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第三章 悪魔の儀式
第5話 職員室
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「お、上村。今日も来たのか。たしか昨日も来てたよな?」
田川先生の後について職員室に入ったクリスに、数学の福田先生が声をかけた。
「連日何かやらかしたのか?あまり田川先生を困らせるなよ?」
にやにやしながら、福田先生は横目で田川先生を見た。田川先生は顔に作り笑いを浮かべて、軽く会釈した。
それからクリスをその場で待たせると、教頭先生のところに話を通しにいった。
戻ってくると、クリスを応接室に通した。
「どうぞ、座って」
クリスは先生に指示されるまま、奥の三人掛け用ソファの隅っこに腰かけた。豪華な黒い革張りのソファだった。
先生はまたクリスに待つように言って、応接室を出ていった。
応接室に入るのは初めてのことだった。クリスが座るソファの右手に一人掛け用のソファがひとつ置かれ、
ローテーブルを挟んだ向かいにもそれと同じソファが二つ並んでいる。
壁にはいくつかの表彰状と、何十年も前に撮影されたようなこの学校の航空写真が飾られている。その脇にはもうひとつドアがあり、そこには「校長室」と書かれたプレートが貼られていた。
応接室はテニスコートの真横に位置しているようで、ブラインドを下げられた窓の外からはテニス部のかけ声が聞こえてきた。
ドアがノックされ、田川先生が入ってきた。お盆に載せて持ってきたお茶と、バウムクーヘンをクリスの前に置いた。
「気にしないで。どうぞ、食べて」
クリスの向かいのソファに腰かけると、先生が笑顔で勧めた。
「コーヒーとかの方が良かったかな?」
お茶をすすりながら、先生が言った。
「あ、いえ。いただきます」
クリスは頭を下げて、両手で湯呑を持った。
「それで、何があったの?」
クリスがお茶をすすっていると、先生が聞いた。
「2年生のサカモト君たちに呼び出されたのね?」
湯呑茶碗の模様を親指でなぞりながら、クリスはうなずいた。
「何かされたの?」
「いえ。別に・・・」と返事をしたままクリスが黙っていると、先生がため息をついた。
「サカモト君と、あとハセガワ君・・・だったかな?あの二人が怪我をしていたみたいだけど、どういう状況だったの?」
クリスは顔を上げて、グレーの瞳を見つめ返した。先生の思念からは、自分を責めるような意図がないことを悟った。力になりたい、という思いだけが先生からは伝わってきた。
クリスは、湯呑をそっとテーブルに置いた。
「先輩たちが同時に殴りかかって来て、それでぼくがそれをよけたら、先輩同士が殴り合うことになっちゃったみたいです」
状況を簡単に説明すると、先生は意外そうに大きな目をさらに見開いた。
「ふーん・・・。それだけ?」
「はい」と、クリスはうなずいた。
「でも、なんでそういうことになっちゃったのかな?理由もなく殴りかかってくるなんてことはないでしょう?」
「さあ?ぼくのことが気に食わないみたいです。髪型とか・・・」
肩に届くほど長いクリスの髪を見て、なるほど、というように先生はうなずいた。
「でも、それだけで殴ろうとするなんて、ひどいわね」
うなずいてしまったことを取り消すように、先生は同情するような顔をした。
「原因は本当にそれだけだと思う?」
「分からないですけど、たぶん」
松木紗奈にフラれた腹いせだと思います、とはさすがにクリスも言わなかった。こんなことに紗奈を巻き込むわけにはいかない。
「そう。そうしたらサカモト君たちの担任の佐々木先生には、先生から言っておきます。私の大事な生徒に、二度と手を出さないように注意してもらわないとね」
少し怒ったような口調で、先生は言った。どうやら先生は、本心からそう言っているようだ。紗奈が勘ぐっているように、田川先生に裏があるとはクリスにはやはり思えなかった。
「でも、ぼくは大丈夫です。何もされなかったし。どちらかというと、先輩同士が痛い思いをしたみたいだし」
正直、このことはこれでもう終わりにしたかった。後々また先生に余計な事チクっただろう、などと言われたりするのも面倒だ。
しかし、先生は聞く耳を持たなかった。
「そういう問題じゃないの。こういうことは、担任の先生にもしっかりと知ってもらって、生徒たちをちゃんと指導してもらわないと。私たち教師には、生徒たちを正しい道へと導く責任があるんですから」と、熱のこもった口調で先生は言った。
意外と、田川先生は熱血教師のようだ。新任ということもあって、やる気に満ち溢れているのかもしれない。
先生の心意気に圧倒されて、「はあ」とクリスはうなずいた。
とにかく、先生の気の済むようにしてもらおう。
その日は先生の勧めもあって、クリスは部活に出ずに帰宅した。出ても出なくても変わらないような部活だったし、取り立てて好きでもないから、出なくていいのならそれに越したことはなかった。
田川先生の後について職員室に入ったクリスに、数学の福田先生が声をかけた。
「連日何かやらかしたのか?あまり田川先生を困らせるなよ?」
にやにやしながら、福田先生は横目で田川先生を見た。田川先生は顔に作り笑いを浮かべて、軽く会釈した。
それからクリスをその場で待たせると、教頭先生のところに話を通しにいった。
戻ってくると、クリスを応接室に通した。
「どうぞ、座って」
クリスは先生に指示されるまま、奥の三人掛け用ソファの隅っこに腰かけた。豪華な黒い革張りのソファだった。
先生はまたクリスに待つように言って、応接室を出ていった。
応接室に入るのは初めてのことだった。クリスが座るソファの右手に一人掛け用のソファがひとつ置かれ、
ローテーブルを挟んだ向かいにもそれと同じソファが二つ並んでいる。
壁にはいくつかの表彰状と、何十年も前に撮影されたようなこの学校の航空写真が飾られている。その脇にはもうひとつドアがあり、そこには「校長室」と書かれたプレートが貼られていた。
応接室はテニスコートの真横に位置しているようで、ブラインドを下げられた窓の外からはテニス部のかけ声が聞こえてきた。
ドアがノックされ、田川先生が入ってきた。お盆に載せて持ってきたお茶と、バウムクーヘンをクリスの前に置いた。
「気にしないで。どうぞ、食べて」
クリスの向かいのソファに腰かけると、先生が笑顔で勧めた。
「コーヒーとかの方が良かったかな?」
お茶をすすりながら、先生が言った。
「あ、いえ。いただきます」
クリスは頭を下げて、両手で湯呑を持った。
「それで、何があったの?」
クリスがお茶をすすっていると、先生が聞いた。
「2年生のサカモト君たちに呼び出されたのね?」
湯呑茶碗の模様を親指でなぞりながら、クリスはうなずいた。
「何かされたの?」
「いえ。別に・・・」と返事をしたままクリスが黙っていると、先生がため息をついた。
「サカモト君と、あとハセガワ君・・・だったかな?あの二人が怪我をしていたみたいだけど、どういう状況だったの?」
クリスは顔を上げて、グレーの瞳を見つめ返した。先生の思念からは、自分を責めるような意図がないことを悟った。力になりたい、という思いだけが先生からは伝わってきた。
クリスは、湯呑をそっとテーブルに置いた。
「先輩たちが同時に殴りかかって来て、それでぼくがそれをよけたら、先輩同士が殴り合うことになっちゃったみたいです」
状況を簡単に説明すると、先生は意外そうに大きな目をさらに見開いた。
「ふーん・・・。それだけ?」
「はい」と、クリスはうなずいた。
「でも、なんでそういうことになっちゃったのかな?理由もなく殴りかかってくるなんてことはないでしょう?」
「さあ?ぼくのことが気に食わないみたいです。髪型とか・・・」
肩に届くほど長いクリスの髪を見て、なるほど、というように先生はうなずいた。
「でも、それだけで殴ろうとするなんて、ひどいわね」
うなずいてしまったことを取り消すように、先生は同情するような顔をした。
「原因は本当にそれだけだと思う?」
「分からないですけど、たぶん」
松木紗奈にフラれた腹いせだと思います、とはさすがにクリスも言わなかった。こんなことに紗奈を巻き込むわけにはいかない。
「そう。そうしたらサカモト君たちの担任の佐々木先生には、先生から言っておきます。私の大事な生徒に、二度と手を出さないように注意してもらわないとね」
少し怒ったような口調で、先生は言った。どうやら先生は、本心からそう言っているようだ。紗奈が勘ぐっているように、田川先生に裏があるとはクリスにはやはり思えなかった。
「でも、ぼくは大丈夫です。何もされなかったし。どちらかというと、先輩同士が痛い思いをしたみたいだし」
正直、このことはこれでもう終わりにしたかった。後々また先生に余計な事チクっただろう、などと言われたりするのも面倒だ。
しかし、先生は聞く耳を持たなかった。
「そういう問題じゃないの。こういうことは、担任の先生にもしっかりと知ってもらって、生徒たちをちゃんと指導してもらわないと。私たち教師には、生徒たちを正しい道へと導く責任があるんですから」と、熱のこもった口調で先生は言った。
意外と、田川先生は熱血教師のようだ。新任ということもあって、やる気に満ち溢れているのかもしれない。
先生の心意気に圧倒されて、「はあ」とクリスはうなずいた。
とにかく、先生の気の済むようにしてもらおう。
その日は先生の勧めもあって、クリスは部活に出ずに帰宅した。出ても出なくても変わらないような部活だったし、取り立てて好きでもないから、出なくていいのならそれに越したことはなかった。
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