クリスの物語

daichoro

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第一章 過去世の記憶

第4話 ベベとの別れ

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 この光景─────また同じ夢を見ている。



 夢の中で紗奈は自分が夢を見ていることに気がついた。

 白い布を身にまとった髪の長い女性。それが夢の中の自分だった。



 薄暗いじめじめとした石造りの狭い部屋の中で、藁を敷き詰めた簡易なベッドの上に横になっている。

 体は衰え、真っ白な腕はやせ細っていた。


 夢の中でありながら、自分は病に伏しているのだと紗奈には分かった。


「エメルア」

 血相を変えた老婆が、慌ただしく部屋に入ってきた。

 母親のカルナンナだ。エメルアというのが、夢の中の紗奈の名前だった。

 床に伏すエメルアの顔を覗き込むと、カルナンナは泣き崩れた。



「ファロスが死んだ!殺されてしまったよ!」

 エメルアの衣服を握りしめ、泣き喚いた。


「オルゴスも処刑されてしまう!もう助かる見込みがないんだ!」

 それを聞いて、エメルアの胸はまるでナイフでえぐられたように痛んだ。


 なぜ・・・なぜこんな不幸な思いをしなければいけないのか。

 やはり、神など存在しないではないか。存在したとしても、貴族や富裕層の味方しかしてくれない。私たち下民のことなど、露ほども気にかけてくれることなどないのだ。


 エメルアの目から涙が溢れた。悲しさと悔しさ、憎悪の混じった涙だった。

 唯一の救いは、これでもう何の未練もなくこの肉体から解放されてすぐにでもファロスたちのそばへ行けるということだった。


 生きることへの希望から、死に焦がれる思いが募った瞬間だった。

 エメルアの意識は、ベッドの下に隠された木箱へと向けられた。その中には、いつだったか入手した毒薬が仕舞われている。


************************************************


「あれ?ここは?」

 気づくと、クリスはベッドの上で横になっていた。


「え?」


 体を起こして部屋の中を見回した。

 自分の部屋の自分のベッドの上だった。


 べべと散歩に出かけて、お城の上で緑色の髪の少年に出会ったはずだった。それから空を飛び回ったのだ。

 それなのになぜ自分の部屋で寝ているのか、クリスには理解できなかった。



 夢を見ていたとでもいうのだろうか?

 そんなはずはない。リアルに感触として覚えているのに・・・。



 カーテンは閉め切られているが、外は明るかった。

 枕もとのデジタル時計を見ると、土曜日の午前7:20を示していた。


 やはり、一日経っているようだ。

 しかし、昨日学校から帰宅して散歩に出かけ、緑色の髪の少年に出会ったところまでははっきりと覚えているのに、それからの記憶が一切なかった。


「べべ、昨日ぼくたちいつ帰ってきたんだろう?空を飛んだこと、べべも覚えてるだろう?」


 ベッドの足元に眠るべべに向かって、クリスが声をかけた。

 しかし、べべはまだ眠っているのか反応がない。


 そんなべべを見て、クリスは違和感を覚えた。

 いつもはクリスが起きると、気配を感じてべべも必ず目を覚ます。



「べべ?」



 もう一度声をかけたが、やはり反応がない。

 ベッドの上を移動して、クリスはべべの体に手を触れた。

 その体はいつになく硬くこわばっていた。温かみのない骨と皮だけの小さな体に触れて、クリスは瞬時に悟った。



 べべが死んでしまった─────



「べべー!!!」


 クリスはその小さな屍に顔を埋めて、大声で叫んだ。


「いやだいやだいやだ!死なないでべべ!ぼくを置いていかないで!!」


************************************************

 
 べべの遺体は、クリスの父親が庭に掘った穴に埋葬された。

 土をかける間も、クリスは涙を流し続けた。



 べべの姿が見えなくなると、より一層声を上げてクリスは泣いた。

 これこそ夢であってほしいと願うクリスだったが、胃を絞り上げられるような苦しさに、それが現実であることを嫌というほど思い知らされた。



 べべはクリスにとって、唯一の生きる希望だった。

 べべがいるから、いじめにも我慢できた。べべがいるから、ここまで頑張ることができた。

 べべを失ったクリスに、生きる意味を見出すことなどできなかった。



 なぜベベは死んで、なぜ自分は生きているのか、みんな死んでいくのになぜ生まれてくるのか、ベッドに横になってクリスは死について、生きている意味の無さについて思いを巡らせた。


************************************************


 紗奈はベッドの上でぼーっとしていた。

 ショッピングモールへ家族で買い物に出かける予定だったが、気が乗らないといって断った。


 連日見た夢に、心が囚われていた。

 とても現実的な夢だった。


 まるで実際に経験した過去の出来事のように、ありありと細部に渡って覚えている。ただの夢だとは思えなかった。


 もしかしたら、前世の記憶なのかもしれない。

 以前、前世の記憶を持つ子供たちの特集をテレビでやっていたことを紗奈は思い出していた。



 もしそうだとしたら、クリスとわたしは恋人同士だったことになる。

 クリスは殺され、わたしは後を追って自殺した。



 今回の人生でクリスと再会したことは運命かもしれない。

 前世でクリスはわたしのために命を落としてしまった。

 今回は、わたしがクリスを助けてあげる番なのかもしれない。


 寂しそうな表情を浮かべるクリスの顔を思い出して、紗奈はスマホへと手を伸ばした。



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