上 下
11 / 14

夢の終わりなんて、俺は嫌いだ。

しおりを挟む
……目の前が、夕焼けのような明るい光に包まれる。俺はその道と思われるものを、一直線に進んでいた。あぁ、これがあの世への道か。本当に死んでしまったんだな、俺は。

「あれ……?」

 道を歩いていると、昨日ヤジロウと虹を見た場所へたどり着く。あの世への道は突然どこかに行ってしまったが、最後に感動した景色をもう一度見ることができた。空は綺麗なオレンジ色で、夕日が後ろから俺を照らしている。映る影は二つ、俺と────

「ヤジロウ……?」
「悪いな、俺はここだ」

 ニカッと笑う、少年の笑顔。間違いない、ヤジロウだ。俺の隣には、間違いなくずっと探していたヤジロウがいる。

「……ってことは、ヤジロウも死んでしまったのか……」

 俺はヤジロウを助けるために走っていたはずなのに、気づけばお互いにお陀仏だ。悲しい気がしたが、俺はそんなことはないなと、首を横に振る。

「……いいや、運命を変えられたことにこそ価値がある。未来を見てしまったなら、やっぱり変えたくなるのが人間だな」

 俺はそう言って笑顔になっていた。顔の筋肉が、やけに緩む。心の底から、満足して笑えている気がする。そうだ、だからこそ、俺の人生に悔いはない。今まで失い続けていたんだ、自分を失ってでも何かを守れるなら、それだけで幸せだ。
 だが……一方ヤジロウは白けた顔をしている。何が面白くないのか、俺にはわからない。

「全く……これが兄ちゃんの子孫か。あの時の俺を瓜二つすぎて、なんだか運命感じるわー、白けるわー」
「兄ちゃん……?」

 彼の言うことに、一瞬頭が追い付かなくなる。だが、ヤジロウは話を続けた。

「最初に言っとくけどさ、俺ってもう何百年も前に死んでるのよ」
「……は? 待て待て、ならその恰好は何だよ。死んでいるなら、消えるとかその……」

 言葉がうまく思いつかないが、脳裏に浮かんだのはあの美奈子のことだ。死んだ人間を現世に引き戻す……実体を持つことはできるが、長時間いることは叶わなかった。
……ではそれをやったのが、まさか……

「おい……お前だったのか。俺の思いをたどって、美奈子をこっちに呼び戻したのは!」
「そうそう、そういうこと。この町で祀られた神様……みたいなもんだからこそできるんだぜ。だが、赤の他人の場合はほんの数分、血縁なら半日……俺そのものなら3

 なら3日間だけ俺と遊ぼうと言ったのには、納得がいく。だが、それ以上に……目の前にいる彼が、もうすでに死んでいたことに、ショックを隠せない。

「なら……お前と3日より先には、最初から行けなかったんだな」
「そうだな、なんだか悪いな。俺を助けるために、命を捨てる覚悟で来たってのに」
「あぁ、本当……拍子抜けだよ」

 暗い顔をするヤジロウを見て、俺は思わず大声で笑ってしまった。ヤジロウは怒っているのか、白目をむいて俺を睨んでくる、それでもなんだか、こみ上げる楽しさに……俺は笑いが止まらなかった。

「なんだよ、何がおかしいんだよお前。死んじまったんだぜ?」
「……はははっ……はぁ、いいんだよ、これで友達と同じ場所だ。ヤジロウとはいつでも遊べるし、あの世には母さんだって、美奈子だっている」

 死んだって、俺は友達のいる世界に行くだけだ。この町に来る前は、行きたがってた世界じゃないか。

「あー! ダメだダメ、お前はこっちに来ちゃいけねぇよ」
「なんでだよ、俺死んだんだろ?」
「違う違う、このまま俺と一緒にいるってことは、ってことだ。俺みたいに、英雄として祀られ、あの世に行くことなんて叶わない。死んだ人に会うこともできないし、生きている人を見送ることしかできないんだ」

────お前がここにとどまり続けることは、永遠の地獄を意味しているんだぞ。

 だが、今の俺に、凍る背筋はもうなかった。それでも俺は、笑顔でい続ける。

「それも、世界の見方としては悪くないかもな。美奈子には悪いけど……でも、父さんたちを見守っていけるんだろ? 助けた人たちのその後を、見ることができるんだろ?」
「……全く、光輝。それって、英雄になったばかりの俺を思い出して、すげぇ嫌なんだけど。本当にそっくりだな、自分の子孫じゃないけど似るもんだ────運命と血筋に選ばれた、新時代の英雄は」

 真剣なヤジロウの顔に、俺の顔からも笑顔が消える。永遠の時をこの地で過ごすという重みを、彼は知っている。それは、つまらなく、面白みのない、上に大変なことだと……正常な精神ではいられないことを、俺は理解してしまう。走馬灯のような一瞬だったが、見えた未来がそう告げていた。

「……過去だけじゃなく、ずっと先の未来まで見え始めたか。やっぱり、お前はこの町の英雄として選ばれつつある。そんな苦しみ、俺以外には必要ないんだ。完全になり切る前に、俺がそれを断ち切ってやるよ」

 すると、ヤジロウの体が温かい光に包まれる。それはどこか太陽のようで、神のような神々しささえ感じた……

「ヤジロウ、何を……?」
「お前を肉体に戻す。使……いいや、足りない。俺の未来視、過去視を使って……」
「生き返るのか……俺は」
「あぁ、死ってもんは、簡単に覆るもんじゃねぇ。ましてや、運命によって決められた、英雄になるための死なんてなおさらだ。だからこそ、俺の魂すべてを……燃やしきる!!!」

────燃やしきる? すべての力? それって……!

「待てよヤジロウ、それって「完全に消える」ってことじゃないか?」
「さぁね、やったことないから、どうだか。だがどうせ、はるか昔の死者なんだ……消えたとしても、あるべき場所へ帰るだけだよ」
「……嫌だよ、そんなの嫌に決まってるだろ! 友達に、もう永遠に会えないのかよ……そんなの、また失うことと一緒だ。俺はそんなの大嫌いだ、もう失うのなんてこりごりだ、だからやめてくれ……」

────大切な人を失うなんて、もううんざりなんだよ!!

 心の底から叫ぶ。だが太陽のような光は、さらに輝きを増している。それは……俺が生きるという希望の光であると同時に、友達を失う絶望の光だった。

「光輝、お前との3日間は、今までで一番楽しかった。正直、お前とは会いたくなかったんだよ。お前が死ぬ未来は見えてたんだ。でも……こんな楽しい3日間だったなんて、そんな未来は見えなかったんだ。だからこそ、余計に楽しかった。余計に愛着がわくとも」
「……俺だって、お前と一緒にいるのは楽しかったよ! お前にいろいろ教えてもらった。ヤジロウがいてくれなかったら、俺は過去を受け入れることなんてできなかったんだ。だから……消えないでくれよ。また会えるって約束してくれよ!」

 この3日間が、俺の頭の中で駆け巡る。それは唐突で、嫌いで、嫌で────でも、初めてで、楽しくて、救われた。
 ヤジロウが俺の人生を変えてくれたんだ。誰かの命を救おうという勇気に繋がった。だから、ヤジロウとの出会いには、大きな意味があったんだ。

「お前は今、俺と出会ったことに最大の意味を見出したなぁ? ならば、俺が言えることは一つ。それを生きて繋ぐんだ。お前のその勇気を────優しさという才能を、未来につなげるんだ!」
「────優しさが、才能────?」

 光はさらに強くなり、周りの景色は光の中に消えていく。ヤジロウがどんどん遠くに離れていくような気がした。繋ぎとめたくて、俺は手を伸ばす。すると、人の手のような温かさが、俺の手を握り返した。

「ヤジロウ……!」
「ここに、目標は達成ってことよ────お前の心は救われた。お前はこれから、たくさんの世界を見ていく。そうだな、そこに美奈子ちゃんだけじゃなく、俺も連れてってくれよ……!」
「……当たり前だ。お前が見ることが叶わなかったこの町の外を、俺の目を通して見せてやる。だから────」
「消えるな、行くな? さぁね、どうだか。あぁ、じゃあ……最後に聞かせてくれ」

 温かさが、次第に遠のいていく。オレンジ色の世界が、次第に色を失っていく。夢のような3日間の終わりだ、ヤジロウから俺は勝手に引き離されていく。

「なぁ、光輝。俺はちゃんと英雄ヒーローだったか?」

 次第に暗くなっていく世界。遠のいていく、その光に向かって、俺は声を振り絞って叫ぶ。信じたくはない、嫌だ、嫌いだとも。でも、これがヤジロウとの別れだ。でも俺は彼を信じ続ける。だって彼は、消えるなんて一言も言っていないんだから!

「あぁ、もちろん。最高の────夏休みヒーローだとも!」


────それが大きな過去と、俺が行く未来を分かつ、最後の言葉だった。次第に見えなくなっていく景色、重たくなっていく体。現実というものがすぐそばに迫っていた。

「あぁ……夢のような3日間の、終わりか」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

姉と薔薇の日々

ささゆき細雪
ライト文芸
何も残さず思いのままに生きてきた彼女の謎を、堅実な妹が恋人と紐解いていくおはなし。 ※二十年以上前に書いた作品なので一部残酷表現、当時の風俗等現在とは異なる描写がございます。その辺りはご了承くださいませ。

悲鳴じゃない。これは歌だ。

羽黒 楓
ライト文芸
十五歳の〝私〟は死に場所を求めて家出した。 都会の駅前、世界のすべてを呪う〝私〟はしかし、このとき一人の女性と出会う。 彼女は言った。 「あんた、死んだ私の知り合いに似てる――」 そこから始まる、一人の天才ロックシンガーの誕生譚。

ラストグリーン

桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」  蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。  しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。  20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。  恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。  ※完結しました!(2020.8.25)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしています。

海神の唄-[R]emember me-

青葉かなん
ライト文芸
壊れてしまったのは世界か、それとも僕か。 夢か現か、世界にノイズが走り現実と記憶がブレて見えてしまう孝雄は自分の中で何かが変わってしまった事に気づいた。 仲間達の声が二重に聞こえる、愛しい人の表情が違って重なる、世界の姿がブレて見えてしまう。 まるで夢の中の出来事が、現実世界へと浸食していく感覚に囚われる。 現実と幻想の区別が付かなくなる日常、狂気が内側から浸食していくのは――きっと世界がそう語り掛けてくるから。 第二次世界恐慌、第三次世界大戦の始まりだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夕陽が浜の海辺

如月つばさ
ライト文芸
両親と旅行の帰り、交通事故で命を落とした12歳の菅原 雫(すがわら しずく)は、死の間際に現れた亡き祖父の魂に、想い出の海をもう1度見たいという夢を叶えてもらうことに。 20歳の姿の雫が、祖父の遺した穏やかな海辺に建つ民宿・夕焼けの家で過ごす1年間の日常物語。

来野∋31

gaction9969
ライト文芸
 いまの僕は、ほんとの僕じゃあないんだッ!!(ほんとだった  何をやっても冴えない中学二年男子、来野アシタカは、双子の妹アスナとの離れる格差と近づく距離感に悩むお年頃。そんなある日、横断歩道にて車に突っ込まれた正にのその瞬間、自分の脳内のインナースペースに何故か引き込まれてしまうのでした。  そこは自分とそっくりの姿かたちをした人格たちが三十一もの頭数でいる不可思議な空間……日替わりで移行していくという摩訶不思議な多重人格たちに、有無を言わさず担ぎ上げられたその日の主人格こと「来野サーティーン」は、ひとまず友好的な八人を統合し、ひとりひとつずつ与えられた能力を発動させて現実での危機を乗り越えるものの、しかしてそれは自分の内での人格覇権を得るための闘いの幕開けに過ぎないのでした……

処理中です...