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とある国の離宮8

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テレンスと午前中を共に過ごした日、マリア・アマーリエはとうとう婚約者を選んでしまったのだった。それと同時に、婚約式の準備が始まった。離宮に暮らす末姫とはいえ、王族として決められたことは全て行わなくてはならない。それがどんなに避けて通りたい道だとしても。

国王への報告の為に王宮に立ち入るのも本当は嫌だった。母を愛していたという割には守り切れなかった父に会うことも。更には三人いる妃達それぞれとのお茶会に、異母兄弟姉妹との顔合わせ。わざわざ都合などつけてくれなくていいというのに。

「正妃のお茶会が一番気分の悪いものになるでしょう」
「大丈夫ですよ、わたしは将来の伴侶を得られて最高の気分なんですから」
「わたくしが言いたいのは」
「安心して下さい。わたしには画家だけではなく、実は役者の素質もあります。とはいえ、演じられる役は一つだけ。この国の言葉を十分に理解出来ない外国から来たマリア・アマーリエ殿下の婚約者というものですが」
「それは役ではなく、今のテレンス様そのものではありませんか?」
「いいえ、重要なのは言葉を理解出来ていないという点です」
「そう」
「はい」

お茶会と顔合わせはどれも予想通りの嫌味と分からないような嫌味ばかりが飛び交う席だった。マリア・アマーリエ一人が参加していたのならば、ただひたすら苦痛に耐える時間だったに違いない。けれど、一度として苦痛は訪れなかった。テレンスが分からない振りをしながら上手く話を逸らしてくれたのだ。そして、優しい笑みをマリア・アマーリエに向け続けた。何を話しても外国から来た求婚者は深く理解することはなく、婚約者になるだろうマリア・アマーリエに視線を向け続けているという演技をし続けたのだ。
無意味ほど馬鹿らしいことはない。お陰でどの席も時間よりは早めに終わったのだった。

その間、王宮内ではテレンスの国への書状作成などが進められていた。今後の予定や婚約式等を記したものが。そして、全てが整い、テレンスと共にやって来ていた外交官達は自国へ戻ることとなった。


王族らしい笑みを浮かべ馬車を見送るマリア・アマーリエが小さな声で囁いた。
「馬で追いかければ馬車には直ぐに追いつくけれど、いいのこのまま見送って?」
「国へ帰っている間に殿下の気持ちが変わっては困りますから、これでいいんだと思います」
「そう」
「父は国を離れられないでしょうから、婚約式には恐らく兄がやってくると思います。楽しみにしていて下さい、本当の兄弟ですがあまり似ていません」
「それって楽しいの?」
「何日も想像して、正解を実際に見るので多少は楽しめると思います」
「そういうものかしら?」
「はい、恐らく」
「わたくしは画家と役者の明るい未来を潰してしまわないかしら」
「画家には描きたいものが必要です、その役者は一人芝居が出来ません。常に相手役の女性が必要です」
「そう。そういうものなのね、分かったわ」
「他には?」
「今はないわ」
「じゃあ、次があるんですね。楽しみに待っています」

確かに、こういう会話は楽しいのかもしれないとマリア・アマーリエは思ったのだった。



**************************
少しだけ二人は近づいています
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