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学園・出逢いは唐突に
第1話 五年
しおりを挟む大統歴 1033年 1月
ラインクール皇国の北に位置する辺境の地、ライネル領にて。
その行政府の中にある書類が大量に積まれた一室、俗に言う執務室のような場所に男が1人、眉間にシワを寄せながら報告書を読んでいた。
その男は黒髪黒目の青年であり、どこか中性的な顔立ちをしている。
その特徴的な黒髪はショートのウルフヘアに整えられており、中性的な顔立ちであるにもかかわらず、しっかりと男性味が出ていた。
右目の目元にある小さな黒子もまた、彼の魅力を引き立ててくれているのだろう。
これが未だに「豚公子」と呼ばれているなど誰が信じられよう。
しかし、彼はだたの青年ではないことは容易にうかがえる。
そのわけは、彼の引き締まった肉体と、左の鎖骨から喉を通り、わずかに左顎に届く傷跡にある。彼の全身を見渡しても、傷はその一箇所のみ。
間違いなく多くの戦場をかけて来たであろう青年の体にはたった一箇所の傷しかない。そのことが彼の実力を証明している。
彼の服装は極めてシンプルであり、深い紺色のベストに黒のズボンを履いている。
あれだけ武の気配を放っているにもかかわらず、文官のようか格好をしていた。なぜなら、彼はこのライネル領の領主なのだから。
「レオンハルト様。コーヒーができましたよ」
「ああ、ありがとう。ヒルダ」
青年のコーヒーを運んできたのはヒルダという女性。
五年前までは代官補佐をしており、上司であるケトリーを補佐していたが、レオンハルトの子爵任命後、ケトリーは公爵領へ戻ってしまった。
それ故、自動的にヒルダが行政のトップに立つことになる。
五年前までの尖った雰囲気はだいぶ和らげ、知的な雰囲気が増していた。これもレオンハルトの執政が原因だろう。
レオンハルトが領主となった後は、能力があるものなら性別問わず登用した。
能力があるのに性別だけで弾いてしまうのはあまりにもったいないとのこと。
支持するものもいたが、反発するものも当然いた。しかも、意外にもそれは武官ではなく文官の方が大きかった。
武官である騎士達は全員レオンハルト共に戦場を駆けた、いわば戦友である。その目に焼きつかれたレオンハルトの勇姿を忘れられるものは少ない。
レオンハルトがいうならば間違いない、と盲信じみた者までいた。
しかし、文官はそうもいかなかった。行政のトップが、女のヒルダには務まらない。そう考えていた。
そんな彼らはレオンハルトに直談判を申し込む。
だが、レオンハルトとの談判後には、誰もがヒルダに尊敬の眼差しを向けていることとなる。中にはヒルダを見るなり、震え出す者までいた。
ヒルダはレオンハルトに「一体何を吹き込んだのですか?」と尋ねる。
それに対してレオンハルトは「なに。ヒルダがしていた仕事を彼らもにやってもらったまでだ」と答えた。
ヒルダは自身が思っている以上に優秀だったようだ。その仕事量は並の文官の3倍以上。
一日中書類と向き合っても、ヒルダの半分にも届かない。レオンハルトに「この量の書類を全てこなせるならば、考えてやらんこともない」と言われ、勇んだ文官達は見事撃沈。泡を吹いて倒れるものもいたほどだ。
今では、ライネル領の女性の在籍率は他の領を大きく上回っている。
レオンハルトにとってはいい傾向である。このまま、領内の男尊女卑の思考が好転してくれれば。そうレオンハルトは考えていた。
「いかがなさいました?」
「これなんだが……まったく、なんというタイミングだ。二日後には陛下の使者が到着するのだぞ」
「……なるほど。これは……しかし、これは逆にいいタイミングなのでは?」
「なぜだ?」
「レオンハルト様が領を離れたあとでは、対応が間に合わず、余計な犠牲を出していたかもしれません。そう考えるといいタイミングでしたね」
「なるほど。確かにそう考えればいいかもしれんな」
今2人が話しているのは、ダンジョンについてだ。要塞都市ライネル近くには大型のダンジョンがあり、そのダンジョンが最近不穏な動きを見せていた。
魔獣の強さが格段と強くなったり、下層にいるはずの魔物が上層に出て来たり、と。
これは前兆だ。
このまま進めば、魔獣が溢れることになるだろう。いわゆる、スタンピードだ。それがおよそ三日後に起こると予想されている。
「俺はこのまま騎士団本部に向かう。ヒルダは冒険者ギルドに依頼を出してくれ」
「かしこまりました……指揮はレオンハルト様が執られるので?」
「それしかないだろう。今回のスタンピードかなりの規模だと予想されるからな」
「了解しました。これも伝えておきますね。そうすれば、冒険者も集まるでしょうし」
「……任せる」
レオンハルトは領主の中でも、冒険者に好かれる部類であった。貴族なのに変に偉そうにしないところ、戦場に出る時は先頭を駆けるところ、冒険者の仕事を馬鹿にせず、何なら一緒にダンジョンに潜るところ。
そして何より、強いところが冒険者に好かれていた。
今ではレオンハルトを介して、冒険者と騎士団が仲良くなりつつあるほどだ。レオンハルトの内政は着々と進んでいた。
◆
騎士団本部へとやって来たレオンハルト。5年前とはてんで違う対応がレオンハルトを待っていた。
「レオハルト様!? ようこそおいでくださいました!」
「ああ、お疲れ。マルクスはいるか?」
「はっ! 団長なら訓練場にいらっしゃるかと!」
「分かった。ありがとう。仕事、頑張ってくれ」
「は、はい!」
門番の騎士の対応からすでに大違いである。
今のライネル領では、レオンハルトを嫌っても、馬鹿にするものはいないだろう。それほど、レオンハルトの執政はいいものだった。
訓練場に到着すると、レオンハルトの目には、鈍く輝く銀色をベースに所々赤い装飾が施された鎧を纏った騎士達の姿だった。
その鎧の種類も大きく二つに分かれている。
一つは如何にも重厚そうなプレートメイルを纏っており、馬上でも戦えるであろう長い剣を揮っていた。
重たそうな鎧を着ていながらも、その動きは考えられないほど俊敏だった。
もう一つはそれとは反対に、軽鎧であり、主に左側を守るように作られていた。
腰回りには、白地に赤の刺繍が施された半透明なマントを巻いており、その手には弓を持っていた。
実は、5年前の戦の後に騎士達はレオンハルトに教えを乞うた。
その強さを教えて欲しいと。当然レオンハルトはそれに答える。
手始めに行ったのが、魔力回路の開通である。相変わらず阿鼻叫喚の地獄が展開され、騎士団本部内では毎日奇声があがっていた。
それを続けた甲斐もあり、今の騎士達は全身に魔力を巡らせることができるようになっていた。レオンハルトに言わせれば、まだまだ制御は甘いが。
続いて魔法に対する適性をチェックした。属性の適正ではなく、魔法そのものに対する適性である。要するに魔法が得意かどうか、それを調べたのである。
その結果、肉弾戦を得意とする騎士達は魔法が苦手で、魔法が得意な騎士は肉弾戦が苦手である傾向を発見した。
あくまで傾向であるが、その傾向をレオンハルトは利用することにした。肉弾戦を得意とする者達に、さらなる魔力による身体強化を教え、魔法を得意とする者達には、魔法の上達法を教えた。
魔力による身体強化は読んで字のごとくであり、それをマスターした騎士達は一騎当千の強さを得るだろう。まだまだ成長途中だが、それでもそんじょそこらの騎士とはわけが違う。
そして、魔法の方は難航した。
今までの常識が染み付いた騎士達には、レオンハルトのやっていることは奇抜すぎてついて行けないのだ。そこで、レオンハルトは彼らに弓を与えることにした。
魔法という括りに囚われているからこそ、騎士達は上達できないとレオンハルトは考えていた。
魔法ではなく、魔法の形をした弓なら彼らも受け入れられるであろう、と。
その結果、大成功である。魔法を得意とする騎士達は、見事魔法の矢を習得した。今では詠唱なしの魔法行使が可能となっており、殲滅力に長けている。
この2種類の騎士はそれぞれ魔戦騎士、魔弓騎士と命名されている。
「レオンハルト様!?」
「レオンハルト様が来られたぞ!」
「整列!!」
「「「はっ!!」」」
騎士団長マルクスの一喝により、騎士達は素早く整列する。その動きに一糸の乱れなく、相当鍛錬を積んだことがわかる。
「ようこそ、おいで下さいました、レオンハルト様。本日はどのような要件で?」
「ああ、先日のダンジョン探索の結果が出てな」
「ということはやはり?」
「そうだ。スタンピードが起こる。それもそこそこ大規模のな」
レオンハルトの言葉に対して動揺を示すものは1人もいなかった。ここもよく鍛えられているようだ。
「時期はおよそ三日後。準備を進めておいてくれ。指揮は俺がとる」
「「「はっ!」」」
目に見える動揺はないが、明らかに騎士達はやる気に満ち溢れていた。
帝国との小競り合いでは、そうそうレオンハルトが指揮をとることはないから、レオンハルトの指揮下で戦うのは久々である。
こうして、慌ただしく、しかし粛々と準備が進められた。
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