1 / 2
前編 ある日兄ちゃんが死んだ
しおりを挟む
僕には兄がいる。
いや、いた。兄がいた。3つ年上の。
「兄ちゃんもサッカー一緒にやろうぜ! 誠二がサッカーボール買ったじゃん! これからみんなで競技場で遊ぼうって約束してんだ!」
「コホッコホッ… ごめん、また風邪引いちゃって。安静にしてろって母さんが」
「え~またかよ! いいよみんなと遊ぶから!」
「…ごめん」
兄ちゃんは身体が弱くてすぐ風邪を引くし体力ないから一緒に遊んでもすぐバテるしつまらない。
具合が悪くないときは部屋でできることして一緒に遊ぶこともある。最近までカードゲームにハマっててよく一緒に遊んだ。
でも今はサッカーが僕達のブーム。誠二がボール買ったから。
サッカーは広いとこじゃないと思い切り遊べないのが残念だけど、近くに競技場あるからそこまで武志のお父ちゃんが乗せてくれるって。楽しみだな!
庭で誠二と遊んでるとよく兄ちゃんが羨ましそうに見てるから、こうやってたまに誘ってみるけど体調悪くて断られることが多い。
兄ちゃん風邪ひきやすいだけじゃなくアレルギーもあるから色々。外に出るときは…花粉症とか? よく知らないけど。
それなりに元気なら兄ちゃんはうちで飼ってるハムスター達と遊んでる。
空豆に大豆に黒豆にひよこ豆に豆ハムのジャンガリアンハムスター達。
あいつらはちゃんとオスメス分けないとすぐ子供が産まれて数が増えるから大変だ。
増えすぎないようにみんなで性別で分けて飼ってるけど、何回か子供が生まれすぎて友達に分けたりした。
でもあいつらちゃんと面倒みないからハム達が心配なんだよなぁ。
武志なんてみんなで捕まえたカブトムシ餌あげ忘れて死んじゃったって言ってたし。
まぁそんな可愛いハム達がうちにはいるしみんな甘えん坊だから、あの手荒な扱いする武志相手でもすぐ手の上乗ってくるくらい人懐っこい。
…それに兄ちゃんには母ちゃんもいるし。
ちょっと兄ちゃんが具合悪くなるだけで大慌てしてくれるし、父ちゃんも母ちゃんも。
僕が具合悪いって言っても「またそんな嘘ついて」って信じてくれないし。
いや確かに母ちゃんの気が引きたくて嘘ついたこと何度かあるけど、ほんとに具合悪くても信じてくれなくて…
兄ちゃんが「颯人ちょっと熱あるんじゃない?」って気付いてくれて母ちゃんに薬飲まされて寝かされたけど。
うちではいつだって兄ちゃんだから。
だからいいんだ僕だって友達と遊ぶ方が楽しいし!
兄ちゃんいるとみんな気を使ったりしなきゃだけど、いなければみんなで思い切り走り回れるから!
そんな兄ちゃんが13歳のとき小児がんになり数ヶ月後に死んだ。
元々身体が丈夫じゃないしアレルギー体質だったからガンになったって聞かされたときも、兄ちゃんならありえるだろとしか思わなかった。
がんがどんなものか知らなかったし、命の危険があるって聞かされてもピンとこなかったから。
けど父ちゃん母ちゃんは「どうして颯真が…」って悲しんでた。母ちゃんなんて泣いてたし。
僕は大したことだと思わなかったんだ。
だって兄ちゃんすぐ風邪ひくし何日も寝込むことあるし、40度の熱だして入院したこともあるし。
いつものことだって思って…
大人達がわーわー騒いで兄ちゃんが入院したときもまたかと思うだけでそこまで深刻に受け止めてなかった。
みんなが「颯真が颯真が」って兄ちゃんばっかりで、授業参観あるからって伝えてあったのにどっちも来てくれなかった。
いつもこうだよ。
すぐ体調崩す兄ちゃんのせいで授業参観殆ど来てくれないし、父ちゃんと二人で釣り行くって約束したのに破って、僕の修学旅行だって学校まで車で送ってくって言ったのに送ってくれなかったし。
一人で荷物用意してバカみたいじゃん。
母ちゃん兄ちゃん心配だからっておざなりな確認して、そのせいで忘れ物したし!
なんだよ兄ちゃん兄ちゃんって!
身体が弱いだけで特別扱いしてもらえるなら僕だってもっと弱く生まれたかったよ。
ふてくされながらハムスター達を撫でる。
僕の味方はいつだって空豆と大豆達ジャンガリアンハムスター達。
兄ちゃんも可愛がってるけど、こいつらが一番懐いてるのは僕なんだ!
うちのは人懐っこいのが多いけど、人見知りの大豆が唯一自分から手のひらに乗ってくるのは僕だけだし!
こいつらだけはびいきしないでくれる。父ちゃん母ちゃんとは違って。
病気ばっかの兄ちゃんじゃここまで世話できないから。
父ちゃん母ちゃんだってそう。兄ちゃんの世話がかかるから。
だから兄ちゃんががんだって聞いてもまたかって思っただけ。
またなんか病気になったの? 風邪に肺炎にインフルに。卵でアナフィラキシー起こして入院したこともあったっけ。
どんだけ貧弱なんだよ、卵や牛乳使ったもの食べれなくて可哀想って思ったことあったけど。
それに付き合わされてうちでは普通の食事がでないからムカつくことも多かった。
僕の誕生日なのにケーキは卵・牛乳不使用のもの。
「普通のケーキが食べたい!」って言ったら「それじゃみんなで食べれないでしょ」って怒られた。
なんだよ、僕の誕生日なのに…友達の誕生日に食べたチーズケーキの方が美味かった。
うちのご飯より学校の給食の方が美味しいし。なんで全部兄ちゃんに合わせなきゃなんないんだよ!
不満はいっぱいあった。
だから深く考えてなかったんだ。
急激に病気が進行して、普通にお喋りしてた兄ちゃんがずっと横になったまま顔色悪く呼吸器つけて。
日に日に悪くなる兄ちゃんを見るのが怖くて…兄ちゃんの所に行きたくないって逃げたりもした。
そんなだから母ちゃんから泣きながら怒られもした。
「お兄ちゃんもうすぐ死んじゃうんだよ! なんで会いに行ってやらないの!」って
でも、
だって…
みんな怖かったから。
死にそうな兄ちゃんも、怖い顔する父ちゃん母ちゃんも看護士も医者もみんな。
その日、兄ちゃんを避ける為に友達のうちに遊びに行った帰り。
うちに着くと父ちゃんが怖い顔して玄関にいて、怒られると思った。
眉間にシワ寄せて口をへの字にして、すごく怖い雰囲気だったから。
でも父ちゃんの口から出てきたのは全然違う言葉。
想像もしてなかった言葉。
「颯真が死んだ」
「……え?」
言葉を理解するのに時間がかかった。
「兄ちゃんが死んだ」
どこかでそんなことあるはずないって思ってたんだ。
父ちゃんから「兄ちゃんは1ヶ月生きれるか分からない」って知らされても。
だって兄ちゃんは何度も病気になって、でもその度に元気になってたから。
だから今回も大丈夫って。
死んじゃうなんて想像もしてなかった。
黒豆やひよこ豆達ハムスターが2~3年で死んじゃうのに。
死は身近なものだって知ってたはずなのに。
それからのことはよく覚えてない。
いや、覚えてるよ。じいちゃんばあちゃんや親戚が来て葬式して燃やして。
クラスのみんなの前で兄ちゃんが入ってる白い箱持って立って。
「大丈夫かよ?」って誠二に声かけられて「うん、大丈夫」って答えて。
でも全てが断片的で、夢の中みたいに覚束ない。
覚えてるけど、どこか遠い出来事のようで実感が湧かない。
「空豆達の世話しなくていいのか?」
「…あ、忘れてた」
それから数日はどこか夢心地なまま。
空豆達の世話も忘れてることが多くて父ちゃんや母ちゃんが面倒見てくれてたみたいだ。
兄ちゃんの死から3日経って父ちゃんから言われてハムスターのことを思い出し、ゾッとした。
父ちゃん達がいなかったらみんな死んでたんだ。
3日ぶりの再会に嬉しそうに僕の手をよじ登って来る枝豆に豆粒を見て反省する。
もっとしっかりしないと!
そしたら、うちのおかしな雰囲気が目につくようになった。
父ちゃん母ちゃんはいつも暗い雰囲気だし母ちゃんは1日中兄ちゃんの仏壇やアルバムを見てる。
二人あまり会話しなくなったし父ちゃんは帰りが遅くなった。
時々1階から啜り泣きが聞こえて…
2階の自分の部屋で頭まで布団をかぶって聞かないようにした。
学校から帰ってきて泣いてる母ちゃんを見たくなくて、帰って来てすぐ自分の部屋に戻るようになった。
──ふと兄ちゃんが生きてるように錯覚することがある。
時計を見てそろそろ兄ちゃんが帰ってくるなと思って、帰って来ないことで死んだことを思い出す。
玄関が開く音を聞いて兄ちゃんが帰ってきたのかと出迎えに行って、買い物帰りの母ちゃんを見て兄ちゃん死んだんだっけと思い出す。
ご飯のとき兄ちゃんの分のご飯があるのにそこに来ない兄ちゃんを不思議に思って、「いただきます」の挨拶で死んだことを思い出す。
少しずつ兄ちゃんが死んだことを実感する。
僕がハムスターと遊んでると混ざってきた兄ちゃん。
いつも鬱陶しいくらい体調崩してた兄ちゃん。
たまに僕の勉強を見てくれた兄ちゃん。
残り1このお菓子を奪い合い喧嘩した兄ちゃん
自分の分のお菓子を分けてくれた兄ちゃん。
外で遊ぶ僕達を羨ましそうに見てた兄ちゃん。
兄ちゃんばっかびいきされるからズルいって喧嘩したこと。
お前ばっか外で遊んで健康でズルいって喧嘩したこと。
悪戯で水かけただけで風邪ひかせて母ちゃんに怒られたこと。
僕も食べたいって言って僕が食べてた普通のプリン奪って食べて病院送りになった兄ちゃん。
アレルギーを克服するんだって言って普通の料理食べて病院送りになった兄ちゃん。
もう病院行きたくないって泣いて抵抗した兄ちゃん。
帰ってきたらお帰りって満面の笑顔で出迎えてくれる兄ちゃん。
色んな兄ちゃんとの思い出がよみがえってくる。
──兄ちゃんが死んで1週間。
ようやく兄ちゃんが死んだことを実感して涙が溢れてきた。
こんなことならもっと会いに行ってやればよかった。
兄ちゃんが来ると足引っ張るからって嫌がったりせず一緒に遊びに混ぜてやればよかった。
兄ちゃんばっか!って文句言わずに優しくしてやればよかった。
一人でいることが嫌いな兄ちゃんの為に、もっと家でできる遊びしてあげればよかった。
兄ちゃんが大好きなマリカーもっとやってやればよかった。
そんな今さら何の意味もない後悔ばかりが募る。
グシグシと腕で涙を拭いても拭いても、中々止まってくれない。
泣いてたら母ちゃんに心配かけちゃうから、早く泣き止まないと。
そう思えば思うほど涙が溢れてこぼれてくる。
夕飯になりダイニングに行くと、僕の顔を見て母ちゃんが動きを止める。
父ちゃんが何も言わず頭を撫でてくれた。思わず涙が出そうになるからグッと堪える。
それからみんなで夕飯を食べる。
食事はもちろん兄ちゃんの分もあるし、卵も牛乳も使ってないものだけど。
この食事しか食べれない人はもういない。
あんなに普通のものが食べたいって思ってたのに。
普通の食事が出てきたらそれは、兄ちゃんが死んだことを認めたみたいで…
だから今は普通のものが食べたいなんて思えなかった。
いや、いた。兄がいた。3つ年上の。
「兄ちゃんもサッカー一緒にやろうぜ! 誠二がサッカーボール買ったじゃん! これからみんなで競技場で遊ぼうって約束してんだ!」
「コホッコホッ… ごめん、また風邪引いちゃって。安静にしてろって母さんが」
「え~またかよ! いいよみんなと遊ぶから!」
「…ごめん」
兄ちゃんは身体が弱くてすぐ風邪を引くし体力ないから一緒に遊んでもすぐバテるしつまらない。
具合が悪くないときは部屋でできることして一緒に遊ぶこともある。最近までカードゲームにハマっててよく一緒に遊んだ。
でも今はサッカーが僕達のブーム。誠二がボール買ったから。
サッカーは広いとこじゃないと思い切り遊べないのが残念だけど、近くに競技場あるからそこまで武志のお父ちゃんが乗せてくれるって。楽しみだな!
庭で誠二と遊んでるとよく兄ちゃんが羨ましそうに見てるから、こうやってたまに誘ってみるけど体調悪くて断られることが多い。
兄ちゃん風邪ひきやすいだけじゃなくアレルギーもあるから色々。外に出るときは…花粉症とか? よく知らないけど。
それなりに元気なら兄ちゃんはうちで飼ってるハムスター達と遊んでる。
空豆に大豆に黒豆にひよこ豆に豆ハムのジャンガリアンハムスター達。
あいつらはちゃんとオスメス分けないとすぐ子供が産まれて数が増えるから大変だ。
増えすぎないようにみんなで性別で分けて飼ってるけど、何回か子供が生まれすぎて友達に分けたりした。
でもあいつらちゃんと面倒みないからハム達が心配なんだよなぁ。
武志なんてみんなで捕まえたカブトムシ餌あげ忘れて死んじゃったって言ってたし。
まぁそんな可愛いハム達がうちにはいるしみんな甘えん坊だから、あの手荒な扱いする武志相手でもすぐ手の上乗ってくるくらい人懐っこい。
…それに兄ちゃんには母ちゃんもいるし。
ちょっと兄ちゃんが具合悪くなるだけで大慌てしてくれるし、父ちゃんも母ちゃんも。
僕が具合悪いって言っても「またそんな嘘ついて」って信じてくれないし。
いや確かに母ちゃんの気が引きたくて嘘ついたこと何度かあるけど、ほんとに具合悪くても信じてくれなくて…
兄ちゃんが「颯人ちょっと熱あるんじゃない?」って気付いてくれて母ちゃんに薬飲まされて寝かされたけど。
うちではいつだって兄ちゃんだから。
だからいいんだ僕だって友達と遊ぶ方が楽しいし!
兄ちゃんいるとみんな気を使ったりしなきゃだけど、いなければみんなで思い切り走り回れるから!
そんな兄ちゃんが13歳のとき小児がんになり数ヶ月後に死んだ。
元々身体が丈夫じゃないしアレルギー体質だったからガンになったって聞かされたときも、兄ちゃんならありえるだろとしか思わなかった。
がんがどんなものか知らなかったし、命の危険があるって聞かされてもピンとこなかったから。
けど父ちゃん母ちゃんは「どうして颯真が…」って悲しんでた。母ちゃんなんて泣いてたし。
僕は大したことだと思わなかったんだ。
だって兄ちゃんすぐ風邪ひくし何日も寝込むことあるし、40度の熱だして入院したこともあるし。
いつものことだって思って…
大人達がわーわー騒いで兄ちゃんが入院したときもまたかと思うだけでそこまで深刻に受け止めてなかった。
みんなが「颯真が颯真が」って兄ちゃんばっかりで、授業参観あるからって伝えてあったのにどっちも来てくれなかった。
いつもこうだよ。
すぐ体調崩す兄ちゃんのせいで授業参観殆ど来てくれないし、父ちゃんと二人で釣り行くって約束したのに破って、僕の修学旅行だって学校まで車で送ってくって言ったのに送ってくれなかったし。
一人で荷物用意してバカみたいじゃん。
母ちゃん兄ちゃん心配だからっておざなりな確認して、そのせいで忘れ物したし!
なんだよ兄ちゃん兄ちゃんって!
身体が弱いだけで特別扱いしてもらえるなら僕だってもっと弱く生まれたかったよ。
ふてくされながらハムスター達を撫でる。
僕の味方はいつだって空豆と大豆達ジャンガリアンハムスター達。
兄ちゃんも可愛がってるけど、こいつらが一番懐いてるのは僕なんだ!
うちのは人懐っこいのが多いけど、人見知りの大豆が唯一自分から手のひらに乗ってくるのは僕だけだし!
こいつらだけはびいきしないでくれる。父ちゃん母ちゃんとは違って。
病気ばっかの兄ちゃんじゃここまで世話できないから。
父ちゃん母ちゃんだってそう。兄ちゃんの世話がかかるから。
だから兄ちゃんががんだって聞いてもまたかって思っただけ。
またなんか病気になったの? 風邪に肺炎にインフルに。卵でアナフィラキシー起こして入院したこともあったっけ。
どんだけ貧弱なんだよ、卵や牛乳使ったもの食べれなくて可哀想って思ったことあったけど。
それに付き合わされてうちでは普通の食事がでないからムカつくことも多かった。
僕の誕生日なのにケーキは卵・牛乳不使用のもの。
「普通のケーキが食べたい!」って言ったら「それじゃみんなで食べれないでしょ」って怒られた。
なんだよ、僕の誕生日なのに…友達の誕生日に食べたチーズケーキの方が美味かった。
うちのご飯より学校の給食の方が美味しいし。なんで全部兄ちゃんに合わせなきゃなんないんだよ!
不満はいっぱいあった。
だから深く考えてなかったんだ。
急激に病気が進行して、普通にお喋りしてた兄ちゃんがずっと横になったまま顔色悪く呼吸器つけて。
日に日に悪くなる兄ちゃんを見るのが怖くて…兄ちゃんの所に行きたくないって逃げたりもした。
そんなだから母ちゃんから泣きながら怒られもした。
「お兄ちゃんもうすぐ死んじゃうんだよ! なんで会いに行ってやらないの!」って
でも、
だって…
みんな怖かったから。
死にそうな兄ちゃんも、怖い顔する父ちゃん母ちゃんも看護士も医者もみんな。
その日、兄ちゃんを避ける為に友達のうちに遊びに行った帰り。
うちに着くと父ちゃんが怖い顔して玄関にいて、怒られると思った。
眉間にシワ寄せて口をへの字にして、すごく怖い雰囲気だったから。
でも父ちゃんの口から出てきたのは全然違う言葉。
想像もしてなかった言葉。
「颯真が死んだ」
「……え?」
言葉を理解するのに時間がかかった。
「兄ちゃんが死んだ」
どこかでそんなことあるはずないって思ってたんだ。
父ちゃんから「兄ちゃんは1ヶ月生きれるか分からない」って知らされても。
だって兄ちゃんは何度も病気になって、でもその度に元気になってたから。
だから今回も大丈夫って。
死んじゃうなんて想像もしてなかった。
黒豆やひよこ豆達ハムスターが2~3年で死んじゃうのに。
死は身近なものだって知ってたはずなのに。
それからのことはよく覚えてない。
いや、覚えてるよ。じいちゃんばあちゃんや親戚が来て葬式して燃やして。
クラスのみんなの前で兄ちゃんが入ってる白い箱持って立って。
「大丈夫かよ?」って誠二に声かけられて「うん、大丈夫」って答えて。
でも全てが断片的で、夢の中みたいに覚束ない。
覚えてるけど、どこか遠い出来事のようで実感が湧かない。
「空豆達の世話しなくていいのか?」
「…あ、忘れてた」
それから数日はどこか夢心地なまま。
空豆達の世話も忘れてることが多くて父ちゃんや母ちゃんが面倒見てくれてたみたいだ。
兄ちゃんの死から3日経って父ちゃんから言われてハムスターのことを思い出し、ゾッとした。
父ちゃん達がいなかったらみんな死んでたんだ。
3日ぶりの再会に嬉しそうに僕の手をよじ登って来る枝豆に豆粒を見て反省する。
もっとしっかりしないと!
そしたら、うちのおかしな雰囲気が目につくようになった。
父ちゃん母ちゃんはいつも暗い雰囲気だし母ちゃんは1日中兄ちゃんの仏壇やアルバムを見てる。
二人あまり会話しなくなったし父ちゃんは帰りが遅くなった。
時々1階から啜り泣きが聞こえて…
2階の自分の部屋で頭まで布団をかぶって聞かないようにした。
学校から帰ってきて泣いてる母ちゃんを見たくなくて、帰って来てすぐ自分の部屋に戻るようになった。
──ふと兄ちゃんが生きてるように錯覚することがある。
時計を見てそろそろ兄ちゃんが帰ってくるなと思って、帰って来ないことで死んだことを思い出す。
玄関が開く音を聞いて兄ちゃんが帰ってきたのかと出迎えに行って、買い物帰りの母ちゃんを見て兄ちゃん死んだんだっけと思い出す。
ご飯のとき兄ちゃんの分のご飯があるのにそこに来ない兄ちゃんを不思議に思って、「いただきます」の挨拶で死んだことを思い出す。
少しずつ兄ちゃんが死んだことを実感する。
僕がハムスターと遊んでると混ざってきた兄ちゃん。
いつも鬱陶しいくらい体調崩してた兄ちゃん。
たまに僕の勉強を見てくれた兄ちゃん。
残り1このお菓子を奪い合い喧嘩した兄ちゃん
自分の分のお菓子を分けてくれた兄ちゃん。
外で遊ぶ僕達を羨ましそうに見てた兄ちゃん。
兄ちゃんばっかびいきされるからズルいって喧嘩したこと。
お前ばっか外で遊んで健康でズルいって喧嘩したこと。
悪戯で水かけただけで風邪ひかせて母ちゃんに怒られたこと。
僕も食べたいって言って僕が食べてた普通のプリン奪って食べて病院送りになった兄ちゃん。
アレルギーを克服するんだって言って普通の料理食べて病院送りになった兄ちゃん。
もう病院行きたくないって泣いて抵抗した兄ちゃん。
帰ってきたらお帰りって満面の笑顔で出迎えてくれる兄ちゃん。
色んな兄ちゃんとの思い出がよみがえってくる。
──兄ちゃんが死んで1週間。
ようやく兄ちゃんが死んだことを実感して涙が溢れてきた。
こんなことならもっと会いに行ってやればよかった。
兄ちゃんが来ると足引っ張るからって嫌がったりせず一緒に遊びに混ぜてやればよかった。
兄ちゃんばっか!って文句言わずに優しくしてやればよかった。
一人でいることが嫌いな兄ちゃんの為に、もっと家でできる遊びしてあげればよかった。
兄ちゃんが大好きなマリカーもっとやってやればよかった。
そんな今さら何の意味もない後悔ばかりが募る。
グシグシと腕で涙を拭いても拭いても、中々止まってくれない。
泣いてたら母ちゃんに心配かけちゃうから、早く泣き止まないと。
そう思えば思うほど涙が溢れてこぼれてくる。
夕飯になりダイニングに行くと、僕の顔を見て母ちゃんが動きを止める。
父ちゃんが何も言わず頭を撫でてくれた。思わず涙が出そうになるからグッと堪える。
それからみんなで夕飯を食べる。
食事はもちろん兄ちゃんの分もあるし、卵も牛乳も使ってないものだけど。
この食事しか食べれない人はもういない。
あんなに普通のものが食べたいって思ってたのに。
普通の食事が出てきたらそれは、兄ちゃんが死んだことを認めたみたいで…
だから今は普通のものが食べたいなんて思えなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡
五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉
ワケあり家族の日常譚……!
これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と
妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。
不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。
※他サイトでも投稿しています。
【完結】お嬢様は今日も優雅にお茶を飲む
かのん
ライト文芸
お嬢様、西園寺桜子は今日も優雅にお茶を飲む。その目の前には迷える子羊(幽霊)が。
これは、お嬢様に助けを求める迷い子(幽霊)達を、お嬢様が奉仕の心(打算的目的)で助ける物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる