上 下
291 / 506

ファルコール手前の町6

しおりを挟む
あと少し。何かが狂うまでは、日々朝の挨拶を交わしていた実の姉の顔を見るまでは。
しかし、会って貰えるのか、言葉を交わして貰えるのかという疑問がダニエルを襲う。そしてそれは疑問から不安へと姿を変えた。

避けることはとても簡単で、同じ邸に暮らしているというのに顔を合わせないようにしていたダニエル。知らず知らずのうちに、避けることがダニエルには当然になっていた。そんなダニエルに、顔を合わせる機会があれば声を掛け続けてくれたスカーレット。けれどダニエルはその度に、気のない返事か視線で話す意思はないと返し続けた。
会わないように、話さないように、先に行動を取ったのは他でもないダニエルなのだ。

そのダニエルと二重国籍証明書を届けに来たからといって、スカーレットは会って話をしてくれるだろうか。いくらアルフレッドが直接スカーレットに手渡すようにとダニエルに命じたところで、病気だと言われてしまえばダニエルには為す術がない。
アルフレッドが作ってくれた大義名分があってもダニエルはこんなに不安を抱えている。それなのに、スカーレットは何故あそこまで態度が悪かったダニエルに話し掛け続けることが出来たのだろうか…。
それは、ダニエルと話すというスカーレットの強い意思の表れだったのかもしれない。

今度はダニエルがスカーレットと話したいという意思を見せる番だ。その意思をどう示せばいいのかは分からないが。
分かるのは、今のこの歪んだ関係では天気の話すら出来ないこと。書類を届け、受領印をもらうだけにならないようにしなくては。

また朝の挨拶を交わしたい、大好きなスカーレットから以前と同じように接してもらいたい。
継がなければいけないキャストール侯爵家。その大きさに押し潰されそうになるダニエルにスカーレットの優しい手を差し伸べて欲しいのだ。間違っていることを正し、良いことを誉めて貰いたい。甘えだとは分かっているが、ダニエルがこの世で唯一安心して寄りかかれるのはスカーレットしかいないのだから。
ファルコールは遠すぎる。これがダニエルとスカーレットの距離そのもの。朝の挨拶も寄りかかることも出来ないこの距離が。

後悔、悲しみ、様々な負の感情が溢れ出そうになった丁度その時、ダニエルの部屋を事務官が訪ねてきた。

「ダニエル様、お支度は整いましたか?」
「はい。今、行きます」

負の感情に支配されている場合ではなかった。今は町の様子を見ることが重要。この日もダニエルは事務官達と町にある労働者が集まりそうな食堂に入った。

そこで聞こえてきたのは、温泉という言葉。最近はファルコールに近いこの町の者達が、温泉というものに浸かりに行くそうだ。ファルコールの者以外は料金を支払わなければならないが、金を払ってもその価値はあると話している。
しかもそこには見目麗しい医師がいるという。

ダニエルはそこで邸で盗み聞きした内容を思い出した。見目麗しい医師は隣国の身分に関係なく生きて行きたいという公爵家三男ではないかと。あの時の騎士達はその生き方はスカーレットも同じと言っていた。
今のスカーレットを知る為にもその医師に会ってみたいとダニエルは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後悔はなんだった?

木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。 「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」 怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。 何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。 お嬢様? 私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。 結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。 私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。 その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの? 疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。 主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

王太子様、覚悟なさい! 怒れる公爵令嬢レリアの華麗なる大暴れ

山本みんみ
恋愛
 公爵令嬢レリア・ミフリスは王太子オルト・マグナリアの婚約者で、次期王妃となるべく教育を受けてきた。しかし、彼女とオルトの関係は政略結婚であり、恋愛感情は存在しなかった。それでも「次期王妃」という特別な地位には価値があり、それを誇りにしていたレリアだったが、ある日、オルトが庶民出身の伯爵家養女の少女を優先したことで、怒りを爆発させる。激情のままに屋敷を飛び出し、庭園の演習場で初めて剣を手にした彼女は、そのまま豪快に丸太を破壊。爽快感を味わったものの、自身の心の痛みは消えない。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

そんなに幼馴染の事が好きなら、婚約者なんていなくてもいいのですね?

新野乃花(大舟)
恋愛
レベック第一王子と婚約関係にあった、貴族令嬢シノン。その関係を手配したのはレベックの父であるユーゲント国王であり、二人の関係を心から嬉しく思っていた。しかしある日、レベックは幼馴染であるユミリアに浮気をし、シノンの事を婚約破棄の上で追放してしまう。事後報告する形であれば国王も怒りはしないだろうと甘く考えていたレベックであったものの、婚約破棄の事を知った国王は激しく憤りを見せ始め…。

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

処理中です...