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第6章 想愛
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しおりを挟む「それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
付き合うと決めてからは意地を張らずに藍の分まで食事を用意し、一緒に食べることが増えた。どうしてもお互いに忙しくて時間が取れないことのほうが多く、実家に帰省後、久しぶりに藍と一緒に過ごす夜を迎えたのだ。
引っ越してきてから頑なに自分の寝具を揃えない藍に痺れを切らしていたが、結局彼は自分の部屋も寝具もないまま、由利の寝室を一緒に使っている。それをまんまと受け入れてしまったので、更に藍を調子に乗らせたのだろう。でも正直、背中に感じる藍の体温がとても心地良く、離れがたかったのだ。そんなこと、藍本人には言えないけれど。
そして今では当たり前のように同じベッドで眠っているので、シャワーを浴びてきた藍が横に寝転がって由利の髪の毛を優しく梳いた。
「しつこいけど、英理人とは過去に本当に関係はなかったよね?」
先日二人で食事に出かけた際に偶然再会した、今は海外で活躍中のカメラマン・英理人。彼はバイトでモデルをしていた学生時代の由利を初めて撮ってくれたカメラマンで、モデルを仕事にしたらいいんじゃないかと言ってくれた、由利の中では特別な思い出がある人だ。何度かプライベートで食事に行ったこともあるし、定期的にメッセージのやり取りもしているほど仲はいいほうだろう。
藍は最初に理人に会った時からずっと敵視していて、これまでに理人との関係はすでに二回ほど聞かれている。ただ、それはきちんと想いを伝える前の話なので改めて確認しておきたいのだろう。藍の気持ちが重すぎることはちゃんと理解しているので、由利も面倒くさがらずに答えようと決めた。
「本当に、体の関係とかは一切なかったよ」
「……恋愛感情は?」
「持ったことない。かっこいいなと思ったことはあるけど」
「ふーん……」
「あははっ。一般的な意見ね?」
「好みなの?」
理人をかっこいいと言うと、子供のようにむっと唇を尖らせる藍。そんな彼があまりにも可愛くて由利はくすくす笑いながら藍の頬を撫でる。ちょっと意地悪してやりたいなと思う気持ちもあったが、嫉妬して怒るようなことがあれば何をされるか分からないのでやめたほうがよさそうだ。
「俺の好みがどんな顔なのか藍は一番分かってるでしょ?」
「ふふ…うん」
「一般的な意見と好みは違うから。男とそんなことするなんて、好きな人としかできないよ、俺は」
「……高3の時はどうだった?僕のこと、好きだった?」
最初に藍に体を許した時、虚勢を張って『興味本位だった』と話したのが引っかかっているのだろう。藍への気持ちに目を背けたくて、自分の心を偽って咄嗟に出た最低な言葉だったのだ。だから本心ではないし、由利の肌に触れた本人も分かっているだろうが、ちゃんと由利の口から言わせたいのか甘えるような目で見つめてきた。
「……俺を抱きしめながら一人でしてるのに気づいてから、藍を見るたびにドキドキしてた。藍は俺のことが好きなのかなって思うと胸がくすぐったくて…俺が家を出る前に一回くらい藍に愛されてみたいって思ったから誘った。藍のことが好き、だったから」
これが、今まで言えなかった由利の正直な気持ちだ。
由利の告白を聞いた藍は満足そうに笑って、小さく唇が重なる。それがどんどん熱く、深くなっていって、由利の中が藍で満たされていくようだった。
「由利のことを疑ったわけじゃなくて、確認しないと弱い僕はダメになるから……」
「藍……信じて。本当に理人さんとは何の関係もないから」
「うん…ありがとう、由利。大好き、愛してる」
「んん……っ」
藍から与えられる熱に体がぶるりと震える。まるで彼から触れられるのを待っていたかのように喜んでしまう従順な体に腹が立つのと同時に、やっと触れてくれたと思う自分の気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃだった。
でも、この際だから由利も藍に聞きたいことがあったので、必死に快感を振り払った。
「待って藍、おれ、俺も聞きたいことが…」
「聞きたいこと?」
「あのさ、その……最初の撮影の時に心ちゃん、俺のヘアメイクさんから聞いた話なんだけど…初めて撮ったモデルには素顔を見せてたって」
「それが?」
「……もしかして恋人だったのかな?と思って…オメガの人と付き合ってたとか、アルファの人もベータの人とも付き合ったことあるって言ってたし……」
初日の撮影で準備をしていた時点ではYURIが藍だとは知らなかったので、あまり興味がなくぼんやりとしか聞いていなかった話だ。だから由利はそのモデルが元恋人とか、現在の恋人で特別な人なのでは?と適当なことを言った覚えがある。それに藍を養ってくれていたお姉さんたちの話もきちんと聞けていないので、それを思い出して由利はむうっと唇を尖らせた。
「僕が他の人に素顔を見せるのは嫌になった?前は失礼とかなんとか言ってたけど」
「もう、意地悪言うなよ……」
「教えてよ。由利以外のモデルやスタッフが見るのは嫌だし、最初のモデルに嫉妬してる?」
にやにやと嬉しそうに由利の顔を覗き込む藍の額をぺちんっと叩く。抗議したつもりだったのだが、それでも嬉しそうな顔をするものだからなんだか負けた気がして悔しい。今まで由利からとことん避けられていたからか、由利が怒るだけでも彼にとっては嬉しいようだ。
「……だって俺のこと好きなくせに、俺が好きって言ったから隠してるって言ったくせに、なんで最初のモデルには顔見せたの?意味わかんないもん」
「あはは、可愛い。由利でも嫉妬するんだ」
「どう思ってるのか知らないけど、俺だってただの人間だし嫉妬くらいする……」
「僕に興味ないのかと思ってたから」
「……興味ないなら避けたりなんかしないだろ」
藍のことをどうでもいいと思っていたら8年も避けたりしないだろう。藍とほとんど会っていなかったこの8年、必死に彼のことを忘れようとしていた自分は今思えばなんて滑稽だったのだろうかと思う。心の奥底では藍に対しての気持ちは分かりきっていたのに、家族だからと抵抗していた。あんなことをした後でただの家族に戻れるわけなんかないのに、必死で新しくできた家族の形を守ろうとして健気だったなと思うのだ。
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