クリスの物語

daichoro

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第二章 クリスタルエレメント

第49話 フォーヌス広場

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 フォーヌス広場は、広場というよりまるでウォーターパークだった。いくつものプールがあり、そこではたくさんの海底人が泳いでいた。流れるプールに、ウォータースライダーまである。



『王子は、広場のどこで待っているか言っていたか?』

 船を降り、広場に入るとボラルクが尋ねた。クリスは首を振った。

『フォーヌス広場に来て、としか言われてないんだ』

『そうか。まあ、でもどこかで会えるだろう』



 特に心配する様子もなく、ボラルクはフォーヌス広場へ向かった。地底人に限らず、海底人もやはり楽観的なようだ。

 そんな調子で大丈夫だろうかとひとり不安を抱きながらも、クリスはボラルクの後に従った。



 ところが、広大な敷地を持ち大勢の人で賑わう広場内でグレンとアルメイオンを探し出すのは、予想以上に骨の折れる作業だった。



 グレンはなぜもっと細かく場所を指定してくれなかったのかと、クリスは不満を募らせた。

 そもそもボラルクに出会えていなければ、この広場にさえ辿り着くことができていなかったかもしれない。



 もしかしたら海底でモサーリヤのような怪物に食べられてしまっていたかもしれないのだ。

 そう考えると、グレンの一方的で浅はかな提案が腹立たしく思えた。



『ただ歩き回ってもしょうがないから、ちょっとそこに座ろうぜ』

 広場の中央にあるレストランを指さしてボラルクが言った。

『待っていれば、向こうがこっちを見つけてくれるかもしれないしな』

 席に着くと、早々にウェイトレスが注文を取りに来た。クリスはボラルクと同じココナッツ風味のヴィーナンを注文した。



 レストランの目の前のプールでは、勢いよく上がった噴水の水しぶきに乗って、小さな少年が天高く上がっては楽しそうにはしゃいでいた。



 その光景を眺めるクリスの姿を、遠くの席からじっと見つめるひとりの男の姿があった。

 浅黒い肌をした体格のがっしりとした男で、白いマオカラースーツのような衣服を身に着けていた。



 男の視線に気づいたボラルクが、クリスの肩を叩いた。

『あの男は誰だ?知り合いか?』



 マオカラーの男に視線を向けて、ボラルクが尋ねた。聞かれたクリスは、ボラルクが視線を向ける方をさり気なく振り返った。

 振り返った瞬間に男と目が合い、クリスはすぐさま顔を戻した。



 見たこともない男だった。海賊の一味で、また仕返しにでも来たのかとクリスは不安になった。



『どうだ?知ってる奴か?』と、ボラルクがまた聞いた。

 クリスはうつむいたまま小刻みに首を振った。

『クリスさんですね?』

 突然声を掛けられ、クリスは弾けるほど驚いた。



 恐る恐る顔を上げると、マオカラーの男がいつの間にかすぐ目の前に立っていた。

 男はクリスが首から提げたペンダントを確認すると、にっこり笑ってうなずいた。



『私はダルミアと申します。グレン王子の仕えの者です。事情があって、王子とアルメイオン様はこちらへ来ることがかないませんでした。代わりに、私がお迎えに上がった次第です』

 ダルミアと名乗った男は手を前で組み、ベルボーイのような佇まいで会釈をした。



『お連れの方ですか?』

 ボラルクの方に視線を向けて、ダルミアが聞いた。

『俺はボラルクっていいます。ワイメリア地区の鍛冶屋の息子です』

『ボラルクはぼくが海底で迷っていたところを助けてくれて、ここまで案内してくれたんです』

 ボラルクが自己紹介した後、クリスがすかさずフォローした。

『そうですか』

 ダルミアは、微笑みを浮かべたままうなずいた。



『いえ。お連れ様がいらっしゃるとは伺っていなかったものですから。ボラルクさんもご一緒されますか?』

『大丈夫ですか?』と、恐縮しながらもクリスは嘆願するような視線を向けた。ここまでつき合ってもらったのに、グレンを紹介できずにボラルクをこのまま帰すのはさすがに少し気が引けた。



『問題ありませんよ』

 ダルミアは、そう言ってまたにっこりと微笑んだ。

『王子と会えるのか?』

 ボラルクは興奮しきった様子で嬉しそうにクリスを見た。



 それから店を出ると、二人はダルミアの案内に従い広場をさらに奥へと進んだ。

 流れるプールの先にある巨大なウォータースライダーは、くねくねとまるでヘビのように動いてはその形を変えていた。



 そのウォータースライダーの先に、ダムのように深く掘られた大きな穴が口を開けていた。その高さは優に100メートルはあるだろう。

 その穴に向かって、水力発電用に造られたかのような人工的な滝が勢いよく流れ落ちていた。



 その滝の手前では順番待ちする人の列があった。彼らは順番が来ると、次々と滝つぼに向かってダイブしていた。



『あそこから下へ降ります』

 滝を指差してダルミアが言った。クリスは耳を疑った。

『滝に飛び込むのですか?』

 思わず聞き返すと、ダルミアが笑顔でうなずいた。



『カタラランの下は、確かカナリマの出口につながっていましたよね?』

 横からボラルクが質問した。

『その通りです』

『それなら何もカタラランからじゃなくても、そこのモーレから海に下りてカナリマの出口まで行ったらいいんじゃないですか?』



 ボラルクはそう言って左手を指差した。そこには、競技用プールのような長方形のプールがあった。

 プールの下は、クリスたちがモサーリヤに乗って上がってやってきたようなトンネルとなって海底へと繋がっていた。



『いえ。海に出るわけではないのです』

 それ以上のことは語らずに、ダルミアは列に向かって歩を進めた。



 隣で硬い表情をするボラルクに『どうしたの?』と、クリスが声をかけた。ボラルクは『なんでもない』と、首を振った。

 それから『ただ、ちょっと・・・』と言って口ごもった。



『ちょっと?』とクリスが聞き返すとボラルクは作り笑いを浮かべ、それから言った。

『高いところが苦手なんだ』

 なるほど。いくら海底人でも、やっぱり苦手な物は苦手なのか。そう思ったら、クリスは余計に怖くなった。



 刻々と順番が近づいてくるにつれて、腰が抜けてしまいしそうなほど足がすくんだ。滝の猛烈な落下音もかき消してしまうほど、心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響いた。



『それでは、よろしいですか?』

 覚悟が決まるまで待ってくれることもなく、クリスたちの番が回ってきた。

『一緒に飛びましょう。私の手を握ってください』



 滝の真上に立つと、ダルミアはクリスとボラルクに向かって手を差し出した。クリスとボラルクはすがりつくように、左右それぞれの手を両手でしっかりと掴んだ。



『いきます』

 ダルミアはかけ声とともに、二人の手を握ったまま滝にダイブした。







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