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重要な話を詰める為に使う小さな応接室。窓も小ぶりなものが一つしかない部屋は、主導権を握る人物が座る場所が決まっています。所謂パワーシートと呼ばれる場所です。背景には何もなく、お客さまの位置からは窓の外は見えません。正面に座る主導権を握る人物しか視界に入れられないようになっています。目が泳いだり、逸らしたら交渉はその場で負けを意味するよう作られた応接室です。旦那様はこの部屋で重要な話し合いをし、成功を手に入れます。

対してわたくしは。
日当たりの良い応接室を選びました。ヘンリカにもそのお友達にも解放的になってもらいたいと思いましたので。ああ、でも、性に解放的になれと言っているわけではございません。


「ラケルお姉様、お招きありがとうございます。こちらは同じく近衛騎士の妻でありますベアトリス様とルイース様です。」
「ようこそ、エークルンド家へ。楽しんでいって下さいね。」
「「ありがとうございます。侯爵夫人。」」

ベアトリス様とルイース様は間違いなく緊張しているようです。わたくしの侯爵夫人という立場へなのか、今日これからお話する内容になのかはわかりませんが。

「お二人共、わたくしのことは気軽にラケルと呼んで下さいな。」
二人ともありがとうございますとは言ったものの、どうすべきか悩んでいるようです。

しかし…、初めてヘンリカ様を見た時はエドガーの好みがこういう風なのかと思いましたがわたくしは考えを改めなくてはなりません。
近衛騎士の皆様がこういう感じが好きなのでしょう。折れそうに細く、守ってあげたくなるような小柄な女性が。
これではエントランスホールで長々と挨拶をするより、椅子に座っていただかなくてはなりませんね。
「さあ、では皆様、こちらへ。」

メイドがお茶を淹れ、全ての準備が整いました。余談ですが、エークルンド家では他家のような容姿に優れた専任パーラーメイドはおりません。子供達の世話係を含め、皆様お歳を重ねベテランと呼ばれる方々です。決して、旦那様にもたまにやってくるフレデリク様にも色めき立つことがない方々です。
まだお耳は遠くないと思いますが、ちょっと大きめの声でメイドの仕事への評価をわたくしはヘンリカ達へ伝えます。

「我が家のメイドと調理人の腕はとても良いのよ。美味しいお茶とお菓子を楽しんでね。ヘンリカはもう知ってるわね。」
「はい、お姉様。」

ティーワゴンの音が遠ざかり、応接室の扉が閉まる気配が致します。これでメイドはこの後快く働いてくれることでしょうし、お夕食に創意工夫が凝らされることでしょう。

さて、本題へ移らないと。でも、どうしましょう。この雰囲気から、どうやって夜のお作法の話へもっていけばいいのやら。
どう見ても、ここは年長者のわたくしが仕切らなくてはならないわよね。そもそも我が家で行われているお茶会ですものね。

アイスブレイク。
うーん、どんな氷を壊したら、夜のお作法の話がしやすくなるかしら。オーソドックスにまずは自己紹介かしらね。
「では、改めて、ようこそ本日はお越し下さいました。わたくしはラケル・エークルンド。ヘンリカの義理の姉になります。ヘンリカの夫であるエドガーの姉です。さあ、皆様のことも教えて下さいませ。」

言葉と共にヘンリカ様を見つめます。それに応え、ヘンリカ様が自己紹介をし、残りのお二人も続きました。
ヘンリカ様は子爵家の次女。ベアトリス様はなんと伯爵家の長女、ルイース様も伯爵家の次女でした。伯爵家の御息女であるお二人はお家の駒にはされなかったのですね。聞くと、お二人共子供の頃から旦那様と仲が良かったとか。幼馴染との結婚とは…、もうわたくしには関係ないのですが苦いものが込み上げてきます。

わたくしはお話を進めながら三人の共通項を探ります。
華奢。優しそうな雰囲気。声が高め。はて、あとは何でしょう。ああ、夜のお作法でしたね。

「では、皆様は結婚してからまだ一年も経っていないのですね。」
「はい。」
「そして、たまたま騎士の方の妻帯者寮で知り合ったと。」
近衛騎士の寮は職場の近くでなくてはなりませんので、城壁内にあります。勿論高位貴族の方で比較的王宮近くにお邸を構えていらっしゃる方は通うそうです。

「皆様の繋がりは理解いたしました。ところで旦那様同士はお知り合いなのですか。皆様結婚して一年以内ということは、旦那様方も年齢が近いのですか。」
ベアトリス様の旦那様は人の出入りが盛んな様々な場所の警備がメインでした。ルイース様の旦那様は、要人警護なので長期の外出もあるそうです。エドガーのように近衛騎士になって早々王族の特定の方の警護になる人は少ないと教えられました。エドガーが言っていたように、本当に騎士として大成するのかしら?まあ、それは置いておいて、そろそろ本題ですわね。

「皆様が旦那様のお話をしている時はとても嬉しそうだわ。きっと仲が良いのね。それなのに、どうして悩みがあるのかしら。」
「お姉様、それは…。」
「ゆっくりでいいわ、自分の言葉で話してみなさい、ヘンリカ。」

本当は聞きたくなかったのですが、エドガーも立派な御子息を持っていました。ベアトリス様とルイース様の旦那様も。しかも皆様騎士なので、体力もあるとか…。
言ってしまえば、体力バカの御子息が夜な夜な力を誇示しているそうです。
中でも大変なのがルイース様。外出が決まっているので、出かける前の数日と戻ってからの数日は本当に大変だそう。大変さを訴える時に、ルイース様の大きな瞳には涙が溜まっていたくらいです。

「皆様、夜が大変、というのが共通の悩みなのね。でも、どうして大変だと思うのかしら。自分が受け入れる側だと思っているから?」
三人の目はわたくしの質問を肯定で返しているのが窺えます。

「ここでの話は他言無用ですわよ。よろしいかしら?」
またもや三人は目で肯定します。一歩引いて見ると、可愛らしいお三方が大きな目で返事をしている様はとても愛くるしいですね。
ですが、御子息は可愛らしくないものですもの…、しかも旦那様を含めて太々しいことこの上ないでしょう。

「わたくし、初めて旦那様の男性器をうっかり見てしまったときには驚きました。」
ちょっとの嘘は勘弁してもらいましょう。うっかりではなく、わたくしは一生懸命竿を扱く旦那様をしっかり見てしまったのですが。

「皆様もそうでなくて?わたくし達はあのようなものを持っていないのだもの、当然のことだわ。」
三人は大きな目を閉じ、三者三様小さく頷きました。
「怖かった、それとも逃げたかった?でも、言われていたのでしょう、言葉に多少の違いがあれど旦那様に身を任せないと。」
ヘンリカ様とビアトリス様は目を開け頷き、ルイース様はとうとう涙をこぼし始めました。

「今はどうかしら。まだ、怖いから、今日、ここにいるのよね。」
「「「はいっ」」」

さて、ここからどう話そうかしら。
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