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久し振りにドレスとまではいかないものの、それなりのワンピースに身を包み薫はサブリナの待つ応接室へ向かった。
何をどう話すか、十分に考え悩んだ。前リッジウェイ子爵夫人がツェルカに話したこと、そしてキャロルへの伝言。更にはここ数日実際にツェルカが接したサブリナの状況。加えてデズモンドの話。

シェイカーにリキュールや綺麗な色が付くようグレナデンシロップにジュースをいれ小気味よくシェイクしカクテルを作るのとは違い、得た情報を混ぜ合わせても何も出来上がりそうになかったのだ。

サブリナの夫、ジャスティンは貴族学院でサブリナを見初めた。しかしオランデール伯爵家は典型的な階級主義。子爵家から嫁いだサブリナの毎日はどんなものだったろうか。

侍女達はサブリナが伯爵家に相応しくあるよう華やかな化粧と称し、寝不足の顔色を誤魔化す化粧をする。長い時間馬車に揺られるというのに、コルセットをきつく締め付け次期伯爵夫人としての体裁を保つようにとも。
これだけでも、侍女からサブリナへ対する虐めに思えるのは薫だけだろうか。何かにつけて、伯爵家に相応しくある為だと言われてしまえばサブリナには従う以外の選択肢は無かったように思える。『伯爵家』という言葉にサブリナは縛り付けられてしまっているのだろう。

でも、それは何の為?
簡単だ、サブリナは見初めてくれたジャスティンの為に努力し続けることを選んだのだろう。二人がどんな学生時代を送ったのかは分からないが、結婚に辿り着くにはそこに何かしらの感情があった。敬愛、友愛、親愛、『愛』が含まれる何かが。

しかし、このストーリーは次へ進めない。目の下にクマが出来る程眠れていないサブリナの素顔。夫婦ならば素顔を見る機会はいくらでもあった筈。それなのに、ジャスティンはサブリナをそのままにした。話し合いを持つなりして、不眠症を改善するなどの手は打たなかったということだ。
…愛が見えない。だから、シェイカーにも愛を入れることが出来ず、カクテルは仕上がらないのだろうか。

それならば、愛がないものを作ればいい。階級主義のオランデール伯爵家、しかも子供を授かっていないサブリナときたら、簡単に『離縁』という飾りが付くカクテルが出来上がるはず。ところがこれもオランデール伯爵夫人とジャスティンが言う『大切なサブリナ』という言葉に阻まれる。

薫が予想した砕かれた氷であろうクリスタルが入るまでもなく、何も出来上がらないのだ。

第一、現伯爵夫人が『大切なサブリナ』と言っているのに、侍女達が行っていることはおかしい。前リッジウェイ子爵夫人が気にしている『大切』という言葉。これも探る必要があると薫は思った。

ただ、薫にはもう一つ気になる言葉があった。情報を整理してもどうにもならない時に、ふと頭に浮かんだのだ、前世の自分の立場が。『都合がいい』女だった時の自分を。
そしてこの言葉はオールマイティ。上手く使えば使う程、どんなカクテルでも作れる気がする。素材となってしまったモノが使い捨てられるまで。
でも、サブリナは違う。そう信じて、薫は扉をノックしたのだった。
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