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三柱の世界

月神ルノ*

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街角で、うっかりぶつかっちゃった相手と恋が芽生えるなんてことはない。
だって相手はあれですよ。狂った神、月神だよ。尋常じゃなくヤバイ相手だよ。
なんだってこんなとこに神がいるんだ…。
ここはもう、すっとぼけてしまえ。

「人違いです。私ただのコスプレイヤーですよ」
『何言ってんの。アホなくらいの魔力量と素養を見間違えるわけないだろアホなの?』

すっとぼけ作戦失敗。つかアホって二回も言われた。

「アホアホ言わないでよ。あんたこそ月神でしょ。呪われて忘れられて狂ってるって聞いた。今度は何をやらかすつもりか知らないけど、早いとこ聖霊たちを解放した方がいいですよ」
『…どうして呪いのことを知っている?僕のことに口を出すなんて、お前やっぱ変な人間だ』
「知ってるも何も…月神──ルノさん、あんたと私は千年前、魔王から呪いを受けた仲間ですよ。覚えてないの?」

言いながら端々の単語で声喩魔法を発動させて各種魔法を展開する。記憶が戻ったおかげか演算能力が上がったようで、多様な重ねがけが可能になった。
防御、認識齟齬、危険察知と筋力強化とを重ねがけしていつでも逃げ出せる態勢を整えていく。

『──!? お前、今僕の名前を呼んだか?』
「そう呼んでたの思い出したから。私はさっき記憶を取り戻したばかりなの」
『…もう誰もその名を覚えてない。なのにお前は呼んだ…なんなんだお前…っ』

んもーう、相変わらず会話が噛み合わないというか自分のことばっかなやつだな。
狂気に陥ってしまったと晃さんも言っていたっけ…確かにこうなる前の月神は、こんなにおかしなやつじゃなかった。
甦った記憶の中での月神は、かなり温和な人柄だ。ずっと私たちパーティーの癒しの存在だった。何事も気にかけてくれて、誰よりも優しい神だったはず…。

『お前の存在は気持ち悪いな。どこまでも僕の心をざわつかせる。いっそ消してしまおうか』

決してこんな狂気じみたこと言う神じゃなかったよ。
消すってそれ殺すと同義じゃん。なんだっていきなり殺されにゃならんのだ。もうそういうのは勘弁なんだよ。
私は脱兎のごとく逃げ出した。前もって重ねがけてあった魔法を駆使して月神のいる逆方向へ、走り出す。

『逃げらんないよ』
「──ぎゃ、ッ!」

全力疾走してるのに髪を引っ張られた。変装してブルーな色合いの長い髪を後ろへ取られ、私の体も後ろへ傾く。
数メートルも逃げれないとか…これだから神というやつは…。
そのまま月神の胸の中へ抱かれてしまう。というと聞こえは良いが、実際は背後から羽交い絞めである。

「いだいッ、はなしてよーううう」
『なかなか柔らかい…どうせなら楽しむか』
「触んなバカ!ちょっと、ヤだ…!」

手が胸にタッチングですよ。さわさわと動かすなバカ。そこに触れていいのは恋人だけだとお母ちゃんに教えてもらわなかったのかね。
と、神に母ちゃんがどうとか説教しても無駄か。それでも婦女子の胸を無暗矢鱈に揉んではいけません。

『ここじゃ落ち着かないな』

そう言うなり魔法が発動する気配がした。
目の前が闇に染まる。私は闇に飲まれて別の場所へと移動していた。

ここ、どこだ…?移動した先はどこかの神殿のようなとこ。
祭壇があって何かのレリーフもあって限りなく神殿に近いんだけど、肝心の信者が座る席が無い。
本来なら座席があるだろう空間はだだっ広く、地面には何やら沢山の文字が見えるがそれ以上は観察できなかった。

祭壇っぽいところに押し倒される。

「痛いッ、女の子には優しくしなさいよ!──んうっ」

キスされた。私の口を塞いでくるのは月神のひどく冷たい唇である。
なーんでこんなことするんだ!ジタバタ抵抗して手足を動かすが、それぞれに抑え込まれて固定された。
なにこれ月の輪?銀色に光る偃月が両手足を祭壇に縫い付けたまま固定してきて、私の手足は半月球の輪の中から抜け出せないのだ。

「んは…っ、やめろバカ…!」
『ふん。お前こそ、こういう時は大人しく股を開くもんだ』

そんなわけあるか。どんな理屈だ。相変わらず月神の言い分はおかしい。
根拠がなく、理由は彼方で、行動が前後不明瞭で筋道立ってない。
私をここへ連れてきてこうして押し倒してるのだって、きっと何も考えなどないのだ。

「ルノさん、目を覚まして。こんなことしたって何にもならないですよ」
『漸く観念したか?僕を説得しようなんて烏滸がましいね』
「っ、嫌!嫌だ…っ!」

着ていた服をビリビリ破られる。一定方向ではなく、あっちにこっちに力任せに引き千切られて、ボロ布にされていく。

『…肌の色ってこんなんだったか?』

知るかバカ。誰と見比べてんだ。つか肌が出たとこが寒い。
ミザリーさんの服を破きやがって…こいつ絶対許さない。後でヒイヒイ言わせてやるんだから。後でな。今はどんな魔法を試しても通じなくて無理だ。魔力はあるはずなのに、なぜか魔法が発動しない。
ここの空間がおかしいのか、それとも手足を拘束してる偃月に何か能力があるのかは知らないが、魔法が使えなかったら私はただのか弱い婦女子である。

はっきり言って大ピンチ。

本当はこんなのんびり構えてていい状況じゃない。とりあえず説得と思って冷静に話しかけてるんだけど、私が何言っても意味不明なこと返してくるから会話すら成り立たないんだよね。

「んやあ!触るなドントタッチミー!」

服が破れて肌を晒した箇所から手を入れられ、触れられる。
柔肌を月神の冷たい手が這っていく度に、嫌悪感と恐怖で鳥肌が立っていく。

「いやぁ…っ」
『ふーん。乳首、色づいてるけどこれ誰が開発したの?』

その発言はセクハラだ。キッと月神を睨むが、彼はさも愉快とばかりにニヤニヤ嗤ってる。乳首を摘ままれて、くりくりと弄られる。最悪。こいつに弄られても不愉快で痛いだけだ。

「ううう…舐めないでよう…」

触るのに飽きたのか、今度は素肌を舐めだした。赤い舌が、私の鳥肌立ってビクつく皮膚の上を這っていく。気持ち悪い。めがっさ気色悪い。乳首までチュパチュパ吸ってくるので、お前は赤ちゃんかとつっこみたくなる。

『うーん。こんな味だったっけ…?』

味違うならやめとくれ。つか乳首に味の違いがあるのか。ママの味か。
いい加減、己の経験を確かめる発言というか、誰かと比べるという不毛なことはやめてほしい。
月神の脳裏に浮かんでる相手は絶対に私じゃないだろう。それなのに私を愛撫するのは本当に意味ないことだと思うんだ。

「あんた…ミルビナさんに悪いと思わないの?」
『はあ?なんでミル…何?』

カマかけてみたけど当たったみたい。月神の灰色の瞳が泳いだ。

『あいつが?何で…僕のこと忘れたくせに…っ』

何かを思い出したのか。狂った中でも思い出は健在なのか。月神は目に見えて狼狽している。

「忘れてないと思うけど…」
『お、お前に、なにがわかると』
「いやね、前にミルビナさんが自分は無力だって責めてたからさ」
『…そんなこと』
「あんたのこと好きなんじゃないかなあと思ったんだけど」
『ミルが…?』

その時だった───ズガアアアァァァンッと、この広間の扉が派手に壊れて、噂の女神ミルビナさんが現れたのは。

『こーのータコスケ月神いいいい今まで色々と大目に見てたけどもう我慢できないわあ』

すげー。どっかのサ〇ヤ人みたいに髪の毛逆立ってる。あれが怒髪天を衝くとかいうやつだ。初めて見た。

『げ。あ、違う、ミル…───ッッ!!!』
『問答無用じゃゴラァ!この世界の女ならまだしも異世界の女に手ぇ出すなんて腐るのもいい加減にしろボケッカスがあああ』

ミルビナさんのコースクリューパンチが月神の顔面にクリティカルヒットですわ。
鼻血出して吹っ飛んだ月神。すかさず迫るミルビナさんの鉄槌を辛うじて避けて、なんとか体勢を整えようとするんだが追い打ちで今度は上段回し蹴りを食らってる。

『──うぐッ!この、話聞けよっ』
『うっさいわね!あんたなんかずっと私のこと無視してたくせに!』
『だからそれを──ッで、くそっ』

神様って肉弾戦好きなのかねえ。特にミルビナさんの技の冴えが凄まじい。
月神も応戦しようとするんだけど無理ぽ。避けるので精一杯って感じ。
あれはもう百裂コンボ食らわすまで止まらないんじゃないかなあミルビナさん。
大人しく全弾食らってやればいいのにねえ月神も。無駄に逃げるから彼女の怒りも収まらないんだよ。

「───ハツネ殿!無事か?!」
「あ…」

ルークスさんの声がした方へ首を向ける。思わず愛しのマイダーリン!とか叫びそうになったけど、一緒に晃さんの姿も見えたので口を噤む。あっぶね。
二人が広間の扉から祭壇まで駆けてくる。助けに来てくれたんだと安堵したら、今の自分の格好を思い出して慌てた。

「あわ、わ、ちょ、ちょっとこっち来ちゃ、ダメ…!」

手足の拘束を解こうとしてみるけどやっぱ出来ない。
うあああんん服ビリビリにされてモロ裸なのにいいい

「ハツネ…!」
「ふええ…っ」

泣きそうになってるとこでルークスさんが上着脱いで掛けて裸体を隠してくれた。素晴らしい機転。ありがとうございます。

「この拘束は…解けそうにないですね」
『そいつは流石のお前でも解けないぜ。俺がやる』

双陽神の男神の方、ラオルフさんが晃さんを押しのけて俺の出番だとばかりにしゃしゃり出て来る。おま、いつの間に来やがった。
これで月の輪拘束を解けなかったら失笑もんだったのに、見事パキッと割って解いてくれたから感謝するしかない。ちくしょう。ありがとうよ。

『だからお前はなんで俺に辛辣なんだ』
「勝手に心の中読んでくる破廉恥神野郎だからですよ」

プライバシー筒抜けの相手に誰が遠慮なんぞするもんですか。

『しょうがねえだろ神なんだから』
「神ならあの状況なんとかしてください。ミル姉ちゃんが暴走してますよ」
『ありゃ止めれん。止めたら逆に俺がミルの餌食になる』

そんな気がしてた。どこの姉ちゃんも弟相手に本気出すもんねえ。

『言っとくが俺ら別に姉弟じゃねえぞ。双子だけど、どっちが上とかねえから』
「それは弟として姉に負けてるのが不甲斐ないからですか」
『んなこたぁ言ってねえだろが。俺が最強に決まってんだろが』
「最強ならあのバカップル神たちの暴走を体張って止めてきてくださいな」

と、再度、女神vs月神の方へ注目させる。
あいつら何とかしないと人類がやばいと思う。

「バカップル神…!」

なぜかそこで晃さんがばかうけ。腹抱えて笑ってる。
私もうまいこと言ったと思ってるとこ。
ルークスさんが手を貸してくれたので祭壇から降りて、靴が片方ないことに気づく。その辺にもない。ここに来る前に落としたっぽい。

『ちっ。わかった。あいつら弱ったとこで縛り上げてやる』
「なかなか卑怯臭いですがそれしかないですね。私も手伝いますよ」
「ハツネ殿は駄目だ」
「え。でも…」

ルークスさんを見上げる。いつになく厳しい目で私を見返してくる。

「これ以上、君が神々の事情に首を突っ込むことはない」
「そんな…月神は呪われてるだけで元は良い神なんですよ」
「良い神だろうが、たかが我々人間に何が出来るというんだ」

そりゃそうだけど…なんかルークスさんの当たりがキツイ。
あ、私が月神に強姦されかけたからか。

「私はもう二度と君を失うとこなんか見たくない」
「え、それって…」

まさか光の騎士の記憶…?

「初音ちゃん、ここは殿下の言う通りにした方が無難ですよ」
「晃さん、でも…」
「大丈夫です。私が何とかします。これまで月神を野放しにしておいてすみませんでした。…殿下、早く初音ちゃんを安全なところへ」

そう言ってから、晃さんはラオルフさんの後を追って行った。
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