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わたくしがヨハンネスを出産する少し前に、エドガーは無事に近衛騎士見習いになりました。これはわたくし主観。本人に言わせると当然だそうです。
ちょっと一緒に生活をしないうちに、随分自信家になったようですわね。
それとも騎士という仕事はエドガーに水が合ったということでしょうか。だからこそ、こんな困ったことを言い出したのかもしれません。
ヨハンネスが生まれた後、エドガーからとあるお願いされました。二人のうち、どちらかをオルソン家の養子にして欲しいと。
「オレ、このまま騎士を続けたいんだ。たまたまとは言え、領地で土木作業を手伝ったお陰で体も出来ていたし、丈夫でもある。自分で言うのもなんだけど、剣のセンスもいい。領主を継ぐよりは、騎士でいる方が国に貢献出来るはずだ。」
騎士はいつまでも現役とはいきません。その先は国防の部署に進むか、養成所や騎士団で後進の指導です。それが、騎士として生涯を全うする上での国への貢献でしょう。ですが、現役騎士の数に対して、空席がとても少ないのが現実。いわゆる狭き門です。
エドガーはその門を通過出来るのでしょうか。可能性は限りなく…。
姉としてわたくしはどうすべきなのか非常に悩ましいです。現実を突きつけ、現実をよーく見るよう厳しい言葉を言い放つのも一つです。もしくは、希望を応援すべく優しい姉を演じる手もあるでしょう。
まあ、未来は分からないのだから、曖昧な言葉で濁しておくに限ります。王都に住み、歳を重ね、社交会へ顔を出すにつれわたくしも『曖昧』を身につけましたから。しかも、『曖昧』に良いことを添えて希望を適当に持たせるよう伝えるなんてことも出来るようになりました。
「分かったわ、お父様にはそう伝えなさいな。実はわたくしの中にはもう一人可能性が生まれたようだし。」
「姉さん、本当に?」
「ええ。ほぼ確定だと思うわ。」
今はまだお父様には未来の可能性の一つを伝えるだけです。確定事項ではありません。エドガーが騎士を辞める可能性もありますからね。選択肢が全くないよりは、一つでも多くの選択肢がある方が人に余裕を与えます。
双子が生まれてから少しして、エドガーの気持ちは更に軽くなったのかもしれません。
身のこなしが軽やかな騎士とエドガーはよく形容されるようになったのです。
ですが、エドガー個人としては地にしっかり足を着けました。地に重く根差したのです。なんと、子爵家のお嬢さんと結婚したのです。見習いから正式な騎士になると直ぐに。
お相手は子爵家の次女でヘンリカ様。大きな目とふっくらした唇がとても愛らしい方です。紹介された時は、エドガーの好みはこういう女性なのねとついまじまじと見てしまいました。
「ヘンリカ様、ようこそおいで下さいました。」
「ラケルお姉様、どうぞわたくしのことはヘンリカとお呼び下さい。縁あって義理の姉妹になれたのですもの。」
ヘンリカ様はエドガーと共に城壁内にある妻帯者用の騎士寮に住んでいます。エークルンド家は王宮から近いとあって、時折遊びにいらっしゃるようになりました。
何度となく顔を合わせているうちに、わたくし達は打ち解け貴族家に生まれた者同士ではなく家族としての会話が出来るようになったのです。
家族として…。
旦那様とフレデリク様は家族として、様々な悩みを共有していました。お陰でわたくしと旦那様は子供を授かったとも言えます。
そして…。
エドガーとヘンリカ様は、うーん、弟のそういう生々しい話は聞きたくありませんが、ここは義姉として二人の幸せの為に立ち上がらなくてはなりません。
わたくしの目の前でヘンリカ様は目に涙を溜めながら、エドガーとの夜のお作法が上手くいかないと悩みを話しています。真剣に話しているヘンリカ様には申し訳ございませんが、家によって様々な名称を使うのですね。性交をお作法と呼ぶなんて。決まった方法やしきたりがヘンリカ様のお家ではあったのかしら。
わたくしは思います。性交は子供を作る為だけのものではございません。ついでに男性が楽しんだり悦んだりするだけのものでもございません。女性も参加して、女性としての悦びを得なくては。
その為には、受け身ではダメだと思います。
「ヘンリカ、話してくれてありがとう。でも、夜のお作法には作法はないわ、本当は。わたくしの知るもので良ければ、これから少しずつ意識が変わるよう相談に乗りながら、お話をしましょうか。」
「いいのですか、ラケルお姉様?」
「勿論よ。可愛い義妹と弟の為ですもの。今日はもう遅いから、次回ちゃんと話しましょう。わたくし、資料を用意しておくわ。」
そんな話をしてから二日後、ヘンリカ様から手紙が届きました。なんと、夜のお作法に関してご友人を二人連れていってもいいかというものでした。
困りました。だって、こういうお話はあまり人としないものですもの。
ああ、だからですね、皆さん困っているのね。わたくしの困り加減と、ヘンリカ様達の困り加減は天秤に乗せたらどちらへ傾くのかしら。
簡単なことです、彼女達でしょう。
わたくしは快く皆様をお招きすることに致しました。
ちょっと一緒に生活をしないうちに、随分自信家になったようですわね。
それとも騎士という仕事はエドガーに水が合ったということでしょうか。だからこそ、こんな困ったことを言い出したのかもしれません。
ヨハンネスが生まれた後、エドガーからとあるお願いされました。二人のうち、どちらかをオルソン家の養子にして欲しいと。
「オレ、このまま騎士を続けたいんだ。たまたまとは言え、領地で土木作業を手伝ったお陰で体も出来ていたし、丈夫でもある。自分で言うのもなんだけど、剣のセンスもいい。領主を継ぐよりは、騎士でいる方が国に貢献出来るはずだ。」
騎士はいつまでも現役とはいきません。その先は国防の部署に進むか、養成所や騎士団で後進の指導です。それが、騎士として生涯を全うする上での国への貢献でしょう。ですが、現役騎士の数に対して、空席がとても少ないのが現実。いわゆる狭き門です。
エドガーはその門を通過出来るのでしょうか。可能性は限りなく…。
姉としてわたくしはどうすべきなのか非常に悩ましいです。現実を突きつけ、現実をよーく見るよう厳しい言葉を言い放つのも一つです。もしくは、希望を応援すべく優しい姉を演じる手もあるでしょう。
まあ、未来は分からないのだから、曖昧な言葉で濁しておくに限ります。王都に住み、歳を重ね、社交会へ顔を出すにつれわたくしも『曖昧』を身につけましたから。しかも、『曖昧』に良いことを添えて希望を適当に持たせるよう伝えるなんてことも出来るようになりました。
「分かったわ、お父様にはそう伝えなさいな。実はわたくしの中にはもう一人可能性が生まれたようだし。」
「姉さん、本当に?」
「ええ。ほぼ確定だと思うわ。」
今はまだお父様には未来の可能性の一つを伝えるだけです。確定事項ではありません。エドガーが騎士を辞める可能性もありますからね。選択肢が全くないよりは、一つでも多くの選択肢がある方が人に余裕を与えます。
双子が生まれてから少しして、エドガーの気持ちは更に軽くなったのかもしれません。
身のこなしが軽やかな騎士とエドガーはよく形容されるようになったのです。
ですが、エドガー個人としては地にしっかり足を着けました。地に重く根差したのです。なんと、子爵家のお嬢さんと結婚したのです。見習いから正式な騎士になると直ぐに。
お相手は子爵家の次女でヘンリカ様。大きな目とふっくらした唇がとても愛らしい方です。紹介された時は、エドガーの好みはこういう女性なのねとついまじまじと見てしまいました。
「ヘンリカ様、ようこそおいで下さいました。」
「ラケルお姉様、どうぞわたくしのことはヘンリカとお呼び下さい。縁あって義理の姉妹になれたのですもの。」
ヘンリカ様はエドガーと共に城壁内にある妻帯者用の騎士寮に住んでいます。エークルンド家は王宮から近いとあって、時折遊びにいらっしゃるようになりました。
何度となく顔を合わせているうちに、わたくし達は打ち解け貴族家に生まれた者同士ではなく家族としての会話が出来るようになったのです。
家族として…。
旦那様とフレデリク様は家族として、様々な悩みを共有していました。お陰でわたくしと旦那様は子供を授かったとも言えます。
そして…。
エドガーとヘンリカ様は、うーん、弟のそういう生々しい話は聞きたくありませんが、ここは義姉として二人の幸せの為に立ち上がらなくてはなりません。
わたくしの目の前でヘンリカ様は目に涙を溜めながら、エドガーとの夜のお作法が上手くいかないと悩みを話しています。真剣に話しているヘンリカ様には申し訳ございませんが、家によって様々な名称を使うのですね。性交をお作法と呼ぶなんて。決まった方法やしきたりがヘンリカ様のお家ではあったのかしら。
わたくしは思います。性交は子供を作る為だけのものではございません。ついでに男性が楽しんだり悦んだりするだけのものでもございません。女性も参加して、女性としての悦びを得なくては。
その為には、受け身ではダメだと思います。
「ヘンリカ、話してくれてありがとう。でも、夜のお作法には作法はないわ、本当は。わたくしの知るもので良ければ、これから少しずつ意識が変わるよう相談に乗りながら、お話をしましょうか。」
「いいのですか、ラケルお姉様?」
「勿論よ。可愛い義妹と弟の為ですもの。今日はもう遅いから、次回ちゃんと話しましょう。わたくし、資料を用意しておくわ。」
そんな話をしてから二日後、ヘンリカ様から手紙が届きました。なんと、夜のお作法に関してご友人を二人連れていってもいいかというものでした。
困りました。だって、こういうお話はあまり人としないものですもの。
ああ、だからですね、皆さん困っているのね。わたくしの困り加減と、ヘンリカ様達の困り加減は天秤に乗せたらどちらへ傾くのかしら。
簡単なことです、彼女達でしょう。
わたくしは快く皆様をお招きすることに致しました。
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