上 下
120 / 450

73

しおりを挟む
同行した騎士に従者のリアムを呼びに行かせたデズモンドは、まさかの訪問者がまさかの人物を従えて自らやって来たことに、相手の出方を見ながら対策を練ろうと考えた。
いくらキャロルと名乗り、ここ数日で良く見かけたファルコールの女性が好む格好をしていても中身の人物の気品が違い過ぎるのだ、侯爵令嬢と呼びかけたくなってしまう。

しかも、今日はこの執務室で片付けて欲しい仕事があると押し込められ検問所の実際の現場へ行くこともままならなかった。今日という日をターゲットにしたことを、どうやら目の前の『キャロル』に図られたようだ。

いきなりの訪問にデズモンドとしても、外での食事を誘おうとしたのに昼食も持参したという。日だけではなく、時間も決めていたのだろう。持参していなければ、ファルコールの目抜き通りを腰でも引き寄せながら人目の多い食堂へ連れて行けたものを。お互いの容姿を少し利用するだけで、様々な噂がこのファルコールに吹き荒れただろうに残念なことだ。

流石はいずれ王妃となるべく狡猾老獪な教育係達に育てられたご令嬢だとここは褒めておくべきなのだろう。しかし、まだ十八。実践での経験が無さすぎる、特に男女の色恋には。

デズモンドは心の中でほくそ笑んだ、目の前の無垢で高貴なご令嬢が経験のない男女の色恋に怯えるのか興味を示すのか。どちらにしろ、デズモンドが目指す終点は変わらない。辿り着くまでの道のり等どうでもいいこと。後は、短すぎることがないよう上手くコトを運べばいい。

けれど何故リプセット公爵家に仕えるハーヴァン・クロンデールがここにいるのかは気になるところだ。こんな重要なことをキャリントン侯爵が伝え忘れるはずがない。しかも既に中に入りこんでいるとは。

リプセット公爵家の三男ジョイスもテレンス同様アルフレッドの側近だ。公爵家もまた独自にキャストール侯爵令嬢を国内に縛り付けておく方法を取ったということだろうか。『あれ』で。若しくは、『あれ』が侯爵令嬢の好みなのだろうか。だとすれば、デズモンドは些か不利な気もする。
まあ、そんなことはどうでもいい。最終的にデズモンドがこのゲームの勝者になればいいことだ。

騎士達の詰め所へ出向いた時には、何をどう言っても挨拶の許可が下りなかった侯爵令嬢。短時間でも扉越しでも構わないと伝えたというのに。そこまで守られているのか、実はファルコールにもいないのか。どうであれ、何らかの情報を得ようと次の手を考えていたところに本人のご登場だ。しかも、どう見ても心の病になどなっていない。

ワンサイドゲームの様相かと思えば、なかなか楽しませてもらえそうだとデズモンドは思った。そして、その時、もう一人のゲーム参加者かもしれないハーヴァンが戻ってきた。

「マーカム子爵、お口に合うといいのですが」
合わないなんてことはないだろうとデズモンドは思った。同じ茶葉でもリアムが淹れる茶よりも数段香りがいいのだから。しかも美しい所作で差し出されたティーカップは本来の価値よりも高く見える。

「キャロルの好きな熱さだと思うよ」
「ありがとう、ハーヴァン。ねえ、ケビン、大きなバスケットはあなた達の分なの。小さい方だけここへ持ってきて。あなた達は違う部屋でそれを食べながら待っていてちょうだい。多めにあると思うから、リアムさんもどうぞ」

大きなバスケットはその為かとデズモンドは理解した。従えてやって来た二人だけではなく、デズモンドの従者も遠ざける役割を担っていたのだ。
三人が楽しく談笑しながら、バスケットに手を伸ばし昼食を取ることはない。ただ、別室にいることを見張り合うだけだ。リアムとてハーヴァンがキャロルと呼んだ女性が誰だか分かっている。その女性からの行為を無下に断るわけにはいかないだろう。

ここまでは、及第点以上。しかし、それで本当に良かったのかとデズモンドは聞きたかった。それではこの執務室に二人きりになってしまうというのに。


**************************
本当に進みの遅い話で申し訳ございません。
シーンにしたらちょっとのことなのに、双方から見た構成になっていまして…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

謝罪のあと

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約破棄騒動は、男爵令嬢の魅了魔法の発覚で終わりを告げた。 王族は揃いも揃って魅了魔法に操られていた。 公にできる話ではない。 下手をすれば、国が乗っ取られていたかもしれない。 男爵令嬢が執着したのが、王族の地位でも、金でもなく王太子個人だったからまだよかった。 愚かな王太子の姿を目の当たりにしていた自国の貴族には、口外せぬように箝口令を敷いた。 他国には、魅了にかかった事実は知られていない。 大きな被害はなかった。 いや、大きな被害を受けた令嬢はいた。 王太子の元婚約者だった、公爵令嬢だ。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

モブですが、婚約者は私です。

伊月 慧
恋愛
 声高々に私の婚約者であられる王子様が婚約破棄を叫ぶ。隣に震える男爵令嬢を抱き寄せて。  婚約破棄されたのは同年代の令嬢をまとめる、アスラーナ。私の親友でもある。そんな彼女が目を丸めるのと同時に、私も目を丸めた。  待ってください。貴方の婚約者はアスラーナではなく、貴方がモブ認定している私です。 新しい風を吹かせてみたくなりました。 なんかよく有りそうな感じの話で申し訳ございません。

完璧な姉とその親友より劣る私は、出来損ないだと蔑まれた世界に長居し過ぎたようです。運命の人との幸せは、来世に持ち越します

珠宮さくら
恋愛
エウフェシア・メルクーリは誰もが羨む世界で、もっとも人々が羨む国で公爵令嬢として生きていた。そこにいるのは完璧な令嬢と言われる姉とその親友と見知った人たちばかり。 そこでエウフェシアは、ずっと出来損ないと蔑まれながら生きていた。心優しい完璧な姉だけが、唯一の味方だと思っていたが、それも違っていたようだ。 それどころか。その世界が、そもそも現実とは違うことをエウフェシアはすっかり忘れてしまったまま、何度もやり直し続けることになった。 さらに人の歪んだ想いに巻き込まれて、疲れ切ってしまって、運命の人との幸せな人生を満喫するなんて考えられなくなってしまい、先送りにすることを選択する日が来るとは思いもしなかった。

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

処理中です...