の貴女には関係の無い話ですよね?」
「……っな!? か、関係大アリよ!」
「へえ? 一体どんな?」
俺が我に返ってそんなことを考えていると『静剣』様とメリッサが何やら再び最初の時のような一触即発の雰囲気だ。
「ふぁ、ファイと私はこんなに小さい時から知っててずっと一緒だったのよ! そんな昔からの幼馴染である私に何の報告もなくいきなり結婚とかおかしいじゃないっ!!」
「ふふっ……じゃあ今ここで報告すれば大丈夫ですね。それでは改めて、私とファイク様は結婚します。……これでいいですかね?」
何やら俺が関係する話のはずなのに全く俺の意見が反映されていない。
まあ、ここで話に割り込んで自分の意見を主張する根性なんて今の俺にはない。
だって二人とも目が怖いんだもん。
「いやっ、そういう事じゃなくてっ……!」
「じゃあどういうことですか?」
どんどんと口で言い負かせられていくメリッサが劣勢になっていく。
「……っというかおかしいじゃない! お互いのことを全然知らないのにいきなり結婚なんて変だわ! 普通は長い時間をかけてお付き合いをしてから結婚するものでしょ!?」
苦し紛れに放ったメリッサの言葉は全くもってその通りだと思う。
俺も出会っていきなり結婚は抵抗感がある。
「変? そうですか変ですか、いいですね変。私とファイク様にピッタリの言葉じゃないですか出会いも普通じゃない、プロポーズも普通じゃない私たちにはとてもお似合いの言葉ですね。変で結構です、私とファイク様が愛し合っているのならば関係はありません!!」
それに対しての『静剣』様の答えはこうだった。
全く物怖じのしない、強い意志……なんなら狂気を感じるその言葉に俺は背筋が凍る。
「っ!! そ、それならファイにも確認しなきゃいけないわよね!? さっきから私とアナタばっかりでファイの意見を聞いていなかったわ!」
「……そうですね、アナタとこうしてダラダラと話し合っていても埒が明きませんしここはファイク様のお気持ちを聞きましょう」
そうして突然今まで二人で繰り広げられていた話題の決着を俺に丸投げされる。
……いや、ここで俺かよ。
荷が重いよ……ってか二人とも怖いよ、特に『静剣』様は目が暗いよ、なんかガチだよ……。
同時に二人の女性に詰め寄られると言うのは男の夢だなんて思っていたが、時と場合によっては地獄にもなるんだな。
一つ学んでしまった。
なんて馬鹿げたことを考えながらも答えを迫られる。
暗い重圧のなか導き出された答えはこうだった。
「……まずはお友達からとかでどうでしょうか?」
我ながらヘタレ全開な答えだと思う。
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