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過去と呼ぶには短すぎるスカーレットとデズモンドの間にあった時間。当然のことながら、ダニエルとスカーレットの間に存在した過去よりは遥かに短い。けれども、重要なのは長さではなく密度。二人がどういう遣り取りをし、そこで何を思ったのか。響くものがあったから、共鳴したはずだ。

様々な情報を持つスカーレットがデズモンド・マーカムの王都での噂を知らないはずがない。女性の間で流れる噂だけに、ダニエルが知るものと違い色欲というよりは恋程度のものだとしても。それでも異性とは挨拶を交わす程度だったスカーレットには刺激が強い内容だっただろう。

婚約者であるアルフレッド一人だけを大切にしてきたスカーレットと美しい花へ次から次へと渡り歩いたデズモンド。二人の会話の波長が合うことすら有り得ないようにダニエルには思える。

「姉上のこれまでの話は理解いたしました。そこにマーカム子爵がご尽力下さったことも。しかし、マーカム子爵はお立場的にいずれ王都へお戻りになるのではありませんか?」
「ダニエル、これから話す内容は他言無用よ。デズは子爵位をお兄様へ譲りたい、その為にファルコールへ来たの」
「ですが、先ほどマーカム子爵はキャリントン侯爵の命により姉上を監視する為にファルコールへ来たと…」
「その根底にある理由が爵位をお兄様へ戻す為。キャリントン侯爵に尽くしているのは一日でも早くそうしたいから」

スカーレットの発言を受けてダニエルはデズモンドへ視線を向けた。するとデズモンドは真剣な眼差しで頷いたのだった。
真剣な様子の中にある、デズモンドの美しさ。それはダニエルに得体の知れない恐怖すら抱かせた。美し過ぎる者が相手に見せる恐怖。ダニエルは嘗てスカーレットにも同じようなものがあったことを思い出した。だからだろう、デズモンドのことは良く分からない。しかしデズモンドが兄に爵位を譲ろうとしているのは本気だとダニエルは理解したのだ。

そしてスカーレットがダニエルをこの部屋に呼んだ本当の理由を聞いた時に、二人が如何に今日のことを策略していたのかを知った。

スカーレットに王都へ戻ってきてもらいたくないキャリントン侯爵。デズモンドはファルコールにスカーレットを留め置く為の手段。その手段がどれだけ効果的に働いているのか、実績を知らしめる為にこの時間は設けられたのだ。

「ダニエルには申し訳ないけれど、わたしに一度は王都へ戻る気がないか聞いたことにしてもらいたいの。そしてそれに対するわたしの答えは、デズモンドがいるこのファルコールに暫くは滞在したいというものだったと」
「何故、わたしに申し訳ないと?」
「だって、嫌でしょう。あなたがわたしにそんなことを言ったと誰かに思われるのは」
「いいえ、実は姉上に尋ねようと思っていました。王都の侯爵邸に戻る気はないかと」
「それは殿下にも言われたこと?」
「いいえ。殿下は特にこのことに関しては何も。殿下がおっしゃったのは、先日もマーカム子爵の執務室で伝えたように、夜空の星シリーズを手渡す時にこれはペリドットで作られた特注品だということです。姉上、教えて下さいませんか、その意味を。レモンシトリンではなくペリドットで作られていることが何を意味するのか。マーカム子爵の執務室で何故涙を流したのですか?姉上はもう殿下の婚約者ではありません。だからもういいではありませんか、殿下は特注品とおっしゃいましたが、姉上は殿下の特別ではないのです」

酷い言い方だと分かっていても、ダニエルにはそう口にすることがスカーレットの心を揺さぶる方法に思えたのだった。
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