上 下
25 / 58
かたちだけの恋人

第25話 2.想われ人

しおりを挟む
 僕は戸鞠と別れ一人校舎を出て、駅へと歩いていた。途中スマホからメールの着信音がした。開いてみると、担任の北城先生からだった。

 「俺だ、頼斗だ。明日の事、恵美には黙っておくから心配すんな。お前も気づかれんようにな。それとこの事は、貸しにしてやる。そうだな2つくらいだな。ははは」

 そして、空白の後
 「ま、頑張れ 結城」
 頼斗さんらしいなぁと思った。でも最後の「頑張れって」どういうことだろう。僕は不思議に思いながら帰宅した。

 僕が先生の実家から帰ったあと、ミリッツァと政樹さんは、その事には触れては来なかった。
 特別、僕からも二人にどうのこうのと、話すこともなかったのでそのままにしている。そう何も特別変わらない日々を僕は送っている。

 少し変わった事といえば、僕が恵美を想う気持ちだろう。初めはとにかく彼女のことが気になって仕方がなかった。どうしたら自分の想いを彼女、恵美に解ってもらうのか、それに尽きていた。だが、未だ恵美の中で生き続けている北城響音きたしろおとの存在を知り、本当の三浦恵美みうらえみの心の姿を見たいと思うようになった。

 あのハチャメチャな告白のとき、彼女から言われた「」その言葉が意味している通りに。

 家に着き2階の自分の部屋に上がろうとしたとき、居間のソファーに深々と沈み込み、書類を眺めている政樹さんを見かけた。

 「政樹さんただいまです」
 「お、結城か、今日は早いな」
 「ええ、明日から森際の準備で授業もないですし、今日もほとんど授業つぶれましたしね。珍しいですね、政樹さんがこんな時間に居間にいるなんて」
 「ああ、ちょっとな履歴書を見てたんだ」
 政樹さんはその履歴書を僕に手渡した。

 冨喜摩葵ときまあおい現、22歳独身。今年の10月に洋菓子の専門学校を卒業と書かれていた。張られている写真を見ると、ショートカットが似合うサバサバとした感じの女性だった。目鼻立ちはすうっと整っていて、かなりの美人だった。志望動機の欄には、
「憧れと目標であるカフェカヌレで修行をしたい為」と書かれていた。

 「そこの専門学校の学長、僕の友人でね。さっき彼女のことで電話したんだ。何でも今期の卒業生の中でもトップクラスだったらしい。彼、ああ学長の話しなんだが、彼女、ここカヌレで働きたくて、ここの専門学校に入ったらしいんだ。僕とそこの学長が親しいのを調べてな」

 「すごいなぁ。この人、そこまでして。政樹さんはどうするんですか」

 「うぅん、まぁこの子の気持ちは良くわかるよ。僕もそしてミリッツァもフランスのあの洋菓子店に憧れて修行を申し込んだんだから。なんかちょっと懐かしい気もするけどな。そうだな、今日は早めに店閉めてミリッツァと相談だな」

 そう言って政樹さんはソファーから立ち上がり、僕から履歴書を受け取った。

 「そうだ、それなら今日の夕食僕が作りましょうか」
 「お、いいねぇ、シェフ結城の御出ましだな。それじゃ、頼むか」

 「政樹さん、今晩は何がいいですか」
 「そうだなぁ。久々に鍋がいいな」

 「鍋かぁ、解りました。買い物行って材料仕入れてきます」
 「はは、楽しみしているよ。ミリッツァにも教えておくよ。今日の夕食は、シェフ結城特製の鍋だってね」
 そう言って彼は店へ戻った。

 僕は、急いで2階の部屋に行き着替えをして大通りの商店街へ向かった。
 夕暮れ時の商店街は、夕食の材料を求めに来る人たちでにぎわっている。

 この商店街は、大通りから直角に伸びる路地だ。その上にはアーケードが架かっている。その路地に入ると、その雰囲気は一変する。昔、と言ってもおよそ二、三か月前だが、僕が暮らしていた商店街の雰囲気がする通りだ。

 アーケード通りの両側には、いろんな商店が軒を連ねている。ふと、よく母さんとあの町の商店街で一緒に買いもしたなぁ、そんな事を頭の中で思い描きながらこの商店街を歩いている。その時、母さんは僕に物の良しあしの見分け方を教えてくれていた。

 「ねぇ結城、食材はね鮮度はもちろんのこと、形や色そしてその食材の持つ力を見分けなきゃいけないのよ。自分が今求めている事と、必要とされている物とが一緒になった時、物凄い力を発揮するのよ。でもね、これだけは注意しないといけないことがあるの。それは、外見だけに捕らわれてはいけないことよ。どんなに外見が美しくても、その中身、そうね熟成度かな、それが伴わないとすべてが駄目になるのよ。結城はこれからそれを見極める力を付けていきなさい。でもね、こればっかりはすぐには出来ないものよ、何度も何度も失敗して、それを繰り返してそうね、経験って言うのかな、そうして分かっていくものなのよ」

 その時は僕の中ではまだ、何も感じることが出来ないでいた。でも今思えば、母さんは食材の見分け方を教えるのと同時に、もっと色んな事を経験して自分自身の善し悪しを見極めろと言っていたのかもしれない。多分、今の僕だからそう思えてきたのだろう。
 少しの懐かしさと寂しさを抑えながら、食材を選んだ。

 「ちょっと、買いすぎたかな」

 僕はアーケード街の路地を出て大通りを歩いていた。両手に大きな買い物袋を持って。
 僕が大通りから外れ家にむかって歩いていると

 「ユーキ」

 後ろから、僕を呼ぶ声がした。振り向くとすぐ後ろに、恵美が穏やかな表情で僕を見ていた。
 彼女は、紺色のたけの長いダッフルコートを着ていた。手にはねずみ色をしたボアの手袋をはめている。いつも見ている恵美の姿なのに、なぜかその時はとても懐かしい思いがした。本当にしばらくぶりに彼女を見たかの様に。

 「いつから後ろにいたんだ」
 「うふふ、商店街を出たところから」
 「なぁんだよ。それなら、もっと早く声を掛けてくれればいいのに」
 「だってユーキ、声掛けようとしたら、どんどん進んで行っちゃうんだもん。追いつくの大変だったんだからぁ」

 恵美はちょっと頬を膨らませた。

 「一つ持ってあげる。はい」
 彼女は手を僕の方に差し伸べた。
 「ありがとう。それじゃ、はいこっち。重いぞ」
 僕は軽い方を恵美に渡した。

 「どうしたの、こんなに買い物して」
 「今晩の夕食の材料さ」
 そう言って僕は、持っている買い物袋の中を恵美に見せた。

 「ふぁ、牡蠣だぁ。いっぱいあるぅ。牡蠣大好きなのぉ」
 「知ってるよ。この前、ミリッツァと話してるの聞いたから」
 「あー、ユーキ立ち聞きしてたんだぁ」
 僕は少しあせった様に
 「ち、違うよ。たまたまだよ、それに同じ家に居るんだから、普通に喋ったら聞こえて来るだろう。普通」

 恵美は少しはにかんで
 「じゃっ、今度からフランス語で話そうかな。そうしたらユーキに聞こえても何言っているか解んないでしょ」

 少し得意げに恵美は言った。彼女がフランス語を日常的に話せても不思議はない。なにせ彼女の両親はフランスに居たのだから。

 「残念でした。フランス語ならミリッツァ程じゃないけど、片言なら解るよ。父さんと母さん、よくフランス語で話していたから」

 父さんは解る。なにせ世界中を飛び回っていたんだから、しかも政樹さんとも若い頃からの知り合いで、フランスで知り合ったって、律ねえから聞いていたから納得はいく。でもそれがあまりにも日常的なことだったから、母さんが普通にフランス語を喋れるのに、なんの疑問も持っていなかった。

 「そっかぁ、そうよね。ユーキのご両親、パパとフランスで知り合ったて言っていたから、当たり前かぁ。それじゃぁ、日本語で話そっかぁ。ユーキ、盗み聞きしないでよ」

 「ば、ばかぁ。するかそんなこと。そ、それより早く帰ろう、夕食の支度しないといけないから」
 「あ、今日の夕食、ユーキが作ってくれるんだぁ。牡蠣どう料理してくれるのかなぁ」

 「鍋だよ、鍋。政樹さんが久しぶりに鍋が食べたいって。牡蠣いいのがあったから、牡蠣鍋と生ガキだよ」
 「うふふ、huître(ユイットル(仏・牡蠣))楽しみ。おなか空いてきちゃった、ねぇ、早く帰ろ」

  そう言って恵美は、僕を追い越し家へと向かった。

 「おぉい、待てよぉ。まったくぅ」
 僕は少しはにかみながら、恵美の後を追った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...