クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
46 / 227
第一章 過去世の記憶

第45話 予感

しおりを挟む
 こうして毎日待ってみても、なかなか現れないものだね。

 そもそもこの地表世界に、ドラゴンと契りを交わした人間などそうそういるものでもないのかもしれないね。


 まぁいいさ。アタシは自分の使命に従って行動しているんだ。その使命に同調する人間が、いずれ現れるはずだよ。そうでなければ、アタシもそれまでの人間だったということさ。


 それにしても、今日はずいぶんと人が多い。どうやら、遠方の国からも商人たちが物売りに来ているようだね。

 これだけ人がいれば、ドラゴンと契りを交わした人間が一人くらいは現れそうなものだ。


 やはり、アタシの読みに狂いはなかった。

 こちらへ近づいてくるあの若者には、ドラゴンがついているよ。本人は気づいていないようだが。


 アタシの使命は、やはり地上の人間を目覚めさせることにあるのさ。

 だからこそ、こうしてその使命を遂行するのに必要な人間を必要なときにちゃんと神が寄越してくださるのだ。


 あの若者ならきっと、黒いドラゴンの石を取ってくることができるだろう。そして、この地上の人間たちが目覚めるための足がかりとなってくれるはずさ。



「婆さん、薬を売っているんだろう?」

 ほうら、きたきた。


「そうだよ。お前さんのために、アタシは今日ここで薬を売っているのさ」

「一体それはどういう意味だ?」


「言葉そのままの通りさ。お前さんをここで待っていたということだよ」

 こやつも薬を買いに来たということは、きっと身内に伝染病にかかっている者がいるのだろうね。

 このところ、アタシのところへやってくる者は皆そうだからね。


「お前さん、大切な人が病にかかっているのだろう?」

「なぜ分かるんだ?」


「アタシにはすべてお見通しなのさ」

「じゃあ婆さん、その病を治せる薬があるのか?」


「残念ながら、アタシの薬だけではその者の病は治せないよ。少しは回復させることができるだろうがね。しかしそれ以前に、その者にはもはやその病に打ち克つほどの体力が残っていないのさ。

 今この国では、多くの者が同じように伝染病にかかっているよ。しかし、すでに発症してしまっているようなか弱い人間は、回復の見込みがほとんどないのさ」


「それじゃあ、諦めろとでも言うのか?何とか治す方法はないのか?」


「どうした?」


 おや、お連れの者がいたようだね。

 こちらは、特にトラゴンと契りを交わしているということはなさそうだ。


「何の話をしてたんだ?」

「いや、この婆さんが言うには、エメルアのかかっている病はもう治せる見込みがほとんどないということらしいんだ」


「この婆さんには治せないというだけのことだろう。気にすることはない。エメルアの病はきっと治るさ。こんな婆さんの言うことなど放っておいて、行くぞ」


「ああ、そうだな」

 本当に何も知らないボウヤだねぇ。


「ちょっと、お待ちよ」


「何だ?」

「アタシはまだ治す方法がないといってはいないよ」

「それじゃあ、治せるのか?」

 まったく、地上の若者はせっかちだこと。


「ないことはないさ。それに、もしアタシが無理だというのなら、この地上でその娘の病を治せる者など存在しないよ」

「ずいぶん威勢のいいことを言うじゃないか、婆さん。それで、どうやって治すというのだ?特効薬があるとでもいうのか?」


 こやつは、本当に口の聞きかたを知らないね。

 まぁいいさ。そこに目くじらを立てても仕方がない。


「そうさね。まずは、根本的にこの国の体制が腐ってしまっているよ。そこを改善していかないことには、いずれまた同じことを繰り返すさ」

「国の体制だと?そんなこと、俺たちには改善のしようがないだろう。それに、エメルアの病を治すのにそんなことは関係ないだろう。そんな悠長なことも言っていられないしな」


「まぁ、お聞き。お前さんたちの運命は、生まれた境遇によって決定されるというわけではないよ。仮に定められていたのだとしても、一人ひとりが自分の力で起ち上がるよう意識を変えれば運命など変えることができるのさ。

 そしてこの国の者たちは、今まさにその岐路に立たされていると言えるよ。状況がね、そういうことを表しているのさ。

 エメルアという娘にしてもそうだが、今国民が侵されている病はただ単純に栄養を摂って、体力さえ蓄えていれば発症することのないものだったのさ。

 ところが、この国ではほとんどの物資が国に巻き上げられ、国民には行き渡らない。そんなことでは、病に打ち負かされるのも当然のことさ」


「それじゃあ、エメルアの病も栄養を摂りさえすれば治るということか?」

「栄養を摂れるのなら、そうした方が回復の見込みは当然上がるさ。しかし、それだけじゃあもはや手遅れだね。もっと、内奥から生命力を呼び起こすような起爆剤が必要だよ」

「何だそれは?そうする薬があるということか?」


「いいや、違うよ。内奥から生命力を呼び起こし、国民一人ひとりを真に目覚めさせる起爆剤となるもの・・・。それは、ドラゴンの石さ。それも、黒く輝くドラゴンの石だよ」


「ドラゴンの石?石にそんなパワーがあるというのか?」

「ただの石ではないよ、ドラゴンの石は。それは、ドラゴンの生命エネルギーを封じ込めた神聖なるものなのさ。

 それに、黒いドラゴンの石は、ドラゴン族の中でも伝説的なパワーを持つ超竜の生命力を封じ込めてある。

 つまり、それは計り知れないほどの力を秘めているのさ。

 その石を手に入れてその力を解き放てば、皆の潜在する生命力を呼び起こし、病を克服することも革命を起こすことも可能になるということさ」


「それで、そのドラゴンの石とやらはどこにあるんだ?」

「それは地底深くに眠っているということだよ」


「地底深くに眠っている?ずいぶん漠然としているな。もっと、具体的に分からないのか?」

「そうさね。それは、行ってみないと分からない。誰にも知られることなく、密かに眠っているのだからね。それは導きがあってすればこそ、見つけ出すことができるのさ。

 ただ、アタシが思うに、お前さんは導かれているようだよ。行けばきっと見つけ出すことができるだろうさ」


「でも行くといったって、そのような地底深くへと、どうやって行けばいいというのだ?」

「ひとまずアタシの住処へおいで。地底への入り口までなら、アタシが案内できるからね」


「どうする?」

「そうだな。しかし急には決められないな。とにかく一度家へ帰ろう。帰って少し考えてみようじゃないか」


「そうするといい。ただし、その娘の命もそんなに猶予はないよ。もってあとひと月というところだろうね。考える時間はあまり残されていないよ」



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

処理中です...