上 下
313 / 506

176

しおりを挟む
本当のスカーレット。
ミドルネームからの呼び名で過ごしていても、サブリナの目の前にいる人物は紛れもなくスカーレットだ。それなのに、どうして『本当のスカーレットになって』とわざわざ言ったのだろうかとサブリナは疑問を持たずにはいられなかった。しかし、ここで話の腰を折ることはスカーレットの話すという意欲を遮ること。だからサブリナは頭の中で補完を始めたのだった。

サブリナの知る幼い頃のスカーレット。異国の文字で書かれた童話に興味を持ち、挿絵だけでストーリーを自ら展開していく女の子だった。サブリナがその文字を読めると知ると、読み聞かせて欲しいではなくその文字自体を教えてくれとせがむ程の知識欲を持っていた。新しいことを覚えると目を輝かせて笑う姿は本当に愛らしかったのをサブリナは覚えている。

中庭に出れば弟のダニエルと共に走り、時に転び泣きながらもまた立ち上がっていた。転んだまま涙に暮れるような子ではなかった。

スカーレットがアルフレッドの婚約者に決まった頃も、まだ感情は顔に表れていたようにサブリナは記憶している。それが、五年も過ぎたころには完璧な王子妃としての表情を作るようになっていた。
多くを話すことはなく、目力と仕草や態度で相手に己の言いたいことを理解させるという力をスカーレットは身に着けていたのだ。あまりの完璧さにサブリナは『スカーレットの心は休まる時があるのかしら?』とキャストール侯爵につい尋ねてしまったのを覚えている。
それに対して侯爵は、邸内とアルフレッド達といる時だけはあそこまでではないと教えてくれたがその表情は寂しそうだった。国の為とはいえ、亡き妻によく似た一人娘への負担は近くで見ている侯爵には手に取るように分かっていたのだろう。それでも、アルフレッドと成婚する前の貴族学院生活で同世代の者達との交流を最後に楽しめれば…、侯爵はそんなようなことも口にしていた。結果としてそんな時間はスカーレットに訪れなかったが。

『本当のスカーレット』とはあの感情を押し殺すようになる前のことなのだろうとサブリナは結論付けた。既にその片鱗は現れている。アルフレッドからの婚約破棄にスカーレットはその場に立ち止まり泣き続けることなく、顔を上げ新しい空の下歩き出した。否、淑女などという言葉は捨て去り走り始めているようだ。そしてサブリナはもう一つの意味に気付いた。サブリナもまた本当のサブリナにならなくてはいけないと。

ある日、薫が突然スカーレットの体に入ったなんてことを夢にも思わないサブリナはそんな風に考えたのだった。
美少女になったのだから恋でもしようと口にはしたものの、結局怖くてその一歩を踏み出せなかった薫の本気の決意だとは、サブリナでなくても気付く者はいなかっただろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友人に離婚を催促されています

ララ
恋愛
友人だと思った人は私を失望させた。 彼女が告げたのは、離婚の催促だった。

幼馴染みを優先する婚約者にはうんざりだ

クレハ
恋愛
ユウナには婚約者であるジュードがいるが、ジュードはいつも幼馴染みであるアリアを優先している。 体の弱いアリアが体調を崩したからという理由でデートをすっぽかされたことは数えきれない。それに不満を漏らそうものなら逆に怒られるという理不尽さ。 家が決めたこの婚約だったが、結婚してもこんな日常が繰り返されてしまうのかと不安を感じてきた頃、隣国に留学していた兄が帰ってきた。 それによりユウナの運命は変わっていく。

5度目の求婚は心の赴くままに

しゃーりん
恋愛
侯爵令息パトリックは過去4回、公爵令嬢ミルフィーナに求婚して断られた。しかも『また来年、求婚してね』と言われ続けて。 そして5度目。18歳になる彼女は求婚を受けるだろう。彼女の中ではそういう筋書きで今まで断ってきたのだから。 しかし、パトリックは年々疑問に感じていた。どうして断られるのに求婚させられるのか、と。 彼女のことを知ろうと毎月誘っても、半分以上は彼女の妹とお茶を飲んで過ごしていた。 悩んだパトリックは5度目の求婚当日、彼女の顔を見て決意をする、というお話です。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

わたし、何度も忠告しましたよね?

柚木ゆず
恋愛
 ザユテイワ侯爵令嬢ミシェル様と、その取り巻きのおふたりへ。わたしはこれまで何をされてもやり返すことはなく、その代わりに何度も苦言を呈してきましたよね?  ……残念です。  貴方がたに優しくする時間は、もうお仕舞です。  ※申し訳ございません。体調不良によりお返事をできる余裕がなくなっておりまして、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じさせていただきます。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

彼女が心を取り戻すまで~十年監禁されて心を止めた少女の成長記録~

春風由実
恋愛
当代のアルメスタ公爵、ジェラルド・サン・アルメスタ。 彼は幼くして番に出会う幸運に恵まれた。 けれどもその番を奪われて、十年も辛い日々を過ごすことになる。 やっと見つかった番。 ところがアルメスタ公爵はそれからも苦悩することになった。 彼女が囚われた十年の間に虐げられてすっかり心を失っていたからである。 番であるセイディは、ジェラルドがいくら愛でても心を動かさない。 情緒が育っていないなら、今から育てていけばいい。 これは十年虐げられて心を止めてしまった一人の女性が、愛されながら失った心を取り戻すまでの記録だ。 「せいでぃ、ぷりんたべる」 「せいでぃ、たのちっ」 「せいでぃ、るどといっしょです」 次第にアルメスタ公爵邸に明るい声が響くようになってきた。 なお彼女の知らないところで、十年前に彼女を奪った者たちは制裁を受けていく。 ※R15は念のためです。 ※カクヨム、小説家になろう、にも掲載しています。 シリアスなお話になる予定だったのですけれどね……。これいかに。 ★★★★★ お休みばかりで申し訳ありません。完結させましょう。今度こそ……。 お待ちいただいたみなさま、本当にありがとうございます。最後まで頑張ります。

わたしはただの道具だったということですね。

ふまさ
恋愛
「──ごめん。ぼくと、別れてほしいんだ」  オーブリーは、頭を下げながらそう告げた。  街で一、二を争うほど大きな商会、ビアンコ商会の跡継ぎであるオーブリーの元に嫁いで二年。貴族令嬢だったナタリアにとって、いわゆる平民の暮らしに、最初は戸惑うこともあったが、それでも優しいオーブリーたちに支えられ、この生活が当たり前になろうとしていたときのことだった。  いわく、その理由は。  初恋のリリアンに再会し、元夫に背負わさせた借金を肩代わりすると申し出たら、告白された。ずっと好きだった彼女と付き合いたいから、離縁したいというものだった。  他の男にとられる前に早く別れてくれ。  急かすオーブリーが、ナタリアに告白したのもプロポーズしたのも自分だが、それは父の命令で、家のためだったと明かす。    とどめのように、オーブリーは小さな巾着袋をテーブルに置いた。 「少しだけど、お金が入ってる。ぼくは不倫したわけじゃないから、本来は慰謝料なんて払う必要はないけど……身勝手だという自覚はあるから」 「…………」  手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さな巾着袋。リリアンの借金額からすると、天と地ほどの差があるのは明らか。 「…………はっ」  情けなくて、悔しくて。  ナタリアは、涙が出そうになった。

処理中です...