172 / 227
第四章 パラレルワールド
第3話 記憶と記録
しおりを挟む
昼休み、ふたりは旧校舎裏の倉庫へ向かった。紗奈が見に行ってみようと提案したからだった。
授業の合間の休み時間に、ふたりは学級日誌などあらゆるものを調べた。しかし、いくら探しても田川先生の記録は出てこなかった。
先生に提出した宿題などを調べても、採点や評価をしていたのは田川先生ではなくすべて吉田先生に変わっていた。田川先生がつけたはずのコメントも、すべて吉田先生のものに変わってしまっていたのだ。
ふたりとも訳が分からずに頭を抱えた。自分自身の記憶を疑いそうになった。唯一の救いは、同じ記憶を持っているのがお互いにもうひとりいたということだ。
そしてふたりの至った結論は、皆の記憶に手を加えられたわけではなくこの世界そのものに手が加えられたのではないか、というものだった。
そうでなければ、記憶だけでなく記録までもが違う説明がつかない。
しかし違いといっても、エイリーン・タガワという人物は存在せず吉田和子という人物が最初からずっと1年3組の担任だったということと、それに伴う多少の違い(たとえば黒板の上に貼られたスローガンや、教室のうしろに貼られた掲示物など)があるだけで、その他のことに関しては取り立てて変わっているところは見られなかった。
そこで、先週の金曜日に旧校舎裏倉庫で起きた悪魔召喚事件はどうだったのかを調べてみようと、紗奈が提案したのだった。
ふたり一緒にそこへ向かうとまた何かと噂されるかもしれないので、ふたり別々に向かった。まず、紗奈が教室を出て、その5分後にクリスが教室を出た。
クリスが旧校舎を回り込んで倉庫へ到着すると、紗奈が裏へ回る細い通路の向こう側からクリスの姿を見つけて首を振った。
『やっぱりない』と、紗奈が思念を飛ばした。
『本当?』と、聞き返しながらクリスも倉庫の裏へと回った。
実際に悪魔召喚事件があったのであれば、倉庫の裏側の扉は悪魔によってぶち壊されているはずだ。
校長はいずれ取り壊すと言っていたから、もし修復されていたとしても板か何かでふさぐ程度だろう。しかし、扉は完全に元の状態に戻っていた。多少朽ちているとはいえ、扉がはめ込まれたつなぎ目に壊された形跡はまったくなかった。
クリスは取っ手を引っ張った。しかし、鍵のかかった扉は頑丈にはまっていてびくともしなかった。
「直したって感じじゃないよね?」
クリスが問いかけると、紗奈は大きくうなずいた。
「どういうことだと思う?」と聞きながら、クリスは倉庫裏に乱雑に積まれた机の上に座った。
「うーん」と言いながら、紗奈もその向かいの机の端に軽く腰を預けた。
腕を組んでうつむいた紗奈の肩から、さらりとした黒髪が垂れ下がった。
「なんか、中学へ上がってからの数ヶ月間のことが夢だったのかなって思った」
顔を上げると、紗奈は言った。
「でもクリスも同じ記憶を持っているから夢だった訳ないし、わたしの記憶違いということもないでしょう?」
クリスはうなずき「そんなはずは絶対にないよ」と、断言した。
「うん。だから考えられるとしたら、わたしたちがこっちへ戻ってきたときに何かがあったんだと思う」
「何かって?」
「それは分からないけど、別の世界へ迷い込んだとか、悪魔か何かによって情報が操作されたとか・・・。どっちにしても、田川先生にとっては都合の良い現実に変わってるよね」
たしかにそうだ、とクリスも思った。闇の勢力であることがばれてクリスたちの前に姿を現すことができなくなった田川先生にとって、先生が存在していたという事実が消されているというのは都合が良いことこの上ない。
「あ、そうか」と、思いついたようにクリスが言った。
「もしかして、闇の勢力が撤退し始めたからじゃない?」
クリスの意見に、紗奈は首を傾げた。
「こっちがクリスタルエレメントをすべて揃えたから、闇の勢力は撤退を始めるだろうってソレーテさんたちが言ってたでしょ?だから、それによって闇の勢力に関わる事実も変わったっていうことじゃないかな。
ほら、よくタイムマシンで過去へ行って過去を変えると、未来の事実も変わるっていうのがあるじゃん?そういうのみたいに」
クリスのその推測に考えを巡らせると、紗奈は2,3度うなずいた。
「そっか。そういうことなのかな・・・」
「うん。なんかだって、そうとしか考えられなくない?」
紗奈を納得させられるような意見が言えて、クリスは得意になって胸を張った。
「それなら、あまり気にしなくていいのかな?」
クリスは笑顔でうなずき返した。
「きっと、良い兆候なんだと思うよ」
紗奈はこくりとうなずいた。
そして、ふたりはまた時間を空けて別々に教室へと戻った。
授業の合間の休み時間に、ふたりは学級日誌などあらゆるものを調べた。しかし、いくら探しても田川先生の記録は出てこなかった。
先生に提出した宿題などを調べても、採点や評価をしていたのは田川先生ではなくすべて吉田先生に変わっていた。田川先生がつけたはずのコメントも、すべて吉田先生のものに変わってしまっていたのだ。
ふたりとも訳が分からずに頭を抱えた。自分自身の記憶を疑いそうになった。唯一の救いは、同じ記憶を持っているのがお互いにもうひとりいたということだ。
そしてふたりの至った結論は、皆の記憶に手を加えられたわけではなくこの世界そのものに手が加えられたのではないか、というものだった。
そうでなければ、記憶だけでなく記録までもが違う説明がつかない。
しかし違いといっても、エイリーン・タガワという人物は存在せず吉田和子という人物が最初からずっと1年3組の担任だったということと、それに伴う多少の違い(たとえば黒板の上に貼られたスローガンや、教室のうしろに貼られた掲示物など)があるだけで、その他のことに関しては取り立てて変わっているところは見られなかった。
そこで、先週の金曜日に旧校舎裏倉庫で起きた悪魔召喚事件はどうだったのかを調べてみようと、紗奈が提案したのだった。
ふたり一緒にそこへ向かうとまた何かと噂されるかもしれないので、ふたり別々に向かった。まず、紗奈が教室を出て、その5分後にクリスが教室を出た。
クリスが旧校舎を回り込んで倉庫へ到着すると、紗奈が裏へ回る細い通路の向こう側からクリスの姿を見つけて首を振った。
『やっぱりない』と、紗奈が思念を飛ばした。
『本当?』と、聞き返しながらクリスも倉庫の裏へと回った。
実際に悪魔召喚事件があったのであれば、倉庫の裏側の扉は悪魔によってぶち壊されているはずだ。
校長はいずれ取り壊すと言っていたから、もし修復されていたとしても板か何かでふさぐ程度だろう。しかし、扉は完全に元の状態に戻っていた。多少朽ちているとはいえ、扉がはめ込まれたつなぎ目に壊された形跡はまったくなかった。
クリスは取っ手を引っ張った。しかし、鍵のかかった扉は頑丈にはまっていてびくともしなかった。
「直したって感じじゃないよね?」
クリスが問いかけると、紗奈は大きくうなずいた。
「どういうことだと思う?」と聞きながら、クリスは倉庫裏に乱雑に積まれた机の上に座った。
「うーん」と言いながら、紗奈もその向かいの机の端に軽く腰を預けた。
腕を組んでうつむいた紗奈の肩から、さらりとした黒髪が垂れ下がった。
「なんか、中学へ上がってからの数ヶ月間のことが夢だったのかなって思った」
顔を上げると、紗奈は言った。
「でもクリスも同じ記憶を持っているから夢だった訳ないし、わたしの記憶違いということもないでしょう?」
クリスはうなずき「そんなはずは絶対にないよ」と、断言した。
「うん。だから考えられるとしたら、わたしたちがこっちへ戻ってきたときに何かがあったんだと思う」
「何かって?」
「それは分からないけど、別の世界へ迷い込んだとか、悪魔か何かによって情報が操作されたとか・・・。どっちにしても、田川先生にとっては都合の良い現実に変わってるよね」
たしかにそうだ、とクリスも思った。闇の勢力であることがばれてクリスたちの前に姿を現すことができなくなった田川先生にとって、先生が存在していたという事実が消されているというのは都合が良いことこの上ない。
「あ、そうか」と、思いついたようにクリスが言った。
「もしかして、闇の勢力が撤退し始めたからじゃない?」
クリスの意見に、紗奈は首を傾げた。
「こっちがクリスタルエレメントをすべて揃えたから、闇の勢力は撤退を始めるだろうってソレーテさんたちが言ってたでしょ?だから、それによって闇の勢力に関わる事実も変わったっていうことじゃないかな。
ほら、よくタイムマシンで過去へ行って過去を変えると、未来の事実も変わるっていうのがあるじゃん?そういうのみたいに」
クリスのその推測に考えを巡らせると、紗奈は2,3度うなずいた。
「そっか。そういうことなのかな・・・」
「うん。なんかだって、そうとしか考えられなくない?」
紗奈を納得させられるような意見が言えて、クリスは得意になって胸を張った。
「それなら、あまり気にしなくていいのかな?」
クリスは笑顔でうなずき返した。
「きっと、良い兆候なんだと思うよ」
紗奈はこくりとうなずいた。
そして、ふたりはまた時間を空けて別々に教室へと戻った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~
笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。
鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。
自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。
傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。
炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる