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なんとなく、少年が嫌いだ。
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────強引だ。俺たちはいつの間にか山の中へ入っていた。道とは言えない道をただひたすら走り続ける。いや、引っ張られ続けるというべきか。この歩みに、俺の意思はない。
「いったいどういうつもりなんだよ!」
「まぁ、自然に深い意味は考えねぇのよ。わかった?」
「わからんわ!」
しかし、その言葉は的確だ。俺はどこか考えすぎている。自由を望んでいながら、自分を束縛することばかり考えている。
……矛盾だ。俺はずっと、何かを悩み続けている。それが何かは、きっと自分が一番知っているはずなんだが。
「光輝、なんか貴重品持ってる?」
「うわっ、急に止まるなよ……」
少年の突然の急停止に、俺の体は反動で前へ飛び出した。その際に、見てしまったのだ。
────あと一歩間違えば、俺はこの滝へ飛び込むところだったと。
「────っ!?」
「だから言ったろ。滝つぼに落とすから貴重品ないかって聞いてんの」
「あれ、本気だったのか!?」
「そうだよ、そうじゃないと遊べないだろ?」
少年はそう言って、無邪気に笑うが、俺はそんな場合ではない。高さ何メートルはあるだろうか。考えただけで恐ろしいような光景だ。
いや、インターネットの動画で見たことはある。このくらいの高さの池に飛び込む動画とか、そんなテレビとか。しかしそれはやはり、他人事だからこそ見ていられたわけで、俺自身がその身になってみれば、気が狂わないとやっていけないほど怖い。
「なんだよ、怖がりのチキンかよ……都会のやつとか、最近の若者ってそんな感じなの?」
「いや、そうじゃねぇ。こんな建物何階建てあるのかわからないようなところから飛べるわけないよ。お前、テレビとか見ないの? こういうの、頭おかしいやつがやることだよ!」
すると、少年は俺を指さして笑いだす。まるで馬鹿にするかのようだ。
────その笑いは好きじゃない。見下される笑い方は、都会でこりごりだ。だが少年は、そんな都会のやつらとは全く別のことを口にした。
「バカだなぁ、お前。頭おかしいの意味を間違えてるぜ」
「……は?」
「確かに、お前から見れば、この滝へ飛び降りることは、バカなことで、危険なことで、やっちゃいけないことなんだろう。でもそれをするやつらは、楽しいから、やりたいから、危険を承知でやるんだ」
少年はそう言いながら、俺のズボンのポケットに手を突っ込む。そして、スマホと財布を出すと、地面に置いた。俺はそこに、何の抵抗もなかった。いや、できなかったが正しい。気づけば抜かれていた、気配がなかったんだ。
「なっ、お前……いつの間に……」
「まぁ、お前の言いたいことはわかる。だが、それは固まった価値観だと言っといてやる。ここはド田舎、今のお前を縛るものは何もない、解放された夏だ」
「解放された、夏……?」
「そうだ、今のお前に、悩みは不要。今だけでいい、考えることを忘れるんだ。そうすれば、お前はここから飛べる。何もかも置いて、身軽にな。何かお前は、理由とかつけてなーい?」
考えたいことはたくさんある。悩むこともたくさんある。しかしそれよりも、俺がここに来た理由は、縛られた都会を抜け出して自由になるためだ。そのために逃げてきた。何もかも置いてきた。
こんな何もない俺が、縛られるとすればそれは────きっと、今までの常識だ。
できないと決め付けた。やるべきではないと遠ざけた。それは拒まなかったのに、それはそこにあったのに、俺は目を逸らした。だって、危険だから。だって、できないから。そうやってそれなりの理由をつけたんだ。
……本当はやりたかったんだろう。危険なことだって、無茶なことだって、自由に何もかもやりたかったんだろう。それを、人はいつの間にか避けていく。それっぽい理由をつけて。
「大人になるためとか、理由をつけて……やりたいことをやらないとか」
「そうそう、近ごろの若者には、そう言った理由をつけてやらないんだ。やりたいことをやらないまま大人になると、どうなるか知ってる?」
「大人になって爆発するとか?」
「そうだね、あるいは本当にやってはいけない、犯罪に手を伸ばすんだろうね。あーあ、これだから都会の子供、最近の子供っていうのはいけないよなぁ……」
なんだか、こいつ中身は大人だな。いいや、言っていることがジジ臭い。最近の若者だの、都会の若者だの、こいつのほうがよっぽど若いのに、なんだか悲観しているようにも見える。典型的なジジイだ、これ。
「で……答えは決まった? お前にとって、ここから飛び降りることが、嫌ならそれでいい。ただその理由が、やるべきではない……そんな理由じゃダメだぜ」
ここから飛び降りること。それはきっと、覚悟を決めること。そして、今までの自分との決別だ。いつの間にか、都会の生活で、自分を縛っていた俺へ……さよならを言う時だ。
────自由になりたい。そのためには……何も考えず、自分というものを開放することが、きっと必要だ……!
「俺の願いは自由になることなんだ。そのためには……やるべきではない、を捨てて、俺の思うままに選ぶことが必要……だと思うか?」
まるで何もかも知っているような少年に聞く。少年は全部知っていた。俺がこの答えにたどり着くように誘導していたのだろう。聞くや否や、少年は鼻の穴を膨らませ、自慢げな顔に変わっていく。
「なーっはははははっ! その答えを待っていたんだ、光輝! そこまでたどり着けば十分ってもんよ」
少年は、俺の肩に手を置く。いや、これはホールドだ。逃げられない……!
「もう忘れものはないか?」
笑顔で聞く少年。俺は一瞬、過去を思う。知っていて聞いてくるかのようだ。
「あぁ、とりあえずは……もうねぇよ」
「んじゃ、決まりだ。この3日間、俺の遊びに付き合ってくれよ……!」
肩に置かれた腕に勢いがつく。体は前に押されていく。もつれた脚はそのままに、体は勢いよく宙へ浮いた。
「ぁ……」
情けない声と同時に、俺と少年は真っ逆さまに落ちていく。建物何階建てかわからないような高さから、一瞬で。
……その一瞬が、途方もないほど長く感じたのはなぜだろう。その浮遊感が、体に当たる風が、自由に空を飛んだ鳥のように、心地よかった。
だが水面が近づいてきたところで、俺は思わず息を止める。瞬間、俺の体は水中へと沈んでいた。
────水の中は、透き通るように綺麗で、水の中にいることを忘れそうになる。だが、呼吸のできない危機感に、俺は水面を見上げた。
飛び込んだ時の白い泡が、俺より先に上がっていく。俺は水面へ手を伸ばした。その腕をつかんで引き上げたのは、あの少年だった。少年の腕はどこか安心する。懐かしささえ感じるその腕に引っ張られて、俺は水面へ顔を出した。こんなの、きっと10秒にも満たない出来事だ。それなのに、こんなにも長く感じるのは、なぜだろう……
「だっはー! いやぁ、最高だな! 滝つぼダイビング!」
「ぷはっ……はぁ……」
俺も遅れて一息つく。そして、さっきまでいた場所を見上げた。あんなにも高いところから落ちたのに、こんなにも無事でいられるものなんだな。
「しっかし、光輝。お前飛び降りるの下手くそだなぁ……俺が受け身取ってなかったら、お前今頃、全身むち打ちだぜ?」
「えっ? そうなの?」
「そうだよ! ほら、学校のプールで腹から飛び込むと痛いだろ? それと一緒だ!」
「やっぱり、やったらいけない危険なことじゃないか!」
水なら安全と思った俺がバカだった。これは本当にやったらいけない危険なことだった。そりゃ、誰もがやらないわけだ。この少年がいなかったらどうなっていたことか、考えたら恐ろしい。
「いやいや、高校生で物理法則を知らないのはバカじゃねーの?」
「なんだと……ガキのお前が言うんじゃねぇ!」
「なんだとー! このー!」
少年は、そんな俺の怒りに油を注ぐように、俺に水をぶっかけてくる。俺も負けじとやり返すと、少年は大波を立てて俺に水をさらにかけてきた。
……気づけば俺たちは、怒りなんて関係なしに、楽しく水をかけあって遊んでいた。泳ぎながら追いかけっこをして、水中でじゃんけんして、最後には泳ぎを競争していた。すべてにおいて少年が勝ったのには若干不満があるものの、それは……小学校以来の経験だった。
「つ……疲れた」
先にギブアップして、岩場で休憩を始めたのは俺だ。少年に体力面でも負けるとは、とても悔しいものだが、心はむしろ清々しい。少年も俺の隣に座って、俺を笑う。
「運動嫌いなわけ?」
「いいや、泳ぎが得意じゃないだけ」
「ふーん、まぁ、俺といい勝負なんて……都会の子供にしちゃあやるなぁ」
しかし、俺をよく見下してくるこの少年。まだ名前を聞いていなかった。ひょっとしたら、こんな身体能力を持つほどなんだ。地元じゃ有名に違いない。家に帰ったら、父さんに名前を言って、詳しいことでも教えてもらおう。
「そうだ、お前。名前なんて言うの。まだ聞いてなかったんだけど」
「あぁ、名前……」
そう言って少年は、少し言葉を詰まらせた。そして、腕を組み、首を傾げ、口をとがらせ、大げさに悩む。わざとだろう、だが名前をどうして渋る?
「ヤジロウ……ヤジロウって呼んでくれ。苗字とか、そんなの3日後にはわかってんだからよ」
「3日後って……今でもいいじゃんよ」
「まぁまぁ、名前は秘密ってことで。秘密のヒーローみたいじゃん?」
そこだけヒーローぶるのかよ……だがまぁ、ヤジロウという名前がわかれば、それ以外は詳しく聞かなくても十分だろう。
「じゃあさ、光輝。次はどんな遊びをしようか」
────次の遊びを考える少年の顔が、どこか昔の自分に重なる。俺にも昔、無邪気に遊ぶことだけを考えていた時期があった。でもそんなのは、はるか遠く、昔のことだ。
……きっと俺は、都会よりももっと前に、大事なものを置いてきてしまったらしい。
「いったいどういうつもりなんだよ!」
「まぁ、自然に深い意味は考えねぇのよ。わかった?」
「わからんわ!」
しかし、その言葉は的確だ。俺はどこか考えすぎている。自由を望んでいながら、自分を束縛することばかり考えている。
……矛盾だ。俺はずっと、何かを悩み続けている。それが何かは、きっと自分が一番知っているはずなんだが。
「光輝、なんか貴重品持ってる?」
「うわっ、急に止まるなよ……」
少年の突然の急停止に、俺の体は反動で前へ飛び出した。その際に、見てしまったのだ。
────あと一歩間違えば、俺はこの滝へ飛び込むところだったと。
「────っ!?」
「だから言ったろ。滝つぼに落とすから貴重品ないかって聞いてんの」
「あれ、本気だったのか!?」
「そうだよ、そうじゃないと遊べないだろ?」
少年はそう言って、無邪気に笑うが、俺はそんな場合ではない。高さ何メートルはあるだろうか。考えただけで恐ろしいような光景だ。
いや、インターネットの動画で見たことはある。このくらいの高さの池に飛び込む動画とか、そんなテレビとか。しかしそれはやはり、他人事だからこそ見ていられたわけで、俺自身がその身になってみれば、気が狂わないとやっていけないほど怖い。
「なんだよ、怖がりのチキンかよ……都会のやつとか、最近の若者ってそんな感じなの?」
「いや、そうじゃねぇ。こんな建物何階建てあるのかわからないようなところから飛べるわけないよ。お前、テレビとか見ないの? こういうの、頭おかしいやつがやることだよ!」
すると、少年は俺を指さして笑いだす。まるで馬鹿にするかのようだ。
────その笑いは好きじゃない。見下される笑い方は、都会でこりごりだ。だが少年は、そんな都会のやつらとは全く別のことを口にした。
「バカだなぁ、お前。頭おかしいの意味を間違えてるぜ」
「……は?」
「確かに、お前から見れば、この滝へ飛び降りることは、バカなことで、危険なことで、やっちゃいけないことなんだろう。でもそれをするやつらは、楽しいから、やりたいから、危険を承知でやるんだ」
少年はそう言いながら、俺のズボンのポケットに手を突っ込む。そして、スマホと財布を出すと、地面に置いた。俺はそこに、何の抵抗もなかった。いや、できなかったが正しい。気づけば抜かれていた、気配がなかったんだ。
「なっ、お前……いつの間に……」
「まぁ、お前の言いたいことはわかる。だが、それは固まった価値観だと言っといてやる。ここはド田舎、今のお前を縛るものは何もない、解放された夏だ」
「解放された、夏……?」
「そうだ、今のお前に、悩みは不要。今だけでいい、考えることを忘れるんだ。そうすれば、お前はここから飛べる。何もかも置いて、身軽にな。何かお前は、理由とかつけてなーい?」
考えたいことはたくさんある。悩むこともたくさんある。しかしそれよりも、俺がここに来た理由は、縛られた都会を抜け出して自由になるためだ。そのために逃げてきた。何もかも置いてきた。
こんな何もない俺が、縛られるとすればそれは────きっと、今までの常識だ。
できないと決め付けた。やるべきではないと遠ざけた。それは拒まなかったのに、それはそこにあったのに、俺は目を逸らした。だって、危険だから。だって、できないから。そうやってそれなりの理由をつけたんだ。
……本当はやりたかったんだろう。危険なことだって、無茶なことだって、自由に何もかもやりたかったんだろう。それを、人はいつの間にか避けていく。それっぽい理由をつけて。
「大人になるためとか、理由をつけて……やりたいことをやらないとか」
「そうそう、近ごろの若者には、そう言った理由をつけてやらないんだ。やりたいことをやらないまま大人になると、どうなるか知ってる?」
「大人になって爆発するとか?」
「そうだね、あるいは本当にやってはいけない、犯罪に手を伸ばすんだろうね。あーあ、これだから都会の子供、最近の子供っていうのはいけないよなぁ……」
なんだか、こいつ中身は大人だな。いいや、言っていることがジジ臭い。最近の若者だの、都会の若者だの、こいつのほうがよっぽど若いのに、なんだか悲観しているようにも見える。典型的なジジイだ、これ。
「で……答えは決まった? お前にとって、ここから飛び降りることが、嫌ならそれでいい。ただその理由が、やるべきではない……そんな理由じゃダメだぜ」
ここから飛び降りること。それはきっと、覚悟を決めること。そして、今までの自分との決別だ。いつの間にか、都会の生活で、自分を縛っていた俺へ……さよならを言う時だ。
────自由になりたい。そのためには……何も考えず、自分というものを開放することが、きっと必要だ……!
「俺の願いは自由になることなんだ。そのためには……やるべきではない、を捨てて、俺の思うままに選ぶことが必要……だと思うか?」
まるで何もかも知っているような少年に聞く。少年は全部知っていた。俺がこの答えにたどり着くように誘導していたのだろう。聞くや否や、少年は鼻の穴を膨らませ、自慢げな顔に変わっていく。
「なーっはははははっ! その答えを待っていたんだ、光輝! そこまでたどり着けば十分ってもんよ」
少年は、俺の肩に手を置く。いや、これはホールドだ。逃げられない……!
「もう忘れものはないか?」
笑顔で聞く少年。俺は一瞬、過去を思う。知っていて聞いてくるかのようだ。
「あぁ、とりあえずは……もうねぇよ」
「んじゃ、決まりだ。この3日間、俺の遊びに付き合ってくれよ……!」
肩に置かれた腕に勢いがつく。体は前に押されていく。もつれた脚はそのままに、体は勢いよく宙へ浮いた。
「ぁ……」
情けない声と同時に、俺と少年は真っ逆さまに落ちていく。建物何階建てかわからないような高さから、一瞬で。
……その一瞬が、途方もないほど長く感じたのはなぜだろう。その浮遊感が、体に当たる風が、自由に空を飛んだ鳥のように、心地よかった。
だが水面が近づいてきたところで、俺は思わず息を止める。瞬間、俺の体は水中へと沈んでいた。
────水の中は、透き通るように綺麗で、水の中にいることを忘れそうになる。だが、呼吸のできない危機感に、俺は水面を見上げた。
飛び込んだ時の白い泡が、俺より先に上がっていく。俺は水面へ手を伸ばした。その腕をつかんで引き上げたのは、あの少年だった。少年の腕はどこか安心する。懐かしささえ感じるその腕に引っ張られて、俺は水面へ顔を出した。こんなの、きっと10秒にも満たない出来事だ。それなのに、こんなにも長く感じるのは、なぜだろう……
「だっはー! いやぁ、最高だな! 滝つぼダイビング!」
「ぷはっ……はぁ……」
俺も遅れて一息つく。そして、さっきまでいた場所を見上げた。あんなにも高いところから落ちたのに、こんなにも無事でいられるものなんだな。
「しっかし、光輝。お前飛び降りるの下手くそだなぁ……俺が受け身取ってなかったら、お前今頃、全身むち打ちだぜ?」
「えっ? そうなの?」
「そうだよ! ほら、学校のプールで腹から飛び込むと痛いだろ? それと一緒だ!」
「やっぱり、やったらいけない危険なことじゃないか!」
水なら安全と思った俺がバカだった。これは本当にやったらいけない危険なことだった。そりゃ、誰もがやらないわけだ。この少年がいなかったらどうなっていたことか、考えたら恐ろしい。
「いやいや、高校生で物理法則を知らないのはバカじゃねーの?」
「なんだと……ガキのお前が言うんじゃねぇ!」
「なんだとー! このー!」
少年は、そんな俺の怒りに油を注ぐように、俺に水をぶっかけてくる。俺も負けじとやり返すと、少年は大波を立てて俺に水をさらにかけてきた。
……気づけば俺たちは、怒りなんて関係なしに、楽しく水をかけあって遊んでいた。泳ぎながら追いかけっこをして、水中でじゃんけんして、最後には泳ぎを競争していた。すべてにおいて少年が勝ったのには若干不満があるものの、それは……小学校以来の経験だった。
「つ……疲れた」
先にギブアップして、岩場で休憩を始めたのは俺だ。少年に体力面でも負けるとは、とても悔しいものだが、心はむしろ清々しい。少年も俺の隣に座って、俺を笑う。
「運動嫌いなわけ?」
「いいや、泳ぎが得意じゃないだけ」
「ふーん、まぁ、俺といい勝負なんて……都会の子供にしちゃあやるなぁ」
しかし、俺をよく見下してくるこの少年。まだ名前を聞いていなかった。ひょっとしたら、こんな身体能力を持つほどなんだ。地元じゃ有名に違いない。家に帰ったら、父さんに名前を言って、詳しいことでも教えてもらおう。
「そうだ、お前。名前なんて言うの。まだ聞いてなかったんだけど」
「あぁ、名前……」
そう言って少年は、少し言葉を詰まらせた。そして、腕を組み、首を傾げ、口をとがらせ、大げさに悩む。わざとだろう、だが名前をどうして渋る?
「ヤジロウ……ヤジロウって呼んでくれ。苗字とか、そんなの3日後にはわかってんだからよ」
「3日後って……今でもいいじゃんよ」
「まぁまぁ、名前は秘密ってことで。秘密のヒーローみたいじゃん?」
そこだけヒーローぶるのかよ……だがまぁ、ヤジロウという名前がわかれば、それ以外は詳しく聞かなくても十分だろう。
「じゃあさ、光輝。次はどんな遊びをしようか」
────次の遊びを考える少年の顔が、どこか昔の自分に重なる。俺にも昔、無邪気に遊ぶことだけを考えていた時期があった。でもそんなのは、はるか遠く、昔のことだ。
……きっと俺は、都会よりももっと前に、大事なものを置いてきてしまったらしい。
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