クリスの物語

daichoro

文字の大きさ
上 下
17 / 227
第一章 過去世の記憶

第16話 地底都市セテオス

しおりを挟む
 街の一角で広場を見つけると、エランドラは下降を始めた。周囲を水で囲われた、アーモンド形の大きな広場だった。広場には一面大理石が敷かれ、中央の池からは噴水が上がっている。


『さあ、降りて』

 広場に降り立つと、エランドラは体をかがめた。人々は特に珍しくないのか、ドラゴンが広場に降り立ってもこれといって気にする様子はなかった。


 ファロスがエランドラの背から飛び降りるや否や、エランドラは瞬時に人間の姿へと戻った。

 高貴な雰囲気の漂う美しい姿からは、先ほどまでのいかめしいドラゴンは想像もできないなと、改めてファロスは思った。


『あちらへ座りましょう』

 人の姿に変身したエランドラが、噴水の前に浮かぶ変わった物体を指差して言った。


 それは平べったい透明なフライパンとでも言えばいいのか、クリスタルを円く切削して中心に向けてなだらかに窪ませたような代物だった。

 それが膝丈の高さで一列になっていくつも並んでいた。


『これはクテアというのよ』

 ファロスが珍しそうにその物体を眺めていると、エランドラが言った。


 見えない糸などで吊り下げられているのではないかと、ファロスはそのクテアという椅子の上下や前後左右を手で仰いだ。しかし、それは何かに吊り下げられているということはなく、一つひとつが単独で宙に浮かんでいた。

 少し白みを帯びて透き通ったクテアがいくつも並んだ様子は、まるでクラゲが逆さまになって空中に漂っているようだった。


 腕組みをするファロスの横で、エランドラがそのひとつに腰かけた。

 少し沈んだクテアは、すぐにまた元の高さに戻ってエランドラを乗せたまま宙に浮いていた。


 それに倣ってファロスもその隣に腰かけた。ふわりと、まるで水に浮かぶ浮袋にでも腰かけたような座り心地だった。

 足を地面から離して尻を上下左右に振ってみると、クテアも同時に上下左右に振れた。

 今度は足を地面につけて、クテアに乗ったまま地面を後ろに蹴ってみた。しかし、わずかに前方に移動しただけで、クテアはまた元の位置に戻ってしまった。何度試してみても同じだった。


 それにしても・・・と、クテアに座り直してファロスは思った。

 この都市は、何と高度な技術を持ち合わせているのだろう。周囲には天高くそびえる巨大な建物が乱立し、その間を縫ように透明なクリスタルの道が上にも下にも、まるで血管のように幾重にも張り巡らされ、その上を宙に浮かぶ舟が走っている。


 このクテアにしてもそうだが、これまで見てきたどの国にもこれほどの技術を持ち合わせた都市などなかった。それでいて、とても静かだ。


 どの都市でも見受けられるような喧噪とはまるで無縁だった。人々は皆頭で会話をしているため、話し声が聞こえてこない。聞こえてくるものといったら、どこからか響き渡ってくる鳥のさえずりくらいで、この静寂の中において、竪琴を奏でるようなその鳴き声は耳にとても心地いい。

 それに気候も穏やかだった。寒くもなく、暑くもない。空気がまるで不純物をろ過したのではないかというほど澄んでいる。

 時折、ゆったりとした微風が木々や花々の甘い香りを運んできた。


 最初にこの都市を目にしたときの印象とは相反してゆったりとしていて、まるで時の流れもゆっくりしているように感じられる。そこでふと、ファロスは思った。


 老婆の元からこちらへやって来てから、一体どれくらいの時が経っているのだろうか?


 太陽の位置を見定めようと空を見上げて、愕然とした。太陽が青白かったのだ。それにとても明るいがまぶしくはなく、直視することができた。


 ファロスは立ち上がって、上空のあちこちを見回した。しかし、水色の空にはその青白い太陽以外に星は何もなかった。

 怪訝そうな顔を向けるファロスに、エランドラが言った。


『セントラルサンよ。あれがこの世界での太陽なの』

「そういえば、ここは地底都市だとさっき言っていたが、まさかここは我々の住む世界の真下にあるとでも言うのか?」


 再びクテアに腰掛け、ファロスは聞いた。

 エランドラは黙ってうなずいた。


「つまり、地下にあると?」

 エランドラはまたうなずいた。


 老婆はどこまでも深く潜れといっていた。しかしまさか自分たちの住む世界の下にこのような世界が広がっているとは、露ほども想像していなかった。


『このような都市はここだけでなく他にもたくさんあるのよ。あなた方の世界ではあまり知られていないのだけど』


 いろんな国へ訪れたことのあるファロスだったが、それを聞いていかに自分の見識は狭いものだったかを思い知らされた。

 地上でこの事実を知る人間は他にもいるのだろうかと、ファロスは考え込んだ。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~

笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。 鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。 自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。 傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。 炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...