クリスの物語

daichoro

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第四章 パラレルワールド

第20話 瞬間移動

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「楽しい!」と、空を飛びながら紗奈が声を弾ませた。

 ものの5分もしないで、紗奈も空を飛べるようになっていた。

 アニムス養成校で魔法の基礎を身に着けたためか、3人の魔法に対する能力は飛躍的に上がっているようだった。



 紗奈がある程度飛べるようになってから、一同は空中の鬼ごっこをしたり、決められたコースを誰が一番早く飛べるかのタイムを競い合ったりした。

 しかし飛翔に関しては、やはりエンダとベベが群を抜いていた。しばらくそうして遊んでからは、各自飛行練習をしたり魔法の練習をしたりした。



 クリスはスピード全開で木の枝を縫って飛ぶ練習をした。

 どうやら手を前に突き出して飛ぶより、横にぴったりくっつけて気をつけの姿勢で飛んだ方が早く飛べるようだ。それに気づいてから更に加速して飛んでいたクリスの目の前に、突然紗奈が姿を現した。



 危ない────。



 とっさによけようとしたが間に合わなかった。

 クリスは目を瞑り、腕で頭を覆った。しかし、何にもぶつかることなく空中で停止した。

 クリスは恐る恐る顔を上げた。しかし、そこに紗奈の姿はなかった。



 不思議に思ってクリスはあたりを見回した。すると、紗奈は50mほど離れた地面に立ってクリスの方を見上げていた。

 ホロロムルスで自動的に拡大された紗奈は、にやにやといたずらっぽい笑みを浮かべている。



 何が起きたのか分からず、クリスは紗奈のもとへ飛んでいった。紗奈の正面に着地すると、目の前で紗奈の姿がまた消えてしまった。キョロキョロと見回すと、今度はクリスの真うしろに立っていた。



「びっくりした?」

 今にも笑い出しそうな顔で、紗奈が聞いた。



「え?うん。何したの?」

「えへへ。瞬間移動」

 茶目っ気たっぷりに、紗奈が笑った。それから、自分自身を指差して「プントービオ」と唱えた。

 すると、紗奈の姿は何十メートルも離れた優里の隣に一瞬で移動していた。



 クリスの知らないカンターメルだった。ホロロムルスで確認し、早速クリスも試してみた。



「プントービオ」



 唱えた次の瞬間、クリスはふたりの前に立っていた。



「すごい!」と、クリスは歓喜した。これならもう車や飛行機に乗って移動する必要もないじゃないか。

 すると紗奈が首を振った。

「でもこの瞬間移動、目に見える範囲しか移動できないみたい」

「あ、そうなの?」

「うん。家のことを思い浮かべて唱えてみたけどダメだったし、ホテルの部屋を思い浮かべてやってみてもダメだった」

「ふーん、そっか」と相槌を打ちながらも、クリスは試しにホテルの部屋を思い浮かべてカンターメルを唱えた。



「プントービオ」

 すると、クリスはイメージした通りホテルの部屋のソファに座っていた。



「すごい!」と、クリスは興奮のあまりガッツポーズした。これでどこでも行きたいところへ行ける!

 そう思って、日本の自宅へ瞬間移動を試みた。しかし、いくら試しても移動できる気配がない。

 仕方なく、クリスは再び公園に戻った。



「どこへ行ったの?」

 急にいなくなってから、突然また目の前に現れたクリスに紗奈が尋ねた。



「ホテルの部屋だよ」とクリスが答えると、「え、なんで?どうやったの?」と紗奈が不思議そうに聞いた。

「うん。部屋にいることを思い浮かべながらやってみただけだよ。でも、自分の家に移動してみようとしたけどダメだった。距離が問題あるのかもしれないね」

「たぶん、生命力と距離が比例しているんだと思う」と、優里が口を挟んだ。



「わたしもやってみたけど、ホテルまでは移動できなかった。クリス君は生命エネルギーが強いから、たぶんホテルまでも行けるんじゃないかな?」

 なるほど、とクリスはうなずいた。そして試しにその日買い物をした街を思い浮かべてカンターメルを唱えた。



「プントービオ」



 テラス席でお茶をしていた男性の目の前に、突如クリスが姿を現した。

 男性は飲んでいたコーヒーを噴き出した。クリスは慌てて公園に戻った。



 一瞬姿を消していたクリスが、すぐにまたふたりの前に現れた。

 少し慌てた様子のクリスに、紗奈が「今度はどこに行ったの?」と聞いた。



「ん?うん。ちょっと、今日ショッピングした街を思い浮かべてみたんだ。そうしたら、なんか行けたみたい」と、クリスが戸惑いながら答えた。

「えーすごいじゃん!」と、紗奈が驚嘆した。

「本当、すごい」と優里もその隣で感心している。



「うん」と、はにかみながらクリスは頭をかいた。しかし、人の目に触れてしまわないようにやたらめったら瞬間移動しないよう注意しなければいけない、とクリスは自らを戒めた。



「でもこれって、指を差した対象が移動できるのかな?」とクリスが尋ねると「たぶんそうだと思う」と、紗奈がうなずいた。

 それで、クリスは試しにエンダと仲良く飛び回るベベを自分のもとへ移動させてみた。すると見事に成功した。



 瞬間移動させられたベベは『え?』と言いながら、戸惑うようにクリスを見上げた。

『ごめん、ごめん。ちょっと瞬間移動をベベにも試してみたんだ』と、クリスは謝った。

 すると、そこへハーディから連絡が入った。そろそろ夕飯にしよう、ということだった。

 時計を見ると、もう夕方7時を回っていた。昼間みたいに明るいので、時間の感覚がつい分からなくなってしまう。



 クリスはすぐに戻るとハーディに伝えて、一人ずつホテルの部屋へと瞬間移動させた。

 最後に自分自身が移動すると、クリスは少し気分が悪くなった。どうやらエネルギーを消耗し過ぎたようだ。クリスはソファに腰かけて、少し体を休めた。



 しばらくしてハーディとマーティスが部屋に集まると、間もなくシェフがやってきて食事が用意された。

 夕食には、中華のコース料理が振る舞われた。

『昼も夜もイタリアンだと、さすがに飽きるだろう?』と、ハーディが言った。



『日没後に一度闇の勢力ザルナバンの総本部へ行ってみましょう』

 食事が始まると、マーティスが言った。乗り込むというわけではなく、まずは状況を探ることが目的だった。



 銀河連邦が万一を考えて手を打っているため、クリスタルエレメントを用いて滅亡の儀式をしたとしても成功しないのは確実だが、儀式が失敗したときに暴虐の限りを尽くすような行動に出る危険がある。

 クリスタルエレメントが闇の勢力の手中にある以上、闇の勢力は地球に居座り続けることができる。そしてその場合、たとえ極悪非道な行為をしたとしても銀河連邦や他の宇宙連盟は直接的な手出しができない。

 あくまで個々の惑星で起こっていることは、その惑星上の存在が解決しないといけないというのがこの宇宙のルールだからだ。

 そのため、そういった事態に陥らないようにするためにも、闇の勢力が儀式を始める前にクリスタルエレメントを奪い返す必要がある。



『ところで、日没って一体何時頃になるのですか?』

 食後のデザートを食べながら、紗奈が尋ねた。8時を回ったというのに、いまだに外は明るい。



『もう間もなくだよ』

 腕時計を見てハーディが答えた。



『9時になったら出発しましょう。それまでに皆さん、準備を済ませておいてください』

 マーティスはそう言い残して、部屋を出ていった。




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