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日本のへそ

vs,オカマ兄君

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翌日から私は新人研修に出掛けた。職場は近いので終わったら直ぐに帰宅できる。
それでも日中、ルークスさんを一人このマンションに置いて行くことに心が痛む。
なるべく早く帰りますと言いながらも帰宅は夜七時を過ぎてしまうのは新人いびりじゃないよねえ…社会人て大変だ。まだ本格的には働いてないけど。
ご飯食べて風呂入って寝たい。でも家事が…と嘆いたのはその日だけでした。
次の日にはもう家事を覚えたルークスさんが、朝から洗濯をしてくれて、簡単な朝食まで作ってくれた。

「神か…!」

ありがたすぎる。手を合わせてハムエッグとお野菜のマリネをいただく。パンは買い置きのだ。でもいつかルークスさんはパンすら手作りしてしまうんじゃないかと思いつつ今夜は米が食いたいと主張してしまう私は自重すべきである。
それでも彼は笑って「わかった。炊飯の仕方を学んでおこう」と学習意欲に花を咲かせてくれる。なんとも頼もしい彼氏である。大好きだ。

ちなみに彼の情報源、知識の泉はインターネットである。
異世界に届いてた荷物には入っていなかったマイノートパソコンが、なぜか我が家のダイニングテーブルに置いてあるのを見つけた時は少々瞠目した。
そういやスマホも普通に使えるようになってたよ。これからは快適なネット生活が出来そうでよかった。
そしてこのアイテムたち、ルークスさんが日本で暮らすのに凄く役に立ってくれる。電子機器の使い方に掃除の仕方、お料理のレシピや日本語の勉強まで、ありとあらゆる知識を授けてくれる最強アイテムなのは過言じゃない。
たとえそこに日本語が書かれてようと、彼は何度も読み込んで知識にしてしまうんだが、その内に帝国語に似てる言語を発見したらしくて、その言語に切り替えてからは理解の幅が広がったようだ。
地球には三千~八千くらい言語がある。ひとつでも当たりがあって良かったです。

そんなこんなな週末の休日。
私は朝からだらだらとルークスさんの膝枕で過ごし、時々チュッチュして楽しんでいた。これがヒートアップしちゃうとエロいことまで発展してしまうだろうけど、まだそこには至っていない。
そんな昼下がり。我が家のチャイムが鳴った。鳴った。鳴ってしまった。
この時、大してインターホン画面を確かめなかった私は完全に油断していたのだろう。我が家を知ってるのは家族くらいだし、勧誘はここまで入ってこれないセキュリティシステムになっている。だから、新居な我が家に自治会長さんとか挨拶にいらしたのかなと、その程度に考えていた。

「やっほー!初音、元気してるう~?」

開けてびっくり玉手箱。
そこに居たのは綺麗に化粧したオカマがいた。あ、いやさ、兄である。

「わ。お兄ちゃま…!」
「やあねえ。愛ちゃんて呼びなさいって言ってるでしょお」

はい。本名、稲森いなもり愛一あいちですね。
オカマになっても本名変えなくてもいい素敵なお名前だと思います。

「…して、愛ちゃんはなぜここに?」
「決まってるでしょ。アンタの様子を見によ。お邪魔するわよ」

私に拒否権はないんですね。言うなり玄関ドアを押されて兄乱入。止めようとする間もなくルークスさんと対面。
玄関先に男物の靴は置いておかなかったので、兄もまさか私が男を連れ込んでるなんて思ってもみなかったと思う。

「誰よコレ」
「愛ちゃん、この人、私の彼氏」
「はあ?」

その、はあ?が男のドス効いた声だったのは言うまでもないんだぜ。
怖いんだぜ愛ちゃん。おしとやかにいこうぜ。

「ハツネ殿の兄君だろうか?」
「うん、そう。ルークスさん、これ、私のオカマ兄」
「聞いていた通りだな」

なぜか感心して頷くルークスさん。

「ちょいと初音、今どんな言語使った?」
「ああっと、ごめんね愛ちゃん。うちの彼氏、日本人じゃないんだ」
「見りゃ分かるわよ。でも、英語圏でもヨーロッパでもスカンジナビアでもロシアでもないでしょ」

ふむ。さすが言語マニアな兄上である。
ルークスさんの容姿から、それに近い地域名を挙げてきたけど、どれも違うって一目で見抜いたのね。こーりゃ隠せないね。

「愛ちゃん、彼は異世界人です」
「ああ?」

その、ああ?はさっきよりドス効いてる上に完全に地声で怖いんだぜ。
も、もしかしたら私は兄にブッ叩かれるかもしれん。今から覚悟を決める私である。

「怒んないで聞いとくれ。聞いての通り、彼が喋ってるのは帝国語で、この地球上では使われてない言語です」

と、宥めつつ、なるべく理路整然と状況を説明した。
異世界の話になると長くなりそうなので、途中で座ってもらって高級なお茶とブ〇ボンのお菓子を出し、ゴマをすりながらの説明会である。

「そんな訳でルークスさんとは婚約しました。お婿に貰ってきちゃったので、いずれ結婚する予定です。今まで挨拶に行けずごめんなさいでした」

深々と土下座。いきなり妹が意味不明な妄想話をぶっちゃけたと思われても仕方のないことだけど、そう思われたとしてもルークスさんとの仲を認めてもらわなくてはならないので、ここは平身低頭徹頭徹尾頭を下げて許しを請う。

「義兄君、突然のことで戸惑われただろうが許してもらいたい。あ、えーと……
ハツネアイシテマス。ハツネトケッコンシタイデス」

ふおおおおおルークスさんそれ日本語ですやーん!
その文章だけ一生懸命練習したんだと思うと心が悶える心臓飛び出そうになる瞳が潤んできた我慢できーん!隣で正座してるルークスさんに抱きついた。

「ありがとうありがとう…!」

彼の胸に頭ぐりぐりさせながらとにかく感謝。ここまで言ってくれるとは思わなかった…!

「随分、親しみ慣れてるわよね」

兄の一言にギクッとする。
勢いでルークスさんの胸に飛び込んだわけだが、頭なでなでしてもらったりだとか、おでこゴツンコとか、ほっぺとほっぺくっつけてみたりとか…ちょっとスキンシップ過剰だったかもしれない。
一応、肉体関係の事は伏して説明したつもりだけれど鋭い兄のこと、きっと気づいてるね…。

「初音ぇ、久しぶりに全身隈なく診察してあげよっか」

おひい!やっぱこれ絶対に気づいてるよおおおお…。
遠慮しまーすと小さな声で答えつつルークスさんから離れた。
ここは日本人らしく、謙虚に、慎み深くいこうではないか。
兄は現役医師である。雑居ビルのテナントで小さいが個人クリニックを開業している。オカマ先生とあだ名がついてるくらいその地域では名物医だ。

「もうね、その反応で知れちゃうワケ。あたしゃ前から口酸っぱくして言ってたわよねえ。セックスは子づくりの為だけにしなさいって」

うああああ言われてましたともおおおお…。
兄の顧客はいわゆる水商売の人が多い。異性の医師には相談できない症状もオカマ先生になら相談できるというお客さんが絶えない。
この台詞は、性を売り物にしている人の末路を知っている兄だからこその助言なのである。
成人する前の私は、そりゃあもう小言のように兄から厳重注意されてましたとも。自分でも、たとえ彼氏が出来ても最後までしないと決めていましたとも。
でも、いざ本物の恋を知っちゃったらそんなこと頭っから忘れてたよね。ただただ、触れ合いたくて、恋人じゃなかった頃のルークスさんと寝ました。
その事実は如何ともしがたい。

「ご、ごめん、なさい…」
「謝ったって、現実じゃもうシちゃったんでしょうが」
「う。その通りです…」
「お嫁入り前なのに。つーか、何勝手に婚約とか決めてんのよ。親の同意も無しでさ」
「ごもっともです…」

正確には未成年では無いので親の同意はなくても結婚できるはずですが、貞操観念に厳しい兄に言われると肯定するしかない。

「ハツネ殿、兄君は反対なのだろうか」

ルークスさん、未だかつてなく動揺してますね。ごめんなさい。この兄の鉄壁は崩せないです私では。
でも多分、結婚反対とかじゃないんだよね。お小言してるだけだと思う。だからここは神妙な顔して全部聞いておくしかないのだ。

「あの…全部バレてます。なるべくそういう関係のことは回避して話したつもりなんですが、兄には通じませんでした」

という現実をルークスさんに教えてあげたら、彼も神妙な顔で「ああ」と頷いた。
仕方ないよね。実際問題、子づくりの勢いで性交してるし。避妊魔法は使ってたけど、それは責任回避して快楽を得る為にやってたことだ。
兄からしたら、それさえも本当は許せないことかもしれない。

「で、そっちの親御さんには許可もらってんの?」
「ルークスさんのお姉さんからはいただいてます。ご両親にはお知らせしたんですけど、なにぶん遠くにいらっしゃるのでお返事来る前に私たちこっち来ちゃって…」

ルークスさんの親御さんは前皇帝陛下と前皇妃様なのだが、引退してから帝国の最果てと言われる島へ隠居してしまったらしい。
それだけでも変わったご両親だと思うのだが、"早便"の転移ポータブル魔法陣まで設置拒否したとかで、手紙を出しても届くのに一か月はかかるという。
おかげで返事は未だ来てないと思う。確かそうだったよねとルークスさんにもご両親のことを聞いてみる。

「そうだな。あの二人のことだから結婚に反対はしないと思う。むしろ早く結婚しろと半年に一回くらいで届く手紙には書いてあった。次の手紙までに結婚してなかったら、島で知り合った娘を送るとか最後に読んだ手紙にはあったな」

まあ素敵なご両親。会えなかったのはとっても残念だったけど、もしお会いしてたら牽制しちゃってたかもしれないね私。
どこぞの島人しまんちゅうにルークスさん取られるくらいなら私が島人しまんちゅうになるわの勢いで。

「そういやアンタ何歳よ」と兄がルークスさんに問う。
「32歳だ。もうすぐ33歳になる」とルークスさんが答える。
「あらま。そんな年なの。若く見えるわね」と兄が…て、今、あんたら普通に会話できてなかった?!

私は心底驚いて二人を交互に見渡す。
今の会話、通訳の私の存在を完全にすっ飛ばしてたよね?!

「ふーん。やっぱこの言語で通じたわね」
「どうしてどうして?!それなんの言語すっかああ」
「人工言語よ。世界語ともいうわね。全ての言語の共通語彙が盛り込んであるからどの国の人にも通じるっていう言語よ」

えええ何だそれカコエエ。本当にそんな幻のような言語があるのか知らないけどカッコイイにも程があるよう。
そして通じちゃう理論も謎。いくら共通語彙が盛り込んであるからって、地球の言語が異世界の人に通じるわけないじゃーん。ミラクルー。

「ハツネ殿、義兄君はすごいな。普通に会話できているぞ」
「そうよ。あたしゃインテリオカマで通ってんのよ。ひれ伏して拝み倒しなさいよ」

足組んで高飛車に言い放つ兄だが、実は褒められて満更でもない顔してる。よし。ここは持ち上げて結婚許可までいただいちゃおう作戦だ。

「うん。愛ちゃんはね、開業医してて、困ってる人を見捨てないの。どんな国の人でも診れるように色んな言語を学んでてすごいんだよ」
「そうなのか。系統の違う言語を複数喋れるのは本当に凄いな。私は日本語を学ぶだけでもこんなにも苦労しているというのに…」

と、二人して兄を褒めまくった。

「アンタよく分かってんじゃなーい。よく見たらハンサムだし、初音が惚れるのも無理ないわあ」

この子メンクイだものと、余計なこと言わんでええですオカマ兄。それでも態度が軟化したのは否めない。
ふっふっふ。このまま接待漬けにしてやるわオカマ兄め。
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