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第四章 パラレルワールド
第28話 暗闇の兜
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『さっきの人は、たぶんここにいるよ』
建物の急な階段に前足をかけて、鼻をくんくんさせながらベベが言った。
クリスは身をかがめて階段の上方をのぞき込んだ。しかし、真っ暗で何も見えなかった。
『どうしようか?』と、クリスは振り返ってハーディに聞いた。
もしかしたら、闇の勢力がいるかもしれない。そう考えると、中の様子が分からないこの状況で乗り込むのは危険な気がした。
ホロロムルスで中の様子を探ることができればいいが、そうすることもできない。それにホロロムルスが機能しないことには、何かそれに代わる魔法を調べることもできなかった。
すると、突如ハーディのうしろにキュクロプスのラシードが姿を現した。
そして、ハーディはラシードから黒い兜を受け取った。ラシードはハーディに兜を手渡すと、笑顔を浮かべたまま消えてしまった。
『何それ?』
ハーディがラシードから受け取った兜は、頭をすっぽりと覆い隠すタイプのものだった。
頭頂部には角が何本もついていて、いささか狂気じみている。
『暗闇の兜だよ』
胸の前に両手で兜を掲げて、ハーディは言った。
『キュクロプスが冥界の神ハデスに贈った伝説の兜だよ。これを被ると、姿を消すことができるんだ。ギリシャ神話でペルセウスがメデューサを倒した話は君も知っているだろう?そのときにペルセウスが被っていた兜と同じ物さ』
そう言って兜を被ったハーディは、ふっと消えてしまった。
『キュクロプスは、優れた技術を持つ鍛冶職人でもあるんだよ』と、どこからかハーディが思念を飛ばした。
『ひとまず、これで僕が中に潜入する。もし5分しても僕から何も指示がなかったら、いったん逃げ出すんだ。逃げ出してマーティスに連絡してくれ。それから、マーティスの指示を仰ぐように』
『え?でも何かあったら、すぐにぼくが助けに行くよ』
そう答えたクリスに『いや、ダメだ』と、ハーディは言った。
ハーディは、すでに階段を上がっているようだった。ハーディの思念が上方から飛んできた。
『共倒れしてしまうことは避けよう。まあ、そんな心配をする必要は万に一つもないけどね』
ふふっと笑ってハーディは言った。
『とにかく、ベベとどこかに身を隠して待っていてくれ』
『わかった。気をつけて』とクリスは返事をしたが、ハーディからの応答はなかった。
クリスはベベを腕に抱いて、その場から離れた。
周辺は真っ暗だったが、ライトを灯すわけにはいかない。しかし、暗闇に目が慣れてきたこともあって建物のシルエットなどある程度は判別できた。
石畳の通りを歩きながら、左右に並ぶ建物を見てクリスは前世の記憶を辿った。
その通りは、毎日オルゴスと仕事へ行くときに通っていた通りによく似ていた。記憶の中では、もう少し先へ進んで右へ曲がると巨大な騎士の彫像が立っているはずだった。そしてさらにその先には、オルゴスや老婆の処刑場となった広場がある。
でもまさか、ここがその場所であるはずがない。
馬で行ける距離にピラミッドがあったんだから、イタリアのはずがない。クリスはそう思いながらも、胸騒ぎを禁じ得なかった。
無意識に移動する速度が速くなっていた。
そして、通りを右へ曲がったときに、クリスは驚きのあまり腰を抜かしそうになった。クリスの目に飛び込んできた光景は、前世の記憶とまさに一致していた。
巨大な彫像のシルエットが、暗闇の中に浮かんでいた。彫像は多少崩れてしまっているが、間違いなかった。
ベベを腕から離して、クリスは彫像に近づいていった。
すると「ドーン」という、大きな音が響いた。クリスは慌てて通りを戻った。
角を曲がると、アジトのあった建物の壁が崩れて火が上がっていた。
そして建物から一目散に逃げ出すひとりの少年がいた。マルコだった。
クリスはピューネスで飛行して、壁の崩れた2階から中をのぞいた。
そこには徐々に小さくなっていく炎の中、呆然と立ち尽くすダニエーレの姿があった。クリスがベベと崩壊した壁から建物の中へ入ると、兜を脱いだハーディが現れた。ふたりの足もとには、一人の男が倒れていた。
『大丈夫?』とクリスが声をかけると、ハーディは笑顔でうなずいた。
『見ての通りさ』
『この人がボス?』
床に倒れる男をクリスが指差すと、ハーディはまたうなずいた。
色白の男は、黒い革の上下を身に着けていた。年の頃は二十歳前後。死んでいるのかと心配するクリスに、『眠っているだけだよ』とハーディが言った。
『何があったの?』
『それは、戻ってから説明するよ。とりあえず、奪われたものは全部無事に回収したよ』
ハーディはそう言って、ダニエーレの手もとを示した。
ダニエーレが広げた手の上には、ホロロムルスやマージアルス、それに携帯電話と財布が載っていた。
ダニエーレは思念での会話が分からず、黙ってやり取りするふたりを怪訝そうに見つめた。
クリスが手を差し出すと、ダニエーレは手に持っていた品を黙って渡した。
クリスは受け取った品を全部ポケットに仕舞った。
『ザルナバンにばれないように、壁をできるだけ修復しよう。クリスも手伝ってくれ』
ハーディはそう言うと、破壊された壁に指先を向けた。
「メモーレフェクティオ」
すると、崩れ落ちた壁の一部が元に戻った。そうしてハーディはカンターメルを繰り返し唱え、壁を少しずつ修復していった。
クリスもハーディを真似て、修復するのを手伝った。
ものの5分程度で、崩れた壁はほぼ元通りに戻った。焼け焦げた床もきれいに修復された。
しかし、燃えカスになった盗品は修復できなかった。ハーディもこうなってしまったらどうにもできないと言って、魔法で燃えカスを消失させてしまった。
最後に、ハーディは倒れるボスに向かって「エモーリアパルス」と、カンターメルを唱えた。
不思議に見つめるクリスに、『数日間の記憶を消し去ったんだ』とハーディは言った。それからハーディは、再びラシードを召喚して兜を返した。
ダニエーレには、ラシードの姿も見えていなかった。
そのため、ひとつ目の巨人が目の前に姿を現してもまったく動じる様子はなかった。
その後、一行は瞬間移動で地上へ戻った。
建物の急な階段に前足をかけて、鼻をくんくんさせながらベベが言った。
クリスは身をかがめて階段の上方をのぞき込んだ。しかし、真っ暗で何も見えなかった。
『どうしようか?』と、クリスは振り返ってハーディに聞いた。
もしかしたら、闇の勢力がいるかもしれない。そう考えると、中の様子が分からないこの状況で乗り込むのは危険な気がした。
ホロロムルスで中の様子を探ることができればいいが、そうすることもできない。それにホロロムルスが機能しないことには、何かそれに代わる魔法を調べることもできなかった。
すると、突如ハーディのうしろにキュクロプスのラシードが姿を現した。
そして、ハーディはラシードから黒い兜を受け取った。ラシードはハーディに兜を手渡すと、笑顔を浮かべたまま消えてしまった。
『何それ?』
ハーディがラシードから受け取った兜は、頭をすっぽりと覆い隠すタイプのものだった。
頭頂部には角が何本もついていて、いささか狂気じみている。
『暗闇の兜だよ』
胸の前に両手で兜を掲げて、ハーディは言った。
『キュクロプスが冥界の神ハデスに贈った伝説の兜だよ。これを被ると、姿を消すことができるんだ。ギリシャ神話でペルセウスがメデューサを倒した話は君も知っているだろう?そのときにペルセウスが被っていた兜と同じ物さ』
そう言って兜を被ったハーディは、ふっと消えてしまった。
『キュクロプスは、優れた技術を持つ鍛冶職人でもあるんだよ』と、どこからかハーディが思念を飛ばした。
『ひとまず、これで僕が中に潜入する。もし5分しても僕から何も指示がなかったら、いったん逃げ出すんだ。逃げ出してマーティスに連絡してくれ。それから、マーティスの指示を仰ぐように』
『え?でも何かあったら、すぐにぼくが助けに行くよ』
そう答えたクリスに『いや、ダメだ』と、ハーディは言った。
ハーディは、すでに階段を上がっているようだった。ハーディの思念が上方から飛んできた。
『共倒れしてしまうことは避けよう。まあ、そんな心配をする必要は万に一つもないけどね』
ふふっと笑ってハーディは言った。
『とにかく、ベベとどこかに身を隠して待っていてくれ』
『わかった。気をつけて』とクリスは返事をしたが、ハーディからの応答はなかった。
クリスはベベを腕に抱いて、その場から離れた。
周辺は真っ暗だったが、ライトを灯すわけにはいかない。しかし、暗闇に目が慣れてきたこともあって建物のシルエットなどある程度は判別できた。
石畳の通りを歩きながら、左右に並ぶ建物を見てクリスは前世の記憶を辿った。
その通りは、毎日オルゴスと仕事へ行くときに通っていた通りによく似ていた。記憶の中では、もう少し先へ進んで右へ曲がると巨大な騎士の彫像が立っているはずだった。そしてさらにその先には、オルゴスや老婆の処刑場となった広場がある。
でもまさか、ここがその場所であるはずがない。
馬で行ける距離にピラミッドがあったんだから、イタリアのはずがない。クリスはそう思いながらも、胸騒ぎを禁じ得なかった。
無意識に移動する速度が速くなっていた。
そして、通りを右へ曲がったときに、クリスは驚きのあまり腰を抜かしそうになった。クリスの目に飛び込んできた光景は、前世の記憶とまさに一致していた。
巨大な彫像のシルエットが、暗闇の中に浮かんでいた。彫像は多少崩れてしまっているが、間違いなかった。
ベベを腕から離して、クリスは彫像に近づいていった。
すると「ドーン」という、大きな音が響いた。クリスは慌てて通りを戻った。
角を曲がると、アジトのあった建物の壁が崩れて火が上がっていた。
そして建物から一目散に逃げ出すひとりの少年がいた。マルコだった。
クリスはピューネスで飛行して、壁の崩れた2階から中をのぞいた。
そこには徐々に小さくなっていく炎の中、呆然と立ち尽くすダニエーレの姿があった。クリスがベベと崩壊した壁から建物の中へ入ると、兜を脱いだハーディが現れた。ふたりの足もとには、一人の男が倒れていた。
『大丈夫?』とクリスが声をかけると、ハーディは笑顔でうなずいた。
『見ての通りさ』
『この人がボス?』
床に倒れる男をクリスが指差すと、ハーディはまたうなずいた。
色白の男は、黒い革の上下を身に着けていた。年の頃は二十歳前後。死んでいるのかと心配するクリスに、『眠っているだけだよ』とハーディが言った。
『何があったの?』
『それは、戻ってから説明するよ。とりあえず、奪われたものは全部無事に回収したよ』
ハーディはそう言って、ダニエーレの手もとを示した。
ダニエーレが広げた手の上には、ホロロムルスやマージアルス、それに携帯電話と財布が載っていた。
ダニエーレは思念での会話が分からず、黙ってやり取りするふたりを怪訝そうに見つめた。
クリスが手を差し出すと、ダニエーレは手に持っていた品を黙って渡した。
クリスは受け取った品を全部ポケットに仕舞った。
『ザルナバンにばれないように、壁をできるだけ修復しよう。クリスも手伝ってくれ』
ハーディはそう言うと、破壊された壁に指先を向けた。
「メモーレフェクティオ」
すると、崩れ落ちた壁の一部が元に戻った。そうしてハーディはカンターメルを繰り返し唱え、壁を少しずつ修復していった。
クリスもハーディを真似て、修復するのを手伝った。
ものの5分程度で、崩れた壁はほぼ元通りに戻った。焼け焦げた床もきれいに修復された。
しかし、燃えカスになった盗品は修復できなかった。ハーディもこうなってしまったらどうにもできないと言って、魔法で燃えカスを消失させてしまった。
最後に、ハーディは倒れるボスに向かって「エモーリアパルス」と、カンターメルを唱えた。
不思議に見つめるクリスに、『数日間の記憶を消し去ったんだ』とハーディは言った。それからハーディは、再びラシードを召喚して兜を返した。
ダニエーレには、ラシードの姿も見えていなかった。
そのため、ひとつ目の巨人が目の前に姿を現してもまったく動じる様子はなかった。
その後、一行は瞬間移動で地上へ戻った。
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