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第二章 クリスタルエレメント
第8話 次元の狭間
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「それじゃ、おばさんまた来ます。ケーキごちそうさまです」
ケーキの入った箱を顔の前に掲げ、紗奈は頭を下げた。
「いいえー。今度はゆっくりしていってね」
玄関のドアを片手で押さえ、クリスの母親はそう言って手を振った。
「それじゃあ、行ってくるね」
かかとをスニーカーにねじこみながら、クリスも母親に手を振り返した。「あまり遅くならないようにね。ベベちゃんも迷惑かけないようにいい子にしてるのよ」
クリスが肩に提げたショルダーバッグから頭だけのぞかせたベベにも手を振ると、母親は玄関のドアをゆっくりと閉めた。
クリスは母親に、紗奈がクラスメイトから卒業パーティーに呼ばれていたことを忘れていて、急遽帰らなければいけなくなったと伝えた。ついでに自分も誘われた、と。
「残念ね」と言いながらも、クリスが積極的にそういった集まりに参加するようになってくれたのが嬉しいのか、母親はあっさりと認めてくれた。それにおみやげにといって、一緒に食べるはずだったケーキも持たせてくれた。
「ひとみちゃんがベベも見たがっているっていえば、ベベを連れて行くのも不自然に思われないよ。着替えなんかは、ベベを入れるバッグの底に詰めておけばいいんじゃない?」
紗奈の言う通りにしたところ、ベベを連れて行くことにも疑問を持たれなかったし、バッグに詰めた荷物にも母親は気づいていないようだった。
「もし荷物に気づかれたとしても、卒業記念に今までの思い出の品を持ち寄ることになったとかいえば大丈夫だよ」と紗奈は言っていたが、よくそんなウソがすらすらと思いつくものだとクリスは感心してしまった。
すると、自転車の錠を外していた紗奈がクリスの方を振り返った。
「いけない?でも、必要なウソなんだからいいでしょ?」
頬に垂れ下がった髪を手でかき上げ、紗奈は言った。
どうやらクリスの考えが伝わってしまったようだ。やたらと思いに言葉を乗せないように注意しないといけない。
『そうね』
ちらっとクリスに視線を向けると、言葉を発することなく紗奈が言った。
**********************************************************
お城に戻ると、ラマルの首にまたがっていたクレアがしかめっ面をして太陽に手をかざしていた。ラマルが地上で人間の姿にシェイプシフトすることはきついと言っていたが、クレアにとっても少しきついのかもしれない。
お城に上がったクリスが『待たせてごめん』と謝ると、クレアは『別に』と言って、肩をすくめた。
『ところで』と、クリスは疑問に思ったことを口にした。
『たしか地底世界への入り口は、どこか外国にあるピラミッドの中だよね?たとえ地底世界へ行ったら時間がかからないとしても、その地底世界の入り口まではエランドラたちに乗って行くんでしょう?そうしたら、そこまで行くのにすごい時間がかかるんじゃないの?』
そうだとしたら、母親への言い訳などまた考え直さないといけない。
そんなクリスの不安をクレアはあっさりと吹き飛ばした。
『地底世界への入り口ならすぐそこにあるよ』
街の向こうにそびえる三角形の山を指差して、クレアが言った。
「ピラミッド山」と、地元の人たちが呼ぶ標高1千メートル級の山だ。
その呼称の通り、その山はどこから見ても見事な正三角形をしている。
『あんなところから地底世界へ行けるの?』
『地底世界に行くための次元の狭間なんて、この地表世界のあちこちにあるよ』
そんなの別に驚くことじゃない、とでも言うようにすまし顔でクレアは言った。
『といっても、こちらの世界の人たちにその存在が知られることはまずないけどね』
なるほど。いずれにしても、ピラミッド山から地底世界へ行けるのだったら安心だ。そこまでならエランドラに乗っていけば、10分とかからないだろう。
するとクレアが『クリス、これ』と言って、クリスに向かって何かを投げた。とっさにクリスが手を上げると、きらっと光るものがクリスの腕に巻き付いた。
「あ、これ」
それは、ファロスが地底世界から地上へ戻るときにクレアが寄越した腕輪とそっくりだった。腕輪はクリスの袖口から服の中に入り込むと、蛇のようにくるくると手首に巻き付いてピタッと止まった。
『ミラコルンだよ。何頭もの強力なドラゴンのエネルギーを封じ込めた特殊なものだよ。幻獣封じの道具で、身に着ける人の秘めるパワーを最大限に引き出すことができるの。ドラゴンの石を手に入れるときにも必要になるはずだから。パパに頼んで、クリスの分も特別に鍛冶職人に作ってもらったの』
『くれるの?』
『うん。でも、絶対なくさないでよね』
『ありがとう。なくさないよ』
手首に巻き付いた銀の腕輪は、よく見ると先端部分にドラゴンの頭のような装飾が施されていた。鱗のように細かく削りこまれた部分が光を発して、キラキラとまるで宝石が埋め込まれているかのようだった。
紗奈がクリスの腕を覗き込んで「えー素敵!いいなぁ」と言った。
するとクレアがそんな紗奈を上から下まで眺めまわして、『服、着替えてきたのね』と言った。
紗奈はクレアの方を振り向くと『まあね』と言って、背負ったリュックサックの位置を直した。
ロングスカートに薄手のニットを羽織って厚底のブーツを履いていた紗奈の服装は、ジャンパーにジーンズ、スニーカーといった遠足にでも出かけるような服装に変わっていた。
ケーキの入った箱を顔の前に掲げ、紗奈は頭を下げた。
「いいえー。今度はゆっくりしていってね」
玄関のドアを片手で押さえ、クリスの母親はそう言って手を振った。
「それじゃあ、行ってくるね」
かかとをスニーカーにねじこみながら、クリスも母親に手を振り返した。「あまり遅くならないようにね。ベベちゃんも迷惑かけないようにいい子にしてるのよ」
クリスが肩に提げたショルダーバッグから頭だけのぞかせたベベにも手を振ると、母親は玄関のドアをゆっくりと閉めた。
クリスは母親に、紗奈がクラスメイトから卒業パーティーに呼ばれていたことを忘れていて、急遽帰らなければいけなくなったと伝えた。ついでに自分も誘われた、と。
「残念ね」と言いながらも、クリスが積極的にそういった集まりに参加するようになってくれたのが嬉しいのか、母親はあっさりと認めてくれた。それにおみやげにといって、一緒に食べるはずだったケーキも持たせてくれた。
「ひとみちゃんがベベも見たがっているっていえば、ベベを連れて行くのも不自然に思われないよ。着替えなんかは、ベベを入れるバッグの底に詰めておけばいいんじゃない?」
紗奈の言う通りにしたところ、ベベを連れて行くことにも疑問を持たれなかったし、バッグに詰めた荷物にも母親は気づいていないようだった。
「もし荷物に気づかれたとしても、卒業記念に今までの思い出の品を持ち寄ることになったとかいえば大丈夫だよ」と紗奈は言っていたが、よくそんなウソがすらすらと思いつくものだとクリスは感心してしまった。
すると、自転車の錠を外していた紗奈がクリスの方を振り返った。
「いけない?でも、必要なウソなんだからいいでしょ?」
頬に垂れ下がった髪を手でかき上げ、紗奈は言った。
どうやらクリスの考えが伝わってしまったようだ。やたらと思いに言葉を乗せないように注意しないといけない。
『そうね』
ちらっとクリスに視線を向けると、言葉を発することなく紗奈が言った。
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お城に戻ると、ラマルの首にまたがっていたクレアがしかめっ面をして太陽に手をかざしていた。ラマルが地上で人間の姿にシェイプシフトすることはきついと言っていたが、クレアにとっても少しきついのかもしれない。
お城に上がったクリスが『待たせてごめん』と謝ると、クレアは『別に』と言って、肩をすくめた。
『ところで』と、クリスは疑問に思ったことを口にした。
『たしか地底世界への入り口は、どこか外国にあるピラミッドの中だよね?たとえ地底世界へ行ったら時間がかからないとしても、その地底世界の入り口まではエランドラたちに乗って行くんでしょう?そうしたら、そこまで行くのにすごい時間がかかるんじゃないの?』
そうだとしたら、母親への言い訳などまた考え直さないといけない。
そんなクリスの不安をクレアはあっさりと吹き飛ばした。
『地底世界への入り口ならすぐそこにあるよ』
街の向こうにそびえる三角形の山を指差して、クレアが言った。
「ピラミッド山」と、地元の人たちが呼ぶ標高1千メートル級の山だ。
その呼称の通り、その山はどこから見ても見事な正三角形をしている。
『あんなところから地底世界へ行けるの?』
『地底世界に行くための次元の狭間なんて、この地表世界のあちこちにあるよ』
そんなの別に驚くことじゃない、とでも言うようにすまし顔でクレアは言った。
『といっても、こちらの世界の人たちにその存在が知られることはまずないけどね』
なるほど。いずれにしても、ピラミッド山から地底世界へ行けるのだったら安心だ。そこまでならエランドラに乗っていけば、10分とかからないだろう。
するとクレアが『クリス、これ』と言って、クリスに向かって何かを投げた。とっさにクリスが手を上げると、きらっと光るものがクリスの腕に巻き付いた。
「あ、これ」
それは、ファロスが地底世界から地上へ戻るときにクレアが寄越した腕輪とそっくりだった。腕輪はクリスの袖口から服の中に入り込むと、蛇のようにくるくると手首に巻き付いてピタッと止まった。
『ミラコルンだよ。何頭もの強力なドラゴンのエネルギーを封じ込めた特殊なものだよ。幻獣封じの道具で、身に着ける人の秘めるパワーを最大限に引き出すことができるの。ドラゴンの石を手に入れるときにも必要になるはずだから。パパに頼んで、クリスの分も特別に鍛冶職人に作ってもらったの』
『くれるの?』
『うん。でも、絶対なくさないでよね』
『ありがとう。なくさないよ』
手首に巻き付いた銀の腕輪は、よく見ると先端部分にドラゴンの頭のような装飾が施されていた。鱗のように細かく削りこまれた部分が光を発して、キラキラとまるで宝石が埋め込まれているかのようだった。
紗奈がクリスの腕を覗き込んで「えー素敵!いいなぁ」と言った。
するとクレアがそんな紗奈を上から下まで眺めまわして、『服、着替えてきたのね』と言った。
紗奈はクレアの方を振り向くと『まあね』と言って、背負ったリュックサックの位置を直した。
ロングスカートに薄手のニットを羽織って厚底のブーツを履いていた紗奈の服装は、ジャンパーにジーンズ、スニーカーといった遠足にでも出かけるような服装に変わっていた。
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