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第三章 悪魔の儀式
第10話 少女の正体
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紗奈は意識を失ったままだった。
「紗奈ちゃん」
クリスは、紗奈の体を揺すって名前を呼んだ。ベベも紗奈の顔をぺろぺろと舐めた。
「ん・・・」
身をよじって、紗奈はベベに舐められている頬を腕で覆った。
「あれ?クリス・・・?」
目を覚ました紗奈は、まぶしそうに目を細めてクリスを見た。そうして少しの間クリスを見つめてから、がばっと起き上がった。
キョロキョロと周囲を見回した紗奈の視線は、ある一点で釘づけになった。
紗奈の視線の先には、床に倒れる一人の女子がいた。かぶっていた目出し帽は脱げ、素顔が見えていた。
見覚えのある顔だった。
桜井優里────。
小学校の時のクラスメイトだ。私立の中学へ進学したので、卒業以来会っていない。
小学校3年生のときに転校してきて、それから2年間同じクラスだった。
そうは言っても、クリスも紗奈もあまり話をした覚えはなかった。眼鏡をかけた内気な女子だ。今は眼鏡をかけていないが、間違いない。
なんでこんなところに桜井さんがいるのかとふたりが疑問に思っていると、突然怒鳴り声が轟いた。
「お前らぁ!こんなところで何をやっている!」
振り返ったクリスと紗奈を、懐中電灯のライトが照らした。倉庫の入り口に、福田先生と教頭先生が立っていた。
二人はまるで威嚇するようにライトを向けたまま入ってくると、この状況を目にして絶句した。
倉庫内にはあちこちに立てられたろうそくに火が灯り、数ヶ所に焚かれたお香によって、甘い香りと煙に包まれている。
床には、石灰で大きく描かれた謎の模様。そしてその中に座って二人の教師を見上げるクリスと紗奈とベベ。
壁際には、白装束に身を包んだ一人の少女が意識を失っている。さらにぶち破られた扉の向こうには、地面に突っ伏す田川先生の姿があった。
二人の教師はクリスと紗奈、桜井優里、田川先生の間をまるでトライアングルでも描くように何度か視線を巡らせた後、慌てて倒れている二人のもとへ駆け寄った。
幸いなことに、二人とも気を失っていただけですぐに意識を取り戻した。紗奈も含めて皆大した怪我もなく、救急車を呼ぶ必要はないという判断に至った。
そしてその後クリスたちは職員室に呼ばれ、親も呼びつけられた。
クリスの母親も紗奈の母親も、紗奈が無事だったことをとにかく喜んだ。もう少しで警察に捜索願いを出すところだったと言って、紗奈の母親は泣きながら紗奈を抱きしめた。
クリスの母親はなぜクリスが学校にいるのかと驚きながらも、この時間勝手に家を出たことを叱った。それから生徒たち三人は、それぞれ教師からの事情聴取を受けた。いつの間にか校長まで来ていた。
クリスは、事実をありのまま話した。
紗奈が行方不明と聞き、学校にいるかもしれないと思って学校まで来たこと。紗奈の匂いを追うベベについていって、倉庫まで辿り着いたこと。
倉庫の中で、優里を含めた三人の人物によって執り行われていた謎の儀式。そこから悪魔のようなものが召喚されたこと。
いつの間にか、悪魔は扉を突き破ってどこかへ消えてしまったこと。
ミラコルンで悪魔を退治したことについては、どうせ信じてもらえないだろうと思い黙っておいた。
しかし、悪魔については田川先生も目撃していた。そのため、当然信じてもらえるものと思って話をした。
ところが、悪魔を見たというクリスの証言はまったく聞き入れられなかった。目撃者であるはずの田川先生も、そんなものを見た憶えがないと言った。というより、倉庫の裏でクリスを見つけた後の記憶がないということだった。
優里に至っては、そもそもなぜ自分が白装束を着てこの学校の古びた倉庫にいたのかも分からない、と言い出す始末だ。
儀式には他に二人仲間がいたとクリスが主張しても、それさえも覚えていないとのことだった。
そんなはずはない。その二人の姿は紗奈ちゃんも見ているはずだ。そう思ったクリスだったが、紗奈は制服に着替えて学校を出たところまでは覚えているが、そこからの記憶がないと言った。
一体、どうなっているのだろうか?クリスは頭を抱えた。
ここにいる全員が自分をだまそうとしているのではないか、という疑心暗鬼に陥りそうだった。
保護者や教職員の間では、警察を呼ぶべきかどうかという論争が繰り広げられた。そして校長が、警察には通報しないと結論付けた。
学校側の被害としては倉庫の扉くらいで、倉庫自体いずれ撤去することになっていたので被害届を出すほどでもない。そして優里の不法侵入についても、クリスたちの小学校時代の同級生ということで、警察に届け出る必要もないだろうと校長は言った。
一方、紗奈の母親は娘が監禁されていたことについて、警察を呼んで犯人をつきとめるべきだと主張した。
しかし、当の本人には襲われたような記憶はないし特に外傷もない。そのため、届け出たところで警察には取り合ってもらえないだろうと、校長が説得した。
学校内で子供が巻き込まれるような事件があったなら、親としては当然犯人を突き止めないことには気が済まないだろう。しかし教師陣は、倉庫内でろうそくやお香を焚いて、同級生同士で悪魔召喚の真似事でもしていたのではないかと勘繰っていた。
校長いわく、そういった遊びはどこの学校でもよくあることらしい。叱られることを恐れて覚えていないと嘘をついたりするものです、と話す校長の言葉がクリスの耳に入ってきた。
そもそも紗奈が監禁されていた事自体、でっちあげだと思っているようだ。でもそれなら、扉が破壊されていたことや田川先生まで記憶がないことについてどう説明するつもりなのだろうとクリスは思った。
しかし、何も言わずに黙っていた。どうやら校長や教頭は、クリスのことを最初から疑っているようだった。つまり、倉庫の扉を破壊した共犯者、場合によっては主犯格だとでも思っているようだ。
もちろん、クリスには8時過ぎまで家にいたというアリバイがある。しかし、紗奈や優里に指図をして準備が整えられるまで家で待機していたのだろう、と言われてしまえばそれまでだ。
それほどまでに、クリスは教職員の間で問題児扱いされていた。
昨日、今日と二日連続で職員室に呼ばれていることが原因だ。それに今日の一件については、一方的に暴力を振るわれそうになった被害者であるにも関わらず、上級生と喧嘩して怪我を負わせた加害者だと誤解されているようだった。
教頭がクリスを蔑むような目で見たときに飛んできた思念から、クリスはその事実を悟った。だから、何を主張しても無駄だと思った。
何か発言したところで、余計に目をつけられるだけだろう。
とにかく、今日はもう遅いから帰りましょう。職員会議でも取り上げますし、全校集会でも注意を喚起します。また何か分かったことがあれば報告します、と校長は頭を下げた。
結局、田川先生が擁護してくれることもなく、釈然としないままクリスは学校を後にした。
母親はクリスの話を信じるわけではなかったが、クリスが一緒になって悪魔召喚の儀式に参加したとは思っていなかった。
しかし、紗奈が襲われて監禁されたということについては、少し怪しんでいるようだ。その証拠に、「桜井さんにそそのかされたのかしらね」などと帰りの車の中で言っていた。
優里の父親は市議会議員をしている。それもあって、先生方も今回の件についてはあまり大事にしたくないというのが、母親の推論だった。
帰宅したときには、すでに夜11時を回っていた。明日が休みでよかった。
時計を見て、クリスは落胆すると共に安堵に包まれた。
「紗奈ちゃん」
クリスは、紗奈の体を揺すって名前を呼んだ。ベベも紗奈の顔をぺろぺろと舐めた。
「ん・・・」
身をよじって、紗奈はベベに舐められている頬を腕で覆った。
「あれ?クリス・・・?」
目を覚ました紗奈は、まぶしそうに目を細めてクリスを見た。そうして少しの間クリスを見つめてから、がばっと起き上がった。
キョロキョロと周囲を見回した紗奈の視線は、ある一点で釘づけになった。
紗奈の視線の先には、床に倒れる一人の女子がいた。かぶっていた目出し帽は脱げ、素顔が見えていた。
見覚えのある顔だった。
桜井優里────。
小学校の時のクラスメイトだ。私立の中学へ進学したので、卒業以来会っていない。
小学校3年生のときに転校してきて、それから2年間同じクラスだった。
そうは言っても、クリスも紗奈もあまり話をした覚えはなかった。眼鏡をかけた内気な女子だ。今は眼鏡をかけていないが、間違いない。
なんでこんなところに桜井さんがいるのかとふたりが疑問に思っていると、突然怒鳴り声が轟いた。
「お前らぁ!こんなところで何をやっている!」
振り返ったクリスと紗奈を、懐中電灯のライトが照らした。倉庫の入り口に、福田先生と教頭先生が立っていた。
二人はまるで威嚇するようにライトを向けたまま入ってくると、この状況を目にして絶句した。
倉庫内にはあちこちに立てられたろうそくに火が灯り、数ヶ所に焚かれたお香によって、甘い香りと煙に包まれている。
床には、石灰で大きく描かれた謎の模様。そしてその中に座って二人の教師を見上げるクリスと紗奈とベベ。
壁際には、白装束に身を包んだ一人の少女が意識を失っている。さらにぶち破られた扉の向こうには、地面に突っ伏す田川先生の姿があった。
二人の教師はクリスと紗奈、桜井優里、田川先生の間をまるでトライアングルでも描くように何度か視線を巡らせた後、慌てて倒れている二人のもとへ駆け寄った。
幸いなことに、二人とも気を失っていただけですぐに意識を取り戻した。紗奈も含めて皆大した怪我もなく、救急車を呼ぶ必要はないという判断に至った。
そしてその後クリスたちは職員室に呼ばれ、親も呼びつけられた。
クリスの母親も紗奈の母親も、紗奈が無事だったことをとにかく喜んだ。もう少しで警察に捜索願いを出すところだったと言って、紗奈の母親は泣きながら紗奈を抱きしめた。
クリスの母親はなぜクリスが学校にいるのかと驚きながらも、この時間勝手に家を出たことを叱った。それから生徒たち三人は、それぞれ教師からの事情聴取を受けた。いつの間にか校長まで来ていた。
クリスは、事実をありのまま話した。
紗奈が行方不明と聞き、学校にいるかもしれないと思って学校まで来たこと。紗奈の匂いを追うベベについていって、倉庫まで辿り着いたこと。
倉庫の中で、優里を含めた三人の人物によって執り行われていた謎の儀式。そこから悪魔のようなものが召喚されたこと。
いつの間にか、悪魔は扉を突き破ってどこかへ消えてしまったこと。
ミラコルンで悪魔を退治したことについては、どうせ信じてもらえないだろうと思い黙っておいた。
しかし、悪魔については田川先生も目撃していた。そのため、当然信じてもらえるものと思って話をした。
ところが、悪魔を見たというクリスの証言はまったく聞き入れられなかった。目撃者であるはずの田川先生も、そんなものを見た憶えがないと言った。というより、倉庫の裏でクリスを見つけた後の記憶がないということだった。
優里に至っては、そもそもなぜ自分が白装束を着てこの学校の古びた倉庫にいたのかも分からない、と言い出す始末だ。
儀式には他に二人仲間がいたとクリスが主張しても、それさえも覚えていないとのことだった。
そんなはずはない。その二人の姿は紗奈ちゃんも見ているはずだ。そう思ったクリスだったが、紗奈は制服に着替えて学校を出たところまでは覚えているが、そこからの記憶がないと言った。
一体、どうなっているのだろうか?クリスは頭を抱えた。
ここにいる全員が自分をだまそうとしているのではないか、という疑心暗鬼に陥りそうだった。
保護者や教職員の間では、警察を呼ぶべきかどうかという論争が繰り広げられた。そして校長が、警察には通報しないと結論付けた。
学校側の被害としては倉庫の扉くらいで、倉庫自体いずれ撤去することになっていたので被害届を出すほどでもない。そして優里の不法侵入についても、クリスたちの小学校時代の同級生ということで、警察に届け出る必要もないだろうと校長は言った。
一方、紗奈の母親は娘が監禁されていたことについて、警察を呼んで犯人をつきとめるべきだと主張した。
しかし、当の本人には襲われたような記憶はないし特に外傷もない。そのため、届け出たところで警察には取り合ってもらえないだろうと、校長が説得した。
学校内で子供が巻き込まれるような事件があったなら、親としては当然犯人を突き止めないことには気が済まないだろう。しかし教師陣は、倉庫内でろうそくやお香を焚いて、同級生同士で悪魔召喚の真似事でもしていたのではないかと勘繰っていた。
校長いわく、そういった遊びはどこの学校でもよくあることらしい。叱られることを恐れて覚えていないと嘘をついたりするものです、と話す校長の言葉がクリスの耳に入ってきた。
そもそも紗奈が監禁されていた事自体、でっちあげだと思っているようだ。でもそれなら、扉が破壊されていたことや田川先生まで記憶がないことについてどう説明するつもりなのだろうとクリスは思った。
しかし、何も言わずに黙っていた。どうやら校長や教頭は、クリスのことを最初から疑っているようだった。つまり、倉庫の扉を破壊した共犯者、場合によっては主犯格だとでも思っているようだ。
もちろん、クリスには8時過ぎまで家にいたというアリバイがある。しかし、紗奈や優里に指図をして準備が整えられるまで家で待機していたのだろう、と言われてしまえばそれまでだ。
それほどまでに、クリスは教職員の間で問題児扱いされていた。
昨日、今日と二日連続で職員室に呼ばれていることが原因だ。それに今日の一件については、一方的に暴力を振るわれそうになった被害者であるにも関わらず、上級生と喧嘩して怪我を負わせた加害者だと誤解されているようだった。
教頭がクリスを蔑むような目で見たときに飛んできた思念から、クリスはその事実を悟った。だから、何を主張しても無駄だと思った。
何か発言したところで、余計に目をつけられるだけだろう。
とにかく、今日はもう遅いから帰りましょう。職員会議でも取り上げますし、全校集会でも注意を喚起します。また何か分かったことがあれば報告します、と校長は頭を下げた。
結局、田川先生が擁護してくれることもなく、釈然としないままクリスは学校を後にした。
母親はクリスの話を信じるわけではなかったが、クリスが一緒になって悪魔召喚の儀式に参加したとは思っていなかった。
しかし、紗奈が襲われて監禁されたということについては、少し怪しんでいるようだ。その証拠に、「桜井さんにそそのかされたのかしらね」などと帰りの車の中で言っていた。
優里の父親は市議会議員をしている。それもあって、先生方も今回の件についてはあまり大事にしたくないというのが、母親の推論だった。
帰宅したときには、すでに夜11時を回っていた。明日が休みでよかった。
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