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近衛騎士の疑問

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パーシバルは思う、出世をすると漏れなく新たな責任や任務がついてくると。近衛騎士第二部隊の副長になるまではそうだった。しかし、その逆もまた然りとはいかない。
出世と責任や任務は必ずしもイコールで結ばれない関係なのだ。

では、イコールにするにはどうするか。たった一枚、命令と書かれた紙切れを上長が手渡せばいい。軽い紙切れが、命令と書かれた文字により重いものに変わるのだ。

その重い紙切れには、新たに加わったパーシバルの任務が書いてある。目的、注意点を含め。事細かな注意点が任務の面倒さを物語っているが、その割には手当が付くことがないとも書かれている。
何故なら、この面倒な任務は騎士であれば通常業務で行っていることと内容はさして変わらないからだ。
だったら、誰が担当しても良いようなもの。けれど、パーシバル以外に引き受けられる人物はいない。それがパーシバルの上長、隊長であっても。

腑に落ちない、納得出来ない、理不尽、パーシバルの心中を表す言葉はいくらでもある。上長すら引き受けたがらないことを、何故パーシバルが時間を捻出して手当なしでやらなくてはいけないのか。本当は丁重にお断りしたい任務。しかし任命されてしまった以上、顔に出すことなく粛々とこなすのみである。それがトップダウン組織の中で働くということだ、と思うしかないとパーシバルは気持ちの折り合いをつけたのだった。



早い段階で近衛騎士第二部隊の副長になってしまったパーシバルは、隊長職の空きが発生しない限り副長のまま。そしてどこの部隊の隊長も皆元気、何ならもう二十年は現役で頑張ると叫びそうな勢いだ。そんな元気そうな隊長達に出来ない任務が何故副長のパーシバルに振られたのか…。これが成功したのなら、隊長への昇進が近づくなどという甘言すらないというのに。
 
原因は王配である弟のルイス。パーシバル自体はルウェリン伯爵家の次男だが、今では王配の実兄という肩書も付いて回る。
隊長にとっては王配と血縁関係にあるという微妙な部下だ。

そして新たな任務は第一王配、ジュリアンに関すること。ジュリアンに剣の稽古を付けなくてはいけないのだ。

ジュリアンだって第一王配になったくらいだ、それなりに剣を扱うことは出来る。しかし、今回の依頼はルイス並みに扱えるよう稽古を付けることだった。

「必ずしもローザの傍にルイスがいるわけではないからね」
「ですが、我々も居ります」
「最悪のことを考えないと。ローザに危険があってはならない。万が一の時は俺が最後の砦になるだろう」
「殿下のお気持ちは分かりますが」
「パーシー、昔のようにジュリアンでいいよ」
「…」
「昔馴染みの君に命令はしたくない」
いえ、既に紙切れには命令と書いてありましたよ、とは言えずパーシバルは渋々『では、ジュリアン様』と呼ぶことにした。

騎士同士の剣の稽古では剣先を潰したものを使用するが、それでも怪我は付き物だ。しかし、ジュリアンに怪我をさせることは出来ない。注意書きにも散々書いてあった。
だというのに、ジュリアンの求めるのは足払いなど姑息なことを組み合わせての泥臭い戦い方。教える為に実演すれば、打ち身は避けられない。

「練習で怪我をすることくらい当然だろ、気にせず指導してくれ」
「ですが…」
「ローザの為になることの方が俺の怪我より重要だ」

ジュリアンの言うことは分かる。
それに、あってはいけないが有事の際、ジュリアンを見た相手は大抵油断するはずだ。こんな綺麗な顔の人間は剣を握らないと。下手をすれば油断どころではなく、ついその神々しさに拝みたくなるかもしれない。ところがジュリアンが見た目を裏切る、勝つことに重きをおいた戦い方をすれば確かに有利かもしれない。

しかし指導に熱が入り、万が一ジュリアンのご尊顔に傷でも付けようがものなら、王城中の女性だけでなく、若干男性からも非難の目を向けられるだろう。
怪我や打ち身が最小限になるよう、それでいてジュリアンに満足してもらえるようパーシバルは気を使いながら指導したのだった。

そんな精神をすり減らす稽古終わりに、ジュリアンが男女問わず惑わす笑みを浮かべながらパーシバルを労ってくれた。

「毎回、執務の都合、急な依頼にも関わらず助かるよ。パーシーも忙しいのに」
「その分は、ジュリアン様が優秀な文官を遣わして下さっているので寧ろ感謝をしなくては」
「だってこれは俺の個人的な要望だからそれくらいさせて。ローザを守ると決めた時から、剣も習ってはいるけれどもっと実践的なことを学ばないと。今後ローザは視察が増えるからね」
「王女殿下を大切にしていらっしゃるのですね」
「大切だし、愛しているし、敬っているよ。俺にとっては最高の存在だから」

面倒な任務ではあるが、ジュリアンのこんな表情を見せつけられローザリアへの深い愛情を言葉にされてはパーシバルの当初抱いた不満など塩一粒の重みもないだろう。
予定通りの時間で切り上げ、パーシバルは再び書類仕事の為に執務室へ戻って行ったのだった。

そして夕方。パーシバルのこの日最後の任務はローザリアの護衛。ルイスに苦情を伝えたが改善どころか、より濃密な時間を過ごすようになってしまった湯殿入口での待機だった。
漏れ聞こえてくる内容は、パーシバルの心を無にしてはくれない。
どうしてあんなにローザリアを守りたいというジュリアンが、湯殿では全く別人格になってしまうのか。ローザリアの美しい声が、ジュリアンに許しを求めている。

夫達しか見ることの出来ないローザリアの愛欲の表情は、もしかしたら理性を崩壊させ何かを狂わせてしまうのだろうか。とすると、この甘い声で許しを乞うのはしょうがないことなのかもしれない。ローザリア本人が招いてしまったことなのだから。
そして、ルイスは卑猥な言葉で今夜はローザリアのたわわな乳房を強調するように縛り上げると宣言している。それによって頂への刺激は更に快楽をもたらすようになると言いながら。
これもローザリア本人が招いてしまったことなのだろう。

パーシバルはふと疑問に思った。
ジュリアンはルイス並みに剣を扱いたいとリクエストしてきた。第一王配のジュリアンが第三王配のルイスに劣っていることはそれくらいしかないだろう。
けれど、夜の剣のお作法はどうなのだろうか。夜の剣の振り回し方は人それぞれ。大きさ、形、最高到達点迄の時間もそれぞれなのだから比べようがない。それでも、ジュリアンが抜きん出ていることは何となく分かる。そして剣で制した後はお縄だ。
女性に対し奥手気味で純真だったルイスが妻を縛るなんて重圧からの反動だけでは考え辛い。何か切欠があった筈。あんなにローザリアを責めているのだ、お縄での捕らえ方を教えたのはジュリアンかもしれないとパーシバルは考えた。

その考えをブラッドリーが見透かしたのなら、『弟の性癖を他人のせいにするな。序に極めたがった弟を導いているのは自分だ』と言ったことだろう。
そして、ジュリアンは上に立つ者として適材適所を進めているだけ。剣はパーシバル、縛り方はブラッドリーと。
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