クリスの物語

daichoro

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第二章 クリスタルエレメント

第43話 ラムレリアの王子

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 クリスは、洞窟の中の自分に意識が戻っていた。アルメイオンが肩で大きく息をしていた。



 クリスの手を額から離すと、一度深呼吸をしてから『いいかしら?』とクリスに尋ねた。クリスは大きくうなずいた。

『うん。ありがとう』

『それでは、行きましょう』

 そう言って、アルメイオンが泉に向かった。



『えーと、ところでどうやって行くのですか?』

 てっきり、アダマスカルのような宇宙船が迎えに来てくれるものとばかり思っていた。クリスは戸惑い、アルメイオンを呼び止めた。



『この泉には、各海底都市をつなぐトンネル“ポルターフォン”があるのよ。それを通っていけば、ラムレリアまではすぐよ』

 アルメイオンは微笑むと、岸から泉に飛び込んだ。飛び上がった時には、アルメイオンはまた人魚に姿を変えていた。

 そっと飛び込んだだけだというのに、泉の中央にまで達している。そこから振り返って、手招きをした。



 クリスはしゃがんで、恐る恐る足先を泉に入れてみた。ところが、不思議と水に入れているという感覚がなかった。冷たさも感じない。

 思い切って、そのまま泉に飛び込んだ。ふわりと、まるで宙に浮いたような感覚だ。水の抵抗もなく、手足も自由に動かせる。



 クリスは息を大きく吸い込み、水中に潜った。オーラムルスをつけていないというのに、視界は明るく鮮明だった。地上にいるのとほとんど変わらずに、遠くまで見通すことができる。

 平泳ぎの要領で、キックをして両手を掻いた。すると、ひと掻きしただけで空を飛ぶように一瞬でアルメイオンのところまで辿り着いてしまった。



『水中でも息はできるわよ』

 水中から顔を上げてクリスが大きく息を吸い込むと、アルメイオンが言った。

『だから息は止めなくて大丈夫よ。さあ、ついてきて』

 水中に潜ったアルメイオンが、振り返って微笑んだ。



 水中でも息ができるなんて本当だろうか。クリスは半信半疑でもう一度潜った。たしかに息ができそうな感覚はある。クリスが視線を向けると、アルメイオンがうなずき返した。



 クリスは思い切って息を吐き、そっと口から吸いこんだ。水が入り込んでくるような感覚はなかった。何の問題もなく、地上と変わらずに息ができた。

 驚きの表情を浮かべるクリスを見て、アルメイオンはまた微笑んだ。それから振り返って前を向くと、泉の奥に向かって泳ぎ出した。

 クリスはその後に従った。何の力も必要とせずに水の中をスイスイと進むことができて、まるでイルカにでもなった気分だった。



 あっという間に奥まで達すると、大きく突き出た岩の前でアルメイオンが振り返った。岩の下には、人がひとり通れるほどの丸い小さな穴が開いている。

『これがラムレリアへ続くポルターフォンよ』

 それから目で合図をすると、アルメイオンが先に穴の中へと入っていった。クリスも黙ってその後に続いた。



 洞窟の中は薄暗く、不気味だった。得体の知れない深海の生物でも潜んでいそうな雰囲気があり、クリスは何にも触れないようにできるだけ身を小さくしてアルメイオンの後を追いかけた。



『もう着くわよ』

 振り返らずにアルメイオンが言った。あっという間だった。

 洞窟を抜けると、上から青い光線が降り注いでいた。その光に向かって泳ぐアルメイオンの姿は、まるでCGで作成された映像のように幻想的だった。



 アルメイオンに連れられてたどり着いた場所は、先ほどまでのレグイアの海底洞窟と同じような造りの青く輝くクリスタルの洞窟だった。

 岸には、金髪の長い髪をした男がひとり立っていた。黄色いマントを羽織った体格の良いその男は、仁王立ちをしたままじっとクリスに視線を注いでいた。

 クリスが思わず身構えると、安心させるように『大丈夫よ』とアルメイオンが言った。それから、男の方に向かって泳いで行った。



 岸へ上がったアルメイオンは、いつの間にか人の姿にシェイプシフトしていた。クリスも続いて岸に上がった。



『クリス。こちらはラムレリアの王子グレンよ』

 岸に上がったクリスに、アルメイオンは早速その男を紹介した。

『それからグレン。こちらが話していたクリスよ』



 アルメイオンがクリスを紹介すると、グレンが『はじめまして』と言って手を差し出した。

『はじめまして。クリスです』

 差し出された大きな手を握り返して、クリスは戸惑いながらも挨拶をした。



『実は、アクアの場所はほぼ特定できているのよ。そこまではグレンが案内してくれるわ。グレンとわたしは、同じ思想を抱いているの。クリスタルエレメントを地球のアセンションのために正しい人間のもとへ届けることが、わたしたちの使命だと考えているわ』



 突然のことに状況を掴みかねているクリスを見て、アルメイオンが説明した。クリスはグレンに頭を下げた。

『ようこそ来てくれました。と、本来はパーティーでも開いて歓迎したいところなのですが、今は状況が状況ですので。このような場所でお出迎えすることになり申し訳ありません』

 グレンが頭を下げて謝った。



『アクアはラムレリアの中心地、“オケアノース”の地下深くに眠っていると考えられています。そこへ向けて、各都市からすでに多くの兵士がこのラムレリアへやってきています。今はアクアが目覚める時期を待っている、というような状況です。しかし、実際には時期はすでに到来していると私は考えています』

 グレンはそう言って、クリスの目をのぞき込んだ。

『本当の“選ばれし者”が現れるのをアクアは待っているのです』



 しばらくクリスの目を見つめてから、グレンは視線をうしろに続く洞窟の方へ向けた。

『それでは、これからオケアノースへご案内いたします。ついて来てください』

 合図をするようにうなずくと、グレンはうしろを振り返って歩き出した。立ち尽くすクリスに向かって『心配ないわ』と、アルメイオンもうなずいた。



 たしかに、ここまで来てもう後戻りはできない。二人を信用していいかどうか正直分からなかった。しかし導かれるままに進むしかない。それが自分にできる最善のことだった。そして今こうしてこの場にいるということに、正しい途上に立っているという確信めいたものをクリスは感じていた。

 アルメイオンにうなずき返すと、クリスは決意を新たにグレンの後に続いた。




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