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第2章 辺境伯領平定戦

第82話 処す

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「わ、私達が一体何をしたと言うんだ!?」

 領都近郊、旧ゲルト邸の正門前で初老の男が顔を真っ赤にして叫んだ。

 口角泡を飛ばさんばかりに怒り狂うこの男、身にまとった仕立ての良い服を見れば身分卑しからぬ事は明らかだ。

 何を隠そう、こ奴は辺境伯家の家臣であり、十数ヶ村の支配を任された代官であるからな。

 だが、荒縄で縛り上げられ、地面に転がされ、粗雑に扱われている様は、まさしく罪人のそれだ。

 この男だけではない。

 同じように縄を打たれた男達が二十人近く地面に転がされている。

 いずれも代官職にある者共だ。

 そしてこ奴らを遠巻きに囲むようにして領都の町衆や周辺の村人達が数多集まり、旧ゲルト邸前は黒山の人だかりとなっていた。

 集まった民の姿を見て、初老の男はさらに顔を赤くした。

「民の目の前でこのような侮辱をっ……! 許さんぞ! 只で済むと思うな!」

 男の叫びに続き、他の者達も口々に俺を罵る言葉を吐き捨てる。

 やれ野蛮人だの、やれ流民だの、やれ逆賊だのと、あらゆる罵詈雑言が続く。

 俺は辺境伯に任じられた陣代なんだがな?

 一応お主らより立場は上だぞ?

 まあ、俺の事なぞ端から認めておらぬ連中だ。

 如何なる悪口を吐いたところで今更驚くには値せんがな。

 とは申せ、傍らに控える左馬助さまのすけ弾正だんじょうは何とか感情を抑えているものの、春日源五郎をはじめとする近習衆は今にも刀を抜きかねない顔付だ。

 近習達にも翻訳魔法の指輪を渡してしまったからな、連中の申す事は丸分かりだ。

 もう少し人が集まるまで待ちたかったが仕方あるまい。

 源五郎らが斬り掛からぬ内に始めるとしようか。

「左馬助」

「はっ」

「そろそろお出で願おう」

「かしこまりました」

 左馬助が旧ゲルト邸へ向かって大きく手を振り、合図を送った。

 間もなくして、クリスやハンナ、ヨハン達に護衛されたミナ、そして辺境伯夫人が姿を現す。

 縄を打たれた者からも、集まった町や村の衆からもどよめきが起こった。

 弾正だんじょうが隅々まで響けとばかりに呼ばわる。

「辺境伯御夫人! 並びに辺境伯御令嬢のお成りである! 控えよっ!」

 これを耳にした民は一斉に膝を突き、頭を垂れて異界の礼を取る。

 ただし、ざわめきは収まらない。

 このような場に二人が現れる事など誰も予想していなかったからだ。

 だが、そう悪い反応ではない。

 何となくだが、民衆からは期待を胸に秘めているような雰囲気を感じる。

 一方、捕らわれの者共は口々に縄を解くようにと訴えた。

「今回の仕打ちはお二人も了承されたのか!?」

「我らは代々辺境伯家にお仕えしてきたのですぞ!?」

「如何なる理由があっての事か!?」

「早く縄を解いて下され!」

「どこの馬の骨とも知れない者をいつまでのさばらせるのです!?」

「家臣は一人残らずそっぽを向きますよ! よろしいのですか!?」

 連中の訴えをひとしきり聞き届けた後、辺境伯夫人は首を振った。

「私達が姿を見せてもこの振舞い……。何と見苦しい事でしょう……!」

「み、見苦しい……ですと!?」

「何を仰るのか!?」

「辺境伯夫人ならば家臣を守られよ!」

「サイトー殿。もう結構です」

 夫人は連中の言葉をピシャリと遮り、俺に話し掛けた。

「機会を設けていただきありがとうございました。私達が――仕えるべき主君の一族が姿を見せた事で、僅かなりとも改悛かいしゅんの情を見せる者があればサイトー殿の慈悲を乞おうと考えておりました。ですが――――」

 夫人が目元を押さえた。

 縄を打たれた連中の忠誠が望めぬ事はお分かりであったであろうが、改めて目の前で見せつけられ、胸に迫るがあったのであろう。

 言葉を失った夫人に代わって、ミナが決然と言い放った。

「一切の遠慮はいらない。やってくれ」

「承知した。ミナは奥方と下がって――――」

「いや、私達も最後まで見届ける。お母様、よろしいですね?」

「もちろんです。辺境伯家の者として、事の顛末てんまつを見届ける事は義務です」

「頼む。シンクロー」

「……分かった」

 近習達がすぐさま椅子を用意する。

 ミナと夫人が腰掛けるのを待ち、弾正が書状を広げて読み上げ始めた。

 書状に記されたのは縄を打たれた者共の罪状ざいじょうだ。

 辺境伯による関銭せきせん免除の命が出た後も関銭を徴収し続けた者。

 辺境伯家が定めた以上の年貢を取り立てた者。

 民の田畑を不当に押領おうりょうした者。

 民に不当な労役ろうえきを課した者。

 年貢の未払いを理由に民の妻子をしちに取った者。

 中には何処かへと売り飛ばした者までいる。

 そして数多の不正によって民から巻き上げられた財貨は、一銭たりとも辺境伯家には納められず、連中の懐に入った。

「こ奴らの家屋敷からは民から奪った財貨が次々と見付かってござります! こ奴らのろくでは到底得られぬ額であることは明白! 悪事を記した帳簿類も悉く押収致しました!」

 弾正が申すと、御蔵おくら奉行配下の者達が、次から次へと帳簿類と財貨を持ち込んだ。

 余りの量に、民のざわめきが一層大きくなる。

 だが、この期に及んでも縄を打たれた者達の往生際は悪い。

「こんなものは偽物だ! でっち上げだ!」

「我らは長年に渡って節制し、財を蓄えたに過ぎん!」

「面白い事を申すな。ならば悪事の証人に出てきてもらおう。弾正!」

「はっ! レムス村の衆! 前へ出よ!」

 弾正に促され、民衆の輪の中から十数人の男女が進み出た。

 先頭に立つ男には見覚えがある。

 領内の町村へ送った書状の真偽を確かめるためネッカーまでやって来た、レムス村の村長ウッツに違いなかった。

「よく来てくれたな」

「もちろんです。サイトー様はお約束を守って下さいました。不届者は許さないと……」

「約束を守るのは当然の事だ。さあ、お主らがされた事、見聞きした事、存分に話すが良い」

「はい!」

 ウッツが口を開いたのを皮切りに、レムス村の衆は代官の不正を次々と証言し始めた。

 これに勇気を得たのか他の町や村の者達も次々と前へ進み出て、代官共の不正を証言する。

 そう、旧ゲルト邸前に集めた者達は、代官共の不正を訴え出た者達なのだ。

 望む者には証言を許すと知らせていたが、一番手で出る事は誰もが尻込みしていた。

 ウッツらの姿を目にした事で、せきが切られたように証言は続く。

 二十あまりの町や村の証言が続き、一刻ばかりが過ぎた頃には、代官共は完全に色を失っていた。

 証言をする方も聞かされる方もさすがに疲れたか証言が途切れた。

 その途切れた瞬間、最初に不平を口にしたあの初老の代官が叫んだ。

「こんな……こんな下賤の連中の証言を信じるのか!? 私達は辺境伯家の家臣だぞ! 家臣を信じないのか!? 守らないのか!?」

 言葉はミナと辺境伯夫人へ向けられたものだ。

 だが、二人が反応を示す前に集まった民衆が反応した。

 激しく目を剥く者。

 足元の石を拾う者。

 今にも襲い掛からんばかりの雰囲気だ。

「静まれ! 辺境伯御夫人並びに辺境伯御令嬢の御前であるぞ!」

 ダ――――――――――ンッ!

 俺が呼ばわるのに合わせて近習の根来杉ノ介が空砲を放つ。

 興奮に冷や水を浴びせ掛けられ、民衆は肩をすくめてその場にとどまった。

「ここは辺境伯家が設けた裁きの場! 何人も勝手は許さん! 裁きは辺境伯家陣代たる、この斎藤新九郎が言い渡す!」

 左様に申し、縄を打たれた者共を見下ろした。

「証拠も証言も出揃った。罪状は明白のようだ。申し開きはあるか?」

 連中の口から出たのは最後まで罵詈雑言のみであった。

「この期に及んで申す事がそれとはな……。もはや聞き届けるべき事はない。ゲルトにくみし、横暴を許した罪を辺境伯のお慈悲で許されながら不正を働き、財貨を奪った罪、死を以って贖ってもらおう。こ奴らは一人残らず打ち首とする! また、財産は銅貨一枚に至るまで悉く召し上げだ!」

 いの一番に引き立てられたのは初老の代官だ。

 喚き散らすそ奴を刑吏が無理やり座らせ、後ろ首を露わにさせた。

「俺がやろう」

「若!?」

「何を申されますか!?」

 左馬助と弾正が止めようとするが――――、

「――――良いのだ。俺がやる。我が意を示しておかねばならぬ」

「……承知しました」

「是非も無し、ですな……」

「や、やめろ――――っ!」

 その日、不正を働いた代官十八人が打ち首となった。

 以後も裁きは続き、百人を超える者が処されたのである。
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