クリスの物語

daichoro

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第四章 パラレルワールド

第3話 記憶と記録

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 昼休み、ふたりは旧校舎裏の倉庫へ向かった。紗奈が見に行ってみようと提案したからだった。



 授業の合間の休み時間に、ふたりは学級日誌などあらゆるものを調べた。しかし、いくら探しても田川先生の記録は出てこなかった。

 先生に提出した宿題などを調べても、採点や評価をしていたのは田川先生ではなくすべて吉田先生に変わっていた。田川先生がつけたはずのコメントも、すべて吉田先生のものに変わってしまっていたのだ。



 ふたりとも訳が分からずに頭を抱えた。自分自身の記憶を疑いそうになった。唯一の救いは、同じ記憶を持っているのがお互いにもうひとりいたということだ。



 そしてふたりの至った結論は、皆の記憶に手を加えられたわけではなくこの世界そのものに手が加えられたのではないか、というものだった。

 そうでなければ、記憶だけでなく記録までもが違う説明がつかない。



 しかし違いといっても、エイリーン・タガワという人物は存在せず吉田和子という人物が最初からずっと1年3組の担任だったということと、それに伴う多少の違い(たとえば黒板の上に貼られたスローガンや、教室のうしろに貼られた掲示物など)があるだけで、その他のことに関しては取り立てて変わっているところは見られなかった。



 そこで、先週の金曜日に旧校舎裏倉庫で起きた悪魔召喚事件はどうだったのかを調べてみようと、紗奈が提案したのだった。

 ふたり一緒にそこへ向かうとまた何かと噂されるかもしれないので、ふたり別々に向かった。まず、紗奈が教室を出て、その5分後にクリスが教室を出た。



 クリスが旧校舎を回り込んで倉庫へ到着すると、紗奈が裏へ回る細い通路の向こう側からクリスの姿を見つけて首を振った。



『やっぱりない』と、紗奈が思念を飛ばした。

『本当?』と、聞き返しながらクリスも倉庫の裏へと回った。



 実際に悪魔召喚事件があったのであれば、倉庫の裏側の扉は悪魔によってぶち壊されているはずだ。

 校長はいずれ取り壊すと言っていたから、もし修復されていたとしても板か何かでふさぐ程度だろう。しかし、扉は完全に元の状態に戻っていた。多少朽ちているとはいえ、扉がはめ込まれたつなぎ目に壊された形跡はまったくなかった。



 クリスは取っ手を引っ張った。しかし、鍵のかかった扉は頑丈にはまっていてびくともしなかった。



「直したって感じじゃないよね?」

 クリスが問いかけると、紗奈は大きくうなずいた。



「どういうことだと思う?」と聞きながら、クリスは倉庫裏に乱雑に積まれた机の上に座った。

「うーん」と言いながら、紗奈もその向かいの机の端に軽く腰を預けた。

 腕を組んでうつむいた紗奈の肩から、さらりとした黒髪が垂れ下がった。



「なんか、中学へ上がってからの数ヶ月間のことが夢だったのかなって思った」

 顔を上げると、紗奈は言った。



「でもクリスも同じ記憶を持っているから夢だった訳ないし、わたしの記憶違いということもないでしょう?」

 クリスはうなずき「そんなはずは絶対にないよ」と、断言した。



「うん。だから考えられるとしたら、わたしたちがこっちへ戻ってきたときに何かがあったんだと思う」

「何かって?」

「それは分からないけど、別の世界へ迷い込んだとか、悪魔か何かによって情報が操作されたとか・・・。どっちにしても、田川先生にとっては都合の良い現実に変わってるよね」



 たしかにそうだ、とクリスも思った。闇の勢力であることがばれてクリスたちの前に姿を現すことができなくなった田川先生にとって、先生が存在していたという事実が消されているというのは都合が良いことこの上ない。



「あ、そうか」と、思いついたようにクリスが言った。

「もしかして、闇の勢力が撤退し始めたからじゃない?」

 クリスの意見に、紗奈は首を傾げた。



「こっちがクリスタルエレメントをすべて揃えたから、闇の勢力は撤退を始めるだろうってソレーテさんたちが言ってたでしょ?だから、それによって闇の勢力に関わる事実も変わったっていうことじゃないかな。

 ほら、よくタイムマシンで過去へ行って過去を変えると、未来の事実も変わるっていうのがあるじゃん?そういうのみたいに」



 クリスのその推測に考えを巡らせると、紗奈は2,3度うなずいた。

「そっか。そういうことなのかな・・・」

「うん。なんかだって、そうとしか考えられなくない?」

 紗奈を納得させられるような意見が言えて、クリスは得意になって胸を張った。



「それなら、あまり気にしなくていいのかな?」

 クリスは笑顔でうなずき返した。

「きっと、良い兆候なんだと思うよ」

 紗奈はこくりとうなずいた。

 そして、ふたりはまた時間を空けて別々に教室へと戻った。





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