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第14話【閑話】ゼツの実家
しおりを挟む【リンダナ侯爵領にて】
ゼツを追放した父親、ポーク・リンダナは若く美しい娘を数名、屋敷の地下室に集め逢瀬を楽しんでいた。
ベッドやソファー、床と至る所にぐったりし、湯煙を上げた裸の女が転がっている。
彼女らは皆リンダナ領の平民だ。
税金を滞納した家の娘や妻が利息代わりに、こうして体で立て替えさせられる。たま、侯爵家へ不満を口にした家の娘が反乱分子の家族として強制的に連れてこられることもある。
ただし、ポークは色好みの激しい男、ここに連れてこられるのは美しい娘だけだ。彼のお眼鏡に叶わない女性は、性奴隷として首都の風俗店に斡旋される。
コン コン ――――扉をノックする音が聞こえポークは不機嫌な顔になった。
「入れ」
「はっ! 失礼致します」
部屋の中に入って来たのはリンダナ侯爵家筆頭執事でポークの秘書を務める壮年の男、セバスチャン。通称セバスである。
セバスは胸に手を当て目を伏して述べる。
「お楽しみところ申し負けございません。至急相談したい案件が4件ございます」
ポークはここ数日、この地下室で過ごし、公務を休んでいた。それは珍しいことではなく、彼は普段からセバスや他の重臣に仕事を丸投げし、自分は遊び歩いている。
「さっさと要件を言え、俺は忙しい」
「はっ! 先ず、ディー様の件ですが――」
ディーはゼツの1歳下の弟。
今年王都の貴族学院初等部を落第点ではあったが金の力でなんとか卒業した。現在は侯爵の跡目を継ぐため領内で政を学んでいる。
「最近カジノで大負けを繰り返しているようです。賭事に充てる為、多額の公費を横領しておりました。証拠書類も揃っております。
また新しく始めた事業は中途半端に投げ出し、出資だけがかさんでおります。
それらが原因でマフィアから多額の借金をしていることも発覚したした」
「ぐぬぬぬぬぬぬッ!!!あのバカがぁああああ! 何をやっとるかッ!ただでさえ借金で領地経営は苦しいのだぞ!」
「マフィアへの返済のため領内の各大商会に出資を呼びかけ、商会からこちらに苦情が来ております。
また、政治に携わる一部の家臣や名主からディー様に何らかの処分を下し、今後、政には関わらないよう要請を受けておりますが、どうなさいますか?」
「ぐぬッ! だが次期領主はディーだ!他がなんと言おうと経験を積ませるしかない。皆にはこれまで通りディーに従うよう指示を出しておけッ!!」
「……かしこまりました」
「しかし、ディーは何故あんなにバカなのだ? ゼツが11の時に提案した税制改革案で我が領は黒字転換し借金返済も進んでいたというのに。子供にできることが何故できん? たく使えんヤツだ」
「それはゼツ様が特別なのかと……」
ビッグベニス王国の王都には学院がある。初等部は13歳から15歳までの3年間、高等部は16歳から22歳までの7年間、学院へ通うことができる。
ゼツは10歳になる頃には高等部卒業までの領地経営学を就学していた。
彼は勇者に憧れていて、それ以降、追放される12歳まで歴史、地理、加護、スキル、魔法、モンスター等について勉強をしていてた。故にゼツは広い分野で高い知識を有している。
ポークはゼツの勤勉な部分をあまり評価していなかった。というか彼は自分の子供に関心がなかった。
「次にキュウ様の件ですが――」
キュウはゼツの2歳下の弟。
現在、王都の貴族学院初等部に寮生活をしながら通っているはずだが……。
「学院に通わず、賊とつるみ女性を攫っては暴行や恫喝、金品の巻き上げを行っているようで、本日、王都の警ら隊より伝令が届き、もしリンダナ領内に潜伏しているようなら、身柄を引き渡せとのことでした」
「指名手配されているのか?」
「はい、そのようです。
それと子爵家、男爵家の令嬢を暴行し、お相手が妊娠したとのことで、慰謝料の請求が来ております。両家合わせて白金貨35枚です。どうされますか?」
「子爵?男爵?平民と変わらんではないか!そんな大金払えるか!バカ者!」
「しかし相手は貴族、有耶無耶にはできない案件です」
「セバス、貴様少しは頭を使え!キュウを一年前に絶縁したとを証明する書類を偽造するのだ」
「絶縁にはリンダナ侯爵家を管轄するヤリマン公爵閣下の署名が必要です。お相手の子爵家、男爵家の者がヤリマン公爵家に泣きつけば、偽造は明らかになってしまいますよ?」
貴族の絶縁証明書は公文書である。それを偽造し卑劣な理由で悪用したことが明るみになれば、最悪リンダナ侯爵家は取潰しなる可能性もある。
「四大貴族が一角、ヤリマン公は雲の上の存在。その署名を疑うような非礼、並の者なら普通はしないだろう。だが万が一にも明るみなれば、その時は俺が上手く立ち回りなんとかする。とにかくだ!リンダナ侯爵家とキュウは何ら一切の関係がない。故に慰謝料は払わん!」
セバスは思う。
言われてみれば尤もだと。
あの大貴族ヤリマン公爵閣下の署名を疑う者等、この国にはいないと。
しかしだからこそ、明るみになればそのリスクは計り知れないと。
だが彼は主に従う他、選択肢はない。
「……か、かしこまりました。それとエヌお嬢様の件ですが、リンダナ家を出ていくと手紙を残し行方がわからなくなりました。捜索されますか?」
エヌはゼツの3歳下の妹。
正確な数は不明だがポークにはたくさん子供がいる。しかしその中で彼が認知したのは、ゼツ、ディー、キュウ、エヌの4名。
ゼツがいなくなった後、3人はその名前から”DQN兄妹”と呼ばれている。
因みに全員母親は違うが、それぞれの母親は皆貴族出身である。
「バカ娘が!放っておけ!どうせすぐに泣き付いてくる」
「かしこまりました……」
「最後の一つはなんだ!?」
「いえ、その件に関してはこちらで対処致します」
最後の案件は、ポークに孕ませられた、何とかしてくれ、と訴える領民が跡を絶たないからせめて避妊してくれというお願いだった。
本日も村民を引き連れて苦情を言いに来た者がいた。
ただ、これに関しては昔から何度も嘆願しており、その結果がこれである。全く聞き入れてもらえないのだ。
「しかしディーのせいで資金繰りがいっそう厳しくなったな。ゼツが生きておれば王家との縁談が破談することなく、王家から借りた金も踏み倒せたものを」
リンダナ侯爵家は地方貴族ではあるが、広大な領地を有する有力貴族。
ゼツは追放される前、ここビッグベニス王国の第4王女パンティー・ライン・ビッグベニス姫と婚約していた。
追放……、侯爵家から絶縁するというのは容易ではない。それが時期当主の嫡男であればなおのこと。
王家や他の貴族に絶縁する明確な理由を示さなければならないのだ。そして、それが認められ絶縁証明書を発行できる。
「加護の名前がおかしいから」では理由としては弱いのだ。
故にポークは5年前、ゼツを殺すようリンダナ侯爵家騎士団長アナルに命じた。
そして、ゼツが賊に襲われ殺されたと公に発表した。
真面目で努力家で、賢く卓越した才能を持ったゼツは神童と言われ、家臣や領民の大多数から大いに期待されていたのにだ。
地下室からの帰り、セバスは階段を登りながら思う。
今更何をやっても、もう遅いと。
ゼツ・リンダナはもういないのだからと。
彼は一人呟く。
「ゼツ様がいれば……こんなことにはならなかった」
今のリンダナ領にはセバスと同じ思いを抱く者が大勢いる。
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