冒頭から波乱に満ちて溺れそうなスタートながら、主人公の高広の中で渦巻く葛藤を上手く描いていると思います。１～２話で降り続く雨は、彼と同居する亡くなった姉の娘、美姫の間にも暗い影を落としている気がするものの、やがて雨は止むものです。
　高広と美姫は、それぞれ叔父と姪の関係にあたります。いちおう生まれたときから接点があるとはいえ、直接の親子関係がない人間とすぐに打ち解けられるほど、6歳児は器用ではありません。ましてや母親が亡くなった後となれば、その痛みは自然と高広との距離を遠ざけることでしょう。そして彼もまた、姉を亡くした痛みに苦しんでいるのです。
　もしかしたら、実際に高広たちのような家族と出会う機会はないのかもしれません。ですが世界には良い可能性と同じくらい、悪いものも存在します。そもそも家族の在り様は1つではなく、彼らのように傘が必要な家族もいることでしょう。
　本作が家族とは何か、誰かを思いやるとは何かを考える、ささやかな標となることを願っています。

先ず、文章力がとてもしっかりしています。○○は～○○した、という短絡的な文章にせず、常に一文描写を足しながら紡がれる文字の連なり。素晴らしいです。
僅か一万二千文字の中に、桜井さんの人柄。姉の弟を思う気持ち。実直で純粋な美姫と、彼女を当初疎ましく感じつつも、次第に変化していく主人公の心情が丁寧な筆致で落としこまれ、ぐいぐい物語に引きこまれていきました。
作文のタイトル。最高でしたね。思わずふっと笑みが零れてしまいました。そして、引っ張りに引っ張った上で紡がれた「秘密の合言葉」
予測はできていたのに、涙が溢れました。
本当の父親の描写あったかな？　という点だけ気になりましたが、まあ、野暮な突っ込みか。総評として、最高でした。素敵な物語を、ありがとうございました。