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簡単に包まれただけのクルミ入りパウンドケーキと蜂蜜パウンドケーキ。まさかこれを渡されるとはジョイスは思ってもみなかった。
残念ながら渡してくれたのはハーヴァンだが、作ったのは間違いなくキャロル。作り置きの数切れずつを分けてくれたそうだが、キャロルが作ったと思うとサーゼストに知られることなく一人で全部食べてしまいたいと思う衝動にジョイスが駆られるのは仕方ないことだろう。立場、そしてあの日のナーサの言葉さえなければ全てを投げ出して今の『キャロル』をジョイスは独占したいのだから。

諦める為に嫌いになることを選んだスカーレット。あれはジョイスなりの抵抗だったのだ。離れたくても、アルフレッドとスカーレットが共に居れば、ジョイスはその傍にいるしかない。重ねたくないのに、共に居ることで想い出は増えていく。それも良いものばかりが。そこへたまたま出来た亀裂、無意識のうちにジョイスはそれを利用してスカーレットを徹底的に自分から排除しようとしたのだ。愚かなことに。

でも今のジョイスが知るのは、諦めなくてよい、好きになるのに何の支障もないキャロル。別の名前だからといってスカーレットへジョイスが行ったことが消えることがないのは分かっている。でも、あの時とは違う別の愚かさで希うことは出来るはず。
ただ今はまだアルフレッドの側近で、リプセット公爵家三男のジョイス。キャロルが作ったものだからと、独占を目論む立場ではない。先ずは、クロンデール子爵家内のハーヴァンへの風向きを変えておかなければ。

「ハーヴァンがホテルのキッチンからこれを持ってきてくれた。後でご馳走になろう」
「ジョイス様、本当に今回は愚弟がご迷惑をお掛けしてしまって」
「サーゼスト、今回のハーヴァンに関しては俺がいけないんだ。あまり責めないでやって欲しい。寧ろ、あいつはこういう心遣いの出来る優秀な従者だよ。さあ、用事も済んだことだ、国境を越えるとするか。そう言えば、国境検問所はマーカム子爵が新たに赴任したんだったな、もし居たら挨拶だけでもしていくか。今後ここを何回通ることになるか分からないから」

赴任したばかりのデズモンド・マーカムが国境検問所に居る確率は高い。特に昨日出掛けたとあれば。ジョイスは軽くデズモンドを牽制しておこうと思い、挨拶という口実をサーゼストに告げたのだった。

国境検問所に到着すると、流石はハーヴァンの兄サーゼスト。デズモンドの所在の確認から、挨拶の時間を設けてもらうまでを短時間でやってのけた。そもそもここに公爵家の三男で王子の側近以上の立場の者はいないのだから、デズモンドとしても即座に対応しなければならなかっただろうが。

さて、何をどう話すか。デズモンドがリプセット公爵家の従者であるハーヴァンと既にここで顔を合わせていることは報告にあった。そして、デズモンドからは敢えてハーヴァンの立場を問うことはなかったことも。

キャリントン侯爵の腹心と呼ばれる男だ、本当にキャロルとの取引を全うするつもりかもジョイスには気になるところ。でも、デズモンドもまたキャロルという女性に惹かれてしまったのなら…、どちらを優先するかは明白だろう。ジョイスは限られた時間ではあるがデズモンド・マーカムという為人を少しでも理解しようと心に決めたのだった。場合によっては、今後長い付き合いになるかもしれないのだから。


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いよいよジョイスとデズモンドが顔を突き合わせるようで…
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