クリスの物語

daichoro

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第一章 過去世の記憶

第30話 他人生体験装置

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 25号室の扉の前でクレアがテステクを振ると、扉は音もなく開いた。

 室内は、地上でファロスが暮らす住居ほどの広さがあった。


 奥には下へ下りる階段があり、さらに奥の壁には大画面のクリスタル盤がはめ込まれていた。

 左手には一組の机と椅子があり、その上にはクルスターが設置されていた。


 正面の壁から階段の周りにかけてU型になった上階には、左右にそれぞれ背もたれのついた椅子が正面の壁を向くように数脚ずつ上下に並んで設置されていた。


 階段を下りた部屋の中央部分には、クリスタルでできた半円形の物体が置かれていた。

 それは、ファロスが地底世界へやってくるときに体を横たえた棺のような物体とまさに瓜二つのものだった。


「あれは、何だ?」

 階下の中央に設置されたそのクリスタルの物体を指差して、ファロスが聞いた。


 クレアは左手の席に座って、テステクでクルスターをつついていた。

 エランドラとラマルは、両脇に設置された椅子にすでに腰かけている。


『ん?ああ。それは、マルガモルだよ』

 ファロスの指差す方を見て、クレアは言った。

 それからすぐにまたクルスターへと視線を戻すと、クルスターをつつきながら続けた。


『それに入って色んな人の人生を見に行くんだよ。しかも、ただ見るだけじゃなくって、その人になってそこで起きている人生を実際に体験できるの。

 痛みや苦痛、快感とか五感で感じるものだけじゃなく、実際にその人が感じている感情もすべて体験できるんだよ。だから、ちょっと恐いこともあるんだけど、それ以上にすっごいおもしろいよ』


「実際に体験できるって、それは、男も女も関係なくか?」

『うん、もちろん。性別は関係ないし、人間だけじゃなくって動物でも植物でも鉱物でもなんでも体験できるよ』


「鉱物って、石ころとかのことだろう?そんなものにもなれるのか?」

『うん、そうだよ。でも、鉱物はちょっと退屈なんだけどね』

 そう言ってテステクを操作する手を止めると、クレアはクルスターをじっと見つめた。


「でも、一体何のために他人や何かの人生を体験する必要があるんだ?」

『だって、そうすればあらゆることについて理解が深まるでしょう?たとえば、地上やどこかの星で戦争が起きたとして、どういった経緯で戦争が起こることになったのか、その先導者たちの意識や考えを実際に体験すれば、今後未然にそういった戦争を防ぐことができるようになるし、なんでその人はそういう行動を起こすに至ったのか、その人の苦痛や痛みが理解できるようになれば、ただ単純にそういった人たちを非難することもなくなるしね・・・っていうのが、マルガモルやこの図書館の表立った目的なんだって。

 でも、実際にはそういうのを研究しているのは中央部の人たちだけで、わたしたちみたいな一般人にとってはただ単純に楽しむための娯楽みたいなものなんだけどね』


 話しながらクルスターを見ていたクレアが、『これでよし』と言って顔を上げた。


『準備できたよ。先にイビージャの方でいいかな?』

『いいと思うわ』と、エランドラが答えた。


『それじゃあ、ファロス。見に行ってみる?』

「ああ。それはいいが、でも皆で行くんだろう?」


『ううん。実際に行けるのは一人だけだよ。だって、一人の人の人生を同時に何人も体験はできないでしょう?』

 当然のことのように、すまし顔でクレアが言った。


「そうか。でも、俺一人で見に行って、それでどうすればいいんだ?」


 イビージャの話の真相をすぐにでも知りたかったが、他人の人生を体験するということに対しては多少なりとも抵抗があった。

 そんなファロスの思いを読み取ったのか『大丈夫だよ』と、クレアが言った。


『ファロスがイビージャの視点から見ている世界は、あのクルスターラに映し出されるの。それで、残されたわたしたちはファロスが見ていることや感じていることをそのまま同じように読み取ることができるから』

 正面の大きなクリスタル盤を指し示してクレアは言った。


『あまりに危険なことや苦痛を伴うことがあれば、わたしがすぐに止めてあげるから安心して。それに、もし苦痛を体験したとしてもその体験自体は情報として残るんだけど、それに伴う感情や痛みなんかはすべて浄化されるシステムになっているの。

 だから、今後もしファロス自身が同じような状況を体験したとしても、その状況に対して心を乱されることがなくなるんだよ。それが、このマルガモルを通して他人の人生を体験するもうひとつの目的。何度も転生をする必要がないようにね』


 クレアはもう一度クルスターをつつくと、立ち上がった。


『もし不安ならわたしが行くよ?』

 大きな瞳でクレアに見つめられると、ファロスは首を振った。

「いや、別に大丈夫だ。俺が行く」


 ファロスの言葉にクレアは微笑み『そしたら、注意点がひとつだけ』と、人差し指を立てた。


『一人の人の人生を体験し終わった後、必ず光のトンネルが現れるんだけど、そのトンネルは必ずくぐってくるんだよ?大丈夫。何もしなければ勝手に通ってくるから。いい?』

「ああ。わかった」


『それじゃあ、こっち来て』

 ファロスの手を引いて、クレアは階段を下りた。


『こっち側を頭にして、ここに仰向けに横になって』

 マルガモルの真横に立つと、中の窪んだ部分を手で叩いてクレアが言った。


 ファロスは地底世界へやってきたときと同じように、マルガモルに横たわった。

 横になると明かりが消され、室内は真っ暗になった。

 そしてファロスの意識は次第に遠のいていった。


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