クリスの物語

daichoro

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第四章 パラレルワールド

第34話 恩師

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 それから、一行は作戦通り本拠地へ向かって前進した。

 移動の最中に、マーティスが予備のマージアルスをクレアに渡した。



『テステクよりも性能もいいですし、使い勝手も良いと思います』とマーティスが言うと、クレアは『何これ?』と言って受け取った指輪をジロジロ見つめた。



 マーティスが用途を説明すると、クレアは機能しないオーラムルスを外してマージアルスに付け替えた。それからいくつかカンターメルを試すと、いたく気に入ったのかキラキラと輝く指輪を眺めてご満悦だった。



 一行はアジトのあった建物を通り越し、クリスの記憶に頼りながら宮殿へ向けて歩を進めた。

 巨大な騎士の彫像を超えさらに真っ直ぐ進んだところに、クリスの記憶通りの広場があった。オルゴスやイビージャの刑が執行され、クリスの前世であるファロスが殺される現場となった広場だ。

 広場はハーディの魔法の光では照らし出せないほど、かなりの広さがあった。



 広場を前に、クリスはこの地下遺跡が前世で過ごした街に間違いないという確信を得た。

『やっぱり、そうだったみたいだね』

 広場を前に立ち尽くすクリスに、ハーディが声をかけた。クリスは正面を向いたままうなずき返した。



『宮殿は、向こう側を出てまっすぐ行ったところにあるはずだよ』

 広場の奥を指差してクリスが言った。



 クリスとハーディを先頭に、広場への階段を皆が下り始めた。しかし、なぜか優里だけはその場から動かなかった。

 じっと立ち止まったまま呆然と広場を眺めている。それに気づいた紗奈が振り返って「どうしたの?」と声をかけた。



 皆が立ち止まって振り返った。紗奈がふわりと飛んで優里の元へ戻ると、「なんか、わたしも昔ここへ来たことがあるような気がする」と優里がボソッとつぶやいた。

「分からないけど、たぶん。なんかすごく息苦しい」



 優里は今にも泣き出しそうだった。すると、クレアがエランドラと目で合図を交わした。

 それから、やれやれというように首を振った。



『既視感というか、そういうのはよくあることだよ。もしかしたら、ユリもこの街で過ごしたことがあるのかもしれないけどね。でも、だからといって気にすることじゃないよ。過去は過去。今は今のことだけを考えて、今に生きないと。過去の思いに囚われちゃダメだよ』



 クレアはまるで説得するような口調でそう言って、優里を励ました。

 優里はうつむいたままうなずくと、ゆっくりと階段を下り始めた。



 一行が広場へ降り立ち歩を進めていると、クリスの横を飛ぶベベが『あの匂いがする』と言って鼻をくんくんとさせた。



『あの匂い?』と聞き返してから、クリスははっとして立ち止まった。あの匂いってまさか────。



 全員がその場に立ち止まった。それから耳を澄ませた。

 どこからかざっざっと足音が聞こえてくる。その数、十や二十どころではないだろう。かなりの人数の足音が響き渡ってきていた。



 クリスは隣に立つハーディを仰ぎ見た。それを受けてハーディはマーティスの方を振り返った。

 一度退散すべきかその判断を仰ごうとするも、もう遅かった。



 前方の出入口から、広場へ足を踏み入れる人の姿があった。その人影はぞろぞろと数を増やしていった。

 クリスは横を飛ぶベベを抱き寄せた。



 ハーディが魔法で灯した明かりに指先を向けて、頭上高くまで移動させた。

 それから「ルーメソラレウス」とカンターメルを唱えた。すると、小さく照らしていた光の玉が、まるで太陽のように明るい光を発した。



 照らし出された人影は、黒マントを羽織った闇の勢力の大男────人造人間アンドロイドだった。

 その数、優に百は超えている。



 やがて男たちが広場の半分を埋め尽くすと、突如中央の人垣が左右に割れた。

 そしてその割れた人垣の間を、空飛ぶ絨毯に乗ってやってくるひとりの男の姿があった。白く長い髪を生やした、背の高い男だった。

 切れ長の目をした端正な顔立ちには、知性が漂っている。青と銀の光沢を放つローブを身に着け、上部に青く光る丸い石のついた太く長い杖を持つその男は、いかにも魔法使い然とした雰囲気を醸し出していた。



 まるで海を割ったモーセのように登場すると、男はふわふわと浮かぶ絨毯に乗ったまま一行の目の前で止まった。

「見ない内にずい分立派になりましたね、ハーディ」



 魔法使い風の男はにっこりと笑顔を見せると、ハーディに向かってそう言った。男が話す言語は、英語だった。



「あれから5年も経ちますからね。当然ですよ」

 ハーディがそう答えると、男は意外そうに目を見開いた。



「おや?私を前にしても驚かないのですね?」

「ええ。もう僕もあの頃のような子供ではないですからね。ハウエル先生が去ってから、先生の教えに従って良いものかどうか僕も僕なりに考えたんです。

 正義のため、自分の信念を貫き通すためなら、犠牲はやむを得ないというその思想。そして、魔術を試すために、命ある動物を次々に実験台にするその所業。その行き着く先には一体どんな世界があるのか、それを考えればハウエル先生の進む道は明白でした。ですから、いつかこうして相見えるときがくると思っていました」



「そうですか」と言って、ハウエルは弟子の成長を喜ぶように笑顔でうなずいた。

「それなら、説明の必要はなさそうですね。あなた方をこの先へ通すわけにはいきません。今後邪魔立てをしないと約束するのであれば、見逃してあげてもいいのですが・・・」



 反応をうかがうように、ハウエルはハーディを見つめた。

 それに対し、ハーディは目を逸らすことなく力強い眼差しで見つめ返した。



 しばらく睨み合ってから、ハウエルがふっと笑った。



「いいでしょう。何も死に急ぐことはないと思うのですが・・・しかし、いずれは地球と共に滅びゆく運命さだめ。この大軍を前にしても一歩も引くところがないその勇気を称え、私が直接手を下してあげましょう」



 ハウエルが杖を掲げると、背後にハウエルの守護神が姿を現した。

 出現した守護神は、紗奈の守護神“ホルス”に瓜二つだった。しかし、その頭部はハヤブサではなく、鼻が大きく突き出たアリクイのような頭をしていた。



「砂漠の神セト」

 ハウエルの守護神を目にして、ハーディがつぶやいた。



 それからハーディはキュクロプスのラシードを召喚した。

 ラシードは姿を現すや否や、躊躇することなく大剣を振ってセトに斬りかかった。

 セトがそれを細長い槍で受け止めると、ガキーンとものすごい金属音が響き渡った。

 そしてそれがまるで戦いのゴングとなったかのように、黒マントの集団がクリスたちに襲いかかった。




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