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本当のスカーレット。
ミドルネームからの呼び名で過ごしていても、サブリナの目の前にいる人物は紛れもなくスカーレットだ。それなのに、どうして『本当のスカーレットになって』とわざわざ言ったのだろうかとサブリナは疑問を持たずにはいられなかった。しかし、ここで話の腰を折ることはスカーレットの話すという意欲を遮ること。だからサブリナは頭の中で補完を始めたのだった。
サブリナの知る幼い頃のスカーレット。異国の文字で書かれた童話に興味を持ち、挿絵だけでストーリーを自ら展開していく女の子だった。サブリナがその文字を読めると知ると、読み聞かせて欲しいではなくその文字自体を教えてくれとせがむ程の知識欲を持っていた。新しいことを覚えると目を輝かせて笑う姿は本当に愛らしかったのをサブリナは覚えている。
中庭に出れば弟のダニエルと共に走り、時に転び泣きながらもまた立ち上がっていた。転んだまま涙に暮れるような子ではなかった。
スカーレットがアルフレッドの婚約者に決まった頃も、まだ感情は顔に表れていたようにサブリナは記憶している。それが、五年も過ぎたころには完璧な王子妃としての表情を作るようになっていた。
多くを話すことはなく、目力と仕草や態度で相手に己の言いたいことを理解させるという力をスカーレットは身に着けていたのだ。あまりの完璧さにサブリナは『スカーレットの心は休まる時があるのかしら?』とキャストール侯爵につい尋ねてしまったのを覚えている。
それに対して侯爵は、邸内とアルフレッド達といる時だけはあそこまでではないと教えてくれたがその表情は寂しそうだった。国の為とはいえ、亡き妻によく似た一人娘への負担は近くで見ている侯爵には手に取るように分かっていたのだろう。それでも、アルフレッドと成婚する前の貴族学院生活で同世代の者達との交流を最後に楽しめれば…、侯爵はそんなようなことも口にしていた。結果としてそんな時間はスカーレットに訪れなかったが。
『本当のスカーレット』とはあの感情を押し殺すようになる前のことなのだろうとサブリナは結論付けた。既にその片鱗は現れている。アルフレッドからの婚約破棄にスカーレットはその場に立ち止まり泣き続けることなく、顔を上げ新しい空の下歩き出した。否、淑女などという言葉は捨て去り走り始めているようだ。そしてサブリナはもう一つの意味に気付いた。サブリナもまた本当のサブリナにならなくてはいけないと。
ある日、薫が突然スカーレットの体に入ったなんてことを夢にも思わないサブリナはそんな風に考えたのだった。
美少女になったのだから恋でもしようと口にはしたものの、結局怖くてその一歩を踏み出せなかった薫の本気の決意だとは、サブリナでなくても気付く者はいなかっただろう。
ミドルネームからの呼び名で過ごしていても、サブリナの目の前にいる人物は紛れもなくスカーレットだ。それなのに、どうして『本当のスカーレットになって』とわざわざ言ったのだろうかとサブリナは疑問を持たずにはいられなかった。しかし、ここで話の腰を折ることはスカーレットの話すという意欲を遮ること。だからサブリナは頭の中で補完を始めたのだった。
サブリナの知る幼い頃のスカーレット。異国の文字で書かれた童話に興味を持ち、挿絵だけでストーリーを自ら展開していく女の子だった。サブリナがその文字を読めると知ると、読み聞かせて欲しいではなくその文字自体を教えてくれとせがむ程の知識欲を持っていた。新しいことを覚えると目を輝かせて笑う姿は本当に愛らしかったのをサブリナは覚えている。
中庭に出れば弟のダニエルと共に走り、時に転び泣きながらもまた立ち上がっていた。転んだまま涙に暮れるような子ではなかった。
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それに対して侯爵は、邸内とアルフレッド達といる時だけはあそこまでではないと教えてくれたがその表情は寂しそうだった。国の為とはいえ、亡き妻によく似た一人娘への負担は近くで見ている侯爵には手に取るように分かっていたのだろう。それでも、アルフレッドと成婚する前の貴族学院生活で同世代の者達との交流を最後に楽しめれば…、侯爵はそんなようなことも口にしていた。結果としてそんな時間はスカーレットに訪れなかったが。
『本当のスカーレット』とはあの感情を押し殺すようになる前のことなのだろうとサブリナは結論付けた。既にその片鱗は現れている。アルフレッドからの婚約破棄にスカーレットはその場に立ち止まり泣き続けることなく、顔を上げ新しい空の下歩き出した。否、淑女などという言葉は捨て去り走り始めているようだ。そしてサブリナはもう一つの意味に気付いた。サブリナもまた本当のサブリナにならなくてはいけないと。
ある日、薫が突然スカーレットの体に入ったなんてことを夢にも思わないサブリナはそんな風に考えたのだった。
美少女になったのだから恋でもしようと口にはしたものの、結局怖くてその一歩を踏み出せなかった薫の本気の決意だとは、サブリナでなくても気付く者はいなかっただろう。
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