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魔術、習得したい!

想像の本

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「……長生き、な」

 ライチはそう言って、不敵に笑う。少女を見る左目は、熱を持つ。
 その目が、その口元が、彼女を焼き焦がすように感じる。見ているだけの俺も例外じゃない。それは憎悪の炎だろうか、はたまたそれ以外か。どちらにせよ、それは人を殺せる熱だ────!

「そんなものは、いいものじゃない。そう言っておいてやる」

 言い返したライチに、少女は眉をひそめた。もう一度ライチを見ると、不敵な笑みは自然と無表情に戻っている。俺はその寒暖差に、心臓が激しく鼓動する。自然と汗が吹き出し、そこにいる二人がただ者・・じゃないことをはっきりさせる。

「ふーん……あなた、ただの魔術師じゃなさそうね。画像解析、データ照合するわ」

 少女も何か感じ取ったかもしれない。俺に向けられた目じゃないのに、俺が震えが止まらない、でも二人は平常だ。
 ……それがなおさら怖いんだよ。周囲の空気すら変えてしまうような圧を、二人は発しているのに、どちらにも影響がないなんて。

「永遠の少女、レーゼン。長生きの秘訣は、魔術と科学のハイブリッドときたか。悪くない、我々はそれが最善だ」
「ずいぶんと喋るのね……データにない魔術師さん。ここまで派手に動いていたら、何回か目についていたはずだけど」
「今回はこれが初めてだ、データになくて当然。書き加えられるかは……さておき」

 話している途中に、ライチは行動に出る。すぐさま右手を空間にかざし、呪文を唱えた。

存在、遮蔽アイデンティティ・カバー!」

 少女の表情が、少し曇る。その隙に、ライチは俺の手を握り、走り出した。

「逃げるぞ! あんなやつ、相手にしても死ぬだけだ!」
「なっ……何が起こったかよくわかんないけど、正しいと思うよ、それ!」

 ライチはさっきまでいた吹雪の中へ、戻ろうとしていた。スキー板はすぐにライチがどこかへ仕舞って、俺たちは素足で走っている。今は魔術を使う余裕もなく、ただ距離を取ることが大事だ。
 俺は、こんな状況でこの先を考えていた。魔術を早く使えるようにして、科学軍と戦う時も苦戦しないように、これからしっかり頑張らなきゃいけない。 そうだ、そうすれば次だって……

「────この程度で逃げられたとでも?」

 ────絶句。目の前に立ちふさがった少女を前に、俺は思わず足を止めた。

 宙づりの少女の手には、何かがついている。それがわずかな知識で銃口とわかったのが、関の山だ。

「カガリ────!」

 そうか、次はないのか。うん、さすがにこれは無理だったかな。油断もしてたし、いろいろわかってなかったし、仕方ないよね。
 その事実を前にゆっくりと目を閉じ、死を覚悟した。意識が完全に闇に落ちる前、俺は少し思いとどまる────俺の生きるって、こんなものだったのか?
 耳を貫くような、発砲音。どうしてこんなにゆっくりに感じるかはわからないが、この後は弾丸が体を貫通するんだろう。死ぬ瞬間を、ゆっくりとゆっくりと、味わうように体感する。

 ……いや、待て。これはさすがに遅すぎるだろう。目を開けると、そこには止まった弾丸がある。いいや、動きがすごく遅くなっている?
 冷静に考えろ、状況をよく見るんだ。少女の動きは笑みを浮かべたまま、完全に止まっている。ライチは、手を伸ばして魔術をかける途中みたいだ。魔術っぽい螺旋が、手から離れる前に止まっている。

「周りは……」

 ここで声が出ることを確認し、自分だけがしっかり動けることを理解する。空の雲は動きを止め、砂ぼこりは広がりが遅い。空中に虫のようなものが3匹、素早く動く羽が止まりそうなほどゆっくりと動く。見た目は機械だし、これで俺たちを追いかけてきたみたいだ。
 そこには時間が停止したに近いほど、ゆっくりと時が流れていた。でも、どうして? とりあえず、弾丸の軌道から離れる。この時が止まっている間にライチを抱え、できる限り遠くへ走りだした。

「もちろん、こんなのずっと続くわけないし、何とかしなきゃ……」

 想像力を働かせろ、何かあるはずだ。
 抱きかかえ走るにも、スピードが足らない。あの虫が動き出したら、俺たちはまた見つかるだろう。このあたりに隠れられそうなものは……ないなぁ。建物の残骸しかない。

「ライチが何か持ってないかな」

 そう言えば、最初に出会った時から、ライチはどこからともなくものを出す。それは何か体に……隠し扉とか、隠しポケットとか……
 服のあたりをゴソゴソと探ると、そこから紫色の巾着が出てきた。これっぽいなと思って手を入れると、袋の中は思ったより広い。やっぱり持ってるじゃないか、隠し巾着!

「なんか……役立ちそうなもの……」

 巾着の中がガチャガチャと音を立てる。もっとライチみたいにスムーズに出せればいいんだけど。とりあえず持てそうなものは……

「これは、触った感じ本かな」

 取り出したのは、汚い本。いかにも古そうで、いかにも魔導書っぽい。ここにお役立ちの魔術が乗っていて、俺を何とか助けてくれる……なんて考えは甘いだろうか。

「……何も書いてないっ!」

 甘かった。開くとそこは白紙、何も書いていない古い紙だった。触ってみたり、息を吹きかけてみたりするが、何の反応もない。そうしている間にも、だんだん時は流れ始める。次第に何もかもが動き始め、俺に残された時間は少なかった。
 どうすればいい、どうすればこの状況を打破できる? 誰に願っても、一人だけの時間で叶えてくれる人はいない。自分しかいないんだから。

 たった一人しかいないのに、助けてくれは甘い。一人でいるということは、一人で戦うと決めたこと。それがどんな理由だったとしても、生きる限りどこかで戦わなければいけない。

 ────俺は何もできない、でも何もしないまま終わりたくはないんだ。この時が止まったチャンス、逃すものか!

「……ここは俺一人。叶える人がいないなら、自分の願いは自分で叶える! かかってこい現実、俺は逃げない!」

 チャンスは逃がさないし、俺は逃げない。何もできないけど、何かはできる。
 そんな、空想と現実を行き来しながら、不安定でも戦っていく。
 ……今の俺は、それでいい。

 ────俺の時は動き出す、現実は息を吹き返す。そして一人、空想から帰還した────

「あら、逃げても無駄よ」

 少女は状況を見て、すぐに弾丸を放つ。ライチの時はまだ動き出していない、彼女のほうが早かったんだ。冷静で無駄がなくて、完璧だ。でも俺だって、ただ自分の時間を使ったわけじゃない。

「無駄なんてない、俺は覚悟を決めてきた!」

 もちろん、この状況を打開する策はない。それでも、逃げずに戦うと決めた。俺は俺のできる限りをやる、そして満足して終わってやるんだ!
 放たれた弾丸を、その分厚い本で受け止める。相手もただの弾丸ではない。本に触れたとたん、ビリビリと焼けるような電流が流れてくる。そしてその勢いは衰えることなく、加速している。ドリルのようにそのまま、穴をあけそうな勢いだ。

「ぐっ……あぁっ!!」

 両手が今にも焼ききれそうだ。体中が危険と叫ぶ、手を放せという。手を離せば弾丸が命中する、しかし離さなければ焼き焦がされる。どちらにせよあるものは死だった。

「無意味で……終われるかっ……!」

 限界が近い、その時だ────
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