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三柱の世界
風雲急を告げる
しおりを挟む皇帝陛下の執務室には初めて入った。とってもナチュラルモダンな内装で目を見張った。床が木の色合いを活かしたフローリングで壁は白い。梁も木が剥き出しになってるし所々にある観葉植物の量も多いように思う。
執務室より向こうには革製のソファがあり寛げる空間となっていた。
ソファの色が真っ白だから何か粗相したらヤバイと気にしつつもそこに座らせてもらい、一同を見渡してみる。私の隣にはルークスさん。
女帝様に皇帝陛下にアリステラ姫とアザレアさんまで揃ってる。
『ハツネちゃん迷子になったのん?』
優雅に足組んで一人用の椅子に座ってるアザレアさんに、こんなことなら一緒に行けば良かったわんと言われてしまう。ごもっともです。
アザレアさんにも女帝様の声が届いていたのなら、慌てず急がずアザレアさんのお部屋の前で待ってれば良かったのだ。
どうにも焦ってしまって一人で行動したが故の…迷子である。お恥ずかしい。
「ごめんなさいねハツネさん。その場で待つよう指示すれば良かったわ…」
女帝様曰く、案内の女官さんを派遣してくれたそうなんだけど、私がさっさと動いてしまったのですれ違ったみたいである。すれ違ったのが分かった時点でルークスさんに連絡が飛び、私を探してくれたというわけだ。
つくづく私の野郎は想定外のことをしでかしてしまったようです。反省。
女帝様が謝られることではないのです。
私は丁寧に頭を下げ「ごめんなさい」をした。
「…でも、これでカリエス・オーリュフェンの目的も絞れたね」
皇帝陛下は冷静に、私の失敗すら肯定的に捉えて下さってるようでありがたいです。迷子の収穫というか、紫鳥の国からの使者とルークスさんが偶然にも話をしたことで、何かの目的とやらを見出せたようである。
「弟が…お嬢様に無礼を働いたようで大変申し訳御座いません」
「ヒースさん…!」
と、どこからともなく突然に現れたヒースラウドさんに驚きの声を上げたのはアリステラ姫である。驚くのも無理ないねー。私なんか驚き過ぎて声さえ出なかった。だって本当に気配なく背後から現れるんだもの。最初に会った時もこうだったな…この人マジで何者だろう。分かってるのは紫鳥の国の大元帥カリエス・オーリュフェンの息子で、親善大使だかなんだか冷たい印象のピステロット・オーリュフェンと兄弟ということだけだ。
「あえーと。私は特にお話もしてませんけど…?」
話をしたのはルークスさんである。謝るならルークスさんにでは?と思うのだが、ヒースラウドさんは私の横まで来ると「失礼」と糸くずを払うような仕草で何かを掠め取った。
んんん?私の髪に何か付いてたのかな?
「これに追跡の魔法が掛けられてました」
「へ?何これ虫?」
ヒースラウドさんのが手の平を開いて見せてくれたのは、小さな虫みたいな物体である。煙を上げて壊れているようだが、これは取った瞬間にヒースラウドさんが握り締めて破壊したからこうなったんだろう。握力パネェな。
「超小型の魔法道具です」
「まさかハツネ殿の髪に仕込んだのか?」
「え。認識阻害の魔法かけてたのにどうやって?」
フードで髪も隠してたし認識阻害魔法かけてるから、ピステロットさんとやらも私を意識などしてなかったはずである。その証拠に一度だって私と目が合っていなかった。ずっとルークスさんと話をしてたよ。それなのに一体どうやって私の髪へと魔法道具を仕込んだというのか…。
「簡単です。お嬢様を認識していたということです」
「私の魔法が効かなかったということでしょうか」
「いいえ。詳しいことは秘密ですが、我々は煙を使って人の位置情報を読み取ることができます。その煙は魔力を帯び、相手の魔力に感応する働きを持ちます」
なんてこった。煙なんて目に見えずらいものを自由自在に操っちゃうってのか。
機械とか壊れるとボンっと噴煙上がって壊れたと表現するじゃない。あれなんか、格好良い演出みたいなものだと思ってた私にはかなり衝撃的な話である。
この、今も壊れた魔法道具から細く棚引く煙は、ただの煙じゃなかった。
認識阻害魔法をくぐり抜け私の髪に潜み、ビーコンな役割を果たすべく送られた恐るべき刺客だったのだ。
「…私が狙われてるということでしょうか」
極力目立たず生きてきたのに…。
人前ではフードを被り町へ行くときは変装してた。
私が異世界人だと知ってるのは本当に限られた人たちだけだと思うんだけど、それでも、紫鳥の国のその大元帥さんとやらにはバレてるのだろうか。
面識なんぞどこにもございませんけども…。
「安心しろハツネ殿。君をみすみす紫鳥の国に攫われるようなことはしない」
「ルークスさん…」
そうか私、誘拐フラグが立ってるのね。恋人にここまで言われたら胸キュンだが、これはフラグだ。ピンチな姫には絶対になりたくない。
「勿論、俺たちも十分な警戒をするよ。異世界からの大事な客人である君を他国に譲る気はないからね」
「そうよ。やっと決まったルーちゃんのお嫁さんですもの。絶対に守るわよ」
待って皇帝陛下に女帝様。私が攫われるフラグがどんどん立ってます。
守ると豪語すると攫われるってパターンは定番だ。
内心怖がりつつも笑顔で「ありがとうございます」と言っておくべきシーンなのに、今の私は不安そうな顔しかしてないと思う。
『だーいじょうぶよお。一個師団隊が来ても捻り潰してやるから。それより、ディケイド様のことで私は呼ばれたんでしょ。早く話進めてくれない?』
頼もしいですアザレアさん。でも誘拐だけなら一人でも出来るらしいので、もし軍が動いた時にはお願いしますね。
ディケイド様のことで呼ばれたらしいアザレアさんは、先を促すように皇帝陛下へと視線を向け、それからアリステラ姫へと何事か囁いた。
途端にアリステラ姫の髪色が、鮮やかな桃色だったのに元の黒色に戻る。
「え…」と戸惑うアリステラ姫にアザレアさんはニコッと微笑んでるだけだ。
…どうして変装を解いたんだろう。私も訳分かんないや。
他の皆様もポカーンだけどアザレアさんは何も説明してくれない。
まあ、ここで変装解いても身内だけだから安全だとは思うけど…て、あ、ヒースラウドさんがいたじゃん。彼はアリステラ姫の変装した姿にしか会ってないはず。
いきなり黒髪になってびっくりしたんじゃ…と、女帝様の後ろに佇んで控えるヒースラウドさんへ目線を移したが、彼は無表情を貫いていた。驚いてないのかな?
「…コホン。ああ、緊急事態発生だ。従兄殿の処刑が早まった。その上で公開処刑になる」
皇帝陛下、何かを誤魔化すように重大な話を一気にまくし立てる。
おかげで聞く耳を疑ったよ。公開処刑ですって?
「当初は非公開の予定だった処刑を、見物人集めて実際に斬首することになった。この決定はもう覆せない。戦勝国がこぞって連盟を組み、約定まで制定済みだからね」
『ちょいとタツユキ、それはないんじゃなあい?公開処刑なんかにしたら、もうディケイド様を助けられないじゃない』
うんうん。処刑したとみせかけて裏でディケイド様を保護するのが筋書きじゃなかっただろうか。処刑を実行するところを公開してしまったら、偽物出すにもリスクが伴うし本物だしたら首チョンパまっしぐらじゃないか。きっと逃がさない為の公開処刑なんだろうけど…戦勝国たちは本当にえげつないねえ。囚人の首輪まで強制してくるんだもん。敗戦国の王を処刑しないと気が済まないってことだろう。
「出し抜かれてしまったの。帝国を抜きにして連盟するなんて…私の力不足だわ」
女帝様は悔しそうに歯噛みする。
「君が気に病むことない。あの連中は帝国を侮って、目先の欲に囚われてるんだ」
皇帝陛下も憤っているようだ。
二人は慰め合うように手を取り合っている。
…これまでは、帝国ひいては女帝の求心力で戦勝国たちの行動が決められていた。
でもここに来て帝国を出し抜いてまで連盟を組んだのは、どうしてだろう。
「影に"扇動者"がいたのだろう。今は双陽神に捕らえられているが、数ヶ月は行方知れずだった。その間に各国へ根回しし、最後に帝国を訪れた」
ルークスさんの言葉に頷く。月神が何のために帝国へ来たかは知らないけど、帝都で私に会ったのも偶然にせよ必然にせよ、私を拉致って逆に双陽神に掴まえられ、只今楽しい楽しい監禁プレイ中である。どんなプレイしてるかは知らないし知りたくもないけど、監禁された月神はご愁傷様です。
呪いが解けるまでそうしておくしかないんじゃないかな。
救われないなあルノさんも…。
「親善大使と言い張ってやってくるのは、なにも紫鳥の国だけじゃない。かの国は帝国から一番近い国だから早くに到着しただけで、他の戦勝国の代表も持て成さねばならん。連盟の祝いに帝国を会場に使われたようなものだ。だが仕方ない……奴ら、公開処刑を見届けるのが役目だ。ベンディケイド・ヴランを処刑するまで、郷に帰らないとさ」
うへえ。これからいつまで滞在するか知らないけど、他国のお偉いさんたちのお世話をしなければいけない女官さんたちが大変だ。
私は今回のようにうっかり出会わないよう、こそこそしてますね。
「それであの…父の公開処刑日はいつなのでしょうか…」
小さな声でアリステラ姫が発言したが、その声は震えているようだ。
実際、アリステラ姫の顔色は悪く、ショックを受けている様子が窺える。
「アリスちゃん…」
誰もが気弱なアリステラ姫へと同情していた。聖霊王国ではずっと男の子の真似事をしていたとはいえ、深窓の令嬢である。実の父の処刑話など辛かろう。
そっとアリステラ姫の恋人ヒースラウドさんの様子も窺ってみたけど、彼の方は相も変わらず無表情で感情を表に出していない。
眼鏡の裏はどうなってるか知らんけどね。
「来月に御前試合があるだろう。前座でやることになった」
皇帝陛下がまた辛い現実を教えてくれる。
「前座…父の処刑を見世物にするんですか…?」
「そうなるね」
「おじ様はそれで…─っ、すみません…」
それで平気なんですか?とでも言おうとしたのだろう。でもその言葉は飲み込んだ。皇帝陛下のタツユキ様だって平気なわけはない。ディケイド様とは従兄弟同士の間柄だ。気安い仲だろう。そんな皇帝陛下の気持ちを慮って、最後まで言わなかったアリステラ姫はお気遣い屋さんだ。でもね、こういうのは言っちゃった方がストレスにならなくて済むよ。
「気にするなアリステラ。俺は非情な男だよ。従兄殿に王の座を押し付けて帝国に婿入りした。その経緯だって君は知ってるだろ。今回のことも、従兄殿に戦争責任を押し付けて俺は高見の見物だ。君に、父を見捨てたと言われても過言じゃない」
「そんなことおっしゃらないでトーリおじ様。わたしく、おじ様もカサブランカ様も、聖霊王国を守ろうと心砕いてくださってること、知ってますわ」
アリステラ姫は真剣な眼差しで続けて言う。
「それに…今はどうしようもならなかったことを後悔ばかりしてても進まないと思います。どうしたらいいのかは、ここにいる皆様で考えましょうよ。わたくしとしては、出来ることなら処刑を取りやめて欲しいです」
そこには、おどおどと小さな声で喋るさっきまでのアリステラ姫はいなかった。
毅然とした態度で喋る彼女は、本物のプリンセスのようで格好良い。
『あらーアリステラ、とっても良いこと言うわね。このまま黙ってるなんてこと、私も当然出来ないわん。この帝国に迷惑かけても、ディケイド様を処刑なんてさせやしないわよ』
「そうだね。私も賛成でーす。戦勝国が連盟しようが、約定があろうが、親善大使が見張ってようが、そんなのどうでもいいでーす。気にせずちゃっちゃと王様助けましょ」
アザレアさんと二人のりのりでアリステラ姫を応援する。
「ハツネ殿、隣国に狙われてることくらいは気にかけてくれよ」
「おお。そうでした。でもそれはルークスさんが守ってくれるので、やっぱり気にしませんよ」
実際に拉致られたとしてもルークスさんが直ぐに助けてくれるだろうしね。
憂いてる暇あったら拉致なんてアホなこと考えた野郎の前歯の一本でも折る方法を考えるよ。
「…そんな可愛いこと言うと口を塞ぐぞ」
「いいですよ。抱っこ」
そんな気分だったので本当にルークスさんに抱っこしてもらって、ちゅっちゅしてしまった私たちである。
「おいで、ハニー」
「タツユキ……」
皇帝夫婦もラブラブし出した。
『あらま。これは中断せざる負えないわね。私も行くわん。じゃ、十分後に~』
アザレアさんなんか席を外しちゃったよ。
残されたアリステラ姫はオロオロしつつもちゃっかりヒースラウドさんへくっついて、彼に抱き留められている。
「あなたが何者でも…この心に偽りはありません」
「ヒースさん…わたくしだって……」
めでたく三バカップルが、それぞれに愛し合う時間となりました。
アザレアさんが言ったように、十分間休憩はいりまーす。
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