クリスの物語

daichoro

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第二章 クリスタルエレメント

第37話 花火

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 クリスと紗奈が再度カンナンの波止場から目的地までの行き方をおさらいしていると、音楽が突然流れ込んできた。続いて言葉が響いた。



『海底都市アトライオスの皆様へお知らせいたします。ただいまより、地表世界の訪問者様によるハナビの催しが行われます。そのため、アトライオスのソルーメンをお停めいたします。ご不便をおかけいたしますが、しばしお手を休めて地表人によるハナビに興じてくださいませ』



 その後また音楽が流れた。この放送でも花火のアクセントはやはりおかしかった。放送が終わるとすぐにローワンがやってきた。



『準備はよろしいでしょうか?』

 全員がうなずき、立ち上がった。

『それでは、参りましょう』



 ラメクとアリューシャに見送られ、一行はローワンの家を後にした。



 外はすでに暗くなっていた。しかし通りの地面から光が放たれているため、移動するのに不自由はしなかった。

 建物の屋根や外壁からも光が発されていて、まるで街全体がイルミネーションで飾られているようだった。



 最寄りの波止場までは、二艘の小舟に分乗して移動した。波止場にはすでに船が待機していた。その船も電飾され、まるで遊園地の乗り物のようにきらびやかな光を発していた。



『それでは、よろしいでしょうか?』

 小舟を下りると、一同を見回してローワンが確認した。固い決意を表明するように、全員が真剣な表情でうなずいた。



『私とマーティス、あとクレアさんはここからあちらの小舟に乗って移動します』

 ローワンが指差す先には、クレアやマーティスたちが移動するための小舟が二艘停まっていた。



『あちらの船がカンナン行きです』

 クリスと紗奈に目配せしてから、一番端の船をローワンは指差した。それからトドゥーロ行きの船とレグイア行きの船を、エランドラとラマルにそれぞれ示した。



『それじゃあ、クリス。大丈夫?』

 心配するように、クレアがクリスの顔をのぞき込んだ。一度大きく呼吸をしてから、クリスはうなずき返した。



『目的地に着いたら、オーネクトをつないでね』

 心配ないよ、というように微笑んでクレアは小舟に向かっていった。クレアに手を振り、クリスたちもカンナン行きの船に乗り込んだ。



「こんちは」

 見るからに年老いた操縦士が、クリスたちに笑いかけた。小柄な体型で、しわだらけの顔をしていた。笑った顔には、前歯がなかった。



「ほれじゃあ、ひゅっぱちゅひまふよ」

 フガフガとその老人は言った。



 その言葉を聞いて、紗奈が眉根を寄せてクリスを見た。クリスも怪訝な顔をして首を傾げた。

 その老人が声を発していたからだ。海底人で声を出して話す人には出会ったことがなかったので、意外だった。



『うわぁ。すごーい!』

 甲板の手すりに座ったベベが、興奮気味に言った。短く切られた尻尾を小刻みに振っている。



 浮かび上がった船から見下ろす景色は、まるで大都市の夜景のようだった。それに、空にはあちこちからたくさんの船が集まっていた。

 花火がなくても、この光景だけで十分見応えがあるとクリスは思った。



 クリスたちの乗った船は、向かってくる船に逆らうようにアシナヴィスからどんどん遠ざかっていった。



 アシナヴィスを出ると、辺りは真っ暗になった。アシナヴィスへ向かう船がちらほらと行き過ぎるだけだった。クリスは、オーラムルスで現在地を確認した。



 そろそろカンナンへ到着する頃だった。オーラムルスの地図を頼りにカンナンのある方角を確認すると、たしかに暗闇の中小さく光る街があった。

 その街を指差してクリスが紗奈に声をかけると、突然また音楽が鳴り響いた。



『海底都市アトライオスの皆様へお知らせいたします。お待たせいたしました。ただいまよりハナビを開始いたします。お集まりいただいております皆様。船のルーメンを最小にしていただきますようお願いいたします。それでは、お楽しみください』



 放送のあとに再び音楽が流れると、ヒューッという音とともにアシナヴィスの方で火の玉が上がった。ピカッと光った直後に、色とりどりの火花が暗闇の中に舞い散った。

 遅れるようにして「ドーン」と爆発音が轟いた。空気の振動が肌に伝わってくるほど、特大の花火だった。

 それを皮切りに、次々と花火が打ち上がった。打ち上がる花火は丸い形のものだけじゃなく、イルカやクジラ、人魚や船など海底世界にちなんだ形のものもあった。



「すごい」

感嘆の声を上げクリスがその花火に見とれていると、紗奈が肩を叩いた。



「ねぇ、あれ見て」と言って、打ち上がる花火の左手の方角を指差した。

「え?どれ?」

 紗奈が指差す方向を見ても、クリスには何も見えなかった。

「あれだよ。あのおっきな船」と紗奈が言った直後、大きな花火が打ち上がった。





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