クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
169 / 227
第三章 悪魔の儀式

第55話 凱旋

しおりを挟む
「結局やっぱり、田川先生って闇の勢力だったんだね」と、帰りのアダマスカル内でクリスが言った。

「本当、最悪」

 あり得ない、という表情で紗奈は吐き捨てた。



「学校はどうなっちゃうんだろう。また新しい先生が来るのかな?」

 さすがに、田川先生がまたのこのこと姿を現すことはないだろうとクリスは踏んでいた。

「さあ、どうだろう?」

 紗奈は首をひねった。



「でも、その前にこのまま素直に引き下がると思う?」

「え、まだ諦めてないってこと?」

 クリスが聞き返すと、紗奈は「わかんないけど」と肩をすくめた。



「だってこれで地球がアセンドしちゃったら、闇の勢力はもう地球からいられなくなるのでしょう?それなら、最後までもっと躍起になってアセンションを阻止しようとする気がするけど。なんかちょっと諦めが早いというか・・・」



『さすがに、これ以上は闇の勢力も手出しできないと思うよ』

 紗奈の言葉に反応して、クレアが割って入った。

『なんでそう思うの?』と、紗奈が聞き返した。



『だって、クリスタルエレメントは中央部で保管されるわけだからね。それを闇の勢力が武力行使してきたら、それこそ宇宙連盟が黙ってないよ。そうしたら宇宙戦争にでも発展しかねない。

 いくらなんでも、闇の勢力はそこまでして地球のアセンションを阻止しようとは考えないよ』

『ふーん』

 クレアの言葉に紗奈は珍しく納得すると、「それなら、心配ないのかな」とつぶやいた。



「でも不思議に思ったのが、田川先生のルーベラピスってウェントゥスに反応していたでしょ?選ばれし者でないと反応しないはずなのに、なんで反応したんだろう?しかも、ぼくのルーベラピスが反応するよりもずっと前から反応していたし」

 クリスのそんな疑問を『そんなの細工がしてあっただけだよ』と、クレアがひと言で切り捨てた。



『そうなのかな?』

『当たり前でしょう?』

 すまし顔でクレアは言った。クリスは釈然としない思いを抱えながらも、もう終わったことだし考えても仕方ないと忘れることにした。




 エルカテオスに到着した一行は、パーティ会場に案内されると万雷の拍手で迎えられた。

 各都市の王や中央部の人間など総勢300名以上は集っていた。クレアの両親やアニムス養成校の教師たちまで来ていた。フィオナが代表してソレーテにウェントゥスを託すと、惜しみない拍手が送られた。それから、パーティが始まった。



 地底都市では肉や魚などの“動”の食物は一切口にされない。しかし会場のテーブルには、野菜や穀物だけで作られたとは想像もつかないほどの豪勢な料理が並べられていた。

 どの料理も美味しくて、地上から来たクリスたち三人は色んな料理を試しては舌鼓を打った。この時ばかりは特別にと、クリスはベベにもたらふく食べさせてあげた。



『この度は、誠にありがとうございました』

 皆が歓談している中、ソレーテがクリスたちの元へやってきて改めて礼を述べた。



『今回も地上からきた皆さんのご活躍があったからこそ、無事にウェントゥスが入手できたとトルメイも申しておりました』

『いえ、たまたま運が良かっただけです』

 クリスは、料理を口にしたまま首を振った。



『それより、風光都市は闇の勢力に乗っ取られていたようですけど市民の方たちは大丈夫なんですか?』

 料理を咀嚼しながら、クリスは気になっていたことを質問した。思念での会話は、食事をしているときとても便利だ。



『そちらについては現在状況を確認中ですが、銀河連邦ならびに他の各都市へも協力を仰ぎ収束させますのでご心配いりません。恐らく闇の勢力も我々がクリスタルエレメントをすべて手中に収めたことで、地球からすでに撤退の準備を進めているはずですから自然と解決するかとは思いますが』

『そうなんですか?』と、クリスは聞き返した。先ほどアダマスカル内でクレアが言っていた通り、闇の勢力はもう諦めたということだろうか。



『はい。アセンションが始まった後も地球へ留まっていれば闇の勢力も身を滅ぼしてしまいますから、その前に退却するでしょう』

 そう言って、ソレーテはにっこり微笑んだ。



『とにかく、いち早く神官を集めてアセンションの儀式を執り行うことで、すべての問題を解決へと導くことができます。そして、それについては私どもが責任を持って完遂いたしますので、安心してお任せください』

 それからソレーテはまた礼を述べると、クリスたちにセテオスへの自由な立入許可と滞在許可を与えることを約束した。



 その後パーティを終えてから、クリスと紗奈は優里に地底都市を案内して回った。

 地底図書館へ行ってラムザと再会したり、ベスタメルナへ行ってベベのピューラを仕立て直してもらったりもした。



 そしてアニムス養成校では、ロズウェル先生からピューラの特性を伸ばす魔法(マージア)の手ほどきを本格的に受けた。

 闇の勢力と戦ったときに、クリスはアクアドラゴンの特性である水魔法だけでは戦力不足だと感じていた。



 今後闇の勢力と対決することは恐らくもうないだろうが、能力を伸ばしておくに越したことはない。それで、クリスのピューラのもう一つの特性であるアースドラゴンの土魔法も扱えるよう訓練した。

 優里も紗奈もそれぞれのピューラの特性に応じた魔法のカンターメルを一から覚え、状況に応じて使い分けられるよう練習した。



 また、養成校の生徒たちと一緒に魔法の授業に参加してピューラの特性に応じた魔法だけでなく、テステクのように生命エネルギーを魔法へ返還させる魔道具を使っての基礎的な魔法のレッスンも受けた。

 さらに、コミュニケーションの授業では思念のコントロール方法なども学習した。それにより、相手に自分の思考を読み取らせないようにしたり、特定の相手にだけ思念を飛ばしたりすることができるようになった。



 すべての心配がなくなったため、皆解放的になって大はしゃぎでとても楽しい時間を過ごした。




『それじゃあクレア、エランドラ、ラマルみんな元気で』

 “お城”の裏の空き地に降ろしてもらって、クリスたちは別れの挨拶をした。

 存分に地底都市での滞在を満喫した後、地表世界へ戻ってきた。しばらくぶりの地上だった。



 紗奈がスマホを取り出して時刻を確認した。

 感覚的には数か月くらい経っている気がしたが、やはり出かけた時とほぼ同じ日時だった。紗奈のスマホに示された日付を見て、クリスは大事なことを思い出した。



「あ、来週期末テストだ」

 家に帰ったら勉強しないといけないと思うと、楽しく弾んでいた心が一気に重く沈んだ。



 ソレーテによれば、十三人の神官が揃うのはいつになるか分からないということだった。

 神官は、すでに決まっているというわけではなかった。

 クリスタルエレメントを獲得する選ばれし者が自ずと導かれたように、クリスタルエレメントが5つ揃ったことにより、神官も自ずと導かれることになるのだという。



 その時がくるまで、クリスタルエレメントは地底都市で責任もって厳重に保管するとソレーテは約束した。

 そしてそれまでは、日々の生活に戻ってその日を待つ必要がある。

 つまりそれは、来週必ずやってくる期末テストも避けられないということを意味する。



『ユリ。エンダがユリを乗せて飛翔できるほど大きくなるまでは、あまり外へ連れ回さないようにね』

 エランドラが、優里に念を押した。



 地底都市に滞在している間に、エンダはすでにベベくらいのサイズにまで成長していた。

 しかし皮膚がまだ弱いため、地表世界の太陽の日射しはあまり浴びせない方がいいとエランドラは言った。

 だからといってエンダだけ地底世界へ残していくよりは、優里と一緒に過ごして一体化を進めた方がお互いのために良い。そのため、優里が地表世界で育てることになった。



『はい。分かりました』と、優里はエンダを両腕に抱いてエランドラに頭を下げた。

『みんなにはまた会えるよね?』

 クリスがそう言ってエランドラとクレア、ラマルの顔を見回すと、三人とも笑顔でうなずいた。



『アセンションが始まれば地表世界と地底世界の交流が公に始まって、お互いにより容易に行き来できるようになるわ』と、エランドラが言った。

『そっか。それならよかった。そうしたら、またみんなと会えるんだね』

『当たり前じゃない、そんなの。それに、どうせまた何か問題が起きてすぐまた会いにくることになるよ』

 クレアは冗談めかしてそう言うと、いたずらっぽく笑った。



『うん、そうかもね』と、クリスも笑って冗談を返した。

 みんな笑顔だった。



 その後別れの挨拶をすると、飛び去っていく三人の姿が見えなくなるまでクリスたちは手を振った。

 三人を見送ってから、何かを思い出したように紗奈が「あ」と声を発した。



「どうしたの?」と、優里が心配そうに聞き返した。

「自転車、学校に置きっぱなしだった」

 やっちゃった、というように紗奈は舌を出した。



「まあ、でも優里を送りがてら取りに行けばいいか」

 紗奈の言葉に、クリスと優里は笑いながらうなずいた。坂道を下る足取りは、いつになく軽やかだった。



 クレアの言った冗談が現実になるなんて、その時はまだ誰も想像していなかった。




────第三章 悪魔の儀式 完────



 長々とここまでお読みくださり、ありがとうございました!

 次回より、いよいよ最終章に突入します。

 ローマを舞台に前世とのつながりを感じながら、いよいよ最後の決戦へと臨むことになるクリスたち────。

 引き続き、ぜひお楽しみください♪




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

「聖女に丸投げ、いい加減やめません?」というと、それが発動条件でした。※シファルルート

ハル*
ファンタジー
コミュ障気味で、中学校では友達なんか出来なくて。 胸が苦しくなるようなこともあったけれど、今度こそ友達を作りたい! って思ってた。 いよいよ明日は高校の入学式だ! と校則がゆるめの高校ということで、思いきって金髪にカラコンデビューを果たしたばかりだったのに。 ――――気づけば異世界?  金髪&淡いピンクの瞳が、聖女の色だなんて知らないよ……。 自前じゃない髪の色に、カラコンゆえの瞳の色。 本当は聖女の色じゃないってバレたら、どうなるの? 勝手に聖女だからって持ち上げておいて、聖女のあたしを護ってくれる誰かはいないの? どこにも誰にも甘えられない環境で、くじけてしまいそうだよ。 まだ、たった15才なんだから。 ここに来てから支えてくれようとしているのか、困らせようとしているのかわかりにくい男の子もいるけれど、ひとまず聖女としてやれることやりつつ、髪色とカラコンについては後で……(ごにょごにょ)。 ――なんて思っていたら、頭頂部の髪が黒くなってきたのは、脱色後の髪が伸びたから…が理由じゃなくて、問題は別にあったなんて。 浄化の瞬間は、そう遠くはない。その時あたしは、どんな表情でどんな気持ちで浄化が出来るだろう。 召喚から浄化までの約3か月のこと。 見た目はニセモノな聖女と5人の(彼女に王子だと伝えられない)王子や王子じゃない彼らのお話です。 ※残酷と思われるシーンには、タイトルに※をつけてあります。 29話以降が、シファルルートの分岐になります。 29話までは、本編・ジークムントと同じ内容になりますことをご了承ください。 本編・ジークムントルートも連載中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...